またやらかしたお話 お家が完成したよ
建舞って知っているかな?上棟式、建前、棟上げって言ったりするけど、まだ昭和の時代だとちょこちょこ彼方此方でやっていた新築の時に行う儀式みたいなもんよ。地方によっては、なのかな?屋根の上に載って紙に包んだ餅やらお菓子やら小銭やらを、お集まりいただいたご近所の皆さんにばら撒いて、まぁなかなか景気のいい儀式である。
そして残念ながらこの世界にはそんな風習は無い。
先日、秋の終わりを前にして、漸く私の家が仕上げを終えたのだけど。この世界では、こういう時に何かやるのかなって聞いたら、特にそんな決まりはないみたいで、やるにしても貴族なら盛大に披露パーティーをするだろうけど、庶民であれば精々友人を呼んで夕食会を開く位だと教えてもらったのだ。
もちろん、塒の皆とお祝いするつもりではあるし、来てくれるなら支部長さんや院長先生、ルツィーさんも呼んで、それと当然治療院の同僚も誘ってさ。お店に頼んで
あ、元赤は呼ばなくても勝手についてくるから、最初から勘定に入れてないよ?
純粋に建物が完成した事に対する儀式っぽいお祝いがしたくなったのよ。だって、今世初めての自分でやらかした大きな出来事だったからね。
もっと他にやらかしたでかい事があるだろうという突込みが入りそうな気がするけど、そう言う事じゃなくてさ。
初めてマイホームを持つ気分といったらいいのかな?そんな一つ階段を上ったような気分。わかるかな?それを純粋に祝いたくなったのよ。
もちろん、建舞とか地鎮祭なんかは建築前か、途中にやるもんで、全部出来上がってからやるもんじゃないけどさ。こういうのは何と言うか気持ちだからさ。
そんで棟梁さんに話をして了解してもらって、引き渡しの際に私なりに盛大にやらせてもらったわけよ。盛大にやらかしたともいうけども。
最初から屋根から撒くものは決めておいたんだけど、それがあんまりよくなかった。小麦粉で作る焼き菓子や小ぶりのパンを竹皮に包むのは良かったけど、そこに現金を入れたせいで大騒ぎになっちゃった。
鉄貨や銅貨までなら問題なかったのかもしれないけど、銀粒や銀貨も大当たりでつい、入れちゃったんだよね。
銀粒は約1万2千円位の価値があるし、銀貨は12万くらいの価値があるんだもん、そりゃぁ包からそれらが顔をだした時は大騒ぎになるわね。
言い訳するなら私としては、銀貨も金貨もあんまり価値観を感じないんだよね。その気になればこんな貨幣、腐るほど作れるし。そりゃぁさ、手元に無い時は必死で働いたし、それなりに大金を手に入れる度に興奮していたけどさ。あの時は目的があったからさ。
こういう貴金属を貨幣にするタイプの文明だと、物質をいくらでも作り出せるタイプの能力を持つ者ならば、いくらでも現金を直接手に入れる事が出来る訳だ。もちろん、作り出した贋金は魔法や科学で鑑定したところで見分けなぞつかないレベルな訳で。だから、やり過ぎてしまうと手にしたお金の価値観もその辺の石ころとたいして変わらなくなってしまう事もある。
地球の戦国時代あたりに産まれて、銭を45フィートコンテナ単位でいくつかまとめて作って、ばら撒いて生活すれば、100貫(1文銭10万枚、感覚的に一千万円以上)だろうが1000貫(1文銭100万枚)だろうがあぶく銭だし、気が付けば戦国時代のデフレ地獄がインフレ地獄に早変わりしてしまうって事態も経験したことがあるみたい。他の
ポイントが貯まる理由は使わないからで、使わない理由はネットワークで事足りるしそちらの方が目的にかなうからで、さらに言えばそのネットワークもエステーザに来る際の食料確保以外には今世も使っていない。
大抵のことを自力でこなせるようになってしまうと、以前は便利と思えた他の端末とのネットワークの機能も、使わなくなってきてしまった。
あっても使わない能力に意味はあるのだろうか。保険的な価値しか
ま、そういう訳でどうせ手持ちのお金も結構余っているし、未だに口座にあるお金を確認すらしていない。この建物を作るのも土地を確保するのもギルドが私への報酬の一部から支払っていて、私の懐から直接お金が出た訳では無い。
お金は天下の回り物。であるからには貯めているだけでは世間が回らない。治療院勤務のお陰で、最初の頃の苦労がむなしくなるくらい稼ぎもある。
私はあの防衛戦で名をあげて、今では態々私を指名して治療を受けに来る患者も多くなってきた。高位治療魔法行使者を名指し指名って、多分エステーザでは私以外いないでしょうね。
他の人達の情報は秘匿されているから、堂々と囮無しで施術しているのは私くらいだよ。元赤が暫くはそれでも、と赤ローブを着ていたけど、名指し指名が常態化してきた辺りで諦めて、院長先生がやるせない顔をしながら無言で、仕立てたばかりの小さめの赤ローブを私に渡してきた。
その日からあのちょっと恥ずかしいローブを私が着る事になって、赤い人は私になった。赤ローブを着ている人が囮だという事を、知っている人は知っているかもしれないけど態々宣伝する必要は無いわけで、こうなるのもまぁ仕方ないかもね。
勤務する日は、大抵6~7人に魔法治療を施しているし、それが週に4日もあれば、銀貨も見飽きるくらいには手元にある。なにせ平均一人辺り銀貨30~40枚の報酬が入ってくるわけだし、パップス動乱での負傷でも自己負担分で銀貨2~5枚位は懐に入るのだから、週に多いときで千枚に届くか届かないか程度の収入になるわけで、日本円にすれば多い時で週給一億円前後にもなる。年でも月でもない。週で、だ。
