お年玉

 「それでは皆さん、新年、あけましておめでとうございます。」



 「おぅ、おめでとうございます。」「おめでとうごさいます、おねーちゃん。」「おめでとさん」



 この世界に初日の出を見るという風習は無く、年が明ける瞬間に起きているという風習もない。時計が普及していないし、令和日本の人達より時間を意識しながら暮らすという事もしていないから、なのかもしれない。



 年末のお祝いを終え、いつもよりも遅い目覚めを迎えた私達がいつものように顔を合わせたのはそれでも日の出の少し後だったのだけれども、新年のあいさつを交わしているのはお昼の2時間くらい前だろうか。



 既に朝の挨拶を済ませてしまった後での事であるため、殊更今更感、というかわざとらしさを感じてしまう。そしてこの世界でもごくごく一部。私の家の私達兄妹だけでやっていた新年のあいさつを、初めて目にした元赤や塒組は目を白黒させて私達の奇行、と言う程でもないかもしれないが変な行動を見ている。


 まぁ、この世界には無い挨拶だからね。元は私がシリルに教えていた挨拶だし、兄二人はそれを見て真似してきただけで、家の長男や両親はそもそも私達がこんなあいさつを新年に交わしている事を知らないでしょう。



 「あけましてって何が明けたんだい?」



 元々私が何をやらかしても、そう言う物だと考えている節の有る元赤や塒組は状況が理解できるまで見に回ったみたいだけど、アリヤさんはこういう時けっこう物怖じせずに聞いて来る。


 ま、周りもだんだんそれが解ってきたから、聞き役をアリヤさんに任せて自分たちは黙っているってパターンが増えてきただけかもしれないけど。



 それに、初めての飲酒の影響もあってか、塒組の面々はまだ眠そうにしているから、頭が働いていないのかもね。


 だから昨日は飲み過ぎないように言っておいたのに。今日もお祝いするんだから、皆大丈夫かな。気持ち悪そうにしている子はいないみたいだけど。


 そう、今日もお祝いするんだよ。そして大抵の人は新年2日目から働くのだ。皆二日酔いで大変だなぁ。




 この世界では年末と新年のお祝いは2日続けてするのが普通になっている。その分と言う訳じゃないけど、日本の様に三が日がお休みという風習は無い。


 ま、風習やらで決まっていない分、収入や生活に余裕のある人ならそれこそ1月は丸々お休みする人もいるけど、大抵は個人に余裕があっても社会全般に余裕が無いため、長期休暇と言う概念があんまりないのよ。



 この雪国であるエステーザじゃ大分話が変わってくるけどね。冬でも働ける、仕事がある人達なら兎も角、そうでない人達は冬の前に稼げるだけ稼いで冬の間はできるだけ質素に、出来そうな仕事を探しながら暮らしていたりするから、冬はずっとお休みって人もいたりするけど。



 以前の塒組がそうだった。雪かきとか、冬の間に出来る仕事もあるんだけど、道具が自弁だった為、そろえる事の出来ないケリー達は中々仕事として雇ってもらえない。道具をそろえたとしても、大抵は木製でそれほど丈夫な物じゃないから、下手すると赤字になるので二の足を踏んでしまう。


 たまに人手が必要な時に声を掛けられて、日銭を稼ぐのが精々だったって話だよ。



 「あぁ、これは家の兄妹だけでずっとやっていた新年だけの特別な挨拶なのよ。


 あけましてって言うのは一年を日の出、日の入りに見立てて、年末に暮れて新年に夜が明けて新しい一年が始まったね、おめでとうって意味なのよ。」



 嘘だ。



 日本であけましておめでとうと新年を祝う、本当の謂れは知らない。幕の内だか松の内だかその間がどうとかこうとか、歳神様をお迎えするとか気にした事も無かった。


 だから年が明けるって言葉の使い方に、何か特別な由来があるのかどうかも確かな事は分からない。



 でも端末わたしだった時に、まだすごく小さかった時に母に聞いて教えてくれたのがこの謂れだ。多分母なりに幼い端末わたしに知らないとはいえず、必死に考えて彼女なりに辻褄があった話を作り上げたのだろう。


 だから個体わたしにとってはこれが本当で、この世界のうちの家族にとってもこれが本当の事だ。この世界では私達だけの挨拶なのだから、これがこの世界の本当になるでしょう。



