年末のお祝い

 急に入ってきた東門一帯の冬季復旧工事を熟しながら、予定通り修行を進めるのはちょっと無理があったけど、年末までには何とか全員が自己魔力感知の段階に達する事になった。もちろん予定通り例の二人は最後には私が直接感覚に干渉して、誘導したけど。



 アリヤさんは兎も角、流石に似た様な事をやり慣れている元赤は一度コツを掴んだら後は早かった。まだまだ気の扱いには追い付かないし、例えるならよちよち歩きの幼児みたいなものだけれども。


 あっという間に感知だけではなく、魔力のコントロールまでシリル達兄妹レベルに追いつく勢いで、シリル達にもいい刺激になっている。


 アリヤさんはちょっと苦笑いで、自分を置いて一人だけ落ちこぼれの領域から抜け出してしまった元赤を恨めしそうな目で見ている。



ただ問題は私の方で。


 流石に休みなしで職人仕事の日も取れずに東門に毎日通っていれば、補助具の作成もままならないもので。ニューラさんのお店に通うことも出来なくなっちゃって、元赤を使っちゃって悪いけど、代わりに入荷した材料を取りに行ってもらうくらいの状態だったから。



 うん、中々予定通りにはいかないわね。



 そのおかげもあってか、それともゴーレムの重機活用が功を奏したのか。東門復旧工事に関しては冬季とはとても思えないスピードで進んでおり、用意していた石材が足りなくなって、工事が一時中断になるほどだった。



 んで、これ以上は石材を運んでくる必要があるけど、冬季に石材を確保するのは流石に不可能って言う事になって雪解け迄完全に工事は一時中断という事になった。



 リーメイトさんと東の臨時支部長さん、名前はペーシンさんだっけ。二人そろって協力に対する感謝と、特別報酬の確約。後、改めての雪解け以降の工事への協力依頼を打診されたけど、中々断れる事じゃないし、仕方なしに受ける事にした。


 このペースで復旧工事が進むなら、石材の確保次第だけど早ければ夏前に。石材確保に手間取って遅くなっても来年中には終わるだろうし、石材不足で工事が中断するならその間は自由に動けるじゃないって自分を納得させて。



 コンクリートがあればある程度楽に終わらせることも出来るんだろうけど、そういう部分での産業革命と言うか資材革命をするつもりは無いから、まぁ後は流れに沿ってやっていくしかないかな。



 ん?ゴーレムの重機使用の件で既に建築業界に革命的影響を与えてしまったって?いやさ、アレは私のせいじゃないし。切欠にはなったかもしれないけどさ。発想して実行したのは衛兵さんとその隊長さんだし。私はただ大きくなっていくスノーゴーレムを見せただけだから。


 そんな事まで責任取れないよ。



 そんなこんなで、工事再開から一月もかからずに順調に予定を消化した為に工事は中断する運びとなり、無事に穏やかな年末を迎える事になった訳だ。



 遥か東の最前線都市ホーデの続報が届いて、ギリギリで何とか陥落を阻止し、現在混沌勢の進行も止まっているという事もあって、一時期のピリピリした街中の雰囲気も一段落着いたようで。


 いやさ、状況は少しも好転していないんだけどね。最悪の状況は回避されたというだけでも違うよね、色々。


 最終的にはホーデが陥落するにせよ、時間を稼げば後方の都市が防備を整える準備は出来るし、既に内側の各都市、各国から応急的に軍が集結している筈だから、とりあえずの手当ては間に合っている筈。



 近いうちに戦力を順次東側にスライドさせて補完する意味合いでも、エステーザから一番近い東側の最前線都市、チューリットへ一部の冒険者や部隊を一時派遣する事になりそうだとリーメイトさんと元赤が話していた。


 とは言え、エステーザもそれなりに損害が出ている為、派遣の規模や期間はそれほどでもない。精々、内部国家側からの戦力の抽出が整うまでの期間に収まりそうだという話。



 今回のゴーレムの重機利用に関しては、壊滅寸前のホーデやその周辺都市にとって間違いなく朗報になるとの事で、この積雪の中、雪を物ともしない狼系の獣人達数十名が書簡を託されて、秩序側の各都市に散って行った。



 そう遠くない将来、混沌勢も同じような事をするようになるでしょうし、そうなると前線を突破しても直ぐに後方に防衛陣地を築かれるといった戦いがこれからは続く事になるわね。



 何よ、さっきも言ったけど私のせいじゃないわよ。それにどうせこの手の事は発想1つでどうにでもなる事なんだから、近いうちに混沌勢から出てきてもおかしくない話なんだし、先手を取られるよりはましでしょ。



