人類の最前線都市
「でっかいわね~。こんな門があと3つあるんでしょ。」
前線都市エステーザが近くなり、人通りが増えてきた街道で、何となく同道する形になった大荷物を背負った商人。彼に質問する私の声に周囲の人たちの微笑ましいものを見るような視線が集まる。
初めて大きな街を見る少女の無邪気な様子を見て和んでいるのか。だとしても特に意識をしてやった訳ではない。なんせ精神年齢だけ見れば、比較的若いこの分霊だけで換算しても齢数百万年を過ごしてきている訳で、今更この程度の城門を見て驚くような純粋さは無い。
今のは今世得たこの肉体の、個性とでも言えばいいのか。この個体(わたし)は少しの事でも大げさに喜んだり動揺したりする習性があるらしい。我が事ながら何やら微笑ましくて同時に恥ずかしい。
ともあれ世間知らずの上、手荷物一つ持たず、棒切れ振り回して旅をしていた、いつ行き倒れてもおかしくない変わり者の小娘相手に、わずか数時間の付き合いではあるが道々面倒くさがらずに相手をしてくれた荷運びの商人は、嫌な顔一つせずに自慢げに愛想よく答えてくれる。
「でかいだろう?ああそうさ。この南門が一番でかいんだけどね。他の門もここに負けないくらいにでっかいよ。今は北門で大きな工事が始まっちゃって通れないけどね。
西と東なら通れるから、今度暇があったら見てきなよ。冒険者になって外働きできるようになったなら東門から出ることが多いだろうから、今のうちに場所を覚えておく事をお勧めするよ。」
彼には道々、この先冒険者ギルドに登録して生計を立てていくつもりだと話してある。まぁ都市に知り合いでもいるのでなければ、冒険者になるか後は精々街娼になり路上に立って自分で客を取るくらいしか生きる道はないかもしれない。あとは娼館に自分から売り込みに行くか。さして人買いに買われるのと、変わらない結果になりそうな事実が切ない。違うのは自分で選択したという事だけね。
田舎から何の伝手も財もなく、身一つで出てきた信用もない11歳の小娘が、食堂のウエイトレスや店の売り子などというまっとうな仕事にありつける幸運は殆どない。世の中はそんなに優しくないのだ。
だから商人の彼も、さもありなんと頷いて冒険者ギルドについて彼が知りうることを道ながら教えてくれた。曰く、到着早々都市内に入るのは入市税の関係でお勧めできない。ギルドで働くなら最初は壁外街にあるギルドに登録した方がいいらしい。
入市税の額は大したことはないらしいけど、それでも私の今の手持ちで支払える額ではない。都市の住民やギルドに所属して働く者たちは免除されるから、先に外街でギルド登録してある程度働いて顔を売っておいた方が、安全に入市できると勧められた。
それに、この都市は間違いなく人類種族の最前線の都市なのだ。外街ですら、すでに見回りの衛兵の雰囲気がピリピリしている。壁内、外街問わずエルフやドワーフといった有名所の亜人種を始め、価値観が似通っていて、協力体制を築けている種族がそこかしこに溢れている。北門から出て数キロも進めばすぐ目の前は混沌の勢力範囲であり、魔物の巣くう大森林が広がっている。
衛兵たちの目も節穴ではない。外街を巡回している彼らの目の動き一つとっても緊張感に溢れている。私のように、旅人なのに身一つで棒切れ以外の荷物を一つも持たない、さらに薄汚れた少女など真っ先に目を付けられ職務質問の餌食になること間違いないだろう。
犯罪等を犯して、もしくはやむを得ない事情を抱えて着の身着のまま村から逃げ出す輩は掃いて捨てるほどいるだろう。そういう輩は容易に犯罪に走るし、厄介者でしかない。そう簡単に壁内に入れてくれるわけがない。
私自身、叩けば身から埃が出る立場である。きっと今頃は勝手に村を逃げ出した私に両親や縁談の相手の男性が激怒しているかも知れない。もしかしたら両親が私を探す為に、村長や領主様に願い出て手配をかけている可能性もある。たかが農村の村娘一人逃げ出したからと、態々お金をかけてまで手配するかどうかは微妙なラインだと思うけど、絶対ないとは言い切れない。領主さまなら、自分の妾になるはずの娘に、追っ手を出してもおかしくないしね。