 「へぇ、そんな風習があるところもあるのね。知らなかったわ。」



 感心した様なアリヤさんの視線が柔らかく個体わたしに突き刺さる。



 ん?あぁ、幕の内だとお弁当になってしまうね、うん。幕の内お弁当の謂れは知っているから心配しないで欲しい。ま、松の内とかそこまで日本をこの世界に持ち込むつもりは無いからこれから先にも説明する事もないとは思うけど。



 朝一番にこの挨拶をしなかったのは、この世界の実家でもそうだったからって事もあるけど、今回は別の理由がある。




 新年のお楽しみと言えば、この世界ではお祝いで食べるご馳走やらお酒だったりするのかな。後は滅多に休みを取れない人達のつかの間の休息、って所も楽しみの一つかもしれない。


 でも、日本のある程度生活が苦しくない家庭で、子供達の新年のお楽しみと言えば?


 そうそう、お年玉だよ、諸君。



 正直、最初の人生で生活の苦しかった我が家では贅沢するとか、人がうらやむような出来事イベントなんてほとんどなかったけど、その苦しい暮らしの中で必死でやりくりしてくれた母は、誕生日とお年玉だけは世間並、とはいかなくても何とか体裁を取り繕ってくれていた。



 個体わたしとして実感をもってそれを覚えている訳ではない。記録としては兎も角、記憶としては薄れてしまっている出来事だけど、それでも端末わたしとしては大切な思い出なんだと思う。



 本当に私が端末こうなる前の親で良かった。端末こうなる前に死んでくれてよかった……。




 ……だから、その大切な思い出を塒組の皆にもお裾分けしてあげたいと考えた訳よ。んで、何をお年玉にするか色々と考えた。



 最初は端末わたしの時と同じように現金をあげればいいんじゃない?って思ったんだけど色々と考えてやめた。いやさ、この世界の現金って上から金貨、銀貨、銀粒、銅貨、鉄貨やん?未だに金貨なんか見た事も無いけど。そもそも冒険者がダンジョンから手に入れる以外に滅多に世に流通していないから気軽に使えるものでもないらしいし?



 あ、元赤に聞いたけど白金、そうプラチナはこの世界にはちゃんとあるみたい。それで、その白金で作った貨幣やミスリル、オリハルコンで作られた貨幣も存在しているって話。元赤自身も白金貨は兎も角、ミスリル貨やオリハルコン貨は見たことは無いって言っていたけど。



 ただ、単純に金貨の上が白金貨で10倍の価値、とかじゃなくて銀貨を目安に銀貨何枚分みたいになっているみたい。しかも白金貨以上の貨幣の価値は基本的には変動する。銀貨が経済の主流を支えている以上、以前は金貨も銀貨との相場に影響をうけて価値が変化していたみたいだから仕方ないのかな。



 異世界のプラチナ、ミスリル、オリハルコン事情を聞いていると、まるで江戸時代の金銀事情を聞いているみたいに感じる。


 あぁ、更に余談だけど銀粒の事を粒銀といったり、個体わたしはまだ言ったことは無いけど粒一つとか言ったりするのはこの世界の人達もその時によって呼び方が変わるから、だからね。



 何の話をしていたっけ。




 ……あぁ、そうそうお年玉ね。んでさ一年に一回のお楽しみに銅貨じゃ寂しいじゃん?日本円で300円、カチカチパン一つ買うくらいが関の山だし。んでもさ銀貨じゃ多すぎるよね。第一、下手に大金を渡したせいで仲間内でトラブル起きちゃったら悲しいしね。



 粒銀位が適当かなって考えもしたけど、粒銀ってさ名前の通り粒じゃん?小さいんだよね。3グラムぐらいの銀粒を模様入りのハンマーか何かでぶっ叩いてつくったって感じの、不格好につぶれたボタンの様なものなのよ。


 で、これは粒銀あるあるなんだけど、貨幣としてはそれなりに価値があるにも関わらず、この貨幣、無くしちゃうことが多いのよ。


 何せ3グラムくらいの銀の粒だからね。もうちょっと軽いかな?


