エステーザ防衛戦6 乱入者

 戦場に舞う私のおてて。くるくるくるくる宙を舞って、その途中でさえ固く握った私のスティレットはそのまま。あぁ、落ちた。


 崩れた建物に半ば埋もれながら、おててが何処に飛ばされたかくらいは確認しておく。


 特に痛みをカットしたわけでもないのに、衝撃のせいか体中ジンジンしている感覚はあるけど痛みは感じない。痛みを感じないのは命的にちょっとヤバい様な気がする。


 まぁ、致命傷だし?



 「エリー!?ちぃ、邪魔だ退け!」



 赤い髪のナギハさんのマークを外せない赤い人。おおぅ、こんなに焦った顔をしている赤い人は初めて見るかも。ただ、ナギハさんとオーガ数体、その他雑魚に囲まれてこっちに来るのは無理そうだなぁ。



 「嬢ちゃん!?くそっ。」「私が行くよ!」



 いや、姐さん来ちゃったら、おっちゃんヤバいって。そこが潰れたらこの辺り一帯は混沌勢に抑えられちゃうんだけど。


 周辺の秩序側の兵達のざわめきが聞こえてくる。私を救おうと、何人かが敵を突破しようと気勢を上げている。ただ、私の位置が悪い。完全に敵中に孤立している状態だから。



 中々良い勢いで私のえぐれた右肩から血が噴き出してくる。私のまだ動いている心臓の拍動に合わせてピューピューと。吹き飛ばされた衝撃で損傷を負った右肺に血が貯まり、呼吸を阻害されている。


 これ、ほおっておけば左肺も使い物にならなくなるね。


 姐さんに「来ないで!」って言おうとしたけどさ。



 「ごブッガハッオボゥっ……ヒュー、ヒュー、ブハッ。」



 うん、言葉にならないし、呼吸がまともにできない。



 「はっ!遅いじゃないか。」「いや、待たせたなシーラ、ロンデは……ちっ、左腕もってかれたかよ。」「ふん、これしき何でもない。それよりも手筈は?」「これしきってさ、あぁ、痛々しくて見てらんねぇよ。あ?手筈?あぁ、順調だ。」「ゴフッ、ガフッ……。」



 男?いや骨格みると女じゃね?んー……男、なんかな?武器らしきものは持ってないところを見ると、私の肩を吹き飛ばしたのは魔法か気の力で素手でやったのか。多分後者かな。



 てかさ、いやこれってさ。



 「ゴフッ……。」



 呼吸できない。すごい苦しいのに痛みが無い。血が、力が抜ける。体が重いし動けない。



 「しっかりしな、自分に治療魔法、つかえるかい?おい、私をみろ、気をしっかり持つんだよ!」



 「姐さゴホッ……、グゥウゥゥゴホッ。」



 姐さん、来てくれたんは嬉しいけど、来ないでほしかったかなぁ。おっちゃんあんまりほおっておくとヤバいよ?


 ヤバい?やばいよ……、これヤバイやばいヤバいやばいヤバイ……。


 姐さんが一生懸命血を止めようとして私の肩口を抑えているけど、これ姐さんもヤバいでしょ。だれも姐さんをフォローできる位置に無いし、敵さんが誰か一人でもこっちに来たら終わる。血を止めながら戦える訳は無いわけで。



 いや、そこは良いとしても、良くないけど。それよりも私の側で私を救命しようとすれば当然、私の身に触れるし私の様子を見る訳で。



 やばいやばいやばいやばいやばい不味い不味い不味い不味い不味い。どうしようどうしようどうしようってボキャブラリーが貧困どころじゃない状態でヤバイ。



 このままでは、私は……。



 「エリー!意識をしっかり持て!おぃ、私を見るんだ、いいかまずは血を止めるんだ。高度な魔法じゃなくても良い、何とかして自分に治療魔法を掛けるんだ!


 エリー!?


 ……エリー……?」


 私の頬をパチンパチン叩きながら必死に声を掛ける姐さん。姐さん、確か名前はナデラさんだっけ。



 「おい。エリー?」



 あぁ、ナデラさん、視界が暗くなってきた。よく顔が見れない。早い所おっちゃんの所にいかないと、おっちゃん……やばいよ?


 ついでに私もヤバイ。



 あぁぁぁぁああぁぁぁぁぁああぁあぁ!このままじゃ私は、私は……。




 不死身の女とかアンデットとか吸血鬼とか化け物女とか、マジで乙女にあるまじき二つ名を付けられてしまう!