医療に関しては、夏も冬も関係なく、外働きで大怪我するか街の中でやらかすかの違いがあるだけで一定の患者さんは出てくる。更には魔法治療には怪我だけじゃなく病気もあるのよ。むしろ病気の方が厄介な場合が多いし、報酬も高くなる場合も多々ある。四肢の再生と難治の致命的な病。どちらも治療は困難だけど、病の方は命に届く。
そうなると冬の間もそこそこの患者さんがやってくるし、収入も途絶えない。
既にして私は、領地持ちの下位貴族と比べても比較にならない収入を確保しているという事になる。これら全てが私自身の自由になるお金である点を考慮すれば、王族や高位貴族なぞよりも裕福であると言えるでしょうね。
道理で、高レベルの魔法使いが王族や高位貴族からも一目置かれる訳よ。治療魔法行使者と純粋な戦闘者とでは収入も変わってくるだろうけど、その場合は純粋に保有している力、戦闘力が物を言う訳ね。そして私については、その両方、と言う訳で神だの邪神だのという話以前に、一般の人たちにとっては私は貴種よりも厄介な人種に見えるでしょうね。
そしてそれだけ実入りがあって一般人に畏れられるであろう、私の今の暮らし方は……、そうそうお金が減らないもので。未だに少し具の増えたスープとカチカチパン主体な食生活だし。自分で言うのもなんだけど、未だに収入に見合わない質素な暮らしぶりなのだから。
……人間、そんな急には変われないよ。いきなり豪勢な食事や生活を送ったりしたら胃がびっくりするかもしれないし、成金の様に浮いてしまって地に足のついた生活からかけ離れてしまう。
贅沢するにしても、少しづつ生活のレベルを上げて行けばいいじゃない。まずはお肉を一欠けらから?
だから、多少は消費してみようと、軽い気持ちだったのだけれどもそれがいけなかった。
最初に銀貨の包に気が付いた少年が大声で「銀貨だ!銀貨が入っている!」と騒いだのが悪夢の始まりだった。
彼方此方でそれにつられたように、「銀粒が入っているぞ!」「クソっ!こっちは銅貨だ、はずれだ!」「ガキ、それは俺の包だ、寄こしやがれ!」「ふざけんな、これは俺んだよ!」と大混乱。
あらら。私が経験した事のある建舞はこんなに殺伐としてモノでは決してなかったはずなのだけれど。
現在、屋根の上で呆然としている私の眼下には、インスタントに作り出されてしまった地獄絵図が醜くも繰り広げられている。あれよあれよとそのうちに、どこかで将棋倒しが始まってしまったようで、激痛に苦しむ悲鳴や、恐怖の感情が私に美味しくご馳走様をしてくる。
私の名誉にかけて、けっして意図したわけではない事をここに記しておきたい。
「エリーさん、一体何をしでかしたのですか?」
なにやら無表情なルツィーさんが、能面の様に私に問いかけるけど、私もこんなことになるとは思ってもみなかったわけで。
「ま、君が何かを始めると言った時から、碌な事にならんなとは考えていたが、まさか銀貨を包むとはな。
洒落になっていないぞ、エリー。鉄貨や銅貨なら兎も角な。」
「ぎ、銀貨って。な……何枚蒔いたのですか?」
ルツィーさんの質問に答えにくそうに答える私。
「えっと、100枚位かな。」
銀貨百枚、と絶句してしまったルツィーさんに思わずごめんなさいと呟く私。その言葉を聞いてさっきまで景気よくバラマキをしていた職人さんや塒組の動きがピタッと止まってしまった。
もしかしたら自分が掴んでいる竹包が銀貨入りかもしれない、となると先程迄のように気軽に撒けるものではないのかもしれない。と、いうか出来れば自分が欲しい、って顔の職人さんや塒組の表情に眼下ではさっさとばら撒けっと怒号が飛び交う。
先ほど生じた将棋倒しの現場ではさらに状況が悪化しているらしく、助けを求める悲鳴が上がっているし、下手したら死人も出かねない。
何度も言うけど、私がやらかしてしまった事だけど、こんな事になるとは思わなかった。事態を収拾する必要がある。
咄嗟にスキル表から派手な音が出る魔法を取得。これが意外と高かったせいで、また貯経験値がへってしまったが、今はそんなの後回しだ。
大きく息を吸ってから、まずは拡声魔法をサイレントで起動。
「みんないい加減に落ち着いて!」
音量は手加減して10倍、エコー無し。んで、続けて3連発で「
音量だけなら、あのジャイアントが起こした爆発よりも大きな爆音が辺り一帯に広がり、皆が一瞬のうちに動きを止めた。いや、何人かは気を失ってしまったり、しゃがみこんでしまった者もいる。どうやら地面を湿らせてしまった者もいるらしくて、申し訳ないとは思うけどこのまま混乱が続けば死人が出る。
拡声魔法で私の声を拡大したまま続ける。
「こんな混乱が起きてしまった以上、これ以上振舞を続ける訳にはいきません。それよりも見てください、この混乱で貴方達の同胞が傷つき倒れてしまっています。
まずは彼らを助けてあげてください。怪我が酷い人は私の所へ連れてきて。」
私のやらかしたことを棚に上げていけしゃーしゃーとまぁ、と自分でも思わなくはない。元赤やルツィーさんの顔が恥ずかしくて見られないよ。
まだ呆然として戸惑っている群衆に向かって10倍音声でもう一吠えかます!
