里帰り 7 やっとシリルに会えたよ 父の下種さを再確認

 騎士爵さんの離れで決着をつけて自宅に戻ってからもまた色々あったんよ。


 放心状態の粗相さん、いや父を引き摺って馬車に乗せ我が家へ移動中、漸くしっかりとし始めた父は道中延々とシリルを連れて行かれては困る、あの子は高く売れる予定なんだと話していた。胸糞悪いけど、話を聞くとこの世界ならではの事情もあったようで、兄の嫁取りの為の費用や新しく土地を開拓して家も新築したいんだってさ。


 本当なら私を騎士爵さんに妾にやったお金で長男の嫁取りをして、暫くは次男、三男をこき使って新しい畑を切り開く。それでシリルが年頃になったら、村長さんの所じゃなく、人買いに高く売ってそのお金で家をもう一軒建ててそこに自分が住み、長男たち夫婦には自分たちが住んでいた家を譲る。


 元々家のある所は、自分たちが持っている畑とは少し距離があるから、不便ではあったんだよね。だからこれを機会に家の方を畑の近くに建てたかったみたい。


 私の価値観からすれば噴飯物のこの未来予定図。翻ってこの世界ではどこにでもありがちな、普通の事だったりするわけで、私が逃げ出した為に予定を早め、近いうちにシリルを人買いに売る予定だったみたい。


 父曰く。



 「まだ子供が作れないとしても客を取れないわけじゃないし、そういうのが好きな奴もいるからな。嫁取りの足しにはなる。」



 どうだ、俺ってちゃんと考えているだろう、とドヤ顔をした父に思わず衝撃波をくれてやりたくなったけど、狭い馬車の中、他人様の迷惑になるから止めといた。



 本当に、間に合ってよかったよ。ケリーがあの日怪我をしたのは、運命だったのかもしれないね。迎えに行くのに何年もかけていたら、シリルを助け出せなかった。



 自宅についてからはしばらくの間、馬車に父を拘束してもらっておいて、私とシュリーさんと村長さんだけで家族に会いに行った。この時間帯なら午前中に畑仕事を終えて、一度自宅に帰ってきている筈だったから。後から父を連れ皆が来てくれることになっている。



 久しぶりに会った家族は皆驚いて喜んでくれた。母も驚いていたけど、父が帰ってきていない事を不審に思っていたみたい。


 シリルは私が迎えに来てくれたと無邪気に喜んでくれて、父が帰る前に早く逃げようと声を掛け、兄たち二人も帰ってきて大丈夫だったのかと心配してくれた。


 長男は相変わらずで、父と同じように飛び出していった私の非を鳴らし、さっさと領主さまの所に行くように言いつけてくる。


 母ですら、


 「漸く、領主さまの所に行く決心がついたのね。」



 何て言いながら抱きしめてこようとしたからひょいとかわした。シリルと兄二人は私の来ている服が立派なのに気が付いたみたいで、すげぇとかお姉ちゃん可愛いとか褒めてくれて、それで漸く長男や母が私の身形が良い事に気が付いて疑問に思ったらしくて色々と聞いてきた。



 もしかして既に誰かの妾になってしまったのかとか、それならその男に話を付けてお前の代金を払わせなくてはならないとか、その男の居場所を教えろとか。


 母は母で、誰か良い人の所で暮らしているのか、その人は優しくしてくれているのか、一度家に連れてきて欲しいと。


 質問には、さあねとか知らんとか教えないとかで返していた。


 やっぱり微妙に母のニュアンスは、父や長男よりはましに聞こえるわね。私の心の法廷では母にノットギルティーの判決が下った瞬間であった。


 こういう世界でこういう常識に浸かって生きてきた母に、私に対しての仕打ちに悪気があったわけではなく、その根底には幸せになってほしいという気持ちが少からずある事が確認されたから。




 父と長男はギルティだけどね。質問を無視されて頭に血が上ってきた兄の様子を確認したら合図を送った。


 扉の外で合図を待っていたシュリーさんが入ってきて私と家族の間に入ってくれる。



 突然、杖とローブで身を包んだ魔法使い様が私をかばって家に入ってきた事で、一瞬で驚きと静寂に包まれる我が家。魔法使い様を見るのなんか初めてだろうしシュリーさんの杖、大きくてごつく見えるからね。知らない人にとっては威圧感は半端ないのよ。シュリーさんが言うにはハッタリ用の杖だって話だけど。実戦ではもう少し軽い物を使うんだってさ。



 咄嗟に母が長男はじめ子供達を自分の後ろにかばってシュリーさんの前に立つ。うん、その仕草だけで、勇気だけで母は無罪だよ。なすがままの次期家長(笑)。情けねぇなおい。

 


