エステーザ防衛戦7 タイムアップ?

 流れ出した血がある程度戻ってきたのか、先ほどよりも視界が回復してきたし、聴力も戻ってきた。それに伴ってさっきまで消えうせていた戦場の音が戻ってくる。


 無論、元々肉体の感覚器からの情報に頼って生きている訳じゃないんだけど、肉体からの情報が戻ってくればやはりそれなりに、感覚が変わる。


 剣戟の音、魔法か何かの爆発音。負傷した兵士や冒険者達の苦痛の悲鳴や断末魔。分霊わたしに流れてくる栄養たましい。強くなる自己嫌悪。



 必死に仲間を助けようとして、ポーションを飲ませる為に強行突破しようとする治療院の仲間達。苦痛や助けられなかった悲しみ、恐怖、焦り。


 そして分霊わたしに流れてくる栄養かんじょう。またもや強くなる自己嫌悪。



 こればっかりは慣れたつもりでも中々慣れないわ。


 別に魂そのものをかみ砕き飲み下している訳じゃないんだけどさ。私を通して転生する魂もそれなりにあるし、私という補助装置なしでは、魂の転生が起こる可能性は極端に低くなる。その辺は色々と面倒くさい法則みたいなものがあるんだけど、それはそれ。


 絵面だけで判断するなら、私は魂を食らう最悪な存在にしか見えないよね。それが結構、心にクルのよ。分霊わたしは兎も角、個体わたしはね、まだ11歳だし。



 そうそう、この世界にはちゃんとポーションあるんだよね。世に流通している普通に買えるポーションは大抵は効力が低くて、即効性に劣り普通の傷薬よりはマシって程度のものが大半だけど、ちゃんとポーションと聞いて皆が想像する様な、飲んだ瞬間にその効力の分だけ傷が回復するような魔法の傷薬もあるところにはあるんだよ。



 ただ、すごく貴重な物でね。精製できる技術者はあんまりいない上に、需要が高い消耗品だからそうそうお目にかかれるものじゃない。魔道の都市から遠いこの地域で手に入れようとしたら、極まれやってくる商隊から手に入れるか、後は少ない可能性にかけてダンジョンを攻略して手に入れるしかない。前線都市だから優先して運ばれてくるんだけど、他にも前線都市はあるしあっちこっちで引っ張り合いっこになる。


 そんな高級品は大抵個人で手に入れるのは不可能。金持ちでもね。大抵は国や軍、地方領主等の貴種が抑えて世に出回る事は殆ど無い。



 そんな蔵出しの一品を、私の同僚達が私を助ける為に持ち出して周りの人たちとあーだこーだいいながら何とか隙を見て私のそばにいけないか、試行錯誤している。



 あぁ、心が痛いです。



 そうだよね、あれだけ派手に右腕吹き飛ばされて、血しぶき撒き散らして壁まで吹っ飛ばされたもんね。事情を知って責任感ある人たちなら命がけで助けなきゃって考えるよね。


 同僚たちには、流石にこの戦争の最中、私が治療術者だってモロバレだったろうし、皆さん機密保持の意識が高い大人な人達だから、言いふらしたりはしていないだろうけど。



 比較的近くにいて、戦いながらもこちらの様子を何となく把握している赤い人とかおっちゃんは、私の頑丈っぷりに呆れているみたいで、さっきから目の前の戦いに専念しているけど。


 いや、おっちゃんは突っ込みいれる余裕も無いくらい奮闘しているだけか。



 ……ごめんなさい。致命傷はもう持ち直したし、吹き飛ばされた右腕もかなりいい所まで回復しているから、そんなに決死の表情で突撃隊を組織しなくてもいいよ。ってこいつらの目の前で言うわけにはいかないんだよね。


 ただ、赤い人はナギハやオーガの戦士達をあしらいながら、少しずつこちらにポジションを移しつつある。


 結構やるじゃん。

 


 「ちょっとリンちゃん、また他の女引っかけてたのかい?」



 「しかも敵側の女引っかけるなんて、節操なしもここに極まれりだねぇ、まぁリンらしいけどさ。


 ただ、あいつぁ生かしておけないわよ?ロンデの腕を吹っ飛ばしたからね。」



 一方、シーラと後方に引いていたロンデは乱入者と合流してから明らかに様子が変わった。まだ戦闘中なんだけど、急に彼女たちに精神的余裕が出てきたみたいで、リンと呼ばれた男?女?を中心にこちらを警戒しつつ軽口をたたき合い始めた。