「ほら、ボゥッとしてるんじゃない!早く動け!」
「「「お、応」」」
何人かのマッチョたちが普段から命令され慣れているのか、私の号令で漸く行動を開始した。それを見て漸く、他の人達もわらわらと動き始める。何人かはそもそも人が集まり過ぎていて動きにくいからと、人の集まりから抜け出してくれる人もいた。
幸運にも結果的には死人は出なかったし、大怪我を負ってしまった人たちも完璧に後遺症も残さないように治療した。当然、治療費は無料でそれどころか、残った銀貨から何枚かを、将棋倒しの下敷きになってしまった人たちに慰謝料として支払ったりもした。
治療している途中で、壁内から警備兵が中隊規模で派遣されてきた時には、恥ずかしながらビビってしまって、元赤に対処をお願いする事になったよ。
そして当然のように、完成披露パーティーの席で挨拶をした後、元赤と支部長さんとルツィーさんにお説教をされてしまった。
うん、ごめんよ。次にやらかすときはその前に皆に相談してからにするよ。覚えていたら。
院長先生は、やれやれと言った表情で、パーティーに出されたワインを飲みながら、そんな私をみて笑っていた。
そうやって馬鹿をやらかして、パーティーが終わって。ケリー達を予定通り勢いで強引に説得して、皆で新居で暮らす為の準備と冬の準備をして、色々と買い込んで。家具や寝具、家を飾り付ける為に必要な物や食料、大量の薪。ついでにケリーに呆れた顔で睨まれながら皆に暖かい服を中古屋でそろえてあげて、長い冬に備える。住み込みで働いてくれる後家さんご家族の分もね。
いいじゃない、これくらい。もうここまで来たら少なくとも、あんた達もこの子達の将来も私が責任持つわよ。下水仕事はちゃんとしてもらうし、ただ安全には今まで以上に気を使わせてもらうけどさ。心配無用よ、ちゃんと一人前に仕上げてから外に出してあげるから、あんた達は黙って私についてくればいいのよ。
どうしても嫌だったら、出てっても良いけど、もし困ったら帰って来なさいな。
そんな感じの事を言ったら、なんでかケリー迄下を向いたまま「ちくしょう」って言いながら泣いていた。悪いこと言っちゃったのかなって思ったんだけど、顔をあげた後のケリー達は涙顔なのにとってもいい笑顔で、素直に自分たちの冬用の服を選んでくれた。
あと、この頃から私の事を「オーナー」とか「マスター」って呼ぶようになったのは勘弁してもらいたい。なんどもやめてくれって言ったんだけど、私が雇い主だからオーナーだし、こん中で一番つえぇからマスターだしな、なんて事を言って言い方を直してくれない。
すんごい笑顔で言うから、それ以上強く言えなくなった。
強く言えないから、たまの訓練の時にちょっと激しく扱いてあげる事にした。
結果、更に強固にオーナー呼び、マスター呼びが固定してしまった。
因みに、収穫時に何とか都合をつけて人手を確保してちゃんと親元に労働力を送っておくのは忘れてなかったよ。
嘘。忘れてたけど、兄さんがそろそろ人手を送らないと父さんたちが大変だと思うぞと指摘してくれて慌ててルツィーさんにお願いしたんだよ。
そこそこまとまったお金が飛んで行ったけど、高位治療魔法行使者の収入に比べれば大した額じゃない。生活レベルは多少上がったけど以前と比べて50歩100歩じゃ、使うよりも入ってくるペースの方が早くて、一向に手持ちのお金が減らないんだよ。
そして未だに口座を確認していない。月額いくら入ってくるのか確認していないし、ストレージの中に入れてある銀貨の量がえげつない事になりつつある。そろそろ口座に預けておくべきか、現在迷っている最中だよ。
そんなこんなで一度も口座を確認しないまま、いよいよエステーザで過ごす本格的な冬を迎える事になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます