里帰り 8 交渉 魔法使いってこういう時ハッタリ効くよね
父や他の仲間達を加え、狭い家のリビングに当たる部分で膝から落ち込んで座り込んでしまった兄以外は誰も座れずに立ち話を続ける私達。
狭いっす。
村長さんの説明の後、シュリーさんが改めて法律的な事を簡単に家族に説明してくれている。その間、馬車の中でリロイさんに色々と因果を含められたのか静かに黙っている父。時折女の子の名前を本当に小さく呟いて呆然としている長男。
両想いなら良いけどさ、私のような立場で無理に嫁がされるのだったら可哀そうだよね。ただ、事情も知らずに批判めいたことは言えないし。
シュリーさんの説明の後、父がぼそりと、私が魔法使いである事は確かである旨みんなに伝える。
「好きにしろ。どのみち俺達ではどうにもできん。意地を張っても、な。シリルも勝手に連れていけ。どんな神の気まぐれだかは分からんが、どこぞの神がエリーにくそったれな加護を授けたのは事実なんだろう。
その代わり、二度と顔を見せるな。」
いやさ、勘当みたく言ってくれるけど、私もシリルも事実上、売られる予定だったわけで、売られた先から生きてこの家に戻ってこれる事なんか滅多に無いわけで。この家を出る時から、シリルを迎えに行くとき以外は戻れるとは考えてなかった訳よ。
正直言うと、戻りたかったし縁を切りたいとも思っていないけどさ。
それにさ、これだけの事を言われて、されても私は父も母も、大嫌いな長男も、2人の兄達もそれほど嫌いじゃぁないんだよね。あ、長男は除く、になるかもしれないけど。
私の前に出て庇ってくれていたシュリーさんを横から通り過ぎ、家族の前に出る。因みに父はこの家についてからは母の前で、父なりに母を守る立ち位置についている。
家長としてのプライドか、それとも娘を前にして虚勢を張っているのか。母を真剣に愛しているのか。そんな父も嫌いにはなれない。緊張感を漂わせる父と母。腑抜けたままの長男。
仕方ない。懐は温かいのだし、払わずに済みそうな流れだったから見捨ててみるのも一興とか
まだ
「シュリーさんのお話の通り、私は魔法使いになったよ。皆には急な話だし、訳が分からないだろうけどね。嘘じゃぁない。」
そう言うと空中に腰を下ろすようにして、透明な椅子に座っているような感じで宙に浮かぶ。サイレントで起動した「浮遊」の魔法だ。自分やその他の物を浮かべる事が出来る魔法で、浮かべるだけで移動させることは出来ない。別の魔法と組み合わせると高度を簡単に上下させることは出来ないけど、低コストで低空を飛行する事が出来る魔法になる。
「お姉ちゃん浮かんでいる。」「本当に魔法だ。ぷかぷか浮いてるぜ。」「エリー、いつの間にこんな事が出来るようになったのよ。」「こんな事が出来るなら、爆発の魔法で俺を張り倒す必要なかったよな。なんで……。」
わかりやすい魔法の行使に唖然とする家族たち。納得できないでいる父。ついでに後ろからシュリーさんが「ええ!なにこの魔法、浮かんでいるんだけど」と小声で驚いている。どうもこの世界の魔法はそれ程自由度は高くないのかもしれない。
有名所の術式は公開されているし、魔法使いの主流派と呼ばれる人たちがある程度の魔法を伝えているけど、その中ではあんまり見かけないタイプの魔法なのかな。
「この通り、自分で言うのもなんだけど、多分将来は立派で稼げる、名の知れた魔法使いになれるよ。今回も、この人たちは自分の稼いだお金で雇ったんだ。この短い期間で、私はそれなりに稼いだんだ。」
そう言うとリビングのテーブルにわかりやすくバッグから銀貨を取り出して、裸のまま銀貨を一枚ずつチャリッ、チャリッととりあえず5枚積む。一枚積まれていく毎に父が目を見張り母が口をあんぐりと空けていく。そして長男の顔色が明るくなっていく。田舎は現金収入ほとんどないからねぇ。銀貨なんてそうそうお目にかかれない。
第一シリルを人買いに売って一体いくら手に入れるつもりだったのか。
「家にお金が必要なのはわかったよ。だからと言って半分売られるようになりそうだった私の身の上は納得できない。」
そう言うと更に一枚ずつ2枚銀貨を追加する。
「それでも一応家族だし、親兄弟だからねぇ。出稼ぎに出た分、多少なりとも実家を手助けする気が無かった訳じゃないのよ。シリルを連れて行くのだしね。」
さらに一枚、チャリンと山に積む。合計8枚。
「たださ、もう顔を出すなとまで言われちゃぁね。助けるにしても、これが最後になっちゃうのかな。」
チャリン、と9枚。