 何となくナギハとダークエルフが悔しそうにしているんだけど、命を懸けた戦場の緊迫した一シーンとはとても思えない情景に、突っ込む気力も無い。



 あいつ、見た目は初めて会った時とあんまり変わらない、黒髪で黒目の普通の人間種に見える。身長は鬼のお嬢さん達より低い170センチくらいだろうか。


 初めて会った時と同じような服装に、背負子に荷物を満載しているにもかかわらず、敏捷な動きで、私の攻撃も簡単に追い抜いてきた。あの荷物を背負ったままで、だよ。


 戦うときくらい荷物降ろせばいいのに、なにかのアピールなのかな?俺様凄い的な。




 「勘弁してくれよ、こちらのお嬢さん、粉を掛けるにはちょっとまだ年が足りなすぎる。僕に少女趣味は無いよ?


 単にこの前、都市に侵入するときに道中で知り合っただけだよ。君たちが心配するような事じゃないさ。


 ま、そんな事よりもさっさと事を進めようか。


 ナギハも苦戦しているようだし、ジルフィーも気が抜ける状況じゃない。流石にオーガクラッシャーの2つ名は伊達じゃねぇな。」



 女性に対する嗜好はまともなのが唯一の救いかな。あいつらが軽口をたたき合っているうちに、私も体勢を立て直しつつあった。右腕は既に肘の少し上まで生えてきている。


 うん、普通に見た目がグロイ。赤い人もおっちゃんも呆れが強くなっているように見えるし、こちらに突撃しようとしていた兵士たちも漸く気がついたのか、動きを止めて驚いているのが解る。



 これで、少なくとも私の異常な回復力が兵士の皆さんに周知されてしまったのは確定。戦後乙女の尊厳を失う可能性はエベレストより高くなってきたという訳だ。



 なんかさ、色々と理由付けて暴走して全部消しちゃってなかった事にしたい。冗談だけどさ、発動に手軽で広範囲を破壊できるようなお手ごろな攻撃魔法って何かなかったっけかな?



 そんな事を考えていたら、急に乱入男が背筋をブルッと震わせてから、こちらを見やる。



 「お嬢さん、気のせいか、なにか碌でも無い事を企んでいたりしないかい?」



 「そりゃ、敵方の私の考えることなんかあんた達にとって見れば碌でもない事でしょうさ。」



 軽口を返して、わざと再生しつつある右腕を軽く振ってアピールしてやる。



 「くそっナンだそりゃ、もう腕が生えてきているじゃないか。強がりでも冗談でもなかったってことかい。失ってもまた生えてくるってかぁ。


 禿親父が耳にしたら泣いてうらやましがる再生力だなぁ。


 絶えて久しい毛根にその再生力をいかせりゃ人類の夢が一つ叶うぞ、おぃ。毛生え薬でもつくりゃ世の男共が泣いて喜ぶぜ?ついでにアゲランスは商売あがったりだな。」



 いやさ、混乱しているのか言っていることおかしいよ?絶えて久しい毛根には再生力は最初からないから諦めてほしい。あんたは一体何が言いたいんだ?手足の再生力と発毛剤に何の関係もない、……と思うんだけど、関係あるのか?


 ん~……いや、発毛剤つくるのは出来るんだけどさ、私の手足の再生のシステムとは関係ないから。もしかして、将来が不安で発毛剤を探しているとかかな?



 「あぁ、ごめんなさい。私、腕を生やす事は出来ても絶えた毛の方は専門外なのよ。お父さんと将来の貴方の頭皮には申し訳ないけど、運命と思って諦めてもらうしかないわね。」



 「けっ!俺様が禿げるかよ。ただちょいと興味があっただけだ。」



 軽口を返しながら疑問に思う。えっと、ん?これっておかしくは無いのか?


 戦闘に入る前の違和感や今の会話の違和感。それに気をとられていた私はレーダーのチェックに関して完全に頭から抜けていた為、私の隣でナデラさんがタイミングを見計らっていたのに気がつけなかった。



 不意に治療院の西側の通りが騒がしくなって、そちらに皆の気がとられた瞬間、私の傍にいた筈のナデラさんがハルバード擬きを手にシーラ達に切りかかる。彼我の距離約15メートルを瞬き一つの刹那に詰める、まさに一流の先を通り越した逸脱者の一撃。



 「え、あ。」



 いや、これに合わせるのはちょっと無理だって。一瞬間抜けな声が出ちゃったじゃない。



 不意を突かれ、シーラとロンデの二人が反応できなかったその強襲の一撃を、同じく不意を突かれた筈のリンと呼ばれた乱入者は素手であっさりといなして、たいの崩れた姐さんを容赦なく蹴り飛ばす。



