覚悟

 寝耳に水、そんな話は聞いていない。なんで態々危険な募集に参加するのか。命を、大切にしてくれるって言っていたはずなのに。


 色々と聞きたい事、言いたい事があふれてきたけど、魔法の灯りに照らされたケリー達の顔が真剣だったから、頭ごなしに話をする気にはなれなかった。何かを言いたそうにしていたブローが意を決して口を開く。



 「ケリーも俺達も、前にエリーに言った通りさ。命を無駄に危険にさらすつもりは無いんだ。今もね。」



 そうブローが言った後、急に私の両手を握りしめた。



 「俺には生き残って果たしたい夢があるんだ。そ、そのさ、か。かわいいさ、その。」



 「おら、話が進まねぇしエリーが困ってんだろうが。第一それは卑怯だ、こういう時にする話じゃねぇよ。」



 ケリーがいきなり夢を語り始めたブローの両手を私の手から離し、ザジやその他の男の子がブローを後ろの方に引っ張っていく。何やら小声でブローを責めているけどケリーが話し始めたからそっちの方は何を話しているのかよくわからなかった。



 「ま、ブローの言う通りさ、俺も命を賭けに使うつもりは無かったんだけどな。エリーに言った通りに外壁の工事やりながら体を鍛えるつもりだったさ。」



 「ならなんでさ。パップスの軍隊に参加するってさ、言っちゃ悪いけどあれはパップスの自殺行為にしか見えない。


 それを利用する他の種族の思惑は兎も角、それにケリー迄乗って命を危険にさらす必要、無いと思うけど……。」



 ただ、私は彼らのオカンでも何でもない。ケリーの命を救いはしたけどそれだけだ。個人的には仲間だとは思っている。でも彼の人生に強くかかわる存在、彼女やら妻ではない。彼の決定を私が強く否定できるわけもない。


 良いやつではあるけどね。私の恋愛対象は女性……だし。



 「4年前のパップスの魔の森攻略の時は俺はまだエステーザにはいなかったんだ。俺もエリーと似たようなもんでさ、田舎から口減らしで追い出されてきた。


 最初に見た南の外街は結構荒れていたよ。今よりな。」



 当時を思い出しながら懐かしそうにケリーが目をつぶる。まともに整備されていない外街は今も整然としているわけじゃない。彼方此方に空き地があるし、壊れた建物の後が放置されたままの所もある。外街の壁の工事もよく見ると古い箇所やら新しい箇所。崩れて修繕している場所なんかがあって、何があったのかはなんとなくわかる。



 「俺は馬鹿だからな。気にもしなかったし、日々生きていくだけで精いっぱいだった。俺がこの塒に住み着いた時、仲間は20人いなかったんだ。その事に何の疑問も持たなかった。つい最近までさ。


 ギルドが募集をかけているって聞いた時も、俺には関係ねぇ。俺はエリーに言った通りまず目の前の目標を一歩ずつ行くんだって考えていた。」



 うん、わかったよ。何があったか、その言い回しで大体想像がついたよ。正直、ケリーの話し口を止めて勝手にしろって言葉を叩きつけてみんなが待っている寝床に潜り込みたいけど、それは子供の癇癪だ。命を、その使い道を決めた男の話を遮るのは、無作法ってもんだよね。



 「下水仕事を引退した先輩が、ギルドの募集に参加手続きしているの見かけちまってさ。その時に先輩に誘われたんだ。お前も参加するだろ?ってさ。


 最初は理由を話して断ったんだけどな、その時に先輩が色々と話してくれた。魔の森を攻略するって言っても、あいつらだってただ黙って殴られはしないってね。」



 「エステーザも戦場になるって事ね。」



 「あぁ、それでも壁内は安全なんだってさ。外街に数十万の防衛力兼囮がいて、自分たちが助かる為に必死で戦うからな。


 戦争が始まれば、っていうか今もう既にかな。壁内への出入りは制限されている。商人か壁内に居住権を持つ者、もしくは許可を受けた者以外はもう壁内には入れねぇ。」



 数十万の防衛力兼囮って、私達の事か。そりゃ確かにそれなりに戦える人は多いけど、無力な子も多い。それをあっけなく囮として切り離す。怖い話だけど、税金も払わずに勝手に壁の外に住み着いた住民を救う余裕は流石に無いか。


 納得できない話ではない。無情であるけど。



 「大軍が攻めてくるわけじゃねえ。こっちは南側だからな。被害もそれほどでない。でも4年前の時は俺らの塒にもかなりの数のゴブリンとオークがまわりこんで攻めてきたって話なんだ。


 その時、何人か女たちも苗床にする為にか連れていかれちまったってな。


 先輩の話じゃ奴らが襲って来るまでは塒の仲間は100人近かったって言っていた。そんなことがあったなんて生き残ってた奴ら誰一人教えてくれなかったよ。


 何も言わないままグループを順々に抜けていきやがったからな。何も知らなかった。」



 100人が20人未満、か。やっぱりここも安全じゃないわけね。道理でギルドの人達が何度も壁内に移動するようにお勧めする訳だわ。



 「外壁の工事をやっていてもな。その時が来たら覚悟もないままに奴らの餌食になるかもしれねぇ。それにギルドも俺らを無駄に殺したいわけじゃねぇ。エリーと仲のいい受付のねーちゃん、ルツィーさんだっけか?