「第一顔を見せるななんて大げさな話なんだよね。このお話はただ、実家の暮らしを助ける為に娘が都会に妹を連れて出稼ぎに出た。それだけの話でしょ。
違ったっけ?」
チャリン、と合計10枚。
長男は顔を喜色に染めて父の顔をチラチラ見ている。母は私が無理をしたのではないかと心配顔になってしまっている。そして父はプライドが邪魔をしているのか、それとも単純にこの額では足りないと考えているのか思案顔で10枚の銀貨をにらんでいる。
するとずっとシリルと内緒話をしていた兄二人が話しかけてきた。
「なぁ、その出稼ぎって俺達も連れて行ってもらう訳にはいかねぇか。」
「頼むよエリー。このままじゃ俺達も親父や兄貴に良いように使い捨てにされて終わりだ。」
「俺なんか次男だからな。兄貴が結婚して長男が生まれるまでは、予備扱いで家を出られねぇし、こき使われるだけだ。そしてその後は職にも付けないで家を追い出されるしかねぇんだ。」
確かに、農家あるあるだよね。そのまま一生結婚できないで飼い殺しってルートもあると思うけど。自分で畑を開くにしても、一人じゃぁねぇ。
「その頃俺、何歳だよ。一回目で長男が産まれれば成人前後で外に出られるけどよ、今まで畑を耕すことくらいしかやってきてねぇんだ。その時街に出ても後は野垂れ自ぬか、碌に戦えないまま冒険者になって化物の餌だよ。」
「お姉ちゃん、ルーイ兄ちゃんとイリエ兄ちゃんも一緒に行くのは駄目?」
シリルのお願いなら聞きたくなっちゃうよね。父もそんな二人の言葉を聞いて顔を青ざめる。そりゃ、貴重な労働力である14歳と13歳の男の子が家から出ていくのは痛手だろうね。
私が返事をする前に咄嗟に父が駄目だともらすけど、今の時点で家長は私。父に決定権はない。それを頭に浮かべたのか口を食いしばる父。どうなってしまうのか心配そうな母。目の前の銀貨に目を奪われたままの長男。
まぁ、父と母が生きている間くらいは面倒見るのも仕方ないのかもしれない。長男は知らんが。
「そっか、シリル安心して。あんたのお願いなら姉ちゃん考えるよ。
ルーイ兄ちゃんとイリエ兄ちゃん、私は二人が生きていける為の手助けはするけど、全部を面倒見るつもりは無いよ。自分で努力しなければ、食っていけなくなるのは理解できている?」
「あぁ、いくらエリーが凄い魔法使いだからって、なんでもかんでも妹に頼りっきりになるつもりは無いよ。」
「俺も!自分が何をやれるかは分からないけど、自分で生きていくために色々試してみたいんだ。」
ついに黙っていられなくなった父が口をはさむ。
「御法の事は解っている。今はエリー、お前が家長でお前が決めるんだって事も。でも考えてくれ。銀貨10枚は確かに大金だけど、シリルだけじゃなくルーイやイリエを連れていかれたら、農作業がまわらない。
銀貨10枚じゃ割に合わないし、暮らしていけなくなる。」
「まぁ、これが最後で、今後顔を出すなって絶縁宣言が有効ならそうなるわよね。ルーイとイリエの分はこれね。」
と、今度は無造作に銀貨20枚をテーブルの上に放り出す。慌てる長男、更に青ざめる父。オロオロする母。
「正直ね、売りに出された立場としてはあんた達がどうなろうが知った事じゃないのよ。私が守りたかったのは、私と同じような立場に成るだろう私のただ一人の妹シリルだけ。ルーイとイリエはシリルが助けたいと言ったからついでよ。」
私のその言葉とテーブルの上に置いた銀貨を見てよっしと手を叩き合い喜ぶ兄二人。結構ショッキングな事を言ったつもりだけど、二人にとってはどうでもよかったみたい。
「それでもね、あんた達が生きるのに困るようなら、簡単に見捨てるほど私は冷たい人間じゃないつもりよ。母さんの事も嫌いじゃないしね。
父さんは正直、思う所はあるしまだ殴り飛ばしたいとは思っているけど。それでも見捨てる気にはならない。父さんだからね。
ヘリル兄さんは知らん。さっきから銀貨しか目に入ってないみたいだし、自分の事しか考えていないみたいだし、この先困っても助ける気にもならないわ。」
そう言うと父は苦虫を噛み潰したような顔をした後、溜息を一つして、さっきの勘当を取り消すと呟くとシリルや兄二人に荷物を纏めるように声を掛ける。
今日は村の外で一泊して、明日の昼前に村を出る事を伝えると、晩飯を食べていくように父から言われた。正直、この家族と今の空気で食事をしても喉を通らないとは思うけど、これからの事を考えると断るのも良くないと考えて、結局父の誘いを受ける事にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます