とあるギルド受付嬢の思う事

 エリー様が所有する事になった旧孤児院の周辺に現在建築中の、あれはお屋敷と呼んでいいのだろうか。多分お屋敷と言うよりも孤児院とか救貧院を大きくしたような施設の進捗状況を確かめに現場に赴く。


 エリー様担当の私が毎日こなすべき、重要なお仕事だ。ギルドとしてここで無責任に確認を怠ってしまっては大恩あるエリー様に申し訳が立たないし、我が都市がエリー様に見捨てられるような事があったら私の命一つでとれる責任でもありませんから。




 縄張りはかなり大きくとったし、建物の大きさだけで見ればその辺の貴族のお屋敷よりも立派な3階建ての建物だ。ただ、建物は大きいけれど、貴族の館にありがちなパーティーなどを行うホールや、豪華な食堂、客人を迎える為の広い玄関ホールなどは存在しない。


 あって、精々エリー様が仰っていた、皆で食事をとったり寛いだりする為の食堂が各階に設置されているくらいでしょうか。


 棟梁さんから出された設計図で見ると、治療院を大きくした様にも見える。各部屋も患者が入院するような部屋がいくつも並んでいる、そんな建物。



 そのままエリー様の仕事場にすることも出来そうで、最初はそれを意図して設計したのかと思ったのだけれど、エリー様はこのお屋敷に仮登録の子供達を住まわせるつもりらしい。


 いまの旧孤児院はそのうち取り壊して、そこはまた立て直す予定だと仰っていた。



 今回の騒動で親を亡くした子供達もかなりいる。特に東地区に住んでいた人達は、あの爆発が起きる前に家族だけでもと西側に避難させた方々も多かった。


 パップスの動乱の度に攻め込まれる外街の東と南には、それなりに腕に覚えのある引退した冒険者たちが居を構えていることが多い。特に東地区にはギルドの最精鋭と比較しても圧倒的なほどの戦力が揃っていたのだから、彼らが一度に消えてしまった事は我が都市にとって致命的といっても過言じゃない傷跡になった。



 ギルドとしては、被害を逃れる事の出来た彼らの家族に対して無関心ではいられない。彼らの家族を見捨てれば、今度は私達ギルドが冒険者に見捨てられる事になるだろうから。


 既に被害の無かった西地区と北地区に振り分けて、彼らの生活を援助しているけどエリー様は立て直す予定の孤児院でも身寄りのない子供達を引き取ってはどうだろうかと提案していただけた。直ぐにではない。来年以降の話になるでしょうけれど、それでもここで引き取っていただければ、その分他の施設に余裕が生まれて彼らの暮らしも楽になる。


 その際には今建てているお屋敷も、有効利用したいとのお考えの様で、それでこのような作りにしたのだとのお話だ。



 そうなれば、私も心ならず性奉仕の仕事を、まだ子供にしか見えない女の子に進める事も少なくなるだろう。



 そもそも、ここに未婚の18歳の乙女がいるのだから、まずお子様は引っ込んで私を娶るのがスジだと思うのですけれど、壁内で暮らして奥手に育ってしまった為に、未だに私を引き取ってくれる人はいません。


 男の人が怖いのは未だに治りませんし。



 ん、それは一先ず置いておきましょうか。



 エリー様は奇特というか、何と言うか不思議な方だ。ご自分の利益を一番に考えて行動されたとしても、誰からも何も言われないと思うのですけれど、そうはなさらない。あれだけの収入があるのだからあの旧孤児院を出て家を借りるなり建てるなりして、裕福な生活を送る事も出来る筈なのですけれどね。



 普段の言動もご自覚があるのかないのか、とらえどころのない奇妙な言動が目立つ事もある。聞いたことの無い言葉をいきなり話し始めて、こちらがキョトンとしていると、急にニヤニヤしながら言葉の意味や使い方、使うべき場面を説明してくる。


 ジル様や支部長はそれを面白がってよくお話を聞いているようですけど、正直、私はついていけません。それに私がエリー様を様とつけて呼ぶと悲しい顔をされますし、私が彼女をぞんざいに対処すると喜ばれます。


 そんな時、エリー様は時々抱き着いてきます。


 正直、ドキドキしてしまって、その後暫く動悸が止まりません。



 早く、お嫁に行かないと色々と手遅れになりかねません。非生産的な行為に人生を消費する余裕は今の人類種にはないのですから。


 何処かに良い人、いませんかねぇ。



 出来れば、優しくて女性的で怖くなくて……。人並に稼ぎがあれば後は私が働いて食べていく事も出来るでしょうし、私の様に少し年がいっていても文句を言わないでお迎えしてくれる素敵な方がいてくれれば直ぐにでもお嫁に行くのですけど。



 ……怖くなければ。






 特に何の問題もなく、日課を熟すように今日も建築現場で棟梁さんとお話をして進捗状況の確認を終えて、一安心。今日はエリー様は現場のお手伝いではなく、治療院のテントの方でお仕事をなさっているようで、お会いできなかった。