 「ガァッ。」



 苦痛の声が漏れ、先ほどの私よりはマシだけど、似たような状態で錐揉みしながら吹っ飛ばされるナデラの姐さん。偶然なのか狙ったのか、飛ばされた方向が丁度おっちゃんの方向。


 自分めがけて吹っ飛ばされる嫁さんを、何とかキャッチして事なきを得たようだけど、二人の体制が崩れて、このままだと死に体だよね。


 すかさずサイレントで「小爆破バースト」を3連発して、ダークエルフとオークどもをけん制しつつ、一気に赤い人のエリアまで飛びのいて距離をとりつつ合流する。



 「やぁ、無事な様で何よりだ。これに懲りたら無茶と無謀を区別できるように学んで欲しいのだが。」



 「私としては区別できているつもりなんだけどね。現にこうやって無事に戻ってこれたじゃない。」



 「まぁ、確かに右腕はもう生え終わったようだけどね。その代わりに色々なものを失ったというような顔をしていたような気がするのだが?」



 そう軽口を返しつつ、オーガに止めを刺す赤い人。何気に撃破数高くない?この人。雑魚の撃破数は私が一番多いけど。


 今の私にはスティレットがないからさ、手元にあるのはストレージの中に入れてある先が折れた棒切れだけなんだよね。


 後、前に拾った石ころ。


 流石にこの場じゃそんなん使えないから、赤い人のエリア内で自衛しつつ魔法を飛ばすことに専念するしかない、んだけど……。


 先ほど動きのあった治療院の西側からどうやら、支部長さんの指揮下にいた腕利きの冒険者達が駆けつけてくれたようで、この場が一気にエステーザ側優勢に傾きつつある。



 ここは無理しないでも、大丈夫かな。



 「あぁ~あ、どうやらタイムアップだな。ま、今回はこれで十分としておくか。」



 そうリンが呟くと、背の荷物を地面に降ろし、何かを細工する。止める間も無く、彼の荷物を中心に巨大な魔法陣が展開を始めた。バックパックに包まれていた中身が燃え上がる様な魔力光を吹き出して、自身を包み隠していた布切れを吹き飛ばし、戦場一帯を囲むように魔法陣が完成した。



 「置き土産は残しといてやる。精々足掻いてくれや。おぅ、作戦は成功だ、撤退すっぞ!」



 「仕方ないね、ロンデの左腕のけじめ、いずれ付けさせてもらう。」



 「私のけじめは私が付けるよ。」



 「神の槍の使い手、勝負はいずれ、貴様がまだ生きているうちにな。」



 「いいぞ、リン。この場の同胞は全てリンクできた。行ける!」



 リンの言葉にナギハやダークエルフがリンの元にあつまる。



 「エリー、何か手はあるか?」



 「そうそう都合よく手元に道具はそろっていないものよ。」



 この魔法陣を発動させたら面倒くさい事になるのは解っているけど、妨害しようにも手元にそんな便利な術はまだない。咄嗟に「魔法の矢マジックミサイル」と「理力の弾丸」を連発してみるけど、強力な魔法陣の発動障壁に阻まれて、何の効果も及ぼせなかった。



 「あっぶねぇな、ったく。あばよ、精々生き延びろや。「大地交陣」」

 


 聞いたこともないトリガーワードが戦場に響いた瞬間、発動した魔法陣から爆発的な光が溢れ出し、私達の視界を奪う。私も目は潰されたけど、何が起こっているのかは分かった。



 「なんだあれは!」「化け物だ、化け物が出やがった!」「馬鹿な……あいつらは何処に行きやがった。」



 光りが収まった後、戦場に残っていたのは私達、エステーザの守備隊と冒険者たち、それと秩序、混沌双方の息絶えた者たち。そして。



 「ちぃ、神話級の魔法って奴か。引退の時と言い、俺もほとほとついてねぇな。」



 「まぁ、あたしを嫁に出来たんだからな、もう運は全部使い果たしちまったんだよ。」



 「ははっちげぇねえやな。」



 眼前には、奴らの姿はすでになく、残されたのは高さ40メートル以上はあろうかというどう見ても特殊個体の2体のジャイアントだった。



 「凄く……大きいな。」



 「あんたのその声でそのセリフは止めてほしいんだけど、赤。」



 「お前に教えてもらったネタだがな?」



 お茶飲み話の際の私の教育が良く行き届いていたせいか、元ネタも良く解らぬはずの赤のボケに、ピンチの筈なのにどうにも締まらない私達だった。

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