爛れた報酬に浸るアンカー

 ぐぐもった声と荒い息遣いが部屋の中に籠る。独特な臭いが立ち込める一室に男女……男?女。見た目だけで言うなら女女の複数名が特大サイズの寝台で蠢いていた。やがてひとしきり満足したのか、動きが穏やかになり皆が余韻に浸り始める。


 見た目は女ではあるが、何故か先ほどまでは男性としての機能を存分に発揮していたリンは、目の前で上気したまま目をつぶって余韻に浸っているロンデの失ったはずの左腕を見つめていた。因みに既にリンの下腹部には男性機能は存在しない。



 そんなリンの後ろから、先程迄睦合っていたもう一人の女性が抱き着き声を掛ける。



 「ロンデの左腕、もう大丈夫そうじゃないか。大したもんだよりんちゃんは。」



 「さっすが私達のご主人だけはあるねぇ。」



 更にもう一人が軽い口調でリンを褒めたたえると、その事についてご褒美が欲しそうにリンを見つめる。そんな惚れた女たちの表情に誘導されるように、リンも仕方ないなと言うような顔で彼女の頭を撫で始める。


 先ほどまで、それ以上の行為に及んでいたはずの彼女たちは、こういうものはまた別腹なのか、至福の笑みを浮かべて体をよじっていた。



 「まだ完全とは言えないだろうけどな。特に力を抜いた繊細な動きを求められると、まだ以前のようには動かせないみたいだし。」



 「だからあんなに何度もさせたんかぁ。単にエロい目的だけと違ったんだね。」



 「いや、エロ目的だよ。俺にとっちゃ重要な事だからな。」



 そう言うと寝室にはクスクスと笑いが漏れる。不意に寝室のドアが開き、ナギハが入室してきた。その手にはお盆がのせられていて、水差しと人数分のコップがのっている。



 「さ、もうみんな満足しただろう?後が詰まっているんだからさっさと変わってくれないか?」



 そんな事を言いながら、コップ水を注ぎつつ、一人一人に手渡していく。最後にリンに渡す際にさりげなく彼女の手の甲に手を這わせて軽くつかんでから離す。それだけでリンの表情が期待に緩み始めた。


 とはいえ、どのような手段を使っているのかは不明だが、それでも先程迄激しく求め合っていたのだから、多少なりとも休憩をはさみたかったのだろう。リンはナギハを空いている椅子に座らせると、特に目的の無い雑談を始めた。



 「そんなに焦んなよ、ナギハ。ま、確かに機会は限られているけど、全くないわけじゃねぇんだし、ちゃんと全員愛してやってるじゃねぇか。」



 「少しでも長い時間、愛されたいに決まってるじゃないか。私も早くあんたの子が欲しいって思うのは当然だろう?


 あんたとの子ならきっと強い子が産まれるよ。」



 そう言うとナギハは自分のお腹に手をやり目をつぶる。そんな仕草にリンは獣欲を目に滾らせるが、流石に体はまだ少しの休憩を欲しているらしく、先程もらった水を一口飲んで火照る体を落ち着かせようとしている。



 「前にもいったが、男は産まれんぜ?俺の種から産まれる子供は全部女だ。」



 「リンが基本が女だからだろ?それは前にも聞いたし納得している。私達の種族は女であっても強き戦士にも魔法使いにもなれる。


 上位種になれるのは女の方が多いくらいなんだ。何の問題もないさ。


 それに子供が欲しいだけがあんたを愛する理由じゃないのは解ってるだろう?」



 そう言うとナギハは座っていた椅子から立ち上がって、寝台の上に腰を下ろし、周囲を女たちに囲まれているリンに何とか近づこうとにじり寄る。



 「先に孕んだ那智が羨ましいぜ。」



 そんなナギハに少々怖いものを感じてリンは苦笑を浮かべると、後ろから回されている手に自分の手を被せる様にしてその手を撫でる。


 それを受けた訳では無いだろうが、リンの後ろから抱き着いていた女、エルフのニューラがぼそりと呟く。因みにダークエルフではなく、普通のエルフの様だ。



 「それはそうと、作戦が上手くいって一安心だよ。」



 女は今回のリンの立てた作戦について、実施前から度々考え直そうと仲間達に提案していたようだ。作戦が成功した時一番胸をなでおろしたのも、作戦の一番の根幹部分に関わっていたのも彼女であり、その事もあって今回の機会の一番槍の権利を手に入れ、行使したのだ。


