パップスの戦争5 龍尾の魔法 内緒でお試しだよ

 主戦場が森の外に移ってから、戦場への時間的距離が近くなった。森を突っ切る必要のなくなった救急馬車は1時間で、急患を満載して未だ稼働している治療院に患者を振り分けていく。


 支部長さんのお話だと、治療関係の奇跡や魔法を使えるものは総動員されているらしく、高位の術者は私を除き全員壁の中に引っ込んでいる為、急ぎの救命は私の所に集められてくる。戦場から要救命者をうちにつれてきて、その後各治療院に患者を振り分け、また戦場へ戻っていく。



 馬も休ませなくてはいけないだろうし、御者も体がもたないだろう。無論それは治療院で働いている他の職員も同じようなものだ。日が昇っている内はひっきりなしに運ばれてくる患者に、溜息も一息も着く暇もなく対応に追われている。


 この治療院は基本外科的な処置が必要な患者を受け入れているけど、内科的な入院患者もいないわけではない。下水組の避難予定者は他の大人たちと共にそんな彼らを先に西側に移すべく、奮闘中だ。



 せっかく命からがらここまで生きて運ばれてきたのに、治療を受ける前に息絶えるものも数が増えてきている。私としても残念ではあるけど、既にこっそりと治療院は私の魔力圏で覆っているので、息絶えた方のご遺体に残った様々な力は、ばれない程度に吸収している。



 血はね、不味いんだよねえ。遺体から一切の血液が無くなっていれば、すぐにおかしいと気が付かれるからさ。その辺はほどほどにしておいた。



 お陰で、魔力の消耗を考慮に入れる必要なく、治療魔法を流れ作業で連発しても何とかこなす事が出来ている。とは言っても救命優先だから、致命傷や大出血を最低限何とかしたら西側送りの馬車に乗せて、治療院の場所を開けていく。



 治療院の外のテントでは、戦いの役には立てないけどそれ以外なら手助けできると、集まってきたボランティアが職員の指示に従い、優先度の高い患者を治療院に運び、救命を終えた患者を馬車に乗せる作業を延々と続けている。



 これほど手早く処置しているのに、次から次へと運び込まれてくる患者。私の底なしに見える魔力に恐れおののいている赤い人やクラッシャーな人と姉御さん。一応それでも赤い人が治療しているように見せているつもりだけど、これ、姉御さん達騙せていないよね?


 少しの合間に水を飲み、パンを一口齧って患者を効率良く出し入れしているケリー達。



 「こいつも腹から出血。こいつは顎を持っていかれていて、瀕死。」



 「あがあああぁぁ、ふぁおあぉ、がはっ!」


 

 治療部屋に言葉にならない声が響きわたる。お腹から出血している患者さんは待っている間に気を失ってしまったようだ。



 「了解した。そのベッドに担架毎頼む。こっちの三人は連れていけ。次、三人いいぞ。」



 一々私が指示を出さなくても囮としての実績を積み、嫌でも経験豊富になった赤い人が的確に処置室内を仕切っていく。その流れで私を助手の態で実際にはフォローするのを忘れない。私は助手をしているように動いて、治療魔法だけに集中すればいいようになっている。



 患者の前に移動すると、赤い人が独り言で怪我の部位や症状を確かめるかのように呟く。それを助手の態の私が聞き、処置を手伝うふりをして治療魔法を使う。


 この期に及んでも何とか私は助手の態を崩さずに済んだし、赤い人は囮として助手として大活躍している。


 やる事に追われていると、本来飲食が絶対に必要と言う訳ではない私は、飲食を後回しにしてしまう。



 「少し、休んだ方が良い。救命の患者が多いとはいえ、一口の水とパンを齧る時間は取れるだろう。」



 そう言って、水と一口大にちぎった柔らかいパンを渡してくれる赤い人。それを受け取ると彼自身も同じように手早く水を飲み、パンを口に入れる。それに習う私。一々抗弁なんかしている暇もない。



 その後しばらくして瀕死の救命者の流れが一瞬途絶えた合間を見計らって、少しまとまって食事をし、みんな用を足しに行く。



 「どうやら戦線を押し返しているようだな。治療を受け再戦力化された戦団が、各所の戦線を押し上げているのかもな。」



 少しからかうように笑いかける赤い人。



 「森から新手がくるって言っていたけど。」



 「あぁ、その為の予備戦力はまだ壁内、壁外に温存されている。ここは伊達に最前線都市なわけではない。壁内に籠っている奴らも普段は都市内のダンジョン攻略にかかりきりだが、戦闘力は大したものだ。


 戦力としてみるのなら、壁内の市民、非正規市民は無視できるようなものではないからな。


 奴らも、エステーザが落ちるまで傍観する事も無いだろう。」



 「ダンジョンか。いずれ稼ぎに行きたいとは思っているけどね。都市内のダンジョンってソロでは入れてくれないんだっけ?」



 「基本的には自己責任だからな。入れないわけではないが、ダンジョン内での死亡者を出来るだけ抑えたい都市の意向で、アタックの許可が出るのはランク20位以上か単戦15位相当の奴らでパーティーを組んだ場合に限られている。


 とはいえ、さっきも言った通り自己責任だ。ダンジョンのゲートには見張りはいるが出入りを抑制している訳でもチェックをしているわけでもない。


 入ろうと思えば入れるさ。」



 中から何かが出てこないように見張りが立っているって事なのね。



 「次!3人。背中をバッサリさんと首を折っている奴。それと腸が出ちまっている奴。」



 短い休憩はケリー達の患者搬入の呼び声で終わりを告げた。呻き声と苦痛に耐える呼吸が入室してきた。



 「腸が出ている奴は、中に押し入れておいてくれ。傷つけないようにな。背中の奴からこちらに回せ。」



 助手を務めている、下水組の女衆がぱっくりと切られたお腹からあふれ出ている腸を何人かで一生懸命お腹の中に戻している。普通ならアレ助からないなぁ。腸も一部切れているし、今から縫合しても内容物が腹腔内に溢れてしまっているから、手間も時間もかかる。


