里帰り 9 そんな事があったのよ

 あの日の夕食は、久しぶりの母の手料理の筈なんだけど味が全然わからなかった。一応さ、リロイたちも誘ったけど流石に家の中は狭かったので遠慮されちゃってさ。食材も提供したんだよ。干し肉やらカチカチパンやら乾燥野菜やら。


 ま、実家は農家だからね。乾燥野菜は余計だったかもしれないけど、旅で余らせるのももったいないからと言うとスープの材料に使ってもらえた。


 美味しかったんだと思うよ。干し肉がたっぷり入った、塩の効いたスープだからね。普段の食事より味が濃かったろうし。


 ただ私には味がしなかったけど。


 食事の後、普段なら灯りを付けるなんてもったいないからすぐに寝るんだけどね。この後の話があるからといったら母が灯りを付けてくれようとしたから止めて、「浮光フローティングライト」の魔法を使ったら、また驚いてくれた。自分たちの寝床に引っ込もうとしていた兄妹が、全員食卓に戻ってきて物珍しそうに魔法の灯りに見とれていた。




 大金を手に入れてルンルン気分の長男がウザい。お前のお金じゃないからなアレ。ま、結局は長男の嫁取りに使われるんだろうけど。


 なんかもー色々と嫌になって、長男だけを邪険にしたくて仕方ないけど、ぐっと抑えて、今後人手が足りなくなったエソン家をどう援助するかの話し合いをしておいた。


 とは言ってもエソン家は街で暮らしているわけじゃないので、余分にお金を持っていても人手不足が解決するわけじゃない。とすれば街で私が人手を確保して農繁期に村に送るしかないわけで。そして労働力に関しては、いくらでも私の身の回りには溢れていたりする。


 未成年者でもよければ、だけど。雇用費と移動にかかる費用、それと滞在中の食料やらの費用は私が持つ。食事を作ったりするのも寡婦さんを雇って何とかしよう。少なくとも長男が結婚して子供が出来て、父と母が生きている間は人を送ると約束しておいた。農繁期に10人も送れば、作業になれない子達だとしても戦力になるでしょ。


 ま、年老いて田舎で暮らすのが難しくなったら、エステーザで暮らせばいいよ。今はそこまで言わないけどね。



 翌日、別れ間際に、母にお土産として用意しておいた布の巻物を全部渡しておいた。厚手の物もあったから冬用に家族全員分作る位の分量はある。いや、兄二人分が浮くからもっとだね。一緒に針と糸も多めにそろえておいたから、余計な出費無しで仕立てることも出来るでしょ。


 そこそこした品だから、ご近所さんに売るのもありだろうし、なにせ布自体が高いからね。ちゃんと保管すれば腐らないし、いい資産になるんよ。


 お土産効果もあってか最初ギスギスした感じだったのが、最後には何とか別れ際の家族程度の体裁を繕う事が出来るようになっていた。


 これで全てヨシ!っと、とっておきのリボンを結んだシリルを抱っこした私は意気揚々とエステーザに凱旋したのだった。




 兄二人というオマケが付いてくるのは予想外だったけど、私が忙しいときにシリルの側に居てやれる家族がいるのならば心強いし、あの二人ならそれほどウマが合わないという事もない。


 帰りの馬車の中では私がシリルを抱っこして私が他の人に抱っこされて、って状態だった。



 「エリーって本当に魔法使いなのか。」「あれを見ているととてもそうは思えないよな。」



 と二人には眉を顰められたけど、もう行の時に慣れたから気にしなかった。


 エステーザについてからはリロイさん達に改めてお礼の言葉と、交渉に関して別のお仕事ととらえていることを伝えて成功報酬として銀貨20枚を渡しておいた。最初に約束してギルドに払い済みの報酬が銀貨16枚だから、最初の報酬よりも多い追加報酬を支払った事になる。ギルドに渡した銀貨は20枚なんだけどね。4枚がギルドの手数料と税金なのかな。



 皆はもらい過ぎだって遠慮していたけど、今回の件は私にとってそれだけの価値がある事を伝えて、笑って懐に収めてほしいとお願いしたら、快く受け取ってくれた。御者と世話役をしてくれた二人にもご祝儀報酬を銀貨2枚づつ出しておいた。二人は先程のやり取りを見ていた為か遠慮しないで笑って受け取ってくれた。


 別れる際には皆で、今度起きるかもしれない魔の森での戦いの時、困ったことがあったらお互いに助け合おうと約束してサヨナラした。



 ケリー達に兄妹を紹介して、真っ暗な塒の中を魔法で明るくして、皆で旅の残りの食料をパーッと食べきって、その日は男共はケリーに任せてさっさとシリルを私達の部屋に連れ込んで眠ったよ。