 いや、そこ解っていた、みたいな顔すんなし。いや、お前死ぬんじゃないんかいって言う方の突込みの方がまだ私の心に優しい。その場合は、私がこの程度で死ぬわけないでしょーがって突っ込み返せるし、心配されたって思える方が心が穏やかでいられるじゃない。


 本当にさ、内面は兎も角、少なくとも外見は花も恥じらう可憐な乙女である私の二つ名がそれじゃぁさぁ。今後の私のイメージってもんがさ、乙女的には瀕死じゃない?


 そんな二つ名が広まったら嫁の貰い手もなくなるわ。


 んぁ?い、いやさ、私は男だから?嫁はもらわれるんじゃなくて貰う方なんだけどさ。うん。



 そんな二つ名はマジでご勘弁って事なんだけど、体は勝手に再生を始めているし、生物としての影響を強く受ける個体わたしの本能的な欲求に従って足りない力を勝手に吸収し始めている。


 うん、死体に残る精気という一つのリソースだけでは生命の維持でいっぱいになって、肉体の修繕までにはあんまり手が回っていない。


 無意識のうちに、今まで制限していた血からも力を吸収して肉体の再生を始めてしまっている。コントロールがまだ未熟で止めたくても止められない。そしてナデラさんは至近距離でその様子を見てしまっている訳で。流石に私の魔力圏に溶け込んだ血や精気が私に流れ込む姿を視認できる訳では無いだろうけど。



 あ、っていうか分かっていたけどさ、普通にナデラさんにも多分おっちゃんにも、治療魔法バレしてたんやね。


 当たり前っちゃ当たり前だけど。なにせ囮役をしていた赤い人の素性を、おっちゃん達は知っていたわけだし。本当に今更だわ。



 「エリー……あんた。」



 あぁ、これも分霊わたしは何度も経験した。化け物を見るような目。それなりに慣れたけどさ、いい気分はしないよね。嫌だなぁその怯えるようなそれでいて拒絶するような目つき。キラキラしてて。ん?んん?化け物を見る、様な……目?なんかキラキラしてて?


 え?あこがれるような、め?



 「あんた……すごいじゃないか。もう死んじまうかと思ったけど、意外としぶといんだねぇ。」



 姐さんはそう言った後、私の負傷部分を何度か見やって血止めの為に用意したであろう布切れを傷口に充てるのをやめた。



 「これくらいならほっときゃ治るのかな?呆れるほど頑丈だな、あんたは。


 それにしても、さっすが神の加護を受けし者だねぇ、これならあたしらみたいな中途半端な護衛はあんまり意味がなかったかもね。


 あんたならたった一人で混沌の軍勢なんか滅ぼせるんじゃないかい?」



 そう言って安心したようにカラカラと笑う姐さん。



 「ゴホッ、ん、んん。ふぅ、それはどーも。それよりも早い所旦那さんの方に戻らないと、旦那さんピンチになりますよ?」



 血で溺れていた私の肺からはもう血液の回収は終わっており、損傷した肺の回りの修復は既に済んでいる。手元にはスティレットは無いし、吹っ飛んで行った右腕もどっかに行っちゃったけど肩口辺りまでは再生が始まっているから、呼吸をするにも会話をするにも支障はない。



 「あぁ、解っている。だけど、大丈夫そうだと言ってもエリーをこのまま一人にしておけないしね。それに戻ろうにもさ、そう簡単に旦那の元に辿り着けるとも限らないさね。」



 そう言って姐さんはキッと乱入者である男?と鬼娘2人をにらみつける。その手元にあるハルバード擬きが頼もしいっす。


 私も乱入者をもう一度見やる。あぁ、やっぱりか。



 「やぁ、久しぶりだね、お嬢ちゃん。エステーザには慣れたかい?」



 「本当に久しぶりよね。あんたがお勧めしてくれた東の大門はついこの間みたけど、確かに一見の価値はあったわ。ま、街にはそれなりに慣れたわよ。」



 「そいつはぁ良かった。いや、悪かったねぇ、その右腕。お嬢ちゃんには是非、僕のお得意様になってほしかったんだけどね。その様子じゃぁ、もう無理かな?」



 「あぁ、気にしなくても良いわよ。この程度、その内生えてくるから。」



 「……いや、それ致命傷じゃないんかい。随分とまぁでたらめな身体してんだな。


 一応常識を教えとくけど、普通腕なんざ生えてこねぇからな?」



 シーラとの切り合いに乱入して私の右肩を吹っ飛ばし、私に不名誉な二つ名がつくかもしれない切っ掛けをくれたこいつは、私が初めてエステーザに訪れた際に、親切に色々と教えてくれた荷背負いの商人さんだった。

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