パップスの戦争6 釣り師パップス もしくは天然MPK
東から参陣する為にエステーザに接近してきたパップスに釣られる形で、魔の森で集まりつつあった混沌側の戦力が動き出した。パップス達の戦力は4千、その内4分の一が食われてその五倍の戦力、2万を釣り上げた事になるけど、別にこちらが望んだ結果ではない。
南部から出て行った5万の戦力は現在砦から出てきた混沌側の軍勢と殴り合いの最中で、東側から南側にかけて、エステーザは餌役を果たした残り3千のパップスを除けばがら空きの状態。
エステーザも即応し、内側と外側から急遽戦力が招集されているけど、完全に不意を突かれた形になったせいで、パップス達残り三千を現在進行形で飲み込みつつ残りの混沌勢が東南側からエステーザ外延部に食らいついた。4年前の悲劇が再現された形になる。
即応した幾つかの戦団が思い思いに防衛に付き、最外郭で防戦の任についているけど、全ての壁が出来上がっている訳じゃないし、壁もそれほど高くない。あちらこちらが突破されて、現在混沌勢に外街に入り込まれてしまっている。
既に私達の塒からは、皆避難しているけど、ケリー達や一部の女衆は私に付き合って未だに南支部の治療院に詰めている。
レーダーに意識をやると、シリルや兄二人は、大人しく壁内の安全な宿屋の一室でじっとしているのを確認できた。もし三人がヤバくなったら、全部をほおっておいて駆けつける。絶対に。
あ、でもロナとニカはほおっておけないから二人を連れて駆け付けよう。ルール無視して転移してでも、絶対だからね!?分かった?
段々と剣戟の音や魔法の爆発音、そしてつわもの達の雄叫びや獣の叫び声が此方に近づいてきた。レーダーに意識をやると未だに主戦場は北の草原だけど、パップスに釣られた戦力の半分くらいが既に外街に入り込み、不正規市民と戦闘状態に突入している。
意外と、パン屋のおっちゃんの言う事は間違っていなかったのか、奇襲を受けた形の不正規市民戦闘群と迎撃戦闘団は意外な強さを発揮して、混沌勢を迎撃している。
私を通してアストラルの海に落ちる魂達も8割が混沌勢だ。だけど、こちらも完全に被害が出ないわけじゃない。既にかなりの数の仮登録者と思わしき幼年の魂が海に沈んでいっているのを確認している。
やはり実戦経験が浅く、力の劣るものから先に冥府の門を潜っているようね。
外街に急造で作られた防壁の上から必死に援護射撃を繰り返している者達も、突破してきた部隊に後ろから食らいつかれて、被害を出している。貴重な魔法使いも被害が出始めているみたい。
エステーゼ側は現在、各部隊が独立して戦っている状況で、このままでは各個撃破される可能性も出てくる。それでもそれほどかからずにこの2万は叩き潰せるだろうけど。
オーガクラッシャーのパン屋のおっちゃんが言っていた、職人街にはバケモンがゴロゴロしているって言葉は嘘じゃなかったわね。
混沌勢のエースクラスだろうオーガの戦闘団やオークの部隊の一部が職人街に入り込んだみたいなのだけど、レーダーを見ていると僅かな時間でオーガ達の反応が消えていくのが確認できた。
あのロリコンのマルロさんも、それなりの実力者だったのか、細かい判別まではつかないけど彼のお店の付近でも何匹もの反応が瞬時に消えていて、こりゃエステーザ上層部も外街の戦力を当てにするわけだねと、変に納得してしまった。
とはいえ、やはり非戦闘員も貧弱な戦闘員も住んでいるのが外街だからね。どこでも優勢を確保できている訳ではないし、そこかしこ突破されて内壁の近くまで侵入を許してしまっているポイントもある。
そして私のいる治療院でも現在急ピッチで、重傷者の移送を進めている。
「動けぬ者から詰め込め!両の足で動けるものは怪我の程度に関わらず自分の足で歩かせろ。」
「動かせぬ者のみ治療室へ連れて来い、いや、中に運んでいる暇はない。どこか一つテントを空けろ。臨時で治療室にする。」
「ガキ共は最初の馬車の護衛に回せ、あちらに付いたらこっちには戻らせるな。ケリー、お前らも西側で防衛隊に参加しろ。」
「待ってくれ!俺達はエリーの護衛部隊だぜ!」
「そういう迂闊がでるから、ここにいるんじゃねぇって言っているんだ。とっとと失せろ馬鹿野郎が!」
外では支部長さんやリッポさん、赤い人が次から次へと指示を出している。ケリー達の声も聞こえたけどあっという間に黙らされて、西の方への移送作業についていった。
