漸く本当に一段落着いたね

 7月を過ぎ8月の頭ともなると、日差しも強いし乙女的にはお肌のケアが気になる季節だろう。


 冬は雪深い北の大地とは言えその短い夏にはそれなりに暑いし、ただじっとしているだけでも汗が噴き出てくる。あぁ、あれは端末わたしの初めての人生の折、子供の頃に両親に連れられて行った夏の北海道旅行を思い出すなぁ。



 よくテレビで雪が積もって壁の様になっているニュースを見ていたから、てっきり夏もそれなりに涼しいんじゃないかと思っていたのに、以外と暑くて不思議に思ったことがあったなぁ。


 父さんに何で北海道なのに暑いの?って聞いたら、北海道だろうがどこだろうが暑い日はあるさって答えてくれた。個体わたしじゃそのエピソードは思い出せても、父さんの顔が思い出せない。


 それほど恵まれた家庭じゃなかったから、両親に連れて行ってもらえた旅行と呼べる旅行はその一回きりで、だからなのか鮮明に記憶に残っている。


 あの頃は男の子だったからさ、物事を深く考えずに無邪気に元気いっぱい遊びまくった記憶があるよ。その旅行がどういう旅行だったのかを知ったのはその後直ぐだったけど。



 端末にこうなったのが一度目の人生を終えた後で良かった、本当に。最初の人生でアレを経験したら、多分未だに立ち直れていないかもしれない。


 ……それは過ぎた事だし、直接個体わたしと関わりのある話じゃない、そう思う事で気持ちを切り替える。



 我に返ると、切られた木材から放たれる木の香りに気が付く。この匂い、結構好きだな。木の香りはそよ風に運ばれて、そこら中に漂っている。その爽やかなフィールドを中和してしまうかの様に、汗を流す大工さん達が何人も行き交って木材を肩に担ぎ運んでいる。


 そこら中から釘を打つ音、レンガを積む音、板材を鋸で切り落としている音が響いて、随分と賑やかね。


 この地は夏は短く、秋はもっと短い。ぼうっとしていたら直ぐにまた冬が来る。雪が積もれば大工仕事等そうそうできない。雪解けする春から秋にかけてが彼らの稼ぎ時という事もあって、ただでさえ繁忙期なのに、急な仕事が横から入ってきた形になる。


 職人の皆さんには少々強引にこの仕事を受けてもらっているから、かなり申し訳ないと感じているけど、彼らは私が依頼主だと分かると快く引き受けてくれた。これも防衛戦で得た名声の影響なのか、それともギルドが後ろ盾になってくれているからなのか。


 そう言えば、現場を取り仕切る棟梁さんは、治療院で処置した事のある職人さんだったな。ほら、あの屋根から落ちた職人さん。保険制度の原型みたいな助け合いでお金を作って治療を受けに来たおっちゃんだよ。


 ちょっと、赤がやっていた囮ってちゃんと機能していたのかな?なんて疑いたくなるけど、実害がなかったからヨシとしておこう。



 棟梁さんに話を聞くと、彼らにとってもここでの仕事は都合が良かったみたい。



 東地区の復興が急務とは言え、現場が片付かなければ物は作れないし、破壊された防壁と大門を一度撤去するだけでもそう簡単にはいかない。運び出した石材を置いておく場所が近場に必要で、そしてその場所を作る為にも大量の瓦礫を片付けなくてはいけない。


 その瓦礫の山もただのゴミじゃない場合がある。幸運にも持ち主が御存命で、まだ使える財産があれば当然所有を主張するでしょう?そしてこの世界にも悪い奴はいるもので、火事場泥棒宜しくがれきに埋もれるまだ使えるもしくは価値のあるものを瓦礫の山から失敬してしまうものもいる。だから、救助作業の時と違って無秩序に現場に人を入れて片付ける訳にもいかない。


 まぁ、令和日本とは違って、その辺りの人権や財産権は緊急事態時には結構平気で無視されてしまう世界だから、ある程度行政側も強権を発動して作業を強行しているけど、



 東側に人手は必要だけど、態々手に技術を持つ職人さんを其処に充てる必要は無いから、東地区で職人が必要になるのはまだまだ先の話、という事になる。


 そうなると当然、元々東側で予定されていた仕事もキャンセルになるし南側での仕事も倒壊寸前の建物を撤去してからという事になるから、それほど職人さんの予定が詰まっていたわけではなかったみたい。