 あの人に確認したんだけどさ、未成年の正式登録者は前線には回さないで後方支援に回されるんだとよ。状況によっては壁内に入って決戦兵力になるんだってさ。俺達がだぜ?」



 笑いを上げるケリー。だけどその目は真剣で、覚悟を決めたような目をしている。



 「そっか、ケリーは命の使い道を決めたって事ね。」


 

 「あぁ、ここはもう俺達が出ていく塒だけどな。それでも仲間達はここにすがって生きているんだ。他に行く所がねぇ奴らが大半だ。


 俺達は正式登録してギルドの募集に参加して壁内に行くことも出来るけどな、希望をすれば壁外戦力として活動も出来るんだとよ。


 んで、そんな奴らが意外に多いんだこれが。」



 笑いが深くなるケリー。件の先輩も既に外回りの仕事を生き残り、それなりに活動を重ねてきた一線級の冒険者だが、今回は後方支援に参加して外街の防衛に付くんだと言っていたらしい。



 「エリーやケリーが言う、命の使い道ってほどの話じゃないのさ。俺はね。ただ守りたい人が塒にいるからな。正直、彼女を苗床にされるのは我慢がならねぇ。


 俺のもんにはならねぇだろうけど、せめて幸せであってほしい。


 そう考えたら参加以外の道は見えなくなっちまった。それだけなんだ。」



 カガンが私達の寝床のある部屋を見つめながらそんな事を言う。ニカの事かな。私のリサーチによるとニカの方もカガンの事を悪からず思っている筈なんだけどね。嫁取りの年齢的なタイミングが合わないからなぁ。


 ニカが待ってくれて、カガンが手早く稼げるようになれば、お互いに好き合った同士で結ばれることもあるだろうけど、女の子の結婚が12~3歳くらいからが当たり前のこの世界では、難しいかもね。



 カガンも本音の部分では兎も角、諦めようと努力しているみたいね。先程後ろに追いやられて周りから何かを言われていたブローが包囲から抜け出して、前に出てきた。



 「俺は、年齢なんて関係ないと思うけどな。そんなもので諦めきれるわけがねえ。諦めるくらいならそりゃ本物じゃねぇって……死んじまった兄ちゃんが言っていた。


 だから俺は塒を守って、え、エリー、そのさ皆を守って、可能性を繋ぐんだよ。」



 おぉ、ブローがかっこいい事を言っている。そっか、ここは危険なのか。妹たちをどうしようか、とかケリー達は大丈夫なのかとか、色々と考えが頭を駆け巡る。


 こういう状況なら、駄目だと頭ごなしに反対意見を表明するわけにもいかない。結局は自衛や仲間を守る為の行動なのだし、逃げる先は確かに無い。


 いや、逃げる先と言って良いのかどうか、この場にいる全員を私の田舎に農作業の人員として雇ってお金と食料を持たせて避難させるという手があるにあるけど。流石に未登録の幼年者合わせて80人も送り込んだら、父ちゃんも吃驚するよね。


 それはそれで面白いから、やってみたくはあるんだけど。


 馬車の手配やなんやかんや。戦争前に手隙な馬や馬車などあるわけ無いだろうし確保も難しいと思う。とっくに金持ちが避難をするために、馬車を確保しているよね、当然。


 外街の有力者はとっくに壁内に移動して、財は安全な後方都市にある程度移動させているだろう。私だって同じ立場ならだまってそうする。周りに吹聴して混乱を起こすわけにもいかないわけだし。



 「カガンやブローの言う通りだな。だから、俺達はギルドの募集に参加する。エリー、約束を破る事になってわりぃ。だけど、自分だけ安全な所に逃げて約束を守ったって言うのは違うと思うんだよ。


 だから、俺達はここが命の使い所だと思い定めたんだ。」



 打つ手がないわけじゃない。私が考え付いたのと同じように外街から一時的に非難を始めている一般市民、貧乏人もそれなりにいる。だからケリー達も考えなくは無かったのだろうけど、みんなを連れてここを離れる決断までは出来なかった。


 もしかしたら、思いつきもしなかったかもね。



 提案したら、ケリーがこの話に乗ってくれるかな。説得、難しいかもしれない。大なり小なり、みんな自分たちが決めた事に酔っている雰囲気も感じるし、自分たちが逃げて町の仲間を見捨てるって事を受け入れられるような子達じゃないんだよね。彼ら。



 「わかったよ。私にも話は来ているしね。お互い生き抜こう。」



 そう彼らに告げて不敵に笑って見せる。ケリー達も応!と口々に返事を返して笑って見せた。この子達の中から何人が帰らないのか、考えたくはないな。

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