道化師 かく語りて
そこには昔日の面影は既になく、とうに人々が営みを送れるような場所ではなくなっていた。ただ、瓦礫の中に時折子供が喜ぶような木造の玩具が埋もれていたり、割れた陶器の欠片。そして腐敗した遺体がかつてそこがどういう所であったかを示すだけだ。
男は、自らの上司から指示を受け、自分の受け持ちの場所にて冒険者と共に汗を流しならがれきの撤去作業に勤しんでいた。
「よぅ、ケリー。また御遺体が出てきたみたいだ。この陽気だからな、かなり痛んで匂っているし掘り出すのに手間がかかりそうだ。」
「あぁ、今見に行く。一応、キープパウダーを用意してくれるか。」
いつもであれば下水路の掃除の監督官をやっている筈の彼、ケリーはとある事情で本来の担当を外れる事になり、現在では臨時で南地区の復旧作業に従事している。とは言え、これは彼に限った話ではなく、東と南地区の復旧がこの最前線都市、エステーザにとっては喫緊の課題である以上、後に回せる余裕のある業務は軒並み後回しになるのは道理であろう。
ましてや若い男手であるのだから、なおさらこのような作業に回されるのは当然の事と、本人は特に気にしていなかった。とは言えこの世界、男女の性差による肉体能力の違いなど、個人差、種族差で簡単に埋まる程度のものでしかなく、ある意味、この分野だけで見れば男だから、女だからと言った言葉は適当ではないかもしれないが。
現に彼の横で、とある事情があってから一切彼の傍を離れようとしない外見12~3歳くらいの女の子が、大人顔負けの膂力を発揮して大きな壁の瓦礫をひょいと持ち上げて運んでいく姿を見れば、この世界なりの事情をある程度実感を持って理解できるであろう。
年端のいかない女の子であるからと言って必ずしも弱者ではなく、体力に勝る筈の青年男性とは言え必ずしも搾取する側ではない、という事を。とは言え、この場合は外見がどう見えたとしても実情とは関係は無いかもしれないが。
よく言う、恋愛は惚れた側が負け、と言う言葉が真実であれば、このケースは明らかにこの少女が敗者である事は一目瞭然である。
キープパウダーを持ってきた冒険者に礼を言って、既定の手順で処理を終えた後、遺体を傷つけずに掘り出すためのチームに伝言を頼み、自身は目印の旗を立ててから先ほど作業をしていた場所に戻る。その後をひょこひょことついてくる少女に、少々呆れ気味の女性冒険者がぼやく。
「オーガ種って奴は、一度惚れるとあんなに一途なのかねぇ。結構
「あぁ、どういう経緯かは知らないけどね。あの子にも色々あったんだろうさ。
それと節操なしではあるけれど、結局誰にも相手にされていないから問題ないさね。間違いなく、ベルトゥーラ様の信者並みに他の女に手出しは出来ていないはずさ。」
「なんだい、またケリーは振られたのかい?たしかお嬢ちゃんと同じ、下水掃除の女の子にちょっかいを掛けていたって話だったはずだけど。」
「さてね。ただお嬢ちゃんの目の前でやらかしたって話は聞いたよ。その後あいつは下水路の監督官から外されたって話だけどね。」
そんな陰口を本人に聞こえても構わないという風な大きな声で話す女達。その周りで苦笑を漏らす男性冒険者たち。それもそのはず、この会話はこれが最初ではなく、同じ面子で似た様な話が何度か繰り返されたものであったから。
そんな話を繰り返す女達の内心がどうであったかはわからないが、その会話が耳に入っている筈の少女とケリーは特に気にした様子もなく、仕事に戻っている。口の中で色々と呟いているのが聞こえているのは常に傍らにいる少女だけだろう。
彼が口にしている内容を知れば、少女への同情がさらに集まりそうではあるのだが、それを耳にしている少女は特に気分を害した様な様子は無い。
「あぁ、エリーさん、俺の女神様。貴女は俺が守るべき女性。俺が手折るべき花であったのに、どうしてこうなったのか。
ま、まぁ?少しいきなりだったかもしれないし、ルツィーの言う通り、気持ち悪かったかもしれないけど、俺が最初に唾を付けたんだから他の奴に取られるのは辛すぎる。」
少女を横に侍らせて、その言葉は色々と台無しな男であるが、ただ側に居られればそれでいいと言わんばかりに少女は無言のまま笑顔で作業に従事している。
「それにしても、性奉仕の依頼は収入の程度で受付を判断されるって、おかしいだろ。貯蓄、財産で見て呉れりゃ、エリーちゃんへの依頼も受けてもらえただろうにさ。
