初雪と雪かき

 冬の始まりを告げるのは、この地では暦ではなく、夏を過ぎ秋を終え、その年の初めに空から舞い降りる白い天使、人によっては白い死神達である。


 つまり初雪の日が冬の始まり、と言うのがこの地の風習なのだ。



 そして10月も中頃を迎えるこの日、大体例年通りに長い冬が始まった。この日から雪解け迄約5か月、この地は雪に閉ざされる。


 とはいえ、流石異世界、種族毎の能力の差が激しい世界だけあって、こんな雪の中、元気に都市毎を走り回る人達もいるのだけれど、その話はまた今度。




 昨日から降り始めた雪は一晩で街も森も白く染め上げた。降り始めはパラリといった雰囲気だったけど、次第に大降りになり、一向に降り止まずあっという間に積もり、翌朝には慌てて木のシャベルで雪かきを始める人たちが街にあふれる。


 塒組の男の子達も元気よく屋根からの雪下ろしをするために外に飛び出した。まだかなりの勢いで振っているけれども、一度止むのを待っていたら何時までたっても雪を下ろせない。下手したら雪の重みで建物が潰れてしまう。


 男共の顔は雪下ろしをするのが楽しみなのか、ワクワクしている様な表情を浮かべている。なんでこんな面倒ごとにそんな表情を浮かべているのか。そんなケリー達の手には私が用意した真新しい雪かき用の木製シャベルが握られていた。


 今まで適当な木の枝や素手でどうにかこうにか雪かきをしていた彼らにとって、今回の冬は心強いアイテムがその手に握られているのだから、面倒な雪かきも楽しみだったのかもしれない。



 木製だから、本来それほど丈夫ではないそのシャベルは、実は秘密裏に魔法で硬度や耐久性を鋼並みに上げている逸品で、掛けている術も2~3か月は持つっていう代物だから、頼もしさも倍増だろう。


 効果時間の制限があるエンチャント系列の魔法だから、魔法の品と言う訳でもないし、ぱっと見ただけでは判別は不可能だろうから、持たせておいても問題ないと判断してエンチャントしちゃった。



 「こいつを使えるなら、ギルドの雪かきの仕事を受けることも出来るよな。


 冬の間の仕事つっても雪かき以外は碌なもんはねぇし、命懸けで森まで行って薪の為の木を確保して帰ってくるって言うのも、俺らの様なガキ上がりじゃ死にに行くようなもんだからな。


 オーナー様さまだぜ。」



 ケリー達はこのシャベルでギルドの雪かきの仕事を受ける事が出来ると喜んでいる。私が雇っているとはいえ、常に自宅警備の仕事をしてもらう訳では無いし、そうやってギルドの仕事を受けるのは経験を積む意味でも、お金を稼ぐ意味でも推奨しているから、問題は無い。けど、このシャベル持っていくのか。ギルドの雪かきは道具は全部自弁だったみたいね。


 そこまでは考えなかったよ。ま、何とかなるか。




 今回は前の塒の雪下ろしだけではなく、現住処の雪下ろしもしなくてはならず、手間は単純に2倍。いや、新しい方の塒は大きく広く高いから、危険度もマシマシで手間は2倍どころの騒ぎじゃない。


 こっちの方は三階建てだし、危ないからね。


 子供達に危険な行為をさせる訳にもいかないから、新築の方の雪かきは私が何とかするからと伝えて、男共には旧塒のほうの雪下ろしを頼んでおいた。今日が診察の日じゃなくて良かったよ。


 明日からは少し早く起きて、屋根の雪下ろしをしておかないと。




 まずは視界を確保する為に「浮遊フライ」で屋根の高さまで浮かぶ。細かく言うと視界を確保するのに態々浮く必要は無いし、角度、高度的に本来は見えなくても個体わたしなら見えるから作業をするのに問題は無いのだけれど、そういう所を横着するとケリー達にも不審に思われるから、ちゃんと小芝居をはさむのを忘れない。



 「ずりぃー!魔法使うのってありかよエリー!」「おねーちゃーん、私もお空飛びたいよー!」「エリー、私も飛びたいー!」



 何やら騒ぎ始めた皆に「後でねー」と声を掛けて、次の工程に精神を集中させる。っというかさ、こういうちょっと驚く事が起きると地が出て、エリー呼びしてくれるんだよね。


 そういうのがなんとなく嬉しい。


 「魔人形作成クリエイトゴーレム」の術をアレンジして、素体を雪に、形状を玉に指定してコントロール。コロコロ屋根の上を転がしていく。態々雪かきの為にリストから取得した魔法で、本来なら大地からゴーレムを作り出して使役するという魔法で、作り上げられるゴーレムにも何タイプかあるけど、今回作るのは直接自分でコントロールする遠隔操作型である。



 雪だるまを作る要領で自重でどんどんと雪を巻き込み自身の素体に変えていくスノーゴーレム、ロール形態。ある一定の重さになったら動きを止めて人型に形を変え、安全確認を終えた後に庭に上手に飛び降りて、今度は庭の雪を巻き込みどんどんと巨大化していく。


 一連の現象に目を奪われたのか、ケリー達が一向に雪下ろしを始めないで、歓声をあげたり驚いたりしているあたり、やっぱり彼らもちゃんと子供なんだなぁと当たり前の感想が浮かんできた。


