パップスの戦争3 オーガクラッシャー

 人類の最前線都市、エステーザが揺れていた。両軍が激突を始めて10日目の深夜。今までに無いほどの圧倒的不利な状況に追い込まれた砦の攻略軍は、自軍の2倍に近い敵に包囲され11日未明には総攻撃を受けていた。攻撃魔法が双方から飛び交い、森が焼け轟音が響き渡り、エステーザの街にまで届いてくる。


 昼の間の戦闘がメインだったから、夜の静寂に響き渡る上位攻撃魔法の爆発音がここまで響くなんて考えてなかったよ。



 いつもは轟音を鳴らす方だしね。あんまりこういう経験はした事無いかもしれない。気にした事すらないかも。



 警戒態勢にあったエステーザの反応は早かった。壁の物見の塔から状況を察知したのか、即応待機していたらしい2万くらいの部隊が1時間程度で東門から出撃していく。それに伴い臨時に編成されたと思われる外街の有志で編成された義勇軍がこの時点で3万前後集まっていた。



 遠くに聞こえる、遠雷のごとき爆音に起こされた私達塒組は、当然戦争初体験。私に至っては別の世界では何度も経験しているけど。4年前、7年前、そしてもっと以前から。この都市が戦争をどう経験してきたかは理解が及んでいない。


 特に、今まで避難を始めている外街の住民を、ほとんど見かけないのが気になっていた。




 赤い人が休憩室に飛び込んできて、緊急を伝えいつでも動けるようにしておくように言われた。寝ぼけていた子も直ぐに起きだして部屋を出る。


 治療院の外に張っている臨時の病室用テントを赤い人と一緒に見回りに行った際、ごつい鎧に身を包み、ウォーハンマーらしきものを肩に担いだ、どこかで見た様なおっさんがテントの周囲であたりを警戒しているのが見えた。



 「おう、エリーちゃんかい。最近こねぇなと思ったら、やっぱり治療院の仕事で詰めていたんだな。無理はしてねぇかい?


 はらぁ減ったら、店の中に置いてあるパン持って行っても良いぞ。こんな事態だ、商売なんぞしている場合じゃねぇ。うちの商品棚は解放したからな。いま弟子たちが全力でパンを焼いているよ。」



 ニッと笑ってハンズアップしてくるおっちゃん。あぁ、おっちゃんは戦争が始まる前はほぼ毎日顔を合わせていたカチカチパン屋のおっちゃんかぁ!


 普段は怖い顔ながら愛嬌のある笑顔を見せてくれる、気の良いパン屋のおっちゃんなのだが、今は闘気を全身に纏ったような圧力を体中から感じる。


 いつもなら愛嬌のあるはずの笑顔が、殺意の波動を辺りにまき散らしている。もう笑顔だけでゴブリンを殺せそうだよ。



 「おっちゃん、それはどうしたの?」



 とてもただのパン屋が持っていていい装備には見えないんだけど。



 「ん、あぁ怖がらせちまったか?すまんなぁ、久しぶりの実戦を前にしてちょいと体がはしゃいじまったみたいだ。


 あぁぁ、本当に俺って奴は、こんなに健気に頑張っているエリーちゃんを怖がらせるなんて、駄目な奴だな。」



 ごつい男がこういう事で落ち込むとなんかギャップがあるせいかな、可愛く感じるな。ギャップ萌えという奴か?すこしキュンッとする女の子の気持ちが、まぁわからんでもない。


 隣で赤い人がさりげなく私を守れる位置に移動する。



 それを目の端に捉えたおっちゃんは、笑いながらハンマーを地面に置いて自分の体に立てかけ、手を左右に振る。目と目で会話が成立したのか、赤い人とおっちゃんはお互い納得したようで、赤い人は警戒を僅かに解く。


 なんだかよく分からないけど、兎に角ヨシとする私。



 「いえ、怖いって言うのは少しあるけど、強そうでびっくりしちゃっただけです。その武器とか鎧とか、そろえたんですか?」



 「あ、これか?いやぁ俺もな、昔はそれなりに魔の森で暴れていてな。今の嫁を貰う前はパン屋をやる事になるなんて思いもしなかったがな。これでも現役の時は二つ名があったりしたんだぜ。」



 そう言うと地面に立てかけておいたごっついウォーハンマーを、片手で本当に小枝の様に軽々と振り回して見せる。まったく重さを感じない動きで、空を切る音が無ければ、張りぼてを振り回しているようにしか見えない。



 「私も話に聞いたことはあるよ。オーガクラッシャーファルグ。その人間離れした膂力で、正面からオーガを殴り殺した事もあるってね。」



 ん?只人がオーガを正面から力技で殴り殺す?間違いなく、この世界の上位者って奴だね。まさかこんな身近にそんな恐ろしい奴がいるとは思わなかった。



 「……すごい力ですね。オーガクラッシャー……まさかおっちゃんがそんなにすごい人だったなんて。」



 「あぁ、別に自慢するようなこっちゃねぇよ。ここは前線都市の外街だからな。年のいった奴なら、だれでも似たり寄ったりだ。


 ある程度腕に覚えがない奴が気軽に住める場所じゃねぇからな。俺の嫁もそれなりにつえぇし、職人街にも俺以上の奴等がゴロゴロしているよ。」



 そんな言葉を気軽に放つファルグさん。私にとってはただのパン屋のおっちゃんだったんだけどなぁ。おっちゃんは軽く赤い人を見てニヤリとする。



 「嬢ちゃんにも中々の護衛が付いているじゃないか。確か神の名を冠する二つ名を持つ男が……あぁ、いや止めとくか。藪をつついて蛇を出す趣味はねぇ。


 そちらさん?顔だけじゃなくて気配ももう少し抑えるんだな。こんな場所でお前さんに護衛されるエリーちゃんがどんな立場の嬢ちゃんか、少し経験があって頭がまわるやつなら直ぐにわかっちまうぞ。」