俺、金ならあるんだけどなぁ。」
「口座を作っていませんし、お金預けていませんよね。もし財産が判断基準に入っていたとしてもそれでは調査する側も判断できないのでは。」
とても少女とは思えない言葉遣いでか細い声がぼそりっと彼の耳に入ってくるが、彼の表情に驚きは浮かばない。ただ、ハッとした表情でそれがあったかと呟く。
「それに、係累の記録もいじっていませんから、その財産、何処から出てきたのかっていう話になってしまいますよ。
良いじゃないですか、彼女一人、確保する為に危ない橋を渡る必要はありませんよ。
私は貴方の側に居られれば、お情けをいただければそれで十分ですし。」
そんな少女の言葉に苦虫を噛みつぶしたような表情でケリーは小声で返事する。
「俺って男はさ、一人の女に縛られるような男じゃないのよ。わかるだろ?」
「私一人でも、貴方の愛の全てを受け止めるだけの体力はあります。幾晩の徹夜でも喜んで頑張れます。」
少女の恥ずかしげもなく言い切る様子に、そういう所なんだけどなと言わんばかりのケリーは、何度も繰り返したことのあるこの手の会話を続けることに若干の疲労感を感じたらしく、その点に触れるのをやめたようだ。
「いやいや、そういう意味じゃなくてな。っつーかわかってて言ってるだろう。」
「そうでなくては貴方様にお仕えできませんもの。」
「はぁ、エリーちゃんをこのまま放っておくって手は無いだろう。俺の女にするにしてもそうじゃないにしても、よ。」
エリーが聞けば背中に鳥肌を立てて一通り悶えた後で、激怒しそうな言葉だが、ケリーは特に気にはしてい無い様だ。この様子だと例え本人を目の前にしても、事情が許せば真顔で同じ言葉を放ちそうな雰囲気がある。
まるで他人の事情など知った事ではないとでも言いたげな。
「そう思われているのは主様だけではありませんでしょうに。いまのお立場ではどのみち瓦礫を掃除して愚痴をこぼしているのが精々だと思うのですが。
第一、本当にそうお望みなら、そうなさればよろしいでしょうに。
どのみち、主様が求めれば、エリーとやらも否やは無いでしょうし。」
そんな少女の言葉に、漸く表情を戻して、それでも難し気な顔で少し考えているようだ。やがて考えが纏まったのかそれとも考えるのをやめたのか、先程と同じように口の中でつぶやく。
「さて、それはどうかね。お前にゃ判らんだろうがそんな簡単にはいくまいさ。」
「貴方がその気になっても、エリーとやらを好きには出来ない、とでも?」
「解らん。彼女がとんでもない力を持っている事は一目でわかった。あれは神に届きうるとね。
その反則じみた外見も、目を引くが、彼女の内に充満している力はそれの比ではない。あれを手に入れる事が出来れば、色々な問題も片付くだろうさ。
ただ、これは単なる勘なんだけどな……。
エリーは簡単にどうにかなるような女じゃない様な気がする。手を出したらその手毎噛み切られるような、そんな激しい一面があってもおかしくないな。」
そんなケリーの言葉に少し呆れた様な少女の声が返ってきた。
「それはそうでしょう。彼女は巷の噂では生と死を司る女神なんて言われていますし、彼女の作り出したクレーターは彼女への名声と信仰を高めるオブジェになりつつあります。
その辺の男が手を出せば、火傷で済めば奇跡でしょうね。
決してなすがままな女ではないでしょうけど、それでも貴方をどうこうできるようなモノには見えないのですけど?」
ケリーは口の中で溜息をつくという器用な事をしてから彼女から視線を外して作業に戻る。戻りながらまたボソッと返事をした。
「ま、表面だけを見ればな。それより来るぞ、もう黙れ。」
そうケリーが呟いた直後、彼に近寄った女性冒険者からまた死体が発見されたという言葉が彼らに懸けられた。
直ぐにそちらに向かうと、答えた後は少女に気を留める事もなく、今度は完全に独り言を彼は呟く。
「まったく、どこの誰だか知らねぇが、とんでもねぇモンを呼び出しやがって。あーあぁ、ったくよくも俺の街をひでぇめに合わせてくれたもんだ。
この落とし前は必ずつけてやるからな。」
その独り言を耳にした少女はブルっと体を震わせ、顔を紅潮させて喜んでいるように見えた。
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