ファモスの異常

 シュタバのお婆ちゃん、顔を合わせる事は殆どない高位治療魔法行使者に会えた興奮と、それがパップス騒乱の際のちょっと有名になった私である事で更にテンション爆上がりだったみたいで、ついさっきまで死にかけていた御年120歳のお婆ちゃんとはとても思えない位にはしゃいでいた。



 いやさ、記憶じゃなくて記録として情報があるだけだけど、それなりにお年寄りと暮らした記録もあるからさ。あれだけ重傷で死の淵に居た高齢者が、治療魔法をうけて完治したとはいえ、これほどまでに早く動けるようになるなんて……。


 本当にさっきまで死にかけていたのかなって思っちゃうよね。まぁ、急性の肺炎だった為、長患いをしていたという事じゃない。肉体は深刻なダメージを受けたけど、魔法使いの本質たる魔力に深刻なダメージを受けた訳じゃないのがこの急回復の理由なんだろうけど。



 人間って、脆いしすぐ死ぬけど意外としぶとい生き物だよね。



 元赤も、お婆ちゃんの本当の年齢を聞いた時に驚いていた。



 「話には聞いていたが、本当に魔法使いという存在は長生きする者なのだな。女性に対して失礼ながら、私の目には貴女はまだ60歳位にしか見えない。」



 ってね。



 昼食後のお昼休憩でも最初の内はずっとシュタバさんの話で盛り上がってた。院長先生も、自分にも魔法使いの才能があれば今頃はもっと若々しくいられたのにって。いつも私と元赤と院長先生が一緒に昼食を摂るんだけど、その日は何が理由でつい口が滑ったのか、魔法使いになって若いままだったらもっと妻達を喜ばせられるのにって冗談を口にした後に、相手が私と元赤だって思い出して焦っている。



 「失敬、若い女性に話すような内容じゃないな。食後の話題としても不適切だった。」



 だってさ。ん、でも胸の内から感じる悩みはそれなりに深刻だしね。最初が男だった端末わたしとしては、先程の愚痴の内容で何となくだけど悩みの原因が分からなくはない。



 うん、それは乙女に漏らす愚痴の内容じゃないよね。世が世ならセクハラで失職してもおかしくないよ?


 ほら、元赤も何のことか理解できていないし。



 「ふむ?細君等との仲は良好という話を以前聞いていたが、何かあったのかな。」



 いやさ聞くなって。自分からうっかり漏らしたとは言っても流石に私らには話し難い内容だから。とは言ってもねぇ。年を取る、か。



 正直、老境と言う物を経験したことの無い分霊わたしとしては心から理解できるかと言えば少々自信のない分野なんだよね。最初の人生は初老に至る前、中年で人生を終えてしまったし。


 あ、一応初老って40歳からだからね。つまり最初の人生は40歳にもならずに死んでしまったって事。年を取ったなぁと自覚する事は殆どないまま人生を終えてしまったから、恐らくリッポ院長が抱えているトラブルとは無縁だった。



 最初の転生と2回目も、世界を滅亡から救ってから暫くは世界の復旧に努めていたけど、その頃には既に不老だったみたいだし。そもそも魂のトラブルを解決する為に早めの転生が予定されていたみたいだから、年を取るほどその世界には居られなかった。



 だから、本当の意味で肉体年齢的にお爺ちゃんにもお婆ちゃんにもなったことは無いんだよね。なにがしか理由があってお年寄りの肉体を作って、もしくは肉体を加齢処理して年寄りになった事はあっても。だから年を取ることの悲哀も、手に入れたはずのモノが手の平から零れ落ちていく感覚も、味わったことが無い。



 置いて行かれる者の気持ちは誰よりも経験してきているけどね。



 「空気読みなさいな、元赤。院長先生、しまったなって顔しているでしょう?少なくとも私の居る所では話しづらい内容なんだと思うし。


 話の前後でなんとなくわかるでしょ?何を悩んでいるのか、なんてさ。


 こういう時は、さりげなく話題を変えるのがスマートなやり方よ。」



 リッポ先生、滅茶苦茶顔を顰めているし。元赤もこれ、もしかして分かっていて話を振った?いや、これは分かってないっぽい。




 「先生?その手の症状を改善する魔法、手持ちにありますよ?もしお困りでしたら後でそっとご相談くださいな。


 医者、といっては憚りがありますが、これでも私も医療に従事する端くれですから。難しいかもしれませんけど、羞恥心を捨てて御相談いただければきっと力になれると思います。」



 おくびにもにやけ顔等、揶揄っている風を匂わせずに生真面目な顔で伝える。その人にとっては深刻な悩み何だって事は理解できるし。


 加齢による上の悩みでも下の悩みでも、何種類か頭に浮かぶけど、それらをどうにかする手は既にわが手にあるのだから、普段お世話になっているし力になれるものなら力になりたい。



 「そう……か。私には分からんしな。」



 素直に応じる元赤。その表情に少しでも動揺や羞恥が浮かんでいれば可愛げもあるんだけど、本当に分かってい無さそうな