パップスの戦争1 魔法使いって奴は
夕方から完全に日が落ちて夜になっても、急患がひっきりなしに運ばれてくる。既に一度、赤い人の中身が変わって短い休憩に入ってもらっている。ケリー達も、塒の仲間達が下水仕事代わりにこちらに来て交代で手伝ってくれている。
私は、運ばれてくる急患が落ち着くまでは休憩なしだ。こればかりは仕方がない。私が1時間休憩を取ると数十人死ぬ事になる。大体戦闘が落ち着くのが夕方辺りらしく、その後数時間は急患が運ばれてくる。
「君も少しでも休んだ方が良い。壁内にも手はあるのだし、無理をされても困る。」
赤い人は自分が休憩に入る前にそう言って、私にも休むように声を掛けてくれたけど、普通に平気だからそのお気持ちだけ頂いてお断りさせていただいた。
私に限らず魔法使いって、ある程度段階が進んでいくと魔力があれば自分の体の事は大抵何とかなってしまうような所がある。流石に治療魔法が使えないのに大怪我を自分で治せるって事は無いけど。軽傷であれば治りは早いし、数日飲み食いせず、更に週間単位で眠らなくても魔力さえ身に溢れていれば何とかなる。
魔法使いなんて見た目ヒョロッとしてて、何かあったらすぐに倒れてしまう様に思われがちだが、意外とタフでしぶといのだ。
救急医療で魔力をそれなりに消費しているけど、使っているのは最低限の魔法だし、魔力の消費量は私の全体の保有魔力からすればそれほどではない。その上、魔力回復系列の能力も向上させているから、この程度ならまだまだしばらくはエンドレスで動き続ける事が出来る。
戦後の報酬がどのくらいになるかが楽しみである。あれ?歩合だっけ?それとも期間での契約だっけ?その辺確認するの忘れたかもしれない。
ま、いっか。
「食事をお持ちしました。」
「待ってました!」「腹減ったー、流石に今日は厳しかったぜ。」
その言葉と共に治療部屋に詰めている全員分の食事が運ばれてくる。ちょうど早馬車が途切れた合間をみて差し入れてくれた。メニューは大き目な柔らかパン数個と肉と野菜を煮込んだシチュー。量はかなりあるが、のっとクリームだからスープとかポトフに近い。
牛乳は足が速いからね。なかなかクリームシチューなんか食べられないよ。この世界に存在しているのかどうかも疑問じゃよ。少なくとも私は見たことが無い。
時間をかけずにさっさと胃袋に収めると、この前から気になっていた件をかたずける。食休みをする間も無く赤い人を連れて、暗くなった各部屋や外の設置してある医療用のテントに魔法の灯りを付けて回る。
魔法に依存しない医療も時間の限り行われているわけだし、普通の灯りだと手元が暗いし、やりにくいんだよね。私の「
流石にそれだと目立つし、後々面倒くさい事になるんだろうから、効果時間は1週間程度に抑えておく。多分これでも騒がれるかもしれないけど、今はそこまで考えている精神的な余裕がないんだよね。さっさと魔法を掛け回り、ついでに昼に完治させる事が出来なかった内臓損傷系の患者さんのテントに顔を出す。
致命傷は何とかしたけど、一人一人にかけられる時間が足りなくて救急優先だったから、傷がふさがっていないし感染症の対策も一切していないんだよね。
お給料が歩合か期間かは分からないけど、感染症は普通に死ぬからなぁ。頬っておけないよ。軽いうちならコストの重い病気治療系列の魔法を使わなくても、軽度の解毒や消毒系統の下位魔法で対応できる。
魔法を掛けられてもエフェクトや外見的な変化も出ないから、サイレントで起動して治療魔法士と助手が患者さんの様子を見に来た態で順々に回っていく。
治療された本人も、気が付けないだろうし、明日になって何か体のダルさがとれたかな、くらいにしか思わないでしょうね。
何やら隣で私を見ている赤い人の視線が熱いんだけど。ボソッっと聖女だとか口ずさんでいるから、赤い人を出来るだけ見ないようにして重体者から重傷者のテントを一通り見回ってから、漸く治療院に借りている休憩室に引き返す。
