この世界のギルドって酷いな
先輩の冒険者の方々が仕事を受領し出払っている為か、人影の少ない冒険者ギルド。そこに私は意気揚々と乗り込んで、登録業務を行っている窓口へと足を運ぶ。
満面の笑顔と胸いっぱいの好奇心にあふれた私の心を、裏切るかのような登録担当受付嬢の平坦で擦れた対応は、ほんの少しだけど私のヤル気を萎えさせた。
反面、安心も出来たけどね。
ギルドの決まりで成人、満15歳に達していない者は一定の条件を満たさなければ仮登録しかできない。
何の装備も持たない11歳の年端もいかない小娘が、ギルドに登録しに来たのだ。受付に並んだ時点で、考え直せだの、村に帰りなさいというお説教が飛んでくるかと思っていた。だけど受付嬢の話だと11歳どころか6歳位の子供でもギルドに仮登録をして、生きる為に日銭を稼いでいるケースも少なくないそうだ。
危険だけど報酬が比較的良い下水掃除だけが仕事ではない。
1日働いて何とか1日暮らしていける程度の薄給だけれど、農家の手伝いや荷運びなど様々な仕事があり、生活に喘ぐ家族や仲間達の助けに僅かにでもなればと、日々子供たちが労働に勤しんでいるらしい。
ただ、飽くまでも生活の補助にしかならない。季節によっては体格のいい人が優先される力仕事しかなかったり、そもそも子供に任せられるような仕事は少なかったりする為に、やはりそれだけで生きて行けるようなものではない。
多くの子供の仮冒険者は命の危険を顧みず、下水仕事でお金を貯めて冬を越すために死に物狂いで働くのだ。
例外的に、冒険者ギルドへの依頼なのに性的な奉仕など、まるで娼婦と変わらないような仕事内容の依頼が出ていたりする。その場合大抵は指名依頼になっているようで、何やら社会の闇を感じる。
本来冒険者ギルドが受けるような依頼ではない。仮登録のギルド員にはギルドとして正式に仕事を出しているというより、日々食べていくための仕事を探している人達に、善悪を別として生きる為の選択肢を提供するという考え方のようだ。
外街でフリーの街娼をするよりも安心であるという一点でギルドに仮登録する幼い少女たちも多いらしい。
娼館に身売りをするよりは自由も効くし多少は客を選ぶことも出来る、程度の安心だが。
仮登録の料金は無料で、名前と年齢をギルドのおねーさんに告げた後、何の皮で出来ているか分からないリストバンドを仮のギルド証として渡された。そしておねーさんは少しバツの悪い顔をして、私にも娼婦としての仕事をしてはどうかと進めてきた。
おねーさん曰く、私の見目が桁外れに良いため、遅かれ早かれ有力者に目を付けられて指名依頼を出されるだろうとの事。
妊娠の危険はあるものの直接的な命の危険は無いし、それなりに安心して暮らせる程度の報酬ももらえるし、貯蓄も出来る。ギルドが後ろ盾になるので、何かあった時には依頼主にちゃんと責任を取らせる事が出来る、って言われてもね。この場合の責任とは妊娠したら身請けしてもらえるという事だろうか。
ナニコレ?ロリコン専門の結婚斡旋所か何かなのかな?