 ポケットに小さな穴一つ空いていただけで、粒銀なら簡単に抜け出してしまうし、下手に小さいせいで落ちたとしても気が付かない事が多い。



 日本円にして12,000円もの価値がある貨幣が1円玉三枚分の存在感。それじゃぁ、何とも心もと無いという気持ちも分かるよね。、そのおかげか貨幣を入れる為の硬貨袋はそれなりに発達していて、色々と便利なものも多い。



 私は基本的にはシンプルな革袋を使っているけど、話に聞くところによると中が分かれていて、粒銀だけがとりやすくなっている袋もあるみたい。庶民は買い物に出るにも粒銀と銅貨が主流だからね。めったに銀貨なんか持ち歩かない。



 うん、銅貨の様に存在感がしっかりした硬貨なら早々無くすことは無いだろうけど銀粒は悲劇が起きる可能性が高い。なにせ小さな子供達じゃもん?あの子達が折角もらった粒銀を無くして、目を涙でいっぱいにして悲しみに耐えている姿を想像しちゃったらもう……。



 分霊わたしの邪悪な部分は喜ぶかもしれないけど、個体わたしの心はそれだけでズタボロになる事間違いないね。



 んで考えたよ。


 昔は日本でもお年玉って言っても現金じゃなくて丸餅だったりしたんだよね。んで、そこから色々と変わってきて段々と使い勝手の良い現金になって、令和じゃスマホで使えるギフトカードになったりしているみたい。



 この世界では現時点ではお米は見かけないし、当然お餅もない。多分、別大陸の方には存在するみたいだけど現時点での個体わたしの手札でそこまで行き来できる術はない。


 お餅は無理でも代わりにカチカチパン?特別に白小麦の柔らかいパン?それも悪くは無いけど、昨日今日とお祝いで食べるし、特別感はあんまりないよね、と。


 お米を手に入れる為にも、技術開発を続けていき、いずれは移動手段のチート化を実現しなくてはならない。転移魔法は別腹で宜しくお願いします。




 特別と言えば、この前何着か仕立ててもらったローブを受け取りに行ったな。一目見てお金がかかった良い仕立てだってわかる品物だった。……すごく高かったなぁってさ。



 それでもふと思い立ったのよ。服とかどうだろう?この世界、布製品は本当に高いからさ。予備の服なんてあんまり持たないし、子供達も大き目な物を買って成長に合わせて紐で調整していくタイプの服を可能な限り使いまわしている訳で。



 冬に入る前に皆に何着か買ってあげたけど、もうちょっと種類があっても良いだろうし、夏は汗をかくからさ。清潔にする都合上、洗い替えの為にも余分に服を用意してあげたい。下着も用意してあげたいし、女の子は着飾りたいじゃん?


 特に狼の血を引きしロリ達は、その辺りに余念は無いから、この機会を絶対に逃すまいし。



 そうね、冬と夏2着ずつ、計4着。あと下着を数着。でもサプライズ的に驚かせてもみたいし、だからと言って自分の趣味じゃない服を選べずに渡されるのも微妙だよね。



 自分で選ぶ事が出来て、しかもサプライズを両立させるためにはどうするか……。



 なに、簡単よ。この世界の古着屋は基本店舗を持たない屋台方式なのだから。以前最初の頃に付き合いのあった古着屋さんに声を掛けて新年早々、お仲間さんを何人か誘ってもらって我が塒に出張販売してもらう事にしたのよ。


 出張料として割増料金を払う約束でね。



 古着屋さんも出張料金に引かれたのか、それとも不本意ながら女神と呼ばれ始めている私の誘いに引かれたのかは不明だけど、新年の午前中という予定にも嫌な顔一つせずに快く了解してくれて、自分以外にも4人の商売仲間を誘って塒に来てくれることになった。



 んで、約束通りについさっき漸く古着屋さんが来てくれて、外で私に呼ばれるのを待っているという訳で、タイミングを合わせて新年のあいさつを披露したって訳なのよ。




 ちょっとばかり骨を折った甲斐があって、このサプライズは本当にみんな喜んでくれた。一応、子供達だけじゃなく本来のお年玉は家長がそれ以外に配るという意味合いがあったのだからと、アリヤさんや後家さんも思わぬプレゼントに騒いでいる。


 皆、食堂のテーブルを端に寄せ、所狭しと並べられた商品を手に、あっちの商人の品物、こっちの商人の品物と見比べて楽しそうだ。



 ロナはケリーを引き込んでこれはどう?あれは?みたいにはしゃいでいるし、ロナ狙いの男共も彼女の周りに集まって聞かれてもいない感想をロナに伝えている。


 同じような光景はニカの周りでも発生していて、塒組の中の男女間の人間関係が実にわかりやすい。



 男共何人かが私の周りに集まってきたけど、私が服を選ぶ様子を見せないせいか何やらオドオドしている。私に気を使う必要は無いから、さっさと自分の分を選びなさいなって声を掛けると何やら肩を落として陳列された服を見に行った。



 私がスポンサーだからって気を使う必要は無いのにね。




 元赤にも私の弟子であるからにはお年玉をあげたいけど、王子様だからねぇ。現金も古着も無いでしょ?