 ちなみに、旧孤児院の周囲は空き地、空き家が多かったのと私の魔法とケリー達やギルドから派遣されてきた力仕事専門の冒険者達の尽力であっという間に更地になった事を記しておこう。


 支部長さん達はいい仕事をしてくれたよ。



 あの調子じゃ、東側で職人が仕事を始められるのは壁や大門の再建が始まる頃、来年の春ごろになるかもしれないわね。



 あぁ、私の血まみれのローブは魔法で洗浄、染み抜きをした後、古着の布をもらってきて、グリーブブーツを作った時の要領で繊維単位でうにゃうにゃ弄って融合させて形を変えて色合いも合わせてなんとかでっち上げたけど、布の質感も質も全然違うし、やっぱり無理があったから、大人しく古着屋で別のローブを買ってきた。


 変な状態になってしまったローブは後で継充てした布の部分を取り払って、手作業でリメイクする事に決めた。その為に必要な裁縫関連の知識と技術は取得しないで、時間がある時にのんびりやっていこうかなって思っている。




 この世界の人達、自分の命も結構安く見ている節がある。多少崩れかけの家でも、ま、大丈夫だろうと平気で暮らし始めているのだ。直すお金なんかないよって事らしい。



 クラッシャーのおっちゃん達は、元のお店の近くの倒壊を免れた建物を借りて簡易だけどパン焼き釜を幾つか設置して、そこで新店舗が完成するまで仮営業をするみたい。この前お嫁さん達に囲まれてるおっちゃんを見たよ。


 あぁ……おっちゃん爆発しないかな。こっちはリア充になろうとしたら、まず生やしたり魂の拒絶反応を抑制したりとか面倒くさい手順踏まなきゃいけないし、そこまでしてもお相手が見つかるかどうかわからないって言うのに。


 思わず漏れてしまった黒い波動をなんとか胸にしまい込む。



 元赤は名目上だけ私の質になる宣言をした後も、護衛する必要があると言い出して毎日塒に顔を出しに来る。顔を出して何もしないのであれば叩き出す事もしただろうけど、職人さんに交じって作業を手伝ってくれているから、文句を言って追い出すわけにもいかなくて困っていたリする。


 いやさ、ツレとしてみればそこそこ楽しいからいても良いんだけどさ、なんか塒の男衆の空気が少々ギスギスしたり浮ついていたりで落ち着かないんだよね。



 「おねーちゃん、お水汲んできたよ。」



 シリルが塒の年少組の女衆といっしょに、職人に差し入れる水を水桶一杯に汲んできてくれた。下水組の仲間達は現在、いつもの下水仕事は一先ず置いておいて、東側のがれきの撤去に駆り出されている。


 実入りは少なくなるけど下水掃除と比べれば命の危険は無いし、昼食もついてくるとあって、ロナ達年長組もケリー達卒業組も皆、撤去作業に従事している。因みに外街がこんな状況だからか、それとも私とかかわりがある為に特別扱いなのか、ケリー達はギルドから暫くの間塒で生活しても構わないとのお達しをいただいているようだ。



 「ありがとうね、シリル。皆と一緒に職人さん達に水を配ってもらえるかな?あんまり邪魔にならないようにお願いね。」



 私は私で以前の修繕の時と同じように、自分の技術取得、というか復活を目指して職人たちに交じって作業を教えてもらいながら手伝っていたりする。日々の作業で得られるシナリオ経験値が美味しすぎる。



 「わかった!任せて!行こっニジェル、ニカ。」



 「おっけぃ、慌てて転ばないようにね、シリルちゃん。」



 「走っちゃだめだよー、シリル。」



 二つ返事で一直線に元赤の所に水をもっていくシリルと、走り出したシリルを注意するニジェルとニカ。彼女たちの職人サポートのお給金はもちろん私が支払っている。


 サポートといっても危ない事の無いように、水汲みだったり、買い置きのパンを配ったり、危険のない作業のお手伝いだったりと、難しい仕事は無いけど、以前と同じように自分たちに出来る仕事がある事が嬉しいのか、年少組は張り切って毎日頑張ってくれている。


 兄たち二人は年長組といっしょに瓦礫掃除だ。



 昼前にはナデラの姐さんがカチカチパンを配達しに来てくれた。職人さんの分やら今日のお昼から明日の朝の分まで、塒の仲間達の分まとめて頼んだら、取りに来るのも大変だろうと姐さんが気を使ってくれたのだ。