もちろん指名依頼を断る事は出来るし、その後不利益を被る事は少ないが、少ないだけで全くないわけではない。特に見目麗しい女の子は執着されることが多く、私もほぼ確実に物好きの金持ちに執着されるだろうとの事だ。
これでは村で妾にされるのとそれほど変わらない。なんという悲劇的運命か。というか運命が全力で私の逃げ道を塞ぎに来ているようにしか思えないのだが。
「エリーさんは目鼻立ちが整っていますし、スタイルも将来有望です。エルフの方々と見比べても見劣りしませんもの。彼の方々と違って胸の方も将来的に有望でしょうし、今のうちに唾を付けておきたいと考える殿方が多数いらっしゃってもおかしくはありませんわ。
郷里から出ていらしてそれなりのご事情はあるのでしょうけれど、命を危険にさらすよりは幾分マシな生き方かと思いますよ。
農村から出ていらしたのでしたら、もしかしたら結婚から逃げてきた……、の、かもしれませんけど。」
クリティカルに私の事情を当てにくるスーパー受付嬢。何故分かったのかと視線を送ると、私の様な結婚から逃げてきた女の子はそれこそ毎年毎月、農村からギルドにやって来るらしい。決まってそんな女の子は比較的可愛く、奇麗だったりするのだそうだ。
見目がいいのが仇になり、私のように子供が産めるようになったとたん、田舎の権力者の妾にされそうになった子達がそれなりにいるって事かな。
この仕事を勧めるのも、そんな女の子の最終的な落ち着き先を提供する手段の一つとの事。おねーさん曰く、依頼者の年齢や収入はギルドの方で確認しているから、理不尽な組み合わせになることはないし、無理をして危ない仕事を受けてあっさりと命を落としたり、化け物に掴まって苗床にされるよりはましでしょ?だってさ。
優しさが本当に欠片しかない、悪夢の様なセーフティーネットに内心涙があふれてくるが、私自身の希望はとりあえず下水掃除から始めたいと伝え、万が一指名依頼が来ても受け付けないでほしいと頼み込む。
「はぁ、わかりました。可能な限りご希望に添うように努めますが、エリーさんは仮登録ですし、町の有力者に無理を押されますとギルドとしても指名依頼を出さざるを得ません。
無論、依頼の強制はできませんが、例えお断りされるとしても受付として依頼の受理を
つまり出来るだけ早く本登録の要件と、料金を貯めて正式なギルド会員にならないと、そのうち仮ギルド員として働く事も困難になりかねないという事だと理解する。最悪、チートに頼って山の中で仙人暮らしをする羽目になるかも。
世の権力、財力のあるロリコン野郎共め。絶対に許さん。私へのピンク色な指名依頼を出す奴がいたら、いずれもぎ取ってくれる。ナニを?とは言わないが、絶対にだ。
とは言いつつもこの世界が何故ここまで子孫繁栄に拘るのか、分からないではない。単純に、増えねば種族として力負けして滅びるからだ。
人類は伊達に生存競争の渦中に置かれている訳ではない。戦う力もしくはそれ以外で戦力に貢献できない者は繁殖で種族に貢献する事が当たり前のように求められている。だから、この手のお仕事の斡旋も、その後の責任を取らせる方針も、さらに言えば救済措置に近い幼年者の雇用形態も。全て増えて増す為の方策の一環と言うわけで。
つまり、女性の権利とか男性の義務とか我々にあるべき人権とか、そういう寝言は安心して眠れるようになってから言え、と。
そしてそこまでしても人類の総人口は増えも減りもしないギリギリのところで維持されているのが現状だ。
本当に世知辛い世の中だよ。
一通り受付を済ませ、無事に午後の下水掃除のグループにエントリーできた。後は集合時間までの残り2時間の内に、仕事の内容や道具の貸し出しについての簡単な説明をうけてさっさと昼食を済ませる。
人目があるし、冒険者としての一日目がとりあえずスタートしたわけだから、いつものようにネットワークで仕入れた食事をとるわけにはいかない。どうにもならない時なら兎も角、他に手段があるのだからそう頻繁にズルしちゃ駄目だよね。
