シリルの決断4 兄ちゃん達も一緒?

 子供が隠し事をしてもすぐにばれる訳で。この世界の子供達もそれなりに大人びているけど、やっぱり子供な訳で。そして子供は大抵の映画で状況を悪化させるハラハラ要員だったりする訳で。


 端末わたしはあの状況を悪化させるお子様に映画を見ていていつもイライラさせられてきた記録がある。時にそんなお子様が、危機を切り抜ける切欠になったりするんだけどね。



 何が言いたいのかと言うと、お子様は予想がつかない厄介な所があるって事。具体的には食堂に食事を取りに行った私達を兄2人含めケリー達が一斉に取り囲んでシリルや私を質問攻めにしてきた。



 残念ながら私は聖徳太子の生まれ変わりではないので……。いや、どこかの分霊わたしが当時の日出国とか自称していた過去の日本で似た様なポジションについて四苦八苦していた記録ならあるけど。そのものではないので、全員の言っている事を理解するのは難しい。だけど、まぁ、大体皆の話の内容はつかめた。



 曰く、エリーに弟子入りできたのか、とか魔法使いになれるの?とか、私もジル様の特別になりたい、とか俺達も魔法使いになれるかな、とか俺も弟子にしてくれとかね。後、何処からかエリーは俺のだとか訳の分からない言葉が紛れていたけど、こういうノリなのだろうから礼儀正しく無視する事にした。



 それにしてもこの調子じゃ、魔法に関して緘口令を敷いていた時も長続きしないだろうなって思っていたけど、「永続光コンティニュアルライト」の一件もその内確実に漏れるわね。


 ご近所や下水仲間の友達に自慢したくなって、「家には光る石があるから、夜でも明るいんだぜ!」とかね。いや、明り取りの為の窓から光が一晩中漏れているから、子供達が口を滑らさなくてもいずれはバレるか。


 近い将来、石ころに「永続光コンティニュアルライト」を掛ける仕事が入り込みそうだけど、どうせなら少し手間をかけて、安売りしないようにしたいかな。石ころじゃなくて水晶に魔法を掛けるとか、ね。


 一つ当たりの単価が高くても納得いくように作れば、手が回らなくなるほど仕事が入ってくることもないでしょうから。


 永続光コンティニュアルライトの魔道具、オンオフできるように細工を施した小箱の中に、光る水晶が入っていて一つ銀貨50枚位なら、注文が殺到する事もないでしょう。灯り一つに約600万円、だからね。


 いくら魔法の品の相場が高いからって、灯り一つでこの値段なら注文するのに躊躇するでしょう?




 それは兎も角、そっか……魔法使いになりたい、ね。


 私の最初の世界では、とある賢人曰く、男性が30歳まで純潔を守る事が出来れば魔法使いに、40歳なら賢者に、50歳なら大賢者になれるって言っていた様な言わなかった様な。



 だから、まぁ、あんた達じゃ無理じゃないかな?だって、この世界ある程度稼げなければその年代まで生きて行くのは難しいし、そこまで生きのびた男なら自然と周囲の圧力で本人の意思を超えて嫁さんを紹介されるだろうし、子供作れって圧力が凄いと思う。ちゃんと稼げてればね。


 魔法使いになるよりもリア充になれた方が良いでしょ?



 それでも女性に縁がない男性に朗報もある。性欲に自信があって、他のすべてをなげうっても構わないという諸兄なら、最悪でも種馬として混沌勢に拉致されれば、人間牧場でいくらでも生殖能力を発揮する事が出来るかもしれない。


 あいつら、オークやゴブリンの苗床にする為の女や戦奴隷を手に入れる為に、成長に手間も時間もかかり、効率が良くないはずの人間牧場を作っていたりするんだよね。


 牧場と言っても、「教育」済みの人間に混沌勢力の領地を開放して勝手に増えるのを待つって感じだけど、いい具合に「教育」された苗床が自ら進んでオークやゴブリンの元に赴くから、それなりに重宝しているみたい。