「もう3日、まともに寝ていないだろう。無理はしていないか。」
「眠いからって寝ていたせいで、助けられる命を落とすのもいい気分は出来ないしね。
それに意外と魔法使いは頑丈だから、そう心配しなくても大丈夫よ。魔法使いと組んだことがあればなんとなくわかると思うけど。」
そう言うと赤い人は呆れた様な溜息をつく。
「それは相当上位の魔法使いの話だな。確か、生きていくために必要な事の幾つかを、自然に魔力と魔法で代用できるようになっていくという、眉唾物の理屈だったと思うが。
実例として、寿命を無視して数百年生き続ける魔法使いが何人もいるのだから、全くの作り話でもないのだろうが。」
半眼で私を軽くにらむ赤い人。そんな事は無いはず。シュリーと話していた時も、明らかに常人よりも体が丈夫で、各種耐久力が優れている自覚がある事を確認しあっている。程度の差はあるのだろうけど。
「これほど治療魔法を乱発して、魔力を消耗したうえでこれだからな。魔法使いが、多少はあれど全員そのような恩恵を受けているとしても、君のそれは多少の域を超えている。
君は確か11歳の筈だったな。あんまりそのあたりの事情に探りを入れて、君の神に睨まれるのは御免だが……。
既にその年齢でそれだけの高みに君がいるという話一つで、溜息も着きたくなる。」
あぁ、確かに魔力を消耗した状態でこのタフさは、異常かもね。ただ、それも魔力の回復手段が手元にあるのと使用した魔法も魔力も節約したからだよねぇ。先程の感染症治療のサイレント起動は除くけど。いやさ、アレをテント毎に連発はちょっとコスト重いから。
出来れば少し休みたいなぁと思うくらいには疲れたよ。
でもさ、休憩室にもどって寝るのは気が進まないんだよね。いつものように、塒にもどって皆と眠りたいな。そうは思うけど、入院中の負傷者の急変はよくある事だし、今は治療院を離れるのは難しいよね。
「体質でしょうかね。もともと魔力の量が多いのと、回復しやすいのが原因かもしれませんね。
でも、流石に少し疲れました。今日も孤児院には戻れそうにありませんから、休憩室で仮眠をとらせていただきますね。」
了解した、と一言返して部屋の外に出ていく赤い人。ケリー達も気を使って外に出てくれる。彼らはこれから塒に戻るのだろう。今日の夕方から交代でこっちに詰めてきていた女の子組が、ぞろぞろと休憩室に入ってくる。私が一人で寝るのが嫌だからなのと、この事態に女子が日が落ちた後で外をウロウロする訳にもいかないからね。
泊まれる時は一緒に寝てもらっている。今日は別の部屋の女の子組が私を抱っこしてくれて、患者さんの急変で起こされる前、4時間はゆっくり眠れたよ。
しばらくはこんな1日が何度か繰り返されて、私も周りの人も少しずつ慣れていった。
その日の夜にも就寝後に起こされた。
急変の患者の魔法処置を済ませてから、部屋に戻る。夜中に起こされたにもかかわらず、赤い人も既に準備を整えてくれていて、スムーズに事を済ませる事が出来た。私が起こされた時に一緒に起きてしまった女の子達が待っていてくれて、私を寝床に誘ってくれる。
瞼を閉じる前にレーダーに意識をやる。魔の森の砦迄を範囲に入れて、何気なく戦況の確認をしていた。
ん?えっと。
レーダーに捉えた状況を見て、思わず唖然とする。お味方のマーカーが砦を前に、川を背にする状態で、大きく包囲されつつあるのだ。まだ距離を大きくとっている為か、包囲網は完成していないし、囲まれつつある秩序側の7万は全く気が付いていない。
今はまだ深夜、おそらく12時になったばかり。
「これはちょっと不味くない?」
思わず漏れた私の言葉に、眠そうな目で、ん?っと不思議そうな表情をする女の子達。
両軍が本格的に衝突してから10日目にして、早くも事態は大きく動き始めていた。それも私達にとって、やばい方向に。
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