この世界、成人していない子供に人権や自己の決定権など無いに等しい。子供はその家が自由にしていい財産の様な物なのだ。特に辺境の農村では。
もし相手の男が執念深いペド野郎だったら、私の運命も風前の灯火と言う所だ。おぉ、恐ろしい。桑原桑原……。
私に入市を進めなかった彼も、南門をくぐって壁内で商売をするつもりはないらしい。一応商人の入市税は免除されるそうだが、持ち込んだ商品には少額だが税をかけられる。荷馬車などでキャラバンを組んで大商いをする商人であるのなら、外街で商売をするより壁内で商売をした方が安全で、より利益の出る商売ができるだろうが彼のように小商いをする商人であるなら、そのわずかな税が懐に重くのしかかる。
外街で商いをするのであれば、その負担はなくなるというわけだ。ただしここは最前線都市。壁外に安全保障は無い。外街で何かがあっても衛兵が助けてくれるかどうかは未知数だ。つまり、すべては自己責任という事ね。
「それじゃぁ、僕はここまでだね。外街のギルドはここから西側、川の方を目指せば見えてくるよ。俺がお世話になっている商会は反対側なのさ。」
「色々と教えてくれてありがとう。おかげさまで道中、寂しさを忘れる事ができたわ。」
「何、将来大物になって、僕のいいお得意様になってくれるかもしれないからね。先行投資というやつさ。それに僕も楽しかったし。
君みたいな可愛い娘とお知り合いになれるのなら行商するのも悪くないね。また縁があったら声をかけてよ。」
そういうと大きな荷物を背負った商人は私に名前を告げず、私の名前を聞きもせずに片手をあげて去っていく。名前も知らなければ将来のお得意様もないだろうに、ある種の照れ隠しなのだろうか。
名も知らぬ彼は、体つきはしっかりしていて頼りがいはありそうだ。金髪碧眼でこの世界基準でも、なつかしき我が故郷、令和時代の感覚で見てもかなりのイケメンではある。さぞかし女にもてるだろうが、あいにくとこの世界はイケメンにそれほど優しくはない。
私の身にも起こりかけたが、男は甲斐性があってナンボの世の中なのだ。その点から見たら稼ぎの乏しいであろう、荷運び行商人である彼に人生を賭ける女はあんまりいないかもしれない。見目に惹かれて遊びたがる女はそこそこいるだろうけど。
お互いに身の程を弁えて自己紹介を控えたという事なのかな。旅の間の一時の心の潤いだわね。
世知辛い世の中のあれこれを頭から追い出して、私もさっさとギルドに登録するために、彼に教えられたとおりに西の川方面に向かって歩き出す。
実は私、年甲斐もなく、とは言っても肉体年齢的には年相応に、今世この世界では初めて訪れる大都市と冒険者ギルドに心を躍らせているのだ。
道中何度も
心が決定的に持ち直したのは、家族との生き別れの現状について、冒険者として身を立て稼ぎまくって実家に沢山仕送りをしてやれば、その内また堂々と会いに行けるよ、と言い聞かせたおかげかも知れない。この世界は意外と現金なものなのだ。
自然と心の底からギルドで一生懸命働くんだ、頑張るんだ。という気持ちがどんどん湧いてくる。この
まだ午前も早い頃合いだ。さっさと登録を済ませてしまえば、下水掃除の午後のグループに組み入れてもらえるかもしれない。下水掃除の報酬の相場は掃除人で半日銅貨7~8枚だ。下水の護衛、駆除を担当すればもっと実入りは良くなる。
場所が狭いので、体の小さい種族や子供がメンバーの主力になる。スラムの子供に支払う報酬にしては高額だがそれなりに怪我や命の危険も大きい。度々死人も出るが、その被害者が下水から引き上げられることは滅多に無い。被害者が出るような攻勢があった場合、続け様に襲われて引き上げる余裕が無い事が多いのだ。そのままラットやローチ共の腹に収まる事になる。