 この世界のゴブリンって同族でも増える事が出来る筈だけど、より強く、より沢山増える為に人間を利用しているみたいね。



 ……「教育」されていない外の男を、態々牧場に入れる筈もないかもしれないけど。



 やはり女性に縁のない諸兄達は意地を張らずに、お金を貯めて娼館や街娼にお世話になった方が幸せかもしれないね。



 こういう、最初の端末わたしなら殺意が湧きそうな冗談は置いておいて、兄二人はもちろん、ケリー達の圧が凄過ぎて、正直圧倒されて何も言葉が出てこない。



 多分、シリルは私の所に来る前に皆に相談していったって所かな。そこは最初におねーちゃんにお話ししてもらいたかったけど、私にお願いするための相談を私にする訳がないわな。


 皆の勢いに流されつつも、何とか体勢を整えて反撃を開始する。いや、流石に「威嚇魔法バン」は撃たない。


 いつもよりも少し大きな声で。



 「まぁ、ちょほいと落ち着きなさいな、皆の衆。」



 一斉に黙る、皆さん。よく見るとアリヤさんや後家さん達も質問攻めの一団に紛れ込んでいる。そんなに魔法使いになりたいのかな。


 ……まぁ、なれるならなりたいよね。


 何処からか、変な言葉遣いだって呟いた奴がいた。ほっとけ、私の素は大体こんなもんなんだよ。あんた達も昨日今日の付き合いじゃないんだから知っているでしょうに。ま、長くて半年程度だけどさ。子供にとっての半年って結構長いじゃない?



 「色々と聞きたい事があるのは分かったから、まずはシリルにご飯を食べさせてあげてよ。」



 そう皆を宥めてから、シリルと二人、残しておいてくれたカチカチパンとスープを口にする。ちょっと注目されていると食べにくいわね。普段ならこういう時に皆をある程度仕切ってくれるケリーも、今回は騒ぎ立てる方に入っているし。


 というかさ、あの日。ケリー達を強引に丸め込んで新しい塒で暮らすように説得した日。みんなが私をオーナーだのマスターだのと呼ぶようになった日、あれからケリーが少し、年相応の少年っぽくなったような気がする。



 以前はリーダーとして皆を率いらなきゃいけないって自分を必死に律していたのかもしれないね。心の中で張りつめていたものが無くなった、素直に良い事だと思う。



 「んでよ、エリー。シリルは魔法使いになれそうなのか?」



 手早く食事を済ませた私に、ケリーが代表して聞いてくる。まだシリルはムグムグやっている。可愛いなぁ。慌てて食べちゃダメだよ?



 「シリルはね。以前からシリルには魔法使いの才能がある事には気が付いていたから。後、ルーイ兄ちゃんとイリエ兄ちゃん、こっち来て。」



 ドギマギしながら人の塊から出てくる兄二人。なんで私とシリルの話の時に後ろに下がって遠慮しているかな。虎の威を借りろとは言わないけどさ、自分達こそ関係者って感じでもう少し前に出てきてくれても良いと思うんだけど。


 控えめなのか、引っ込み思案なのか、私に迷惑を掛けないようにしているのか。これも心遣いなのかもしれないけど、卑屈なのはあんまり好きじゃないんだよね。



 「何となく期待していたかもしれないけど、兄ちゃん達二人にも才能、あるんだよね。魔法使いになれる。


 ただ、シリルも兄ちゃん達も、それなりに厳しい修業を積まなきゃいけないし、勉強もしなきゃいけない。私が師匠になるのは構わないけど、兄ちゃん達には妹に教えてもらう事に抵抗があるかもしれないし、魔法使いになりたいのかどうかもまだ確認してないからさ。