 おっちゃんの忠告に気まずそうにしている赤い人。ちゃんとローブと薄衣は纏っていたんだけどね。やっぱり赤い人もただもんじゃなかったか。単独で私の護衛を任せて安心とか、リーメイトさんに言わせるくらいの人なんだから、それなりにやる人だとは思っていたけど。



 「貴方と同じような理由だ。どうやらあんまり良い戦況じゃ無い様だからな。つい殺気立つ。」



 「まぁ、そうだよな。」



 ここでこんな話をしている内にも、パップスが張っていた陣の方に向かって、各々武装を済ませた不正規市民の皆さんが集まっていく。既に陣地にはパップスが最初に形成していた軍団の数に迫る勢いで、様子を見るとそこかしこに私が顔を合わせた事のある街の人達が普通の顔をして参陣していたりする。



 ここの外街の人達、どんだけ戦意高いんだろう。


 その一方で身重の人らしき人や、まだ年端もいかない子供達を連れて西の橋を渡って避難を始めている人達もいる。



 「まぁ、パップスの奴らがまた騒ぎ始めるのは解っていたからよ。こんなことになるんじゃないかと倉庫にしまっといた骨董品を出しておいたのが役に立っただけだ。


 あいつらはかき回すだけかき回しておっちにやがるからな。


 嬢ちゃんがここで働いているのは知っていたし、怪我人や子供を守らにゃならん。前線に殴り込みに行きたい気持ちはあるが、今じゃ単なるパン屋の親父だからなぁ。無理はいけねぇよな。


 じきに俺の嫁も来る。この場所はそう簡単にやらせねぇから安心しな。」



 似合わないウインクをして鬼の笑みと表現しても違和感のない笑いを浮かべる。これ、別に威圧しているわけじゃないんだろうけどさ。顔に血糊を塗ったら、何人か失神してもおかしくないね。



 ん、俺の嫁?妄想嫁じゃなくって?おっちゃんのお嫁さんって一緒にお店に出てた人かな。あの美人さんだとしたら、凄くうらやましい。


 私が男の時にあの美人さんとお知り合いになりたかった、と思えるくらいには魅力的な人だった。くぅ……先を越されたか。私のお姉さんにしたいな、と思わなくもなかったのに。



 「よぅ、待たせたね。」



 そんな事を考えている間にハルバードらしきポール武器と所々鉄を仕込んでいるレザーアーマーで武装した20歳位の奇麗なお姉さんがおっちゃんに話しかけてきた。彼女から感じる魅力は顔とかスタイルだけじゃないんだよね。なんと言うか内側から染み出てくる魅力というか。惹かれるってやつ?


 思わずついていきやすぜ!姉御!!って言いたくなる感じ。

 


 「子供達も妊娠している女達もみんな西に逃がしたよ。財産も持たせたし、お義父さんが身に代えてでも守るって言ってくれたから、もう後顧に憂いはないよ。


 最悪、誰かがあんたの息子を産んでくれるだろうさ。あたしはあんたと死んでやる。寂しがり屋のアンタを一人で逝かせるわけにはいかないからね。」



 「はっ!ばっかやろう。俺が惚れた女房をむざむざ死なせるかよ。安心しな、調子にのって前線にぶっこむつもりは無いからよ。


 少しでもここで時間を稼がにゃならんからな。」



 「分かっているよ。橋を渡らせるわけにゃいかないからね。負けるつもりもないんだろ?


 ここなら腕のいい魔法治療の先生がいるって話だからね。何度でも立ち上がって最後の最後まで食らいついてやるさ。


 ……何があったって、あんたと最後まで足掻いてやるさ。」



 さっきまで喋っていた私達をまるっきり忘れてしまったかのように二人の世界に入るおっちゃんとお姉さん。二人して軽く抱き合って、死ぬの死なぬのとじゃれ合っている。話から察するにおっちゃんもこのお姉さんだけじゃなくて、他にも何人かお嫁さんがいて、彼女たちは身重だから西側に避難しているみたいね。



 それと既にこの治療院に私の存在が居る事を認識していて、赤い人との会話からすると、それが私だと多分バレている。まー、バレるよね、うん。だからここを抑えに来たって事か。



 二人のじゃれつきを赤い人と半眼で眺めているうちに、ケリー達、塒の仲間達が全員治療院に集まってきた。確かに塒よりも治療院の方が安全ではあるけど。西側に避難するという選択肢は取らなかったようだ。戦中の混乱でバラバラになったり、攫われたりが無いとは言えないから、気ままに逃げるのも難しかったのかもしれない。



 既にみんな慣れた動きで大人たちの指示を受けて動き始めているし、仮登録前の幼年組も自分に出来る事をと、テントを行き来している。


 私も自分のやれることをやろう。そう心に決めた時、元パップスの陣に集まっていた義勇軍総勢約5万が雄叫びをあげて、味方を助けに行くために進軍を開始した。



 この短時間で外街だけで戦力が5万集まる。しかも歴戦の勇士が彼方此方に山の様にいる訳で。攻略軍が包囲殲滅の危機にある中、混乱に陥るかと思われたエステーザは、この短時間で攻略軍とほぼ同数の軍を立ち上げて後攻めを繰り出した。



 本当に言葉通り、人類の最前線都市の名前は伊達じゃないね、これ。

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