里帰り 1 抱き人形になりました

 道中は少し緊張もしたけど、概ね楽しんで過ごす事が出来た。皆に少し留守にする旨挨拶をして、実家に一応母へのお土産として安い布を何巻きか買っておいた。安物って言っても結構いいお値段するんだね。あと道中に必要な物資を積み込んだ2頭引きの馬車は、何のトラブルもなく片道3日と半の工程を順調に進んでいる。


 子供の足でのんびり歩いて、5日の距離だからそんなもんなのかな。


 ルツィーさんやリーメイトさんが世話焼きさんも御者さんも、経験ある女性の冒険者を選んでくれたお陰で、リロイさんはかなり肩身の狭い思いをしているけど、その辺は我慢して欲しい。私は安心だし、今までかぶっていたローブのフードや薄衣は、既に取っ払ってストレスフリーな旅を楽しんでいる。


 私の外見はどうも同性の気も引いてしまうようで、ネルさん達三人にお人形さんの様な扱いを受けて膝の上に置かれたり、馬車の床に座らされて後ろから抱っこされたり、色々と世話を焼いてくれたりして、世話焼きで雇われた冒険者のアリヤさんがたまに所在なさげにしている。



 「あの、それは私のお仕事ですから。」



 「あぁ、気にしないで良いよ。好きでやっているしね。あんたにゃ飯時や野営の時に手伝ってくれればいいさ。」



 「ネル、彼女は端的に言うと狡いって言っているんです。私も彼女の意見に一部賛成ですね。そろそろ変わってくださいな。」



 と、なぜか百合百合した会話が花咲いているけど、こういう時は下手に逆らうと良くないのは今までの人生で何度も経験している。黙ってお人形さんして現実逃避しておく。



 「それにしてもエリーってセンスいいよね。色々服の組み合わせで、こんなに可愛く着飾れるって一種の才能だよ。」



 「あぁ、それは僕も思ったよ。皆の服もエリーが見てくれたからね。あの後、宿でみんなで服の見せ合いっこで盛り上がっていたからね。」


 おぉ、久しぶりのリロイさんの声だ。女性に埋もれてしまって存在感ゼロだった彼が、久しぶりに自分をアピールしてきた。



 「みんなすごく似合っていて、奇麗だったから暫く見惚れてしまっていたよ。」



 そのリロイさんの言葉に三人が顔を赤に染めて照れていた。この世界では上流階級でもない限りコーディネイトなんて考えは中々生まれてこないのかもしれない。私もたいしてコーディネイトのセンスがあるとは思っていないけど、それでもみんなが満足してくれたのは嬉しいかな。


 まぁ、その分、予定よりも少し予算がかかってしまって皆の顔が少し引きつっていたのが印象的だった。


 今回の依頼で、私に恥をかかせない目的の必要経費って事で、いくらか私が持つといったら、最初は遠慮されたけど、支払いのカウンターに銀貨をどんと詰んだらみんな黙って素直に受け入れてくれた。


 それでも銀貨20枚には満たない額だったから2百万円くらいだったかな。ずっと使わずに溜め続けているんだから、今回は特別に財布のひもを緩めても良いよね。



 気前のいい依頼主に、皆も機嫌がよくなってその日はテンションが高かったから、リロイさんも大変だったかもしれない。もしかしたら何か進んだかなと思ったけど、周りの反応を見るとまだまだ牛歩の歩みらしい。



 正直、今回の実家への帰省とシリルの親権の件については色々と不安で個体わたしは旅立ちが決まってからずっと落ち着きがないのだ。分霊わたし端末わたしはそんな個体わたしをまるで孫を見るような目で見ているのがわかる。


 同時にリロイさん達にも、自分の妹を見るような目で見られているのも解っている。10歳近く年の差があるしね。


 最初、馬車に乗ってから暫く警戒を続けていた私に、リロイさんはそんなに緊張しなくても良いと教えてくれた。


 一応、この道中は余程のことが無い限り、盗賊や化け物の襲撃は殆ど考える必要はないんだって。それでも最低限の警戒は必要だけど、襲われやすいポイントは大体決まってきているし、そういう所は重点的に見回りの兵隊が抑えている。それ以外だと見通しが良いから隠れる所がないって話。