 もっとも反対した理由は事を成すのに怖気ついたのではなく、単に自分が作戦全体を左右する重要なポジションをこなせるかどうかが自信が無かったからだ。作戦自体には彼女も乗り気だった。



 「まぁな。不安が全く無かった訳じゃねぇけどな。森に向けて放った二発目には肝を冷やしたぜ。方向で、まぁ囮に引っかかってんなってわかっちゃいたが、流石の破壊力だったな。


 ニューラが気張ってくれたおかげだよ。ありがとうな、ニューラ。」



 「どういたしまして。私はもう十分ご褒美貰ったから、満足よ。それにしても神様って本当にすごいのね。


 自分に懸けられた術を解析して、術者を特定するんだっけ。そしてその術者に向けてほぼ正確に反撃できるって、どういう理屈でそんな事が出来るのか私には理解不能よ。まず目の前に存在しない術の行使者を特定できるって意味わからない。


 少なくとも私達の手の中にはそんな技術も術理も存在しないわ。


 多分、ハイエルフの方々でもそんな真似できないでしょうね。」



 彼女の知る限り最高の知者であるハイエルフでも実行不可能な奇跡の御業に、恐れ入った様な仕草を見せるニューラ。もちろん、彼女が本当に恐れ入っているのは自分が抱き着いている女性、リンに他ならないわけだが。



 「それでもフェイクに引っかかっている辺り、地力はあってもまだまだ足りねぇよ。神を名乗るのはな。破壊力と砲撃距離は流石の一言だけどな。


 力が足りねぇから、世界はこんなにも乱れている。いや、力が足りてもこの世界は荒れるかもしれねぇけどな。」



 「魂の循環だね。」



 そのとおり、と言わんばかりのリンの表情に、余韻に浸っていたはずのロンデがにやけている。



 「ま、どちらにせよ、このままじゃお前たちが望む世界なんて訪れる筈もない。前にも言ったが、どのみち俺らは同じ穴の狢だからな。


 目的を達成するためにはお互い助け合わないとな。」



 そう言いながらもう一口水を飲むリン。




 「最後の一撃。たくさん死んだんでしょう?」



 ボツリと呟くベッド上のもう一人の女、ダークエルフのジルフィーが今更ながらに後悔をにじませている。彼女達も無意味な死は決して望んでいる訳ではない様で、その言葉にベッド上の女たちが表情を曇らせる。



 「だろうな。俺達の同胞ってわけじゃねぇが、それでも俺達の身代わりに死んでいった奴らだ。おなじ種族の奴らも沢山いただろう。


 だけどどの道、それらの死も計画には必要だった。そしてこれからもどんどん死ぬぜ?だからさ、もしそれに耐えられなくなったらいつでも抜けてかまわねぇよ。


 恨みはしねぇし、産まれる子も冷遇はしない。望むなら引き取っていっても構わないし、母子ともに生きて行く為に必要な援助はする。


 この先、似たような事は何度でも起きる。目的を果たした後は必ずお前たちに報いるし、俺の元を去ったとしても、俺は決してお前たちを見捨てたりはしねぇ。」



 そう言うとリンは女たちを見渡して呟く。



 「俺はお前らに惚れてるからな。」



 彼女の日頃の言動に似合わない、赤らめた顔を隠すようにして絞り出したその一言は、的確に彼女たちを打ち抜いたようで、我慢の効かなくなったナギハを始め、もう満足したと話していたニューラやその他の女たちがリンを押し倒した。



 そしてその騒動を聞きつけた、順番を待っていた他の女達にもそれが波及したらしく、結局の所滅多に訪れない”機会”とやらはいつもの様に混沌とした手の付けられない状況に陥ってしまったようだ。



 ……そんないつものドタバタをじっと見つめていた女が、氷の視線を彼女たちに浴びせていた。薄く意味ありげに微笑を浮かべた女は、少し膨らんできた自分のお腹を優しく擦ると、その擦った手を自分の頬に持ってきて今度は頬をさする。



 絶対零度のほほえみを寝室で騒いでいる者たちに向けながら。






 「私も混ざりたいの……。」



 どうも彼女は単に羨ましかっただけのようだ。

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