受付のおねーさんに教えてもらった近くのパン屋で一番安くて量のあるカチカチのパンを買って腹ごしらえを済ませておく。そこそこのボリュームがあって一つで銅貨一枚。私の胃袋だと食べきれない位の量だけど、頑張っておなかに収める。店員さんかっこいい美人さんで、店長さんごつくて怖い感じのおっちゃんだったなぁ。
パンは円に換算すると大体300円位だろうか。実家で食べていたのよりは美味しいけど、飲み物が無い状態で食べるのは少し辛い。川が近いのでそこで食事を済ませて水も適当に川からいただく。
この辺は街をとおって下流だから正直、川の水は口にしたくないのだが背に腹は代えられない。井戸水が飲めるように、コップや器等は早めに用意しておかないと生活に支障が出るわね。
とは言え既に手持ちは銅貨2枚に鉄貨15枚。鉄貨は15枚で銅貨1枚相当だから、実質残り銅貨3枚、約900円。
うん、これじゃコップ一つも買えないかもしれない。この世界、コップ一つとっても職人のお手製だからね。
川では体中泥だらけの子供達が川の水で手の汚れを落としてから嬉しそうにパンをかじっている姿が見られた。おそらく午前中の下水掃除にエントリーされた子達だろう。まだ冷たい川の水で手を清めるその姿が寒気を誘う。
侘しい食事と恐怖の水分補給を済ませた後は時間までギルドで待機してそのまま午後の下水掃除のグループに参加した。午前中から続きで仕事をする者が多いのか、身体や服が汚れたままの者が多い。川で見かけた子供達もいる。
「よう、さっき川で見かけたけど、新顔だよな。」
彼方も私に気が付いていたのか、グループのリーダーっぽい男の子が話しかけてきたから「うん、そうだよ。宜しくね。」と愛想よく頷いておく。
どうも彼は護衛組のリーダーをしているらしく、周囲には短く振るいやすい大きさの棍棒を持っている子供たちが彼を中心に集まっていた。年の頃は14歳か、もう少し上だろうか。下水通路で自由に身を動かすのにはギリギリの背丈だろう。
彼だけは棍棒ではなく少し刃の長いダガーの様な武器を腰に佩いている。おそらく懸命にお金を貯めて手に入れたであろうダガーは、きちんと手入れがされていて使い込まれているようだ。それを見ただけで何となくこの子には好感が持てる。
「へぇ、顔がいいのに態々命懸けの仕事を選ぶ辺り、大した度胸だよな。気が進まないにしても、目をつぶって股を開いて寝てりゃぁ食っていける器量は十分あるってのによ。
まぁ、いずれ逃げ道塞がれて、どこかの男に買われるようになっちまうだろうけど、それまでは宜しくな。」
前言撤回、すげぇ嫌な奴だ。こんな奴、いつか引っこ抜かれて悶死してしまえばいいんだ。
「逃げ道を塞がれる前にさっさと本登録を目指しますからお構いなく。」
「あぁ?気を悪くしたか?
いや、別にお前を馬鹿にしたわけじゃねぇよ。全くその逆だ。
命を懸ける必要なく生きていけるってのに、簡単な道に逃げないお前が大したもんだって感心していただけだよ。
ギルドのねーちゃんは女仕事、進めてくれたんだろ?ギルドで進められる女仕事なら、孕んでもその先面倒みてくれるし、身請けしてくれるような奴しか依頼は出せねぇからよ。
それを蹴ってあぶねぇ仕事を選んだんだ。大したもんだよ。」
「女仕事って随分と失礼な言い方よね。単純に侮辱だと思う。後お前お前って気安く呼ばないでもらえるかしら。一応両親に着けてもらったエリーって名前もあるのよ。それに自分の人生を簡単に他人に預けるつもりは無いわ。自分で切り開いていくからこそ生きていくのが面白いんじゃない。」
「応、そうか。俺もその考えには賛成だ。俺はケリーってんだ。なんだ、俺等って名前も似てんだな。
んじゃ、一応、訂正だ。エリーが本登録を終えて下水掃除が受注できなくなるまでは宜しくな。」
その抜けるような悪気の無い笑顔に、私の中に生まれた毒気はすっかりと抜かれてしまったのだった。
っていうか本登録したら下水掃除って受けられないの?初めて聞いたわ。
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