 確かにエステーザに向かっているときを思い出すとそんな印象だった気がする。途中森の側を通り過ぎるポイントが2か所あるけど、そこくらいかな。隠れる事の出来る場所って。見回りの兵士さんとやらにはあった事無いけどたまたまなのかな。



 南下する道は前線から離れていくからというのと、定期的に警備兵が巡回しているお陰で、西や東のルートと比べると安全で、私がやったように子供一人でも何とか目的地にたどり着けるんだとか。


 なるほどね。だから商人なんかも個人で荷物を背負って荷運び仕事出来たわけだ。



 まあぁ、私ならその危険な西や東のルートでも一人で踏破して見せるけど、とフンス!と鼻息荒く皆に言ったら苦笑された。



 「それでも、無茶はしちゃだめよ。どんなに偉大な魔法使いでも、不運が重なれば本当にあっさり命を落とすものなのだから。


 どんなに伝説に謳われたお人でもね。」



 そう言って、ネルから私の抱っこ権を奪い取ったシュリーが、私の髪を撫でてくれた。薄い栗毛の髪の毛がシュリーの手櫛で梳かれる。気持ちいいね、これ。思わず目が細くなり少し安心したのか眠くなってきた。



 「わかった……。気を付ける。」



 そのうち単騎で魔の森を荒らしまわる予定なんだけど、今は自重しよう。瞼が重いよ。


 うつらうつらし始めた私の様子を見て、ラウルさんが布をかけてくれた。皆に甘えさせてもらってそのまま目を閉じる。ずっと働き詰めだったから疲れていたのかな。


 気が付いたらすっかり野営の準備が出来ていて、焚火の匂いとスープのいい匂いが辺りに漂っている。


 やばいね。村を出てから初めてのまともな料理かもしれない。串焼きやお茶菓子は除く。


 塒で暮らしていた時はみんなしてずっとカチカチパンだったから、普通レベルが下がるはずの旅の途中のお食事の方がレベル高いっていう訳の分からない状態になっている。やばい、笑える。


 アリヤさんが作ってくれた、おゆはんに舌鼓を打って美味しい美味しいと食べていたら、皆からすこし同情の目で見られてしまった。彼らからすれば旅の合間の美味とは言えない食事なのかもしれないけど、ほら、外ご飯は3倍美味しいってお話もあるから。


 あったかいスープにカチカチパンを浸して、柔らかくしてから味付きパンを食べる。最高だね!これでとろけるチーズとかあったら言う事無しだけど。


 もしもの為に買っておいた食料の中にたしかチーズがあったはず。いや、これはシリルを連れて帰るときにみんなで食べる為に取っておこう。


 シリルがエステーザの塒に来たら、買い揃えるものも多くなるし、お洋服も色々買ってあげなきゃ。ご飯もちゃんと煮炊きしてスープとかつくってあげないとね。ついでに皆の分も作ってあげるくらいなら良いよね。


 仲間達には一気に何でもかんでもやってあげるんじゃなくて、少しづつ私という甘い毒に浸していってしまおう。そして子供は子供らしく、多少は甘えても良いんだって私の常識で、あの塒を塗り替えてしまう。


 既にみんなにグリーブブーツを配っている。週に2日は職人の時間を作っているんだし、次は布を買い込んで服を仕立てるのもいいかもしれない。あぁ、それなら裁縫関係の能力を取り戻しておけばよかったかな。


 でも、やっぱり優先すべきは命を守る物からだよね。せめて護衛組だけでもグローブとアームガードをそろえてあげたい。あと塒から出ていく予定のケリー達も、せめてちゃんと成人して下地を積むまでは面倒見てあげたいな。


 ついでに男性とのお付き合い、結婚はちゃんと大人になってからという考え方の下地を作っていこう。そうすればシリルの貞操を守れる。



 中級冒険者は自分の戦闘団を編成する人たちもいるんだよね。大魔法使いに率いられたケリー達、塒出身の戦闘集団が魔の森を荒らし、ダンジョンアタックを繰り返す。自分の身内なら治療魔法をただで使っても周りから文句は出ないだろうし、被害も少ないだろうなぁ。


 その時までにはストレージとか誤魔化す為の、アイテムバック類を作れる様になっておかないとね。



 いずれは私が……。



 そんなことを考えて、まだ子供の私は次は私の番と鼻息が荒いラウルに抱っこされて焚火の周りで眠りに落ちていった。

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