私は私で、休む間もなくテントの中で赤い人とコンビ組んで動けない患者さんを優先に治療魔法を掛けている。正直、もうほとんど偽装は意味を無くしているけど、それでもテントの外から見る分には赤い人が治療をしているようには見える。
実情は中側に入った瞬間に私が次から次へと治療魔法を掛けているから、誰が治療魔法使いなのかは一目瞭然だ。
突然、テントの外側から強力な爆発音が連続で響き、悲鳴と怒号、剣戟の音が周辺を支配する。
「ゴブリンだ!」、「オークだ!」だのの声に応じておっちゃんらしき雄叫びと、パン屋の姐さんらしき女性の声がそれに続く。
「オーガ一匹もらいっ!」
直後、野太い苦痛の悲鳴が響き、先程の爆発で命を失った者たちと共にオーガが私を通ってアストラルの海に落ちていく。うん、ご馳走様です。
オーガとは現在、側に居る以上の縁は無いけど、私が治療した患者さんやこの治療院に臨時で雇われた同僚は多少は縁がある。
それに毎日顔を合わせていたパン屋のおっちゃんと姐さんにはそれなりに縁が深い。そのおっちゃんと姐さんが奪った命とは、やはりそれなりに縁が深くなる。うん、いつの間にか姐さん呼びになっているし。
オーガとは言え曲がりなりにも知的生命体の、絶命とその魂は確実に私に力をもたらした。仲間達の恐怖と強い戦意、そして混沌側のそれも海を揺らし私を満たす。ついでに私の魔力圏に囚われた遺体に残った最後の力も私に吸収されていく。
戦場は、私にとっては収穫の場なのだ。そして獲物は敵味方の区別は無い。敵の恐怖、味方の勝利の歓喜、場合によってはその真逆。双方の被害者と遺体。その全てが私にとっては利益になる。
そして、私はこの場で武名を上げ、社会的な地位も得なくてはならない。本来、悲劇しか生まないこの戦場には私にとって様々な宝物が詰まっているのだ。
だからこそ自分を嫌悪する。
これならまだ、冒険者としてダンジョンを攻略していた方が気は楽なんだよね。
縁を繋げば用は足りるのだから、商人でも職人でもいい。現代社会なら芸能人でも動画投稿者でもいい。あとは縁がつながった者たちが起こす行動が結果的に私に力をもたらす事になる。
戦わなくとも、喜び、悲しみ、恐怖し快楽に溺れ、いずれは寿命を迎えるその時すら。
吸収できる力の割合は本当に少ないんだけどね。
テントの外で暴れるおっちゃんと姉さんが、どんどん混沌勢の死体を生産していたけど、それを遮るようにもう一度爆発音が響き、おっちゃん達が吹き飛ばされる声が聞こえてきた。
もうちょっと待って。いま後少しでテントの中にいる患者さんは何とかなるから。
耳を澄ますまでもなく混沌勢の指揮官と思われる者の罵声がテントの内側にも響いてきた。
「ここだ、ここにいる奴らを全員殺せ!魔法使いは生かして捉えろ!コボルト共、奴らを逃がすな回り込め!
この2人は私達が相手をする!
動けぬ女は苗床にする、捉えろ!オーガ共オーク共、力の見せどころだ!ゴブリン共に先を越されるなよ!」
どうやらここまで突破してきた奴らは運悪く指揮官付きの精鋭部隊らしい。しかも声からして女性のヒューマノイドタイプ、おそらくダークエルフの女って所かな。まだ見ていないけど、この登場パターンからしたらそうなるよね。
「時間切れ、ね。」
「なに、今からでも君だけは西側に送り届けるさ。それが私の使命だからな。」
そう赤い人が口の端をニヤリと歪めると、テントの端に置いてあった槍を手に取り穂先を軽く左右に振る。
「やってやれないことは無いさ。」
「貴方におんぶにだっこって訳にもいかないのよ。今回を逃すと次の機会はいつになるか分からないからね。
いまなら自分で動けない患者という目撃者もいる事だし。私にも獲物を分けてもらいたいんだけど。」
そう言うと赤い人は少し顔を歪ませてしばらく考えてから渋々了承してくれる。
「いまここで言い合っている暇もないからな。だが、危険だと判断したら力づくでも下がってもらう。」
「貴方に出来るのならいつでもどうぞ。」
「まったく、勘弁してほしいものだな。」
掛け合いをしている間にも、治療の済んだ患者を外に追い出して、他の職員に託し私達もテントの外に出る。
そして、そこには想像通りの地獄絵図が広がっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます