パップスの戦争2 軍勢包囲

 状況を赤い人に知らせるにしても、どうやって信じてもらう?


 分霊わたしの権能の一つである、レーダーに関して情報を開示するつもりは一切ない。これは個体わたしも完全に同意見なんだよね。それ以外だと信じてもらえる手はそう簡単に思いつかない。


 いくら私が将来有望な魔法使いだと一目置いてくれているとは言っても、何の根拠も示さず、また戦争に関して何の実績もない状態で、一軍を動かすような影響を及ぼすことは出来ない。



 それでも何もしないわけにもいかない。レーダーにもう一度意識をやる。この距離だとおそらく明け方にはこちらの軍も状況は把握できるだろう。相手がそれまで動かなければ、だけど。


 夜明けまで後5時間と少し。双方の時間的距離は軍隊の行動である事を念頭に入れても、最後の蓋になる部分の部隊が布陣が終わるまであと1~2時間って所かな。夜明けを待って払暁に攻めるのならあと4~5時間。



 囲んでから直ぐに叩くつもりなら、早馬出しても間に合わないかな、これ。今すぐ私が馬に乗って魔の森迄突っ切るなら兎も角、権限を持っている誰かに相談して、準備して馬を出す。赤い人に権限があったとしても信じてくれるまでタイムラグが生じる。


 知らせが届いても、こちらの軍が完成されつつある包囲から抜け出せるとも思えない。



 これ、駄目かなぁ。


 


 それにしても好き勝手に動く事が本質の混沌側の軍勢が、ここまでの統制された作戦行動がとれるって滅多に無い事だよね。これってかなりのカリスマが敵の陣地に参陣しているって事じゃないかな。



 リーメイト支部長さんからチラッと聞いたけど、今回の秩序側の軍にはかなりの実力者が何人も参加しているって話だ。この流れだと相手さんにも同じくらいの実力者が参加していてもおかしくないわね。


 彼らの内何人が無事にこちらに戻ってこれるか。リロイさん達は何処に配属されたんだろう。



 これって普通にエステーザ存亡の危機だよね。ヤバいよね?



 万が一の逆襲に備えて、居残り組にも伝説級の魔法使いやファイターが所属するパーティーが何組も残留している。まぁ、無謀なパップスの定例行事に、貴重な戦力をそうそう付き合わせる訳にはいかないっていう理由もあるんだろうけど。



 ただ、英雄クラスの冒険者が何組いても、図体のでかい某中将曰く、「戦いは数だよ兄貴」なのだよね。これはシンプルでいて真理だね。





 数、数かぁ。


 もう一度レーダーに意識をやると、敵方のマーカーのカウントを見る。マーカーだけでは何となくでしか分からないけど、動きから見て大半がゴブリンやコボルドを中心とした雑魚達だろう。後方に回って包囲しようとしている部隊だけで5万前後。砦本隊とその救援に駆け付けている前面戦力合わせれば12万。



 この数の混沌の軍勢が包囲行動をとる際にばれないように、おそらく音を立てないように動いているのだろうという事実に戦慄さえ覚える。それを統率出来る指揮官か。ダークエルフ?オーガロード?何者だとしても、あんまりお近づきにはなりたくないなぁ。



 相手さんの戦略が上手くいって、此方の攻撃部隊を首尾よく殲滅したとして。殆ど数を減らさずにその全部がそのままこちらに来たとしたら最大兵数12万。レーダーの動きをみると更に後方にじわじわと混沌勢の軍勢が形成されつつあるようだけど、それは今は置いておこう。




 エステーザ外壁にいる準戦力である不正規市民が約30万。壁内の兵士、正規住民が約20万。壁内の不正規市民が約10万。壁外の市民は商人も老人もその辺の奥さんも、大なり小なり戦闘経験がある冒険者だったり仮登録をしたことのある人達だったり、私人として戦争に参加した事のある人達だったりと。


 若い頃はそれなりに無茶をしていましたって奴らが結構いる。外街だからね。もともとそういう奴らが集まってできた街だし。



 反対に剣や槍を握った事すらない、というような完全に一般市民な人はそれほど多くない。



 エステーザの上層部の様に冷徹な判断をよしとするわけじゃないけど、現時点で外街を捨てて避難していないのだから、それなりの覚悟は皆あるのだろう。臨時の防衛兵としては十分な働きを期待できるかもしれない。


 残留の理由はどうあれね。相手側の主力であるゴブリンやコボルト位なら何とかなりそうだ。



 オーガやオーク、トロルの様な重戦力を専門家が叩ければ、それなりに被害は出るけど壁内の安全は何とか確保できるって話なのかな。



 そして4年前の悲劇は、規模を数倍にして繰り返される、と。危険を承知で最前線都市の壁外に勝手に作られた街に住んでいる以上、覚悟は出来ているのだろう?と言われたら反論は難しいわね。



 その上、現象としては秩序側から先に手を出しているわけだし。私たちが文句を言うのも間違っているのかもしれないけど、外側の街に大事なものが少しづつ揃いつつあった私としては、勘弁してほしい状況よね。



 さて、状況を悪化させるわけにはいかない。まず私の立場で考えるべきは……。患者さん、どうするかよね。


 

 「どうしたの?何か困ってるの?」


 

 私より2歳お姉さんの女の子が、私がなかなか眠らないのを心配したのか、起き上がって声を掛けてくれる。それでもこの子13歳なんだよね。日本換算で小学生から中学生の年代の子供なんだよ。長い時間を生きてきた大人として、彼女たちの命に責任、あるよね。仲間だし。


 そうだよ、この子達も何とか安全な場所に逃がさなきゃ。


 顔をこわばらせて、そんなことを考えていたせいか、暫く返事をしない私を心配してそのお姉さん、エルナさんが私の頭を撫でてくれた。



 「大丈夫よ。エリーはさー、頑張っているよ?


