シリルの決断3 私は魔法使いになりたい

 お目目をキラキラ輝かせて私を見つめるシリル。これさ、確かにシリルにも兄二人にも魔法使いの資質があるから良い様なものの、もし才能無しだった場合、かなり可哀そうな事態になるわよね。


 元赤さんよぉ、どういうつもりだったのかは分からないけどさ、無責任な事をしないで欲しいんだけど。下手したらシリルを傷付ける事になっていたかもしれないんだからね。



 「そうね。多分、シリルには魔法使いになる為の資質はあるわ。」



 そう伝えると、更に輝きを増す最愛の妹の笑顔。うう、眩しすぎるよその笑顔。



 「だけどさ、魔法使いになるのは簡単な事じゃないよ?修行を一杯積まなきゃいけないし、たくさん勉強しなくちゃいけない。


 魔法を教えてくれる師匠を探さないといけないし、色々と辛い思いをすることになる。」



 「え!?おねーちゃんが教えてくれると思ってた。」



 クスリと笑ってシリルに目をやる。



 「まだ私、お願いされていないもの。身内として、おねーちゃんとしてシリルが魔法を習う為に必要な費用は出しても良いけど、魔法の師匠になるって事は簡単にうなずける話じゃないからさ。


 何であっても人にものを教える、師匠になるって簡単な話じゃないから。血のつながらない他人なら、義理の親になるのにも等しい行為って昔言われた事あるくらいだし。


 私自身、まだ11歳だし、本当なら人にものを教える年じゃないんだよ?」



 「うん、わかった。」



 私の言葉をしっかりと受け止めるシリル。うん、私が育てただけあって、真面目で良い子や。元赤にはもったいないよね。こりゃ、本格的に元赤を何とかしてあげないと、シリルが不幸になる。



 「おねーちゃん、私に魔法を教えてください。私の師匠になってください。」



 うん、もちろんよ!シリル。どこの馬の骨とも分からないよそ者にシリルを任せるわけないでしょうに。私についてくれば少なくともこの世界の魔法使いなんか比べ物にならない位の力を手に入れることも出来るはず。私の修業についてこられれば、この世界では才能が無ければなれないとされる魔道具職人にだって、結構出来るようになっちゃうから。


 っと、折角の雰囲気を壊しちゃいけないわ。



 「修業は本当に厳しいわよ?」



 「おねーちゃんみたいになれるなら、頑張れるよ!」



 「修業中は、おねーちゃんじゃなくて師匠って呼ばなきゃ駄目よ?あ、修行の合間はちゃんとおねーちゃんって呼べる?」



 「解りました!お師匠様、えと、今はおねーちゃん!」



 「クスッ、今はお師匠様って呼ぶべきだったわね。」



 そう言うとシリルが少し恥ずかしそうにまたお師匠様って言いなおした。可愛いね。



 「わかったわ。シリルの弟子入りを認める。ただ、直ぐに修業を始める訳にはちょっと行かないのよ。準備したいものもあるし、一応、兄ちゃん達にも声を掛けておきたいからさ。」



 「兄ちゃん達って、え?なんで?」



 「兄ちゃん達にも、魔法使いになれる才能、あるんだよね。隠された才能はシリルと同じくらいかな。シリルが私に魔法を習い始めたら、多分自分達も習いたいって始まると思うのよ。


 後からそうなるよりも、最初から声を掛けておいた方が良いでしょう?その方が面倒も無いし、まとめて準備できるし。」



 そんな事を話したら、安心したような表情で。



 「そっか、私に才能があるなら兄ちゃん達にも才能があってもおかしくないもんね!よかった、一人で修行するのって少し不安だったんだよね。


 ねぇ、おねーちゃん。ヘリル兄ちゃんも魔法使いの才能、あるのかな。」



 こん子は優しいねぇ。あんな事を言っていたヘリルをまだ兄ちゃんて呼んで、更にはヘリルも魔法使いになれるかなって聞くなんて。あ、ヘリルって家の長男ね。私を売って結婚資金にするからさっさと騎士爵様の妾になれって言っていた愚物。



 あれ、私が渡したお金で無事結婚できたのかな。ま、どうでも良いけどさ、相手さん、望まない結婚だったら可哀そうだなぁ。田舎じゃ当たり前なんだけどさ。


 その当たり前から華麗に脱出したこの身としては、ヘリルに嫁ぐ女の子が哀れすぎて。



 「ヘリルにも魔法使いになってほしいの?」



 「ううん、そうじゃないの。正直、私もヘリル兄ちゃんはあんまり好きじゃないかな。すっごい意地悪だし。だからさ、いつか兄ちゃんが魔法使いになって意地悪しに来たらどうしようって思っちゃって。」