 前に行っていた通り、ニカがシリルを抱っこしてシリルが私を抱っこして私がロナを抱っこして。朝には暑くてバラけていたけどね。


 ざっと話してしまうとこんな感じだった。細かい事を言うと街の外側に陣を敷いていたパップス達にシリルたちが驚いたり、エステーザ到着翌日に必要になるだろう日用品やギルドでラットの生皮を大量に購入したりと色々あったけど。



 モルタル擬きを塗り込んで、丁度いい所まで作業を終えたら、呼ばれた事を忘れないうちに棟梁の所に顔を出しに行く。


 棟梁と修繕や追加費用に関して幾つかやり取りをして、追加の費用をギルドの方に支払いしておくことを伝えたら、お昼ご飯を食べにシリルや兄達を連れていつもの河原に向かう。


 私だけなら兎も角、シリルや兄達もいるのだからと、最初の内は串焼きやらスープやら買い込もうとしたけど、自分たちで稼げているわけでもないからと遠慮されてしまった。


 結局いつものカチカチパンにみんなで噛り付いているけど、今はまぁ、これでいいかなって考えている。もう少ししたら、寡婦さん雇ったりおゆはん作ってもらったりとか色々と動き始めるつもりだけどね。


 何せお金が中々の勢いで溜まっていくし。やっぱり治療院での報酬が美味しいわ。



 毎回毎回、魔法治療を受けられるほど懐に余裕のある患者さんがいるわけじゃないけどさ。それでも一定数、仲間内からお金を借りてでも治療を受けに来る患者さんはいる。患者さんは冒険者に限った話じゃないんだけどさ。


 単純な骨折でも働けない期間や治療期間は安静にしなきゃいけない影響で身体がなまる事を考えれば、日本円で数百万払ってその日のうちに治してしまった方が良いんだよね。


 怪我の内容によっては逆に安いまである。入院が必要な場合なんかだと、入院期間とその間の医療費を考えれば魔法治療の方が遥かに安くついたりする場合もあるのだ。


 とは言っても無い袖は振れないから、誰もが治療魔法を受けられる訳じゃない。



 この前は屋根の上から落ちた職人さんの治療をしたよ。治療費は結構かかる見積もりだったけど、職人さんたちは仲間内でこういう時の為に助け合う制度を作っているみたいで、あっという間にお金を用意して治療を受けていた。


 保険制度の原型みたいなものかな。


 なるほど確かに怪我をした職人はお金を産まないからね。寝っ転がらせておくよりも休まずに働かせた方が何倍も良いのは確かだ。


 冒険者ギルドもそういう制度を作ればいいのにと思わないでもないけど、怪我の頻度や危険度が他の職人さんとはケタが違うから、そもそも保険制度なんて成り立たないかもしれない。




 午前の仕事を切り上げて河原に集まったケリー達を見て、そんなことを考えてた。そろそろ彼らも下水仕事を引退する事になる。暫くは下地を鍛えて、身体づくりを中心にする為に外壁工事に参加すると言っていたけど、いずれは外仕事に従事する事になるだろう。


 いずれはルーイやイリエも。シリルもグリーブブーツを履いて下水路で掃除組として参加している。3人とも動きは良いし、ちゃんと鍛えればいい冒険者になれると思う。


 今まで意識して調べたことは無かったけど、私の影響を受けたせいなのか、三人とも魔法の才能もあるみたい。とは言ってもそれほど才能に恵まれたわけではない様で、鍛えても中位の魔法を使えるかどうかという所で落ち着く程度だと思う。


 魔法を使いたいのであれば私が教えてあげる事が出来るだろう。本人たちに伝えるべきか否か。



 皆でカチカチパンを齧りながら、そんなことを考えている。



 皆を危険な所にやりたくはないな、と。出来れば三人には冒険者や戦いとは無縁の世界で生きてほしい。


 ケリーや仲間達全て、私の庇護下に入れる事は難しいよね。今の人数なら兎も角、どんどん増えていくだろうし、いつかは限界を迎える。出来る範囲でやるしかないけど、必ず幾つかの手は取りこぼしてしまうだろう。


 今迄に似たような経験は分霊わたし端末わたしが散々してきている。今更だけどさ。やっぱり親しい人には平穏な暮らしをしてほしいよね。



 その日の夜、私はケリー達から今回のギルドの募集に参加するという話を聞いた。寝耳に水だった。

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