ロリコンは滅びればいいのに 年頃になったとたん貞操の危機を迎えた件について ~カトラリーを自称する神の端末の冒険譚~

たらこ

私、家出しました


 切っ掛けは私に初潮が訪れ、子供が産めるようになった事だ。



 北方特有の遅い春を迎え、ようやく雪解けが始まってから11歳の誕生日を迎えて2週間。私は今11年間生まれ育った村を出て、人類の最前線都市エステーザへと向かっている。僅かな私物、何枚かのコイン、道中で拾った先のとがった棒切れと手ごろな石ころを二つ。それだけを財として。

 

 昨日まで着ていた貫頭衣と皮で作った袋のような靴は、流石に素っ裸で外をうろつくわけにもいかないので、勝手に私有物として認定させてもらったけどね。両親の思惑通り行ったとしても、どのみち服と靴くらいは持たせてもらえただろうし。



 人類種族の勢力範囲の中央側に位置する、比較的魔物の被害が少ない平和な村だといっても、前線都市を支えるための税負担は軽くない。人類の興亡が冗談ではなくかかっている為に、そうそう簡単に嫌だと放り投げるわけにもいかない、というのは村長さんや徴税官様のお話。



 そんな農村の3男5女の4番目の娘に産まれたからには、自分の行く末がどうなるかは、姉達をみてよく知っていた。別に特別な事ではない。長女は10年前、13歳の時に当時25歳の隣村の農家の長男に嫁いでいった。


 田舎の貧乏農家に余力などない。外にやれるのならさっさと外に出す。それが結局の所、自分たちの余裕になり、娘の幸せにもつながるというわけだ。もちろん私からしたら一方的な話だと思うが。


 単純に私の番が来ただけ。それがたとえ40歳過ぎた禿デブ親父の3人目の妾として望まれたとしても。それを父が、私を家から追い出す良い切っ掛けだと快諾しても。そんな話はよくあることなのだ。


 人買いに売られて有無を言わさず客を取らされたり、鉱山で労働者兼娼婦をさせられる可能性だってあったのだから、十分親の情けはあると言える。



 父にも言い分はあろう。複数の女と子供を食わせていける裕福な家に嫁ぐのは、確かに幸せに成る条件の一つだ。何せこの世は全体的に貧しくて生き辛い。そのうえで人類種の総意として、産めや増やせやをやっているのだ。食うに困らぬ家に嫁ぐ。まして請われて嫁ぐのであれば、妾であっても十分贅沢な話だろう。相手が現代的価値観から見ればペド野郎だとしても。



 それが今の世の常識だとしても、私個人としてはそれを唯々諾々と受け入れるわけにはいかない。



 11歳の誕生日を迎えたばかりの少女の初婚の相手が、40歳過ぎた小児性愛者だという事。相手にはすでに正妻と二人の妾がいるという事実。3人目の妾ということは事実上4人目の女になるという事だけど、実際には村の他の女に手を出していないとも限らない。



 だがどれもこれも、この世界では正当な拒否の理由にはならない。この世界にロリコンという概念も言葉もない。子供が産めるようになればさっさと産んでこいと言わんばかりの世界観だし、甲斐性次第で何人の女を囲っても誰も何も文句は言わない。田舎、辺境の農村は特にそういう風潮が強いのかもしれない。




 これは男にとって都合の良い素敵な世界、と言う訳でもないのだけれどもね。裏を返せば甲斐性のない男は、結婚できずに人生を終わらせることも珍しくないという事だから。我が家の三男坊なぞは、おそらく将来的に宛てもなく家を出されて、嫁を貰うどころか生きていく道を探すところから始めなくてはならない。




 だが、この縁談を拒絶して村を出た根本的な理由は、私の魂の始まりが男であったと言う事だ。基本的な性的感覚が男性である為に、今世のこの身が女であったとしても、できれば男と番になりたくはない。


 ただそれだけの理由である。




 とは言っても今回が初めての転生ではない。


 神の端末の本体わたしから抽出された幾十億の分霊わたしたちは、様々な異世界に散らばっている。その分霊わたしたちの6割以上が何の因果か女性として生を受けていたり、人生経験の70%近くが女性としての経験で埋め尽くされている現状を鑑みると、我ながら「最初の魂は男だった」という意地を張っているだけに思えなくもない。



 すべてが同一人物とは言え、分霊ごとにある程度個性もある。意地を張り通し、生涯清いまま過ごしたものもいれば、止むを得ない事情にて家庭を持ち子を産んだ個体もある。


 単に男相手に惚れてしまった個体も、少なからずいたりするので、これが私自身村を飛び出した決定的な理由かといえば、少し弱い。



 あのロリコンにどの程度の事情があるか、詳しく調べたことはない。だけどロリコンにどんな事情があるにせよこの身をあの男に任せることを考えた瞬間、悍ましさに身が震えてしまったのが本当の理由かもしれない。


 この個体わたしは少なくとも、笑顔でロリコンに身を任せる事ができる個体わたしではないという事だろう。



 ともあれ寒さが緩んで雪が解けたこの時期で助かった。初潮があと1か月早かったら、道中雪に埋もれて命を落としていてもおかしくない。いまだ風は冷たく、時折身が竦むほどの冷気が吹き込んでくるけど、日差しは確かに暖かく、日当たりのいい街道を行く分には何の問題もない。