 だから後で、この前作ったこの世界方式のマジックアイテムを渡す予定。シリルに変に疑われないようにアクセサリーの類は避けて、マルロさんに用意してもらった新品のダガーに魔法処理を加えた物を既に用意してあるのよ。


 解体用に咄嗟の防御用にと、切れ味と耐久力を強化した逸品に仕上がっている。魔法の武器の相場は分からないけど、多分家一軒買えるくらいの価値はあるんじゃないかな?



 いやさ、武器屋って言ったら中古専門のマルロさんしか私は知らないからさ。でも中古を王子様にプレゼントするのも違くない?って思っちゃったから、マルロさんに事情を説明して手間をかけて悪いけど新品を用意してもらった訳さ。



 マルロさんも態々俺の店を使ってくれて光栄だって言ってくれたから、今後もマルロさんに色々とお願いするかもしれない。



 ん?元赤と他の子達との差が激しい?そこは勘弁してほしいかな。



 結局昼過ぎまで騒ぎは収まらず、漸く皆が満足いく品物を手に、昼食そっちのけで即席のファッションショーを始めるわ、騒ぐわで大変だった。昨日のお祝いで食べたご馳走の影響で皆まだお腹が減っていないのかもね。今日もご馳走だから、みんな頑張って飲み食いしてよ?残されると悲しいしもったいないからね。


 私はあれだ、ローストビーフの様な焼き物が美味しかったから、今日も用意してくれるように頼んであるんだ。ローストビーフにかけるソースは食堂で小さな壺単位で売ってくれるみたいで、それなりにお高いけど、今日も届けてくれるって話だし、いまから楽しみ。



 ケリーもだんだん慣れてきたのか今回のお年玉について小言を言わなかったし、私的には満足だよ。


 古着屋のおっちゃん達も久々の大商いに大満足だったらしくホクホク顔で帰って行った。





 んで、皆がファッションショーに気を取られている内に元赤を修行部屋に呼び出す。



 「で?なぜわざわざこんな所に一人呼び出したのかな?」



 何やら表情を噛み殺している様な雰囲気の元赤。心の内は……むぅ、よくわからん。強い感情は無いけど色々な感情が混ざっていて、何を思っているのかが上手くつかみとれない。ま、別にいいけどね。



 「あんたにもお年玉があるのよ。あんたも私の弟子だからね。一人だけ何も無いって言うのも寂しいけどあんたに今更古着をあげるって言うのも違うでしょ。」



 そう言って皮で作った手作りの鞘に納められているダガーを手渡す。ふっふっふ聞いて驚け!この鞘もマジックアイテムだったりするのだよ。効果は某エクスカリバーをヒントに状態異常に対する抵抗力を上昇させるものになっている。本当は回復魔法を付与したかったんだけど、そんなもん作ったらちょいと騒ぎになりそうだからさ。


 これでも十分騒ぎになる可能性があるから、鞘の方の効果は元赤にも内緒にする予定。



 ちょっと驚いた顔でダガーを受け取る元赤。そっと鞘を外してダガーの刀身を見つめている。




 ……ん?しまった!流石狼の血を引きしロリ、我が妹シリル。ファッションショーに気を取られているように見えてしっかりと元赤と私の動向をチェックしていたみたいね。



 シリルなりに拙いけど気配を殺してドアの外で聞き耳を立てているみたい。想像するとちょっと可愛いけど、すこし怖いよ?シリル。大丈夫だって、おねえちゃん、男に興味ないから。




 刀身を見つめていた元赤は気が付いたようで驚愕の表情を浮かべて私を見る。



 「これは……マジックウェポンか?効果までは分からんが、修行の成果か何となくだがダガーと鞘から魔力を感じる。」



 へぇ……。元赤、なんかこの世界の標準をすっ飛ばして変な方向に成長していない?自分の魔力だけじゃなく、他の物、しかも非生物に込められた魔力を僅かだけど感知できるようになっているみたいね。