 もしかしたら私にも東側への派遣にお声がかかるかもって考えていたけどエステーザ上層部は私を手放すつもりは無いみたい。私としても冬は雪に閉ざされる辺鄙な所とは言え最前線で、常に戦いがあり、それなりに気に入った人たちが住んでいるこの地を離れる気にはなれないから、それはそれでいいかなって思っている。


 因みに大陸を分断する秩序と混沌の前線は東に行くたびに徐々に南下してきている。ホーデの更に向う側は南東と言うより一気に南側に前線が寄ってしまっていて、最南東の前線都市では冬でも半袖で暮らせるくらいに温暖なんだとか。



 大陸の全容を個体わたしは知らないけど、リーメイトさんから聞いた限りだと、大陸全体を北西から南東に浅く斜めに切り裂いた感じに前線が出来上がっているらしい。そして大陸全般で見ると秩序側がそれなりに押されている。



 エステーザより西側は更に冬が厳しく、夏になっても積もった雪は解けずに山となり氷棚になって作物は育たない。人の身では内側の都市の物資輸送等の補助なしでは、生活すらままならない死の領域になっていて、寒冷地に特化した種族たちの戦場になっているとか。


 そうなってくると、敵対する陣営の者たちであってもお互いが自分たちの腹を満たす貴重な餌になってしまうようで、この辺りよりも悲惨な地獄絵図になっているって事だから、人の身として心穏やかならざる話だよね。



 分霊わたし個体わたしとしては、ちょっと暮らしてみたいかなって興味がわく土地ではあるけど。そんな地域だったらさ、ただ街で暮らすだけでも色々と強い感情に晒されて美味しく暮らせそうだよね。


 ただ作物も育たない死の土地と言うからには、肉体が必要とするお食事の方が貧相になりそうだから、そういう点では気が進まないなぁ。あっちじゃカチカチパンですらなかなか手に入らないかもしれないじゃない?





 あ、因みに元赤が私の弟子になった事は、その席でリーメイトさんの知るところになって、驚いていたよ。私が弟子を取る事で驚いて、次に元赤が魔法使いになる事に驚いて。


 更に私の塒組の中にも7人もの魔法使い候補がいた事に一番驚いていた。弟子を取った事も弟子の数も、出身も。隠せるものなら隠しておきたいけど、隠そうとするだけ無駄だからさ。


 一応、この先の予防線として、うちの塒組からはまだまだ魔法使いが産まれるかもしれないって笑いながら話しておいた。冗談だと取ってくれればそれでいいし、本気にしてもリーメイトさんなら迂闊に藪をつつくような事はしないと信じる。



 うん、それとなく元赤が視線をリーメイトさんに送ったし、リーメイトさんも分かるか分からないかくらいに僅かに頷いていたから色々と察したのかもしれない。


 身分の高い人って、こういう能力が鍛えられて発達するのか、それともこういう能力が高い人が上り詰める事が出来るのか。兎も角この二人は、面と向かって交渉なり話し合いなりすると疲れる組み合わせであることは間違いない。




 そんな事より年末だよ、うん。


 元赤、年末だというのに実家にも帰らないし家族やら親しい人たちとも会えないらしい。槍を継いでから、餌的な意味でもダンジョンを有する最前線都市を長く離れる訳にもいかないし、私の質になったせいで余計に離れる事が出来なくなったんだろうね。



 このエステーザに知り合いは居るんだろうけど、年末を共に暮らす身内的な人達がいる訳でもないみたいでさ。



 「そんじゃさ、家で年末年始を過ごしなよ。弟子達もいるし、部屋も沢山余っている。冬の間の薪も蓄えるだけ蓄えてあるから今更一人増えた所で問題ないよ。


 ま、知っているだろうけど、元赤が満足するような食事が出る訳じゃないけどね。」



 再開した治療院での1日勤務の中で思わずそう提案していた。暮れも差し迫った頃合いだから、今更他に当てがある訳でもないだろうしね。シリルも喜ぶだろうし、元赤は男衆にも受けがいいから、拒絶されることも無いだろう。



 「今更遠慮するような立場でもないしな。弟子として師匠の心遣いに感謝させてもらおうか。なに、粗食については何度か経験した行軍での食事に比べれば、パンが出るだけ有難いものさ。」