怪我や命の危険は今更だし、実家のお手伝いでも汚い、きつい、臭いは毎日の事で慣れっこになっている。ましてや今は端末として本格的に稼働を始めた結果、基本的な能力もかなり底上げされている。怪我をしても自力で治すことも出来るしね。毒も怖くないわ。
流石に装備も整っていない今日の内に護衛や駆除を担当させてはもらえないだろうけど、話によればラットやローチ、蜘蛛共の駆除は常設依頼になっており、ギルドへの仮登録が済んでいれば、いつでも好きに狩ってお金に換えることが出来るとか。
私の能力ならソロで下水に乗り込んで駆除に勤しめば、それほど時間をかけずに本登録にこぎ付けて一財産築けるかもしれない。
まず始めはお金を貯めて装備を買いそろえて、戦闘経験を積む。神様の端末としての
まぁ、ちょっとその方法が吸血鬼じみた手法も取り入れちゃっているけど、獲物が死に際して発散させてしまう生命力や、血液を媒介に吸収できる霊力は、そのまま廃棄されるにはちょっと、いやかなり勿体ない。世間体もあるし人前ではやる積もりは無いけど。
あ、それと口から血を吸うのもちょっと、遠慮したいかな。ゴブリンやオークに牙を突き立てるのもアレだし、ラットに口をつけるのも下手したら吐き気を催すかもしれない。ま、ラットの肉は食用としてギルドに収めるし、この辺で売られている串焼きの肉は大抵ラットのお肉だけど。
因みにローチなどは論外だ。あれに口をつけるとか食べるとか、普通に気絶レベルで拒絶反応が出るだろう。
ここはスマートに自分の魔力圏に触れた血液や生命力を分解して吸収する形をとりたい。これなら直接噛みつくよりは、コストもかかるしロスも多いけれど、変な病気をもらう事もないだろうし、何よりスタイリッシュだ!
私、病気にならない体質だけどね。ふと我に返る。これって普通にドレイン系統の魔法じゃん。
でもまぁ、これならうっかり口に血が付いたままの姿を誰かに見られて「ヴァンパイア!」と叫ばれることもないだろう。
チートはあんまり使わないんじゃなかったっけって?
まぁ、少し落ち着いて欲しい。この世界の人たちには「レベル」なんてものも、「スキル」なんてものも無いから、この手法自体チートであると言われたら否定はできないけれど、せっかく剣と魔法の世界に産まれたのだ。
RPGやTRPG、その他諸々をごちゃ混ぜにしたような感じにはなるけど、こういう感じに強くなっていくのも面白いと思わない?
他の奴らがチマチマやっているうちにサクサクレベルアップで最強キャラをビルドアップ。
将来的には邪魔する奴やロリコン野郎を、デコピン一つで粉々に吹き飛ばすのにも夢がある。いきなりそこに到達するのではなく、そこに至るまで一から積み上げていく、その過程が人生に彩を与えるのだよ!
大丈夫!
純粋にこの世界で産まれた奴らの中には、訓練や実戦を経て化物の様な力を持つに至った奴らが秩序側にも混沌側にも腐るほどいる。この前線都市でならその辺にうじゃうじゃしていてもおかしくない。
もしかしたらこの世界は表立って確認できないだけで、TRPGに準拠したような世界かも知れないと思える事象も幾つか確認している。まだ小さい頃、母に語ってもらった寝物語の中には、戦争の最中急に新しい能力に目覚め、味方を勝利に導いた英雄の話は作り話ではないようだし。
神に匹敵するような超越者と呼ばれる奴らも両陣営に存在する。剣の一薙ぎで何十もの兵を切り伏せたり、魔法の一つで敵の部隊を全滅させたり。
そして、それどころか神や邪神すらも度々地上に降臨して、丁々発止やり合っているのがこの世界の現状らしい。
ここは地獄か何かなのだろうか……。思わず頭を抱えたくなる現実である。
ここに今更、私程度の遠慮しぃしぃのチートが一人紛れ込んだ所で、どうという事も無いでしょうよ。
完璧な理論武装を済ませた私は意気揚々と冒険者ギルドに向かって歩みを速めるのであった。
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