 建築現場でなら、多少の私語も問題は無いでしょうけど、治療院の方では患者さんのプライバシーもあるでしょうから、部外者が気軽に出入りするわけにはいかない。このプライバシーという言葉もエリー様から教えてもらった言葉でしたっけ。



 この単語と考え方はギルド内でかなり急速に広まっています。確かに今までが雑過ぎたという事もあるでしょうけど。言語化できないでいたけど、これは問題なのではないかと以前から思っていた事象に、言葉が与えられて初めて問題意識を共有できたと言うべきでしょうか。



 冒険者との依頼の情報のやり取りにも、今までの様に受付で誰もが聞き耳を立てられる状況でオープンに話すような環境で良いのか、と言った指摘が受付嬢の中からも出始めていたりします。



 改善されるとしても、随分先の話になりそうですけど。



 そう言えばエリー様が初めて私の受付にいらっしゃったときの事を考えると、プライバシーもデリカシーの欠片もない対応だったことを思い出しますね。


 初めて彼女を見た時には、一瞬言葉に詰まって見惚れたものです。この辺りでは少し珍しい黒髪ですが、濡れ羽色とでも言うのでしょうか、艶のある黒髪のロングで、著名な彫刻家が精魂込めて彫り上げたように整った顔立ち。これで耳がとがっていたら、珍しい髪色のエルフだと言っても誰も疑問には思わないでしょうね。


 これは多分、男性に引く手あまただろうな、と思ってしまった。それに、こんな可憐な女の子が生きて行く為に不特定多数の男性に良いようにされるのもかわいそうだと思ったのは事実ですし。



 あの時、直ぐ近くに他の冒険者も男性職員もいなかったのは不幸中の幸いと言って良いかもしれませんけど。


 少し耳をすませば話の内容が聞こえるであろう距離に男性が居たのは確かですし、その状況で性奉仕の話をしていたのですから、こういう考え方を持っていたエリー様にとってみれば、恥辱の拷問を受けているような感覚だったのではないでしょうか。



 今更言っても始まらない事なのですけど、何も知らなかったとはいえ、あれ程の魔法の使い手に私は無謀にも性奉仕のお仕事をお勧めしたんですよね。


 エリー様が理性的でお優しい方で良かった。本当に。



 彼女が治療院付近に作り出したクレーターは、その大きさこそジャイアントが作り出したクレーターと比べて小規模ではありましたけど、その威力は劣ったモノではない様で、ジャイアントのクレーターがその日の夜に直ぐに中に入る事が出来たのと比べて、エリー様の作り出したクレーターはしばらくの間高熱を発し続けていて、落ち着くまで数日間だれも近づく事が出来ませんでした。



 あの時、彼女が私の態度にお怒りになって、その力を振るわれていたら……、今頃私はお墓に入れる為の骨も残らずに消え去っていたでしょうね。



 知らないというのは幸せと言うか怖いと言うか、第一、エリー様のように控えめな言動にも問題があると思うのですよ。実力のある方は、出来ればある程度その言動にもそれを示してもらいたいんですよね。


 少しくらい偉そうな態度を取ってくれていれば、その違和感からあんなに無思慮に性奉仕の仕事なんか紹介しなかったのですけど。



 考えてみれば、普段から頭にくる偉そうな貴族の方や、権力、財力をお持ちの方々の話し方って、それなりに意味があったんですね。


 「私はこれだけ偉い人間だから、気を付けて接してくださいね。」という警告の様なものなんでしょうね、あれって。そうね、そう思えば、これからはそのような言動に腹を立てる事もないでしょう。



 ギルドへの帰りに、治療院のテントの有る通りを通っていく事にした。お話をする訳ではないけど、ちょっと顔を見る程度ならご迷惑でもないでしょうし。大した寄り道でもないですから。


 巷の噂ではエステーザの守護天使、生と死を司る女神様。そんなエリー様の御顔を遠目でも見られた日は、張り切って働ける気がするもの。会話が出来たら更に気力充実よね。




 治療院のテントが並ぶ通りに出た時、昨日までは見なかった板を立てかけただけの看板が目に入った。看板には「究極の美白を貴女に。美しさの基本は美しい肌から。治療魔法を駆使した、化粧で誤魔化さない完璧なお肌を貴女に!」という文言を目にして、思わず頭を抱える。



 エリー様、また何かを始めたみたいね。まったく、皮の加工に関してもそうだったけど、とんでもない事を無自覚で始めないで欲しいんですけど。治療魔法士の身元の保護にも関わってくる問題ですし、せめて一言こちらに相談があっても良いと思うんですけど……。



 少し泣きたくなる私。エリー様担当続ける自信が少し無くなってきたかも。



 予定と違って抜けてしまった気力を何とか振り絞って、事情を聴くためエリー様の元に向かうのでした。

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