パップスの戦争4 マドラー
既に攻略部隊の包囲網は完成して、突破を試みる秩序側と包囲殲滅を成し遂げたい混沌側で大激戦が繰り広がれている。即応した2万と包囲されている軍勢が呼応すれば、かなりの数が包囲を抜け出せるはずだけど、はたしてどうなるかな。
レーダーを確認すると、後詰した5万はそのまま砦に向かって北進するのではなく、仲間の退避ルートを潰さないように東寄りで北進している。
漸く空が白み始めて、物見から状況の把握が進んだんだろう、壁内の動きが慌ただしくなってきた。レーダーで確認する限り包囲された7万は、実に思い切った策をうったみたい。おそらく、だけどパップスで構成された2万を完全に捨て石にして切り離し、残り5万で包囲している蓋の部隊の全力突破を図っている。
これまでの比ではない量の両軍の兵士の命が私を通り落ちていく。今の所縁の深い人が落ちた感覚がないのが救いかな。リロイさん達は、まだ死んでいないと言ったレベルでしか確認できないけど、今の所無事らしい。
レーダーで確認すると、砦のさらに奥で集結しつつあった混沌勢の軍団が陣容を整え始めているように見えた。現時点で双方あわせて26万を超える軍勢が魔の森周辺で激突寸前になっているけど、その規模が更に拡大される可能性が大きいわけね。
パン屋のおっちゃんと姉御さんの話を聞いていると、エステーザの外街まで攻め込まれる可能性は大きいみたい。この治療院も人の流れが落ち着いてから、動ける患者さんは西側に移動させると院長先生が話していた。今動いても橋を渡れない位に混雑しているみたいだし。
下水仕事を引退間際だったケリー達を除いて、塒組もその人たちのケアの為に、という名目で西側に送ってくれることになった。ケリー達は私の護衛役になってしまった件もあり、貧乏くじを引いた形だね。
もちろん私は救命に対応する為に、ここに残る事にした。巻き込む事になったケリーには悪いけど、私の周りにいた方が逆に安全だし、諦めてもらおう。
「我々としては、西側にある治療院に身を移してもらいたいのだがな。」
治療院にまできて説得を続けるリーメイトさん。だけど私としては接敵できるかもしれない機会を逃すわけにはいかないし、この治療院の面々も西側に撤収する訳では無いと聞かされれば、私だけノコノコと逃げ出すわけにもいかんべさ。
「皆さんがそうするのであれば、私もご一緒します。私が配属されたのはこの治療院ですし、この治療院で働く事が私の参加条件の一つですから。
それに、この状況は立場的には歓迎できませんが、機会を得られるかもしれないとは考えていますし。」
溜息幾つか。リーメイトさんは分かるとして後ろの赤い人と、ケリーと、おおぅ、おっちゃんと姉御もかい。
「自分にどれだけ自信があるのか分からないけどさ、エリーちゃんって意外と強情なんだねえ。」
「かといって頭ごなしに叱れねぇな。俺もガキの頃は似たようなもんだったし、そうやって武名を上げた。まぁ、何とかなるんじゃねぇかな。
エリーちゃん、魔法が使えるだけじゃねぇって感じるしな。魔法無しでガチでやり合っても俺を殺せるんじゃねぇかな。そんなつえぇやつ特有の気配を感じるんだよなぁ。」
「あぁそれは私も以前から感じていた。この場の者たちで戦えば最後に残るのはエリーだろう。少なくともその位の実力の差はある。」
「ほぅ、神のが。そういうんじゃ、急いで駆け付ける必要もなかったかもな。ま、それでも万が一が無いとも限らねぇ。肉壁にでも何でもなって、守り切って見せるさ。」
「すまないな。伯の依頼なのだろう?一線を退いた貴兄等に再び命を賭けさせる事になる。」
「さてね。いちいち確認する事かね。少しは気を利かせたらどうだい。」
後ろの方で何か色々とお話しなさっている皆さん。お陰で何となく裏の事情が分かったよ。それと私の実力が、実力者からは透けて見えていたらしい事も判明した。気配ねぇ、分からないではないけど私はまだレベル9なんだよね。
まさかオーガクラッシャーをクラッシャーしてしまいそうだと思われているとは。
現状の自分の戦闘力って完全には把握できていない。レベル9ってどんなもんなんだか。戦闘対象がずっとラットやローチだったからねぇ。たまに蜘蛛ともやったけど、ラットとそれほど変わらない。