 すごい才能を神様からもらってさ、物語の怖い魔法使い様のように、怖くなっちゃったり変になってもおかしくないのに、文句ひとつ言わないで一生懸命頑張っているよ。


 だから安心して良いよ。ちゃんと頑張っているんだもん。エリーの神様はちゃんとエリーを見てくれてるよ。物語のようになっちゃったりしないよ?


 心配しないで、目をつぶってもう横になろう?色々考えるより、寝ちゃった方が良いよ。」

 


 そう言って私を正面から柔らかく抱きしめてくれる。後ろに回してくれた手で後頭部を撫でてくれるの、結構好きかも。物語の魔法使いというのが良く分からない。母から聞いた話はそれほど多くなかったし、姉が寝物語に話してくれた話も、たいして種類は無い。


 精神年齢は既に大人な私が、自分から寝物語をねだる事もなかったからなぁ。



 「うん、ありがとう。」



 軽くハグを返してから素直に横になって目をつぶる私。いや、ここで素直に横になるわけにはいかんだろうがと思わなくもない。そんな私を寝かせてしまう圧倒的な胸部装甲から醸し出される保養力。逆らえんな、これは。


 思わず子供に戻ってしまった。安心したら本気で眠気が襲ってくるけど、もう少し我慢しなくては。



 今から自分で行っても、赤い人に知らせても、今更魔の森に展開した軍は救えない。伝令に出た兵隊が補足されて終わるだけだし、そもそも間に合わない。とは言え、完全に包囲したとしてもこちらの戦力を漏らさずに撃滅できるとは思えない。必ず何割かは残ってこちらに逃げてくる。



 自然とパップスが種族特性的に殿になって、残りの戦力が退路を断った一軍を全力で突破する形になるのかな。7万の内半分以上、4~5万がパップスだから2万前後が後方に回った5万に突っ込むことになる。


 ただ、後ろに回った奴らの速度や動きをみれば、指揮官の種族は分からないけど、殆どが彼らの主力であるゴブリン達の様な小型な種類だ。


 それなりに犠牲者は出るだろうけど、突破は難しくない。……パップスは駄目だろうなぁ。



 軍が包囲されて危機的状況だという事がこちらに伝わるのはいつ頃になるか。明るくなれば壁の上から状況はある程度把握できるはず。エステーザは恐慌ないし混乱に陥る可能性もあるわよね。



 それから患者を移動させる。間に合うか?そもそも中に入れてくれるかな。攻撃に備えて門を閉じるかもしれないし、現状で既に出入りは難しくなっている。


 今の内なら?


 治療院で入院、加療を受けている患者さんの内、自分で動けない患者さんは何人いる?限られた人員で今から移動させてどのくらい時間がかかる?




 いや、考え方を変えるべき。患者さんを無くす方向で考えよう。私ならそれが可能なはず。自力で動けない重傷者だけでいい。動かせない重体者は既に魔法処置を済ませている。歩いて避難するくらいなら出来なくはない。



 それなら、外街が混乱してからでも間に合うかもしれない。多分避難者の多くが川を渡って西側に逃げるよね。あっちは混むから川沿いに南側?どうだろう、ちょっと判断がつかないな。



 後数時間もすれば魔の森で阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられるだろう。その更に数時間後にはエステーザがその地獄に巻き込まれるかもしれない。私も治療魔法バレはもう覚悟しよう。



 現時点で個体わたしに許されている全部を使ってでも仲間を守る。壁内の妹たちを守る。ドレイン系統の魔法を全開にして魔力圏で戦場全体を包んでしまう。コストは高いし効率は悪くなるうえ、味方も巻き込んでしまうけど、どのみち命を失った個体だけに作用する魔法だし対象が多くなれば回復の総量は増す。


 魂に関して言えば、私に飲み込まれる現象は私の意思には関係なく起きるから、考えない。自重さえしなければ、私一人でも奴らを全員食ってやれる。



 私がこの世界で、吸血鬼っぽいスタイルを確立する為に使っているドレイン魔法は、直接血や相手の体に口を付けたり触れたりする様式じゃない。


 吸収された血液や精気は、展開された常人の目には見えない魔力圏に直接溶け込み、まるで蒸発して消えてしまったように見える。


 知識のない奴はもちろん、この世界のドレイン系統の魔法とも挙動が違う為、知識のある魔法使いですら傍目には何が起きているか分からないだろう。


 それでも今までそれなりに自重してきたけど、これなら見られても大丈夫な可能性高いわ。





 そんな色々と覚悟を完了していた私が迎えた明日は、私の悲観的な想像とは少し違った。


 追い込まれてもそう簡単には崩れない、エステーザ外街の力強さに驚かされる明日になったのだった。



 パン屋のおっちゃんこえぇよ?

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