 単純に、パンの配達が目的とも思えないけど、今の所姐さんが塒に顔を出すときは決まって私と会って話をしていくんだよね。


 何かを言いたさそうな、でも言えない様なそんなもどかしさを感じる仕草が凄く気になる。おそらく、分霊わたしが言っていた、おっちゃんが生死の境をさまよったって話とかかわりがあるんだろうけど、何があったのか、分霊わたしが何をしたのか、個体わたしにはわからないから、こっちから気の回しようもないわけで。



 それでいつも帰り際に職人さんと一緒に汗を流している、ちょっと汚れている私を構わずにキュッと抱きしめてまたねって言って帰っていく。


 たまに涙ぐんでいるんだよね。あぁ、本当に何があったのか気になるんだけど、情報は未だに降りてこない。



 私も塒の職人さん達を毎日手伝っていられる訳じゃない。これでも中々忙しいんだよね。仲間達と下水に潜る事は今の所無くなったけど、治療院への勤務が無くなった訳じゃないし、むしろ事態がある程度落ち着いてからが忙しくなってきた。


 戦時負傷の後遺症を補助金を利用して完治させるために、お金の用意が出来た人達が魔法治療を受けに治療院に通い始めたのだ。傷口が完全に塞がったり、不完全な形で治癒してしまう前に魔法や奇跡をうけたい人達が、かなりの数治療院に押し寄せてきている。


 週に2回程度だった治療院への通勤では対応できないから、今では週4回程になっている。残り3日が職人さんのお手伝いだね。もう囮はいらないといったんだけど、通勤の度に元赤が護衛気取りで行きも帰りも付き添ってくれる。


 退屈はしないからいいんだけどさ。未だに治療院では赤ローブ着て手伝ってくれるのは、まぁ、私以外の治療魔法行使者も同じように囮を使っている事だし、良いんだけどさ。私に関してはもうバレバレだから囮になっていないし、様式美だなぁって感想しか出てこないかも。




 南の、私が勤務する治療院にもかなりの数の患者さんが受診しに来ていて、それだけでもかなりの収入になるんだけど、私の分の戦時に関係する報酬は後回しにしても良いよと伝えているので、今の所私の懐に入ってくるのは患者さんが持参した自己負担分の銀貨だけだ。



 それだけでもそれなりな収入になるんだけどね。補助金含めた全額が口座に振り込まれたら、一体いくらになる事やら。



 そうそう、私の報酬の一件ね。結局、私の意見がある程度通って、ギルドが旧孤児院の周辺の土地をかなり広く確保してくれたのとその交渉、そして建築にかかる費用をギルドが負担する形で、ある程度相殺する事になった。


 ここだけの話、本来なら無料の土地代や、建築費や人件費にギルドの労力への報酬をそれなりにゴリゴリに練り込んで相当額を吹っ掛けてもらう事になっているけど、それでも残金で城が立つそうだ。



 これ以上削ると、他の治療魔法士の報酬単価に影響を与えかねないって言うけど、黙っていれば判らないんじゃないかな。


 私の至極真っ当な感想は礼儀正しくルツィーさんに無視されて、ギルド内の相談室で思わず突っ伏してしまった私を護衛だからと勝手についてきた元赤が指をさして笑っていやがった。プゲラってなぁあんた。


 そのネタを教えたのも私だけどさ、後で何かで仕返ししてやろう。



 兎も角、報酬の残金はある程度ずつ私の口座に振り込んでくれるとの話で、私としてもエステーザに負担を懸けるつもりが無い事を話し合った結果、20年、240回払いの月賦払いにしてもらう事になった。


 流石に20年も元赤を私の元に拘束しておくわけにもいかないから、ある程度上の人達が満足した辺りで元赤の人質生活もお役御免、という事になりそう。



 どのみち私は数百年位じゃたいして年も取らないからね。というか年とらん。生きるのに急ぐことは無いし、足りる以上の金銭に強い執着がある訳でもないから、その位で丁度いい。


 それに、ちょっと早くもらえる年金みたいな感覚で、私としてはお得感がバッチリだ。



 最初の人生では年金をもらえる年齢までは生きられなかったから、こういうのは結構端末・分霊・個体わたしたちって好きなんだよね。



 そんなこんなで、私達塒組は冬前には新しい塒を手に入れるべく、各々が出来る努力をして日々を過ごしていた。




 あぁ、それにしても暑いなぁ。ローブから出ている手が焼けちゃうよ。土方焼けならぬローブ焼けだね。手袋でもしようかな。


 さっき外を歩くお嬢さん方が日焼けして困るって話していたっけ。治療魔法で日焼けを治して美白にしたらこの世界でも商売にならないかな……。

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