元赤からの忠告

 新居と庭の雪かきを終えた後、元赤とシリルを連れて食材の買い出しに向かう。まだまだ雪はこれからが本番だと言いたげにじゃんじゃん降ってきているし、何なら視界不良状態ではあるけど、傘は差さない。


 と、言うかこの世界には傘がない。だから雨や雪が降った場合フードのついているローブや水をはじくようになっているコートを使う。田舎だと昔の日本の様に藁やスゲ、茅みたいなもので作った蓑を被っていたりする。そんなものを用意できない者は、雨の時用に大きめの布を頭からかぶる人もいるし、そもそも諦めて濡れていく、振られていくという人たちが大半だけどね。


 私もシリルも元赤もローブを頭からかぶって雪をやり過ごしているし、ケリー達にも雨や雪の時用にローブやコートを用意してある。


 雪かきに出てきた彼らは、作業がしにくいと言って今は使っていないけど。ヒラヒラしたものは慣れないと作業の邪魔になるのはわかるけどさ。外に出る時は常にそんな状態の私としては、贅沢な意見だね。



 ケリー達が気をつけてな、と声をかけて作業に戻る。最初の内は、以前から一人歩きはしないようにしていたし、外に出るときは男衆が何人かついてくるのが決まりだった事もあって、護衛しなくちゃってついてこようとしていたけどね。


 外出するとき、高確率で元赤が付いてくるから、最近では私が外出する際には声をかけてくる程度で、私の方から声をかけない限りは誰かが付いてくるという事はない。



 塒の建設している間はしばらくナデラの姐さんがパンを配達してくれていたんだけど、途中から他の奥さんとかおっちゃんが配達してくれるようになって、最近は姐さんと顔を合わせる機会がなかった。


 新しい塒での生活が始まってからも、治療院の仕事やら冬の間に色々やっておきたかった職人仕事に必要な素材やら道具やらを発注したり、買いに行ったりで忙しかったのもあった。それにケリー達や後家さん達のお仕事を私が済ませてしまっていたら、彼らの居心地がよろしくなかろうって事で、オーナーさんよろしくどっしりと構えて食材の買い物はお願いしちゃっていたから、しばらく姐さんに会ってないんだよね。



 特に用事があるって訳でもないけど、何やら姐さんにもパップス動乱の際に色々あったみたいだから、様子を確認しておきたかったっていうのもあるのと、初雪で雪下ろしでてんてこ舞いしている初日くらいは私が買い物の手伝いくらいはしてもいいでしょうって事で、出てくる前に後家さん達には今日の買い物の予定を確認しておいた。



 「今日も固焼きのパン、肉の切れ端と野菜くずのスープか?たまにはもう少しいいものを食べたほうがいいのではないか?」



 「肉の切れ端に野菜くずって言うけど、この時期の野菜は安くはないし、お肉だって干し肉を使わないだけちょっと贅沢だと思わない?」



 買うものを口に出してチェックしていた私に、元赤が少々うんざりしたような声色で話しかけてきた。



 「いや、君の食生活をあげつらっている訳じゃないし、贅沢をするべきだと言っている訳ではない。君が抱えている子供たちの数も理解しているからな。


 全員に贅沢させることも難しいのは理解しているしそうするべきとは思わないが、君の暮らしぶりがあんまり質素すぎるからな。」



 まとわりついてくるシリルを適当にあしらいながら、元赤は少し難しい顔をする。シリルは嬉しそうだからいいけど。



 「あんたの言う通り、私の暮らしぶりに文句を言われる筋合いはないし、身を持ち崩すような浪費をしているなら友人としての忠告もあるだろうけど、質素に暮らしている分には問題ないと思うんだけど。」



 彼の口からため息が一つ漏れた。



 「問題あるさ。あれほど活躍をして、高位治療魔法行使者としても短期間で他に類を見ないほど多数の命を救ったのだからな。


 致命傷の救命は戦時雇用者であっても単価が高価だ。安く済む物じゃない。物が物だけに必ずしも先払いと限った話じゃないのもこの話のミソだな。


 周囲は君に大金が支払われているはずだと理解している。その君が大きな自宅を建てたのは当然にしても、暮らしぶりがあんまりにも質素すぎるのでな。色々と疑念が出ているそうだ。


 我らの女神が正当な報酬をちゃんと受け取っていないのではないか、とね。」



 なるほど、ってそこまで気にしないといけない訳かい。しんどいなぁ。



 「面倒くさいわね。私がどういう暮らしをしているかなんて、何で外に漏れるものなのかな。」



 「食い物も調度品も服も。どこからともなく出てくるものではないからな。そして、巷で話題の女神さまが買い物に出てくることは少なく、君の仲間たちが買う物は高が知れている。高い買い物は精々が古着位なものだ。


 そしてそれは君にしてもたいして変わらない。有名人だからな、どの店も君が買い物に来れば話題になる。客の個人情報を漏らすようなことはしなくても、出入りする店を知れば、何を買ったのかくらいは聞かずとも想像はつくさ。」



 なるほど、確かに買い物で消費しなければ暮らしぶりも質素だって想像はつくわね。収入は治療院の稼ぎだけで、多い時には週に一億円前後あるわけだから、多少物価が高い前線都市であっても、子供たちと後家さんとケリー達、総勢100に満たない程度ならもう少し贅沢させても問題ないわけだし。



 皆がある程度いい服といい暮らしを送れば、シリルに多少お金を使っても問題は相対的に小さくなるかな。たださ、私は兎も角、私たちのような立場の、つまり孤児的な立場の子供たちが良い服を着て良いものを食べていれば、当然周りから良い目で見られる訳ではないし、トラブルのもとになる。