 本当に治療魔法って偉大だよね。



 対して攻撃系の魔法って、大体何となく科学で作り出せる兵器で代用できるからなぁ。かといって鉄砲持ち込むのも無粋だよね。



 既に痛みで気を失ってしまっている患者さん達は、身動き一つせずに彼女たちの処置を受けている。意識が残っている奴が面倒なんだよね。


 症状を聞いたり状況を確認する必要はないから、患者さんの意識が無い方がやりやすい。出血が多くて気を失ってしまった方が急ぎだと判断して、まず血を止める。



 「軽傷治療魔法」



 背骨が切られているけど、この位置なら半身不随で済む。後で治療魔法を受ける可能性を考えて、太い血管だけ繋いで、包帯を巻いて外に出すよう指示をする。後の治療は、申し訳ないけど自腹になるかな。



 ふと患者さんの顔が目に入る。あぁ、この前別の下水組を引退した子じゃないか。結構図々しい奴で、私に自分達にも革の装備を渡せと要求してきたあいつ。



 まだ、15歳せいじんにもなっていない子だったはず。当然の様に集ってきた時は、この野郎って思ったし、ぶっ飛ばしてやるかとか考えたけど、こんな姿を見てしまうとどうも、ね。



 この子が背骨の治療を受けるだけのお金を稼げるはずがない。半身が動かなくなった彼を、周囲がどこまで面倒をみられるか。多分、早晩見捨てられて野垂れ死にの目に合うだろう。


 このやろうと思わなくはなかったけど、まだこの子、子供なんだよね。時間をかけて体を修復する再生魔法、「龍尾の魔法」なら包帯を巻いて横になって、ご飯を食べているうちにいつの間にか治ったって演出も出来るかもしれない。



 「あ、まってブロー。」



 そう考えたら思わず彼を連れて行こうとしたブロー達を呼び止めた。



 「ほいよぉ。」



 軽く返事をして、担架を運ぶ足を止めるブローとザジ。「龍尾の魔法」は「救いの抱擁」ほど即効性がある魔法ではないけど、治癒力といった一点では効果は劣らないし、それなりに高度な治療魔法だ。


 だから出来れば身振り手振りの印を組み、呪文を口ずさんだ方が成功率も効果も高くなるし、コスト、術の反動は軽減される。ただ、この「龍尾の魔法」の印って少し大仰で恥ずかしい。なにせ龍の尻尾をイメージした印が必要になるから、お尻振り振りしたり突き出したりするんよ。


 なんでそんな印を?と思うかもしれないけど、端末わたし曰く、女の子がついてくれるお店でお酒を呑んで、騒いでいる時にノリで作ったってお話で。あぁ、あの印を男の時にやったのかい……と突込みが入りそうな事情がある。


 残念な事にそれらの印を必要としないオリジナルの治療魔法を構築する知識も技能も今の個体わたしにはない。



 幸い、と言って良いのか、治療待ちの段階で息を引き取った人たちは治療院の外に並べられている。印を結ばないで多少、難度を上げたり魔力を無駄遣いしても問題は無い。口の中で小声で呪文を口ずさみ、担架の上の生意気な子に治療魔法を掛ける。



 うん、御免ね赤い人。いきなりだからフォロー間に合わないよね。ま、今の所この治療部屋で意識がある人達は皆、事情を知っている人だけだからさ。そんなに睨まんといてくれー、それと失敗しないでねー。



 「龍尾の魔法」



 私の持つ魔法は、有名所でどこにもありそうな魔法の場合は横文字の呼び方あるんだけど、私オリジナルの魔法の場合、かっこいい呼び方が無いのが多いんだよね。だからこの魔法もトリガーワードはそのまま「りゅうびのまほう」って聞こえる筈。


 言葉自体に魔力が乗っているから、才能の無い人には呪文も含めて何を言っているのか聞き取りずらいとは思うけど。


 私のオリジナル魔法だけどネーミングセンスは無いから、端末わたし。魔法を構築した時の発想は「トカゲの尻尾って再生するよね、それよりも強力な再生をする魔法で龍の尻尾をイメージした治療魔法って事で「龍尾の魔法」って良くね?」ってな流れだったんだよ。目の前で振られる女の子の可愛いお尻に目を奪われながら。



 この世界の龍の尻尾が再生するかは分からんけど……。



 ぼんやりと、ほんわかとした柔らかな光が、この子の体全体を包み、染み込むように消えていく。これで2週間、ちゃんと食べて飲んで寝てればまた前と同じように動けるようになる。



 突然の救命以上の治療魔法の行使に、仕方ないなと言うような表情のケリー達と塒の女衆。何も言わずに彼を外に運び出してくれるブロー達。ま、実際問いただしたり、のんびり御話ししたりする暇なんかないんだけどね。


 少し怖い顔で私を見る赤い人。だから、すまんって。その後、大量に運び込まれてきた患者さんの対応に追われて、レーダーでの戦況の確認なんかできなかった。



 もしかして、また戦線を押し返されているのかな。と漠然とした不安を感じながら、必死に状況を処理するしかなかったんだよね。



 あぁ、やっぱりお医者さんするより、前線でバリバリ戦いたいなぁ。レベル上げたいし。

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