 刀身を見ている内に、魔法の掛ったダガーだと気が付く可能性はあったけど、まさか鞘の方にまで気が付くとは思わなかったわ。



 「まぁね。例の調査の一環で、自分なりに色々と作ってるからさ。これはその副産物の様なもんよ。」




 嘘である。



 プレゼントすると思い至ってから、間に合わせる為に寝る時間を削って必死に作っていたりする。ってうるさい黙れや分霊おまえ。自分の中で漫才するつもりは今は無い。なんか妙に胸が落ち着かないんだよ、ほっといておくれよ、むぅ。



 「マジックアイテムなんて軽々しく処分する訳にもいかないだろうし、あんたならこの位の品もっていても不思議じゃないでしょ。


 「世界樹」に品物を卸すにしても、もうちょっと技術をあげてからじゃないと恥ずかしいしね。」



 外で聞いているシリルに槍の呪いの事を漏らすつもりは無い。元赤が自分で話す事であって私が勝手に話して良い事じゃないから。元赤が、シリルにちゃんと話す気になった時は、二人がお互いをちゃんと意識し始めた時になるでしょうし。



 「しかし……。私にはこれがどのくらいの業物であるのか、正確に理解はできないが。それでもそれなりの逸品であることは理解出来る。」



 まるで壊れ物を扱うかのような手付きでダガーを持つ元赤。



 「まぁね。効果は後で教えてあげるけど、どれ程の物なのかは自分で使ってみて実感して欲しいかな。」



 何やら神妙な顔つきになる元赤、ジル君。



 「……高価な物だ、だの野暮な事は言うのはやめよう。例の件の研究の副産物であっても、これほどの物を受け取る謂れが無い、と言うのもこの際置いておこう。


 君はこれを私に託して、何を望む。」




 あぁ、深い意味に取っちゃったか。そんなつもりは無かったんだけどな。ん?いやさ分霊あんたうるさい黙れ。自分で気が付いていないって、何が言いたいのか。


 まぁ、しいて言うならば?それでシリルを守りなさいなって事だけど、それを言葉にするのは野暮だし、まだそんな段階じゃないだろうから、望みはあんた自身が……。



 「別にそんなつもりは無いんだけどね。強いて言うなら、自分と守りたい人をそれで守りなさいな。ま、ダガーじゃ力不足かも知れないけど、そのうちまた使い勝手の良さそうなもんが出来たら、あんたで実験させてもらうからさ。」



 おどける様に伝える私。何故か胸の内が落ち着かない。何故か分霊わたしがうるさい。何やら茶化している。いやさ、私は男だからね?分霊あんたも男でしょうが。


 ん?端末わたしの最初は男だったけど分霊わたしの最初は女だったから、どうしても辛ければ男である事にこだわる必要は無い?ってさ。それは最初から知っているわよ。


 ただ、個体わたしとしては私は男なのよ。これは単に二次性徴を始めた肉体にちょっとだけ引っ張られているだけだって。あんまり茶化さないで。おかしくなりそうだから……本当にやめてよ。



 そんな私の様子を見て何かを納得した様なジル君は、受け取ったダガーを自分の頭の上に掲げる。




 「有難く受け取っておく。君の願い通り、願わくばこのダガーが私達の敵を屠り、我らの平和を守らん事を。」



 そう言うとニコッと笑って私を見つめる。



 「そ、そうね。んで、力いっぱい生きなさいな。さて、今日も新年のお祝いするんだから、あんたは下でみんなと準備でもしてきなさいよ。


 私はちょっとこれから作業部屋でやる事あるから。



 はぃはぃ、解散解散。とっとと出ていけ!」



 何やら火照る顔を元赤に見せたくなくて、ちょっと強引に追い出しにかかる。ドアの外のシリルが慌てて逃げ出す。



 「あはは、了解した。また後でな。」



 笑いながら部屋を出ていく元赤を、顔を向けずに送り出す私。



 分霊わたしが変な事を言い出すせいで、まったくおかしな事になってしまった。少し落ち着いてからでないとシリルともジルとも顔を合わせづらいじゃないか。


 火照った顔を手団扇でパタパタと仰ぎながら、ボーっとする私。本当に二次性徴に入ると色々面倒で困る。早い所成長が止まってくれれば、もう少し楽に生きられるんだけどね。


 そんな事を考えながら暫くパタパタしていた。





 ……本当に?ねぇ?本当に?

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