舐めプしているつもりは無いんだけど、未だに僅かに歪みの有るスティレット使っているし。その内ギルドで鍛冶場借りて自分でいじってみようかな。
「はぁ、分かった。どのみち、この治療院はまだ閉鎖できない。恐らくは戦場は南下してエステーザ東の外街外郭あたりにまで押し込まれるだろうからな。
東側は既に避難が始まっている。この場所は後方支援としてますます重要な役割を果たす事になるな。リッポ、この場でギリギリまで一次救命を施して、その後西側に送る体制を取るぞ。此方から中には入れられん。
イビス、手隙の冒険者を集めて、防衛隊と護送部隊を作れ。エステーザ持ちでな。」
イビスと呼ばれたリーメイトさんの部下らしき人は、一つ頷くとすぐに南支部の建物に走っていった。手すきの冒険者ってまだ余剰戦力あるんですかい。
驚いた顔で見ていたら、クラッシャーさんとリーメイトさんが説明してくれた。
「今までの流れで考えるとな、東西側から追加でパップスがまだ来るし、それを警戒している混沌側が森の奥で集まり始めている筈なんだ。
そうじゃなくても、騒がしくなれば勝手に騒ぎ出す奴らだからな。」
正解です。既にかなりの数が森の奥で蠢いています。
「切欠になるパップスが来ようが来まいが、数が揃えば大人しくしているような奴らではない。だが、そのまままっすぐ戦場に向かっても自分たちの味方が邪魔になる。
別に知恵を働かせている訳じゃないのだろうけどな。目の前の邪魔な自軍を奴らはよけて動くんだよ。結果的に、軍勢は大きく回り込んで東門の少し南あたりを目指して進軍してくる。
おそらく作戦として意図している訳ではないだろうけどな。ほぼ毎回同じような動きをする。今回はこちらが砦前で包囲されたようだがな。」
「経験的に、最初に動いている奴らと、後から集まってきている奴らは別モンだ。指揮系統も頭もな。一騒動おっぱじまったから自分達もやるか、ってなもんだな。
連携も何もあったもんじゃねぇ。だからこそ厄介なんだけどな。」
連携がとれていないのなら、各個に撃破していけばいいだけじゃないかな。そんな私の疑問は言語化する前にリーメイトさんが答えてくれる。
「混沌勢は数が多いからね。次から次へと騒ぎに誘われて森の中から湧き出てくる。それに各々の氏族で勝手に動いているから、何処かを叩いても奴らは簡単には軍を引かない。
だから長引く事が多いのだ。今回も砦の部隊を叩いても戦は終わらんだろうな。」
うんざりした様な声で続ける支部長さん。
「パップスをほおっておいてもどのみち奴らはエステーザに攻め込む。パップスを我らで抑制することも出来ん。奴らにとっては習性だからな。
嫌でも定期的に各前線都市で同じような事が起きている。
個人的な考えだが、パップスの奴らは戦線が膠着する事を嫌った神か邪神が作り出した、一種のかき混ぜ棒なんだろうな。
粗食や少ない食糧で直ぐ増えて育ち、戦力となり自滅を恐れず混沌勢を刺激する。たまったものではない。」
なるほど、非常に傍迷惑な種族である。ある程度戦力になるし、普通は嫌がる被害担当も快くかは分からないけど引き受けてくれる。彼らを切って敵に回せば自分たちが困窮する事は間違いない。だから味方にしておく必要がある。
ただ、味方であっても引っ掻き回されてはたまらない。あの愛嬌があると言われている顔の裏側が、邪悪な笑みで溢れていても私は不思議には思わない。
私もつられてうんざりしながら、意識をレーダに移す。どうやら包囲されていた味方の部隊が、大きな被害を出しながらも包囲網を突破できたようだ。即応の2万と呼応して、部隊の一部が既に包囲網の外側へと離脱し始めている。
ここから体勢を立て直して砦勢の攻勢に対処するのか、それとも一度戦線を後退させるのか。話に聞いた東西からのパップスの後詰は、エステーザから半日の距離にはまだ来ていない。
彼らは本当に来るのか、それとも来ないのか……。
戦況は暗雲が立ち込め始めていた。
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