男共と角突き合わせて話し合い5 血筋と責務と質草と
神の槍に魅入られし者って言葉は、聞いたことがある。ナギハと呼ばれたオーガ娘と元赤、いや、ジラード……様を付けた方が良いよね?ジラード様がやり合った際にナギハが彼を呼んだ言葉だ。
ただ、神の槍の生贄なんて言葉は初耳だし、上台の贄ってなに?前に呼ばれてたジョウダイ殿ってこの事なのかな。ルーデンはこの国の名前だけど、そう言えば私は王様のフルネームって知らなかったりするわ。名前だけサザル王ってみんな呼んでいたからそれで十分だったし、普段の会話で王様の名前なんか出てこないし。
つーか、第4王子って予想以上なんだけど。てっきり辺境伯のご子息辺りかなって勝手に想像していたけど、そんな人が前線都市に出てきて、槍を振るって私の護衛っておかしくない?しかも赤いローブを着て囮役までやっていて、なんだっけ、私としょっちゅうお茶して馬鹿な事を言い合って。
あ〝あ〝……私、元赤にこの世界の人間じゃ理解できない下ネタ系統を色々と叩き込んじゃっているんだけど、ばれたらヤバいかな?もちろん、それだけじゃなくて色々とお茶飲み話の際に暇つぶしがてらに……。
ニュアンスでわかっちゃうかもしれないけど、ネタバラシしなきゃ大丈夫だよね?うん、この件は墓まで持っていこう。墓に入るのが何千年後になるかはわからないけど。
「ふん?聞いたことないかな。まぁ、あんまり聞いていて気分のいい話ではないし、王家の言ってしまえば暗い部分の話だからな。
気軽に茶飲み話に出来る筈もないかもしれないが。王家がルーデン朝から我らハザール朝に代わった際、ルーデンの臣下だったハザールの義務もそのまま継承したのが始まりでね。代わったというより一つになったと言った方が正しいが。
ん、まぁ、その辺りの王朝交代に関しての話は余談だったか。」
ジラード様は話せば長くなるからな、と肩を竦める。
「簡単に言うと、ハザールの血筋には血の義務が付きまとう。
使用者に人を超える力と戦闘技術を与え、敵対者の力を食らって使用者の身を守り続ける、正式名称もはっきりしない神の槍と呼ばれている、人食らいの槍。
使い続ければ使用者も、いずれは肉体も精神も魂も槍に食われて消える定めでな。この呪いからは人の意思では逃げることは出来ん。俺の姉と兄も一人ずつ槍に食われた。俺の次に槍が食らいつくのはおそらく俺の弟だろうね。
ま、幸いにも定期的に餌をくれてやれば大人しいし、槍から無駄に力を引き出さなければ長持ちもするけどな。」
笑顔で話す内容じゃないよね。ただ、何か全てを受け入れているって言うか諦めているって言うよりもそれが当たり前なんだという感覚でずっと生きてきたって事なのかも。
「そんな第4王子様が最前線都市にまでくる理由が、その槍に定期的に餌を与える為、なのかな。」
「そんな所だな。ま、元々ハザール家を打ち立てた初代が主であるルーデン王の為に混沌勢力と戦う力を求め、神だか邪神だかと契約したのが始まりって言われていてな。
代々槍を継いだものは、本人の意思に関わらず彼方此方の前線都市に送られてきた。私だけが特別って訳じゃないよ。
それに元々、王族であれ貴族であれ、その義務を果たす為に今までも多くの者たちが、混沌勢との戦で命を失ってきているからね。槍があろうがなかろうが、末路はそれ程変わらんさ。」
あんまりにもさっぱりというものだから、彼の中にある絶望を感じ取るのが数舜遅れた。うん、この手の強い感情は隠していても私のご馳走になるから、わかっちゃうんだよね……。一人称も普段の私、から俺になっているし。直ぐに元に戻ったけど。そっか、そうだよね。
そう感じるのは当たり前だよ。末路は皆変らない、そうやって自分を納得させなくちゃやっていられなかったのかな。
……多分、その気になればその槍も何とか出来る筈なんだけど、今の私じゃその手がかりも頭に浮かばないや。
それとなく魔力圏に包んでわかる範囲で解析してみるけど、今の私の知識が及ぶ代物ではなさそうで、槍に意識がある、位しかわからなかった。
槍を壊せば何とかなるかなと思わなくもないけど、この手の物は対策もなしに壊せば、もっと厄介な事が起きてもおかしくない。
放っておくわけにもいかないし、今後の課題に挙げておく。
「それで、ジラード様の身の証を立てて何をおっしゃりたいのでしょうか。」
彼の見栄を無駄にしないように、彼の絶望に気が付かないふりをして、余談は良いからさっさと本題に入れと言外に伝える。その方が、多分ジラード様にとってもいいだろう。
一瞬、彼の顔に寂しさが現れる。
「出来れば、前の様にぞんざいな言葉遣いで付き合ってもらえればうれしいな。事情があって身の証を立てたが、今までエリーに名すら明かさなかった理由をくみ取ってほしい。
よければジルと呼び捨てしてくれないか。