 そんな風に元赤も私の提案を受け入れてくれた。ほんの少しだけ、塒がいつもよりも騒がしくなりそうで、ちょっと楽しみだ。



 この世界でも、この国でも、この最前線都市エステーザでも。年末と新年のお祝いはする。


 それなりに余裕がある人達は、いつもよりも少し良いご飯を食べて、子供達にも酒精が軽いものだけれどお酒が振舞われて。


 当然、暮らしの厳しい人たちはそんな余裕は無い。寒さが厳しくなる中、お祝いの食事なんか望める訳もなく、凍えて日々を生き延びる為に必死だったりする。だからか、命懸けでダンジョンで寒さを避け、モンスターの死骸を食べて生き延びる人たちもいる訳で。



 本来なら塒の仲間達も冬を生き伸びるのに必死で、年末だとか新年だとか祝うような余裕なぞ欠片もある筈が無い。こんな生活を続けて、命を細々とつなげていく経験を積んでいけば、経済力のある男の元に出来るだけ早く嫁に行って、安全に暮らしていきたいって考えるのは当然だとは思う。


 こういう暮らしをしている女の子が、皆狼ロリになり、目を血走らせて牙を砥ぎ、獲物を狙うのも分からなくはない。結局、私がこの塒組で暮らすようになってからでもロリ婚して塒を巣立っていった10~13歳くらいの女の子は5人程いたし、それを止める言葉も立場も私には無かった。



 皆、状況に追われていたとはいえ自ら望んで嫁に行ったし、狙われた獲物たちも満更じゃなかった。中には双方べた惚れで知り合ってから直ぐバカップル化した者達もいたしね。だから第三者である私が、この世界には無い倫理観を持って一方的に彼等、彼女等を非難する訳にもいかない。



 20代後半から30代前半の男達が、10~14歳位の女の子に鼻の下を伸ばして良い様に転がされている様はとても見られた光景じゃないし、意外と強かな少女たちの裏側を仲間内の女性と言う同じサイドから見てしまうと、女は幼くても女だし、怖いなぁと思わなくはないけど。


 いつの時代、世界であっても、仲間内で獲物を奪い合ったり分け合う相談をする女達の様子は、ただただ醜く恐ろしいものだよ。


 比べて男は単純よな。裏側を見る事もせずにまぁ、惚れられちゃっただの俺が守らなくちゃだの。端末じぶんを振り返ると思い当たる節がチラホラと。


 経緯がどうあれ、男女ともに幸せになるのであれば、文句もつけようが無いんだろうけど。




 でもまぁ、ロリ婚撲滅という私の価値観を無理に押し付けるのは間違っている。社会がある程度成熟していけば私の価値観が主流になっていくかもしれないけど、今は違うのだから。


 だから、頑張って社会を成熟させる、その手伝いをする。そうする事で少女のままで年を取らぬ我が身を守り、シリルや兄弟たちから続いていくだろう我が血族の幼い身を守り、我が塒組の同胞を守る。






 心を新たにして今後の抱負を胸に誓う。日本人的には年末年始にありがちな光景だよね。



 目指せロリコン撲滅、ロリ婚撲滅。当然逆もまた然り。ショタコンショタ婚も撲滅対象である。うーん、最初の端末人生での友人には恨まれそうではあるけど……。


 そう言えばベクトルが違うだけでロリコンと同じようなおねー様も一定数いたなぁ、令和時代の友人にも。ある程度世話をする態を装って、実行しちゃうおねーさまたちが多かったからロリコンなおにー様達よりも質が悪かったとだけ言っておこう。


 ま、最初に転生した世界は数年後には終わりかけになったから、法律やらモラルやらが防波堤の役割を全然はたしていなかったしね。その手の犯罪なんか見て見ぬふり状態だったし、末期的な状況でそもそも警察機構も無くなってしまっていた。



 その上、男女問わず幼くても銃を持てれば即戦力な状況だった。そんな事情もあってDTのまま戦死するのも辛かろうと、ある意味ショタ食いが正当化されていた物だから、件の友人はホクホク顔で初物食いを堪能しまくっていた。


 なんど捕まってしまえと思った事か。



 ただ、一部良識的な生き残りが必死に自治を維持して取り締まりなんかしても、次の日どころかその日のうちに取り締まった側も捕まった側も生きていられるか分からない世界だったから。



 あそこから立て直すのは本当に大変だった、という実感を伴わない記録だけが今の個体わたしの頭の片隅にはある。




 「どうしたどうした、考えこんじまって。折角の年末のお祝いなんだ。しけた面してたら酒が不味くなるぜ?」



 年末と新年のお祝いの為に買っておいた、酒精の弱い果実酒に口を付けながらケリーが声を掛けてくる。元赤はさっきからシリルに纏わりつかれて満更でもない様で、同じ席で飲んでいるようだ。