 生きて行く為に子供にしては随分とドライな考え方と覚悟をもっていた彼らも、少し皮をむいてみればやっぱり年相応の少年なんだよね。



 そんな当たり前の感想が浮かんできて、そのことについて驚いている時点で、この世界がどれだけひどい世界かという事だけど、地球も近代以前はどこも似たり寄ったりという意見もあるから、生きていくという事がどれほど厳しいか、再度自覚することができた。



 ここで空気を読まずに、さっさと仕事にかかれーとは言えないし言いたくないかな。ただ楽しそうに雪の巨人の一挙一動に歓声を上げたり、いたずらのつもりか雪玉を飛ばしたりするその姿に微笑ましいものを感じ、ついゴーレムに雪玉を握らせて応戦してしまった。



 ケリー達は雪に埋まってしまった。



 「ちょっ、お前、エリーてめぇ殺す気かよ!」



 「ちょっとさっきのは危ないと思うのよ、私。」



 「お姉ちゃんならやりかねないと思ったけどさ、私まで巻き込むことないと思うの。」



 大地に降り立ち、ほっと一息した後、騒いでいるシリル達を横目で見ながら、呆れたような表情で反撃する。



 「主犯が何を言うか。第一すぐに崩れる雪玉だし、局地的な吹雪に巻き込まれたと思えば、よくある事じゃない。


 気にしないで男どもはさっさと雪下ろししてきなよ。」



 「この雪男にまかせる訳にはいかねぇのか?こっちの雪下ろしがさっさと終われば、俺たち仕事を受けに行けるしよ。


 ……魔法ってさっぱりわからないけど、もしかしてこの魔法、使うのに命の危険とかあるとかなら、頼めねぇけど。」



 前にケリーを治したときの事が彼の心の棘になっているのは知っているけど、こういう所で気にするあたり、繊細だと思えばいいのか、心の棘に負けずに雪かきを私に押し付けてくるあたり、図太いと思えばいいのか。



 「この雪男を使って雪下ろしをするのは別に難しい事でもないし、危険な事でもないけどさ。一度任せられた仕事を放り投げて他の仕事にいっちゃうのはどうかと思うよ?


 うちの雪下ろしは、警備兼雑用のあんたたちの仕事でしょうに。」



 「だよなぁ。うっし、おめえら、さっさと終わらせるぞ!」



 「「「応!」」」



 ケリーの一声で、うちの兄貴たちを含めた年長組が手にシャベルを持って作業にかかる。女衆も出てきて、屋根の下に積もる雪をどかし始める。


 彼らの身を包んでいるのは、この間古着屋で買い込んだ冬用の防寒具だ。シーズン前に買っただけあって需要もあってか、それなりの値段がしたけど今の私にはどうという事はないし、暖かそうな皆の様子を見ていると買ってよかったなぁという気分になれる。



 一応、豪雪地帯だけあって、街中には川から引いている雪を流すための水路があちこちに流れているけど、これらが効果的に機能できた試しがなくて、すぐに雪で詰まって流れなくなってしまうから、自然と道路の端や庭の隅に雪の壁が出来上がる。


 この辺りは雪は呆れるほど降るのだけれど、川や水路が凍るほどの気温にはならないからこの手のギミックがある程度有効なんだけど、これだけ降れば焼け石に水なんだよね。




 ご近所さんが、私の作り出したスノーゴーレムに驚いたり、騒いだりし始めたから、さっさと術を解除して雪の山に変える。


 そのうち、そんなご近所さんの騒ぎを聞きつけたのか、外街の警邏に出ていた警備兵さんたちが様子を見に来たり、私の釈明を聞いて必要以上に感動してなぜか握手を求められて困惑したりしているうちに雪かきを手伝いに元赤が来てくれた。



 入れ違いになった警備兵にゴーレムでの雪かきの件を聞いていたのだろう、元赤は呆れたように話しかけてきた。



 「エステーザの冬は初めてだと思ったからな、難儀しているのではないかと思って手伝いに来たのだが、なかなかどうして。ゴーレム作成の魔法を雪かきに応用するなんて発想、私では思いもつかんな。



 あぁ、そういえばエリーの村もここと変わらず積もるのだったかな。」



 純戦士に魔法の応用の発想で負ける訳にはいかないから、その辺は褒められている気にはなれないんだけど。



 「確かに地元はこことそれほど離れていないし、同じくらいに雪も降るけど、私が魔法を使い始めたのはエステーザに来てからだから、雪かきにこんな魔法を使うのも始めてよ。


 それよりもさ、今からおっちゃんの店にパン買いに行くんだけど、元赤もついてくる?」



 「当然、だな。私は君の護衛だからな。」



 「質、でしょうに。」



 小声で突っ込んだおかげでこの部分はシリルに聞かれなかったみたいで、一安心。元赤の姿を確認したシリルは、作業をほっぽり出して私たちのもとに駆け寄ってきていたのだ。



 「あ、おねーちゃん!私も、私も行きたい!お買い物のお手伝いする、いいでしょ?」



 「私と元赤だけで十分だけど、ま、いいか。その代わり、私が持つ予定の分はあなたが持つのよ?


 ちゃんとお仕事こなせるのかしら?」



 そんな私の言葉に自信満々のシリルの返事が返ってきた。でも結局、帰り道には私がシリルの荷物を半分持つことになった。


 ま、元赤と楽しそうにおしゃべりしているシリルが可愛かったから、別にいいかな。

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