 やっかみというものは怖いものよ。たとえ自分が損したわけでなくても、他人が良い暮らしをしていれば不公平を感じるものはいるし、その人が不幸になればいいのにって考える人も出てくる。


 基本的には人間は醜いものだからさ。


 その辺も考えなくちゃいけないとは思うんだよね。



 因みに端末わたしは最初の人生の時、人が幸せだとその立場が自分だったらと妄想力を発揮して自分も幸せになるタイプだった。で、その人が不幸になると自分もとことんまで落ちるタイプ。


 今じゃどっちも美味しいが先に来るから、何とも言えないかな。



 「私は別に、他の子供たちにもっといい服を着せろとかいいものを食わせてやれとは言っていない。君だけがいい暮らしを送れというのは君の性格上、難しいのも理解できる。


 ただ時折、何人か連れて外で旨いものを食うとか、せめて君だけでもいい服を着て装備も一流の魔法使いにふさわしいもので身を固めるとかしてもいいのではないかとは思う。


 外に出るときくらいは周囲の目を気にして欲しいな。それに収入に見合った暮らしを送るのは、金銭を世に循環させる富める者の義務でもあるからな。」



 つまりお金を使え、お金がある所をたまには見せろって事ね。あと外着に気をつけろ、と?でもさ、外着っていってもさ。



 「私はコレ、やめるつもりはないんだけど?」



 最近洗い替えの為に何着か買い増したローブの裾をつまんで元赤に見せる。因みにシリルも私と同じく、ローブに薄絹で顔を隠している。シリル、マジで可愛いからさ。


 私の妹って事で性奉仕の仕事が入ることはないんだけど、それでも自衛できない彼女がその外見を晒す事は自ら危険を招き入れる事と大して変わらない。


 ただでさえ、私の妹って言う事で周囲から注目されているみたいなんだから。兄達二人は、ま、大丈夫でしょう。身内には全員にマーキングはしてあるから何かあったらすぐに駆け付けられるし。

 



 「あぁ、そうだったな。ただ、手に杖を持ち、その杖に金をかければそれらしく見えるだろう。それにそのローブもその気になれば、もっといいものを手に入れる事も出来るだろう。


 魔法の品とまではいかなくても、もっといい生地を使った、作りのしっかりしたものだって幾らでも手に入れることができるはずだ。大魔法使いに相応しいものをな。


 ローブに拘らなくとも、フードが付いているマントや前が開くタイプのローブでもよかろう?それならば下の装備を見せることも出来るし、そこに金をかけるだけでも違う。


 せめて見える部分だけでも金が掛かっていれば、皆も納得するさ。食生活に関しては、まぁ魔法使いには変わり者が多いらしいからな。どうにかなるだろう。」



 思わず、バースト一発かましてやろうかなと思わなくもないけど、一応自重しておく。こんなんでも一応王子様みたいだからね。それにしても身だしなみに気をつけろってか。大魔法使いらしく、恥ずかしくない見た目をってね。


 正直面倒くさいけど、エステーザに迷惑をかけるつもりもないのよね。ある程度自分で作れるようになってから、ボチボチ装備を整えていく予定だったけど、ここは意地を張る所じゃないのはわかっているし、私も数百万歳の大人だから。まだ11歳だけど。



 「わかった。今度あんたがお店を紹介してよ。私が知っているお店は古着屋どまりで、仕立ててくれるようなお店は分からないんだよね。」



 お金を回す件については、後で何か考えよう。とは言っても、皆の装備類とか生活消費財での散財しか思いつかないんだよね。あんまり贅沢な生活を皆に覚えさせちゃうと、後で独立した時に辛い思いをするのは自分達だからってケリーは未だに慎重だから。


 言っている事も解るから、無理を通せない部分もある。



 「了解した。君のその素直さは正直助かる。君の生き方に私なぞが口を挟む道理などないのだけどな。そうやって耳を傾けてくれるのは、私たちにとっては慈悲ですらあるな。」



 そんな大げさな元赤を適当にあしらって、肉屋や八百屋と言っていいのか青果店みたいなお店に顔を出す。パンが一番かさばるからね。おっちゃんのお店は最後に寄るんよ。


 頼まれたものを適当に買って、持参した荷車や背負いの篭に入れておっちゃんの店に向かう。この積雪の中、早出で雪かきを頑張ってくれた冒険者や町の人達のお陰で、荷車を引く分には問題ないくらいには、道が片付いている。


 その分、道の両端には雪の壁が出来上がっているけど。


 これ、後で溶かしてあげようかな。もしくは後でこっそりとストレージに確保して、何かに活用するとか。結構土汚れで汚く見えるけど、使い道がないわけじゃない。


 多分、この両端の雪の壁は後で力自慢たちが荷車つかって川まで捨てに行くんだよね?



 そんな事を考えていたら、いつの間にかおっちゃんのお店に付いた。ま、八百屋や肉屋からそれほど離れている訳じゃないしね。



 そこで私は衝撃的な光景を目にした。



 お店の中で、カウンターの椅子に座っているナデラさんのお腹が、これ膨らんでない?


 ……おのれ鬼畜なおっちゃんめ、姐さんになんて事をしやがるんだ。


 思わず頭に青筋立てて、理不尽な怒りを振りまく寸前の個体わたしと必死に干渉して止めてくる分霊わたしとで、しばらくの間、私はお店の玄関で硬直していた。

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