 なるほどね。確かにシリルからすれば心配だよね。女神の様な美しさと優しさを併せ持つ、私の可愛いシリルであってもアレに慈悲を与えるのは流石に無理だったか。


 私も正直、あのヘリルは好きじゃないってか、嫌いだけどね。



 でも公正に見れば、田舎の農村の長男として産まれて育ってきて、そういう価値観で染まってしまったのは、本人に責任のある事じゃない。疑問に思う瞬間が一切なければ気が付く事もないから、矯正の機会はなかっただろうし、あのまま田舎で暮らすなら矯正の必要もないんだろう。


 言ってみれば環境の犠牲者と言えなくもない。もし彼が次男以降だったなら、もしかしたら今頃ルーイ、イリエ両兄と一緒にエステーザに来ていたかもしれないし、私を守る為に身体を張ろうとしたかもしれない。


 ま、たらればは意味がないから考えてもしょうがないかな。



 「魔法使いの修業ってそんなに簡単なものじゃないし、ヘリル程年齢がいってしまってからだと、なかなか難しいと思うわよ。


 ルーイ兄さん達でも遅いくらいだからさ。


 だからそんな心配する必要は無いわよ。」



 仮にヘリルが今からこの世界の魔法使いを師匠にして修業を始めたとしても、使い物になるのは何年後か。少なくとも10年以上は確実かな。彼にどれほどの才能があるのか、それとも無いのかは確認していないから分からないけど。ある程度年を取ってしまってからの修業はかなり困難を極める。


 私が師匠になって、最初に引っかかる可能性の高い部分をフォローしてあげたとすれば、今の年齢からでも十分魔法使いとして間に合うだろうし、それなりの術者に仕上がる可能性はあるけど、私にその気がない以上、彼にその道は残されていない。



 そんなおねーちゃんは教える側としても凄いんだよって事を簡単に説明していたら、可愛らしい音がシリルのお腹から聞こえてきた。そう言えば、私も作業に没頭していて、まだおゆはん食べていなかったわね。



 「あ、御免なさい。そう言えば私、ご飯だよってお姉ちゃんを呼びに来たんだっけ。」



 私が職人仕事をしている時は、食事の時間を忘れてしまう事が多いから、皆は先に食べるように話してある。だから待たせちゃったってことは無いと思うけど、片付けが遅くなるだろうし、世話焼きをしてくれる後家さん達に迷惑をかけるのも良くない。



 「さっさとご飯済ませちゃおうか。その後、兄ちゃん達を呼んで、少しお話ししようかね。元赤の事、兄ちゃん達には知られたくないんだろうから、そこは秘密にしといてあげる。」



 「え、あ。えっともうルーイ兄ちゃんにもイリエ兄ちゃんにもバレてるから。」



 ちょっと恥ずかしそうに頬を染めるシリル。まぁ、バレバレだったからね。シリルと兄達がそこまで仲が良かったとは思わなかったけど、私が実家にいなかった数か月でかなり打ち解けたのかもね。あと動乱の際に守ろうとしてくれる兄達が心強かったとか。


 うんうん、私としてもシリルを任せる事が出来て心強かったからね。やっぱり兄二人、少しは扱いを見直さないと駄目かも。



 そう言えば、お嫁にいらした姉様達とシリルを除けば私達兄妹の名前ってしりとりになっているんだよね。この世界にしりとりなんて遊びは無いし、単なる偶然だとは思うけど。


 …………ん?


 一番上の姉様のお名前はゼニア。二番目の姉様はアンリ、三番目はリシーで本来なら四番目の私を抜いて五番目がシリル。



 男共はヘリル、ルーイ、イリエ、で心が男の私、エリー。もしかしてこの世界に分霊わたしという異物が入り込んだ時点で、何処かが狂った結果、それが名前に現れていたりしてね。


 意外とこういう事多いんだよね。異物が入り込まなかった場合の世界を観測すれば、本来はどうなっていたのかを調べることは出来るけど、まぁ、意味は無いからやらない。観測するには世界から離脱しなくてはいけないし、観測後元に戻るのは色々と不都合が産まれる。


 ネットワークを利用して外から見てもらうっていう手もあるけど、他所様にご迷惑をかける気にもなれないし、端末わたし友人他の端末はそれなりにいるけど、分霊わたしは他の方達端末と付き合いは殆ど無いから、頼みにくい。


 ちょっと何を言っているのかわかりにくいよね。ごめんね。



 だけどさ、もしかしたら、個体わたしが入り込まなかったら、四女は実は四男で、名前もエリーじゃなくてエリルとかだったりしたのかもしれないわね。



 ま、考えても仕方ないし意味の無い事を頭から追い出して、シリルを促してご飯を食べに食堂に向かった。



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