 ……ホーデの話が出た席で、元赤には槍の解呪に関して進みつつある事、数年のうちに解呪の見込みである事は伝えてある。



 「弟子を見捨てるつもりは無いわよ。間に合わなそうなら強引にでも何とかしてやるから、少しは自分の人生の将来さきって奴を考えるようにしなさいな。」



 そんな風に話してから、元赤がまた少し変わった様な気がする。今までの様にシリルのアプローチを躱す一方ではなくなって、今の様に押し切られる時が出てきた。多分、今まで張っていた殻に私の言葉でひびが入ってきたんだろう。



 「ちょっとね。来年の抱負って奴を自分に誓っていただけよ。」



 「はぁ?なんでそんな面倒臭い事してんだ?抱負ってなんだよ。訳分かんね。俺なんかそんな難しい事考える暇なんざねぇよ?


 ただ必死に生きて、必死に修業するだけだ。お前に恩を返すためにもな。


 難しく考えねぇで簡単な方がいいぜ?なるようになるさ。」



 なるようになっちゃったら、色々と後悔しそうだからさ。無計画だと最初は気楽でも後で苦労をしょい込むよ?ま、でも言いたい事は分かるけどね。



 「生まれて初めてのお酒だっけ?程々にしておきなよ。新年のお祝いの分まで飲んだら責任取って買ってきてもらうからね、樽で。


 後、酔っ払って変な事やらかさないでよ?女の子泣かせたら人生掛けて責任取らせるから。」



 「お、おぅ。」



 幾分酔いが醒めた様なケリー。いい気分な所、悪いとは思うけど今の私に絡んだ自分が不運だと思ってほしい。


 年末のお祝いの為に買い込んできた食糧、いつもとは違って柔らかいパンや具がたくさん入ったスープ。食べる為に育てられた家畜のお肉、牛も豚も鳥もそろえてある。この世界にもちゃんと牛や豚や鶏はいるんだよね。有り難い事に。ただ、物凄く高い。令和日本での価格を参考になんかとてもできない位高い。


 牛も豚も、黒毛和牛が土下座して裸足で逃げ出すくらいの値段がするし、それは鶏もあんまりかわらなかったりする。ん、ちょっと言い過ぎたかもしれない。


 でも庶民が食べる肉は、こういう食べる為に育てた家畜じゃなくて、狩やダンジョンで手に入れる事の出来る肉の中でも比較手に手に入れやすく、モンスターとしても難度の高くないものが中心なんだよね。


 ソーセージみたいな加工食品も、材料は豚じゃなくてモンスターやいわゆるジビエが中心だし、家畜の豚で作ったソーセージなんてかなり裕福な貴族や高位の冒険者、大商人位でもないと普段の生活で食べる、なんてことは無いでしょうね。



 後家さん達も旦那さんが生きていた頃は色々と余裕もあったから、家畜のお肉を料理した経験もあるみたいで、一流の味、とまではいかなくても家庭料理レベルで美味しく調理された一品を軽くパクつく。



 食べた事も見た事も、聞いた事すらないケリー達は目の前に出されたお肉のお値段や価値には全然気が付かないで「年末のお祝いだし、折角だから。」といつもの文句も言わずに大人しく料理に舌鼓をうっている。もちろん、後家さん達には内緒にしてくれと話してあるから、安心してお高いお肉を振舞える。



 ま、元赤も来るしね?少しくらい良い物を食わせてあげないと、みっともないしね。寂しいじゃない?



 

 ……本当は元赤に解呪の見通しを伝えるつもりは無かったんだけどね。


 年末年始の準備をしている塒組を何とも言えない表情で見ていた元赤を見たら、絶望を払い希望を持ってほしくなった。あんまりそういう内面を外に出す人じゃない筈なんだけどね。塒組の仲間達、そして何より同期の弟子仲間が出来たのが決定的な原因なのか。


 自分と近い存在が出来てしまったせいか、隠そうとしても内面の弱さが出てきてしまったようね。



 王族としての教育もあるから、ケリー達とはやっぱり違うけど。それでも少しづつだけど年相応の少年の顔を見せてくるようになってきた元赤。だんだんと赤い人からイメージが乖離してきている事にネタ的にちょっと寂しい所もあるけど。



 どこかで喜んでいる自分もいて。




 でもそのせいで実の妹と元赤がロリ婚するかもしれない未来が、実現の可能性を伴って浮上してきた現状に、複雑な思いを消化しきれないでいた。


 ごめんよケリー、当たっちゃって。

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