元より、君レベルの高位の魔法使いなら、王族と言えどそれほど礼を尽くす必要もないわけだしな。」
はぁっと溜息を一つついて、彼の子供の様な言い分を受け入れる。
「この話が全部終わってからね。元赤に今更王族に対する敬意なんか持ちようが無いから安心して。普段はそう呼ぶから、せめてこの話の間くらいは自重した方がいいと思うよ。」
支部長さんや院長先生の元赤に対する言葉遣いを見ていれば、彼が何を求めているかは言われなくても解っている。
それよりもジルって呼ばずに、これからも元赤って呼んだらどんな顔するかな。喜ぶかがっかりするか冗談で怒り始めるか。そんな私の言葉に納得したようで、すこし恥ずかしそうな顔をしてから支部長に本題に入るよう促す元赤。
ん?元赤が身の証を立てたのは見届け人か証人にでもなる為なのかな。
「恥ずかしい話なんだがな、その、エリーさんに支払う報酬の件についてだ。」
まったくの予想外の角度からの一撃に、一瞬呆ける。え?お給料の話って恥ずかしい話なん?いや、この言い回しは嫌な予感しかしないんだけど……。
「察してくれたようだね。今回は色々と想定外の事が多くてね。まず、貴女の魔力が想像以上に凄まじく、貴女の治療魔法に命を救われた者たちが多い。
多すぎると言ってもいい。戦前に話したと思うが、報酬は治療単価が通常よりも安くはなるが、歩合だからな。
治療した人数が多くなれば、当然報酬も多額になる。いつもなら、早々に都市内の回復術関連のリソースを使い切り、通常の治療行為が主体になるのだ。
当然、助からないもの、予後が悪く復帰が絶望的な者も数多く出る。その点で言えば、貴女の存在はエステーザ全体にとって救いの女神であると言っても過言ではない、が。
結果、君に支払うべき報酬の額が、即座には計算できないレベルで高額になってしまっている。」
あぁ、納得。そう言えば歩合って言っていたっけ。私の報酬って大体いくらくらいになっているんだろう?単価がどれくらい安くなっているかにも依るけど、下手したらお城一つくらいは建つ程度には稼げたのかもしれない。
「普段通りに戦争が終わっていれば、それでも何とかし様があったのだけれどもね。今回はエステーザの被害も大きすぎた。あのジャイアント、彼らのもたらした被害は甚大で、簡単には取り返しがつかない状況だ。」
おっしゃる通り。あのジャイアントの一撃は、エステーザに深刻過ぎる打撃を与えた。
「特に壁と大門を破壊されたのが痛い。これらの復旧は今後のエステーザの最優先課題の一つだ。それにギルドの東支部及び政府関連の建築物が職員と共に吹っ飛ばされたのも痛恨事だね。
エステーザはこれらの打撃から回復するのに多くの時間と費用を要するだろう。如何にエステーザが最前線都市であり、安全圏内から支援が山のように送られてくるとは言え、この負担は軽いものじゃない。
だが、何としてでもそれを成し遂げねばならん。それがなせねば……。」
「この地は遠からず混沌勢に蹂躙され、人類種の版図は大きく減ずる事になるだろうな。」
元赤が支部長さんの言葉を引き継いだ。エステーザの被害は外街や壁、大門と壁のすぐ内側だけじゃない。東の外街に住んでいた、そして戦っていた超人的な戦闘力を持った冒険者たちも、かなりの人数が一瞬で持っていかれた。
これから何十年かはエステーザを守り続けたであろう、貴重な戦力が。
「やれやれ、考えたくもない。が、だからと言ってエリー君の報酬をただ単に棚上げするわけにはいかんぞ。そんな事を許容すれば、今後我らは高位術者の助力を受けるのが難しくなりかねない。」
あぁ、そっか。でもそれならば分割でも良いし、ある程度まとまった額を払ってくれるなら、それ以上は別に良いんだけど。いらないって訳じゃないけどさ、稼ぐ手段ならいくらでも何とかなりそうだし?
私一人強く権利を主張して、皆を困らせて、人間付き合いがうまく回らない方が私としては困る。どうせ現状でも既に使い道に困りつつあるんだから。
おもにカチカチパンにしかお金使ってないし。あ、このまえ塒の修繕したっけ。
「そうだな、そんな前例は作れないし許容できない。例え君が受け入れてくれたとしてもね。」
ん、これ元赤が厄介な事を言い出す前に、落とし所をこっちから提案してあげた方が良いんじゃないかな。
「だから、王家、および辺境伯家は私を質にすることを決定した。報酬がすべて支払われるまで、私の命は君に預けよう、エリー。
簡単に言えば人質だな。君がその気になれば私の命など簡単に奪えるだろう?王家としても、先の短い王子であってもその矜持において簡単に見捨てる訳にはいかないからな。ちゃんと質の価値はあるぞ?
ま、精々こき使ってくれればそれでいい。」
あ……、特大級の厄介事が来ちゃったよ。どうするよ、これ。
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