 「失礼ですけれど、貴方様はどちら様でしょうか。」



 母の震え声が少しだけ私の胸を打つ。法は街中ですら魔法使いの脅威からは守ってくれない。ましてやこのような辺境の農村では、魔法使いの気まぐれ一つで何が起きてもおかしくないのだ。実際に父は私の魔法で吹っ飛ばされているし。その件については何の御咎めも無しだ。



 あれで父が死んでいたら流石に騒動になっただろうけど。


 だからといって、各地で魔法使いが好き勝手に暴れているという訳でもないんだけどね。むしろ荒くれ物のファイターの方が母数が多いせいか各地で問題を起こしていたりする。魔法使いはその気になれば、収入に困ったりしないから精神的に余裕もあるしね。


 ただ、前にも言ったけど目に見えない凶器をいつでも振るえるというのは普通に怖いよ。



 「私はエステーザ冒険者ギルド南支部に所属している魔法使い、シュリーという。」



 威圧感バリバリの立ち居振る舞いにまぁ、長男も母もビビるビビる。母よすまぬ。この後の交渉をスムーズにするためにもはったりが必要なのだよ。



 「貴方の娘、エリーはこの私の目から見ても将来優秀な魔法使いになることが確定している逸材だ。その為ギルドは彼女の正式登録を認めている。その上で、未成年の魔法使いの保護を目的とした法を根拠に、彼女を一時的にこの家の家長として認める旨、エステーザ辺境伯から許しを得ている。


 またこの辺境伯の意を受け、既にディケス騎士爵殿の同意を得ている為、現時点でこの家の家長はエリーである旨、我が名において宣言する。」



 これってさ、正式登録の時点で成人扱いなら、未成年の魔法使いを保護する法の対象外じゃないかなと思っていたんだけど、この法律の未成年判定は単純に年齢なんだよね。今回のような事態を想定したわけじゃないんだろうけど、その辺をあやふやにすることで運用に幅を持たせるのは、どの世界でも似たり寄ったりやね。


 突然家の中に入ってきた偉そうな魔法使いの一方的な宣言が、頭の中に染み込むのに時間がかかったみたい。


 シュリーさんの言葉の意味を一番最初に理解したのは、シリルだ。



 「凄い!お姉ちゃん魔法使いになるの?エリーお姉ちゃんが魔法使い。信じられない。私も魔法使いになりたいよ!」



 シリルのその声に突き動かされたように上の兄二人もはしゃぎ始める。子供達の言葉で漸く何を言われたのかを理解した母が、何やら複雑な顔をして魔法使い様……エリーが?と呟いているし、次期家長(笑)も信じられないといった表情で私を見る。



 「先ほどの宣言通り、現在のこの家の家長はお前の夫、お前たちの父エソンではなくエリーである。村長、ここへ。」



 その言葉を受けてさらに村長さんが家に入ってきた。



 「シディー、ヘリル二人とも落ち着いたかな。」



 「村長さん、この魔法使いが言っている事は本当なのか!」



 次期家長(笑)が村長に正しているけど村長はそっけなく返事をし、騎士爵さんの離れで決定したことを皆に説明してくれた。


 私は既にギルドに正式登録された為、父や兄の好きなようには出来ない事、現在の家長はエリー、私なので未成年の処遇は私の好きに出来るという事。


 私がシリルの引き取りを望んでいる事。土地や家財は父の所有のままにして、エリーの家族からは他の者たちは追放される事。



 シリルの引き取りの所でやはり揉めた。シリルは嬉しそうにはしゃいで、上の兄二人は羨ましいと抗議の声を上げる。母は困った様な、喜んでいるような不思議な表情をしている。


 長男としては自分の嫁取りの為にシリルを人買いに売るつもりだったのだから、シリルを連れていかれては自分が結婚できない。必死だったのだろう、魔法使いのシュリーは怖かったのだろうし、その後ろに隠れている私には手が届かない。


 消去法で村長に掴みかかってきたが反射的に腹に一発入れられて、無碍なく振り払われた。



 「ふん、シリルは俺の所に嫁に寄こすって話だったと思ったけどな。はぁ、俺も残念だよ。こんなに将来が楽しみな奇麗で可愛い子を諦めなきゃいけないとはな。


 だが辺境伯のご内意で領主さまのご決定でもある。私らではさからえんよ。」



 村長は自分の首を手の平で払うような仕草をした後に、軽く肩を竦めて逆らえばどうなるかを暗に示した。流石にそれを見た長男は両ひざを突いたまま立ち上がれないでいる。小声で誰だか女の子の名前を呟いて、両手を顔で覆った。


 いやさ、好きな人がいるのはわかったけどさ、その子と一緒になる為に私達を売り払うって辺りの思考回路が理解できんのよ。


 思わずため息が漏れた時、タイミングを見計らったように馬車に待機していてくれた他の仲間達が父を連れてやってきた。

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