 どうしたい?」



 私の言葉に二人の顔がパァッと輝いた。そうかそうか、単純だけど素直っていいねぇ。



 「俺達も、エリーみたいになれるのか?」



 「あの女神の笑窪を作れるくらいになれるんか?」



 くぅっ。痛い所を突いてくる。パップスの動乱時に私が「精霊の槌バーンズハンマー」で作り出してしまったクレーターは今でも片付けられることは無いまま、何故か女神の笑窪と名前を付けられて、祭り上げられてしまっている。


 私って笑っても笑窪でないんだけどね。



 「あそこまではちょっと難しいけどね。ただ、頑張れば一流に食い込むところまではいけると思う。」



 そう言って親指と人差し指で丸を作る。



 「進む方向にも依るけど、それなりに稼げるわよ?」



 歓喜の声をあげる二人と、目を白黒させてパンをのどに詰まらせているシリル。うんうん、流石あのヘリルの弟たち。下世話な銭の話で目を輝かせおったわ。ポンポンとシリルの背中を叩いてあげる私。


 ……この生きて行くだけでも大変な世界で、特殊技能を身に着ける事が出来て裕福に暮らす当てがあるなら、喜ぶのは当然か。



 「妹に教えてもらう事になるのは、問題ないの?」



 「全然!元からエリーは俺達よりも頭が良かったからな。そんなの今更だぜ。」



 「お師匠様!これからよろしくお願いします。」「あ、ずりぃ、俺が先に弟子入りするんだよ。」「いや、俺が先だから、俺が兄弟子になるな、これからは兄弟子って呼べよな、兄ちゃん。」「馬鹿、殆ど同時に弟子入りするんだから、兄も弟もねぇよ。」



 元気にやり合い始めた兄二人。あっさりと弟子入りを決めたけど、あんたらそんなんでこの先の人生決めちゃっていいの?



 「ずりぃ、俺達もオーナーの弟子になる。」「他に魔法使いの才能あるやつ、いねぇのか。」「わ、わたし、私はどう?エリー。」「あ、あのうちの子は、うちの子の才能も見てほしいのですけど。」「あ、ねぇ、大人になってからでも間に合うかな?私も魔法使いになれる可能性ってあるの?ね、ね!」



 場は一気にカオスになって、収拾がつかなくなったけど、何となく、私はこういう大騒ぎが好きなんだよね。


 治療院のお仕事は明々後日からだし、それまでの間に色々と必要な物をそろえておかなくちゃ。



 ネットワークから仕入れたノートやペンを使う訳にはいかないし、砂の文字盤とか廃棄寸前の激安羊皮紙、いや少し高いけど紙もある程度仕入れておく必要があるわよね。インク壺と羽ペンも必要だけど、私アレ、使いにくいのよね。ボールペンや万年筆になれちゃったら、もう羽ペンには戻れないわ。


 我慢しなきゃいけないなら我慢するけど。



 ……まずは文字から教えないとね。


 座学とかは次の職人仕事の日に針仕事の合間に教えていけばいいとして、テキストみたいなものも作っておいた方が良いかな。


 いや、時間足りないよね。準備が整うまで暫くは実技、内在する魔力の把握と感知、コントロールからじっくりと教えていくべきかな。


 この世界の魔法の常識に関する知識ももっと詳しく取得しておく必要もあるわよね。特に人様に教えるために必要な知識を中心に。



 「あー、分かったから。後で皆の才能を調べてみるから、あんまり騒ぐんじゃないよ!」



 「やったぁ!」「本当だな!?エリー。」「うっしゃー!絶対俺が魔法使いになるぜ。」「シリルばっかり狡いもん、私も勉強する!」「あぁ、ありがとうございます、オーナー。」「私がこの年で魔法使いになれたら、大騒ぎよね。ギルドにスカウトされちゃうかも。」



 うん、アリヤさんはちょっと難しいかもしれない。けど、今ここで水を差す必要もないわけで。


 雪が降り、冬が始まったはずのエステーザの地は、このギルド南支部、下水組の塒の一角だけ夏に戻ったかのような熱気に包まれていた。


 明日から忙しくなりそうね。

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