 「内側とは言っても油断はできないけど。こうも呑気な空気だと気が緩むわね。」



 ふと独り言ちる。


 今の状況で化け物どもに襲われたら一溜りもないし、盗賊などに襲われたらそのまま慰み者にされるか、人買いに売られる未来しか見えてこない。今できる抵抗といえば初歩の魔法を何発かぶっ放すことくらいだ。


 いくら知識や技術が魂の内に刻まれているとはいえ、今世ではいまだ魔法一つ使ったことはないし、この体も農家の仕事以外では鍛えられていない。大抵の事態は魔改造したマジックアローをぶっ放せば解決できそうな気もするが、何かの弾みで失敗ふぁんぶるしたり、敵の数が多ければ対応できずにバッドエンド一直線だ。


 

 神の端末としての様々な力を行使する方法もある。端末同士のネットワークを通じて防寒具を手に入れてもいいし、食料としてネットワークでハンバーガーやコーラを入手してもいい。各世界で手に入る様々な装備品で身を固めてみるのも面白いかもしれない。剣と魔法の世界にレールガンや核ミサイルを持ち込むことだって可能だ。


 端末としての私の権能、物質生成能力を使えばどれほど希少なものであっても、作り出す事ができるし、必要とする全ての物をそろえる事もできる。正しく物量チートができる能力があるのだ。


他の分霊わたしたちのストレージに入っている品物を拝借しても構わないだろう。どうせ自分自身の物だし、幾らでも代わりは作り出せる。




 力を開放し体を最適化して、この世界で最強の生物になって悠々自適に過ごしてもいい。実際にそうしている分霊わたしたちも数多くいる。多少の初期コストに目をつぶれば実に効率のいい方法だ。投資したコスト等すぐにペイするし、本来の目的を果たすにも都合がいい。



 だが、あんまりズルに頼っては人生が色あせてしまう。人生や自らに課せられた使命をゲームに例えるのは不遜かもしれないけれど、最初から至れり尽くせりで無敵モードで遊んでも直ぐに空しくなるものだ。


 一から自分で積み上げていった結果そうなるのなら、楽しみようもあるのだが。


 ふと昔遊んだシューティングゲームの、無敵コマンドを入力した後の虚しさを思い出してしまった。





 街道のわき道に倒れていた丸太を椅子代わりに、ネットワークから手に入れたペットボトルのお茶を飲みつつ和風ツナマヨ御握りを頬張る。のんびりとお昼休憩をしながら色々と思い悩む。



 ん?チートを全く使わないなんて言ってはいないよ。


 今世のために誂えた個体わたし専用のアイテムストレージの中には、さっきも言った通り、拾った棒切れと手ごろな石が2つ。あとはわずかなお金しか入っていない。

 改めて確認すると鉄貨が15枚と銅貨が3枚。わかりやすく日本円に換算すると1200円くらいだろうか?


 現金が出回る機会がそうあるわけではない農村で、11歳の女の子が持つには中々大した金額だとは思うけど、精々、都市で1~2回つつましい食事をするか、壁外の安宿に素泊まりで一泊できれば御の字だろう。


 村にたまに訪れる商人の手伝いをしたりして、コツコツと貯めた私の宝物なのだけどね。



 たったこれだけの物を頼りにして、目的地までの約5日間を歩き通すのはなかなかに辛いものがあるよね。ズルのやり過ぎはゲームを駄目にするけれど、達成不可能なゲームを苦しみながらやりたいわけじゃないのよね。


 何事も適量であれば問題ないという事。



 その気になればわき道に逸れ小さな森に入り、何か食べられるものを探したり獲物を狩る事も出来なくはないだろうけど、ね。正直、そこまでの精神的な余裕は今はないわね。



 ズルをした甲斐もあって、11年ぶりに口にしたお茶の香りと御握りの味は、確実に私に小さくない幸せをもたらしてくれた。自分で決めた家出だけど、家族と生き別れにならざるを得なかった私の不幸を、この二つの飲食物が癒してくれたのは事実である。



 幸せの余韻に浸りながらペットボトルのお茶を飲み切り、お昼休憩を切り上げて立ち上がる。そして私以外に動くものがいない街道を一人、最前線都市エステーザに向けて歩き始める。



 ふと、まだ手に握っていた空のペットボトルに目をやる。



 「これ、多分高値で売れるでしょうけど……、確実に面倒な事になりそうだし、やめときましょうか。」



 誰にいうでもなく自重の言葉を自分に投げかけ、ゴミを共用のアイテムストレージに放り込む。こうしておけば他の分霊わたしたちがリサイクルなりリユーズなりして処分してくれるだろう。



 衝動的に村を飛び出してしまったけれど、同じような経験はこの分霊わたしでも他の分霊わたしたちでも散々経験してきている。分霊わたしは特に将来を悲観することなく目的地に向かってずんずんと進んでいく。



 「大丈夫、何とかなるわよ。」



 今世の個体わたしは少し不安症なのかもしれない。ふとそれを匂わせる言葉が口をついて出てくる。大丈夫、分霊わたしが何とかするから。そう心の中で個体じぶんに話しかける。



 ほんの少しの勇気を足すために、ストレージから先のとがった棒切れを取り出し右手に握った。たいして荒事の役には立たないだろうそれは、それでも私にとっては道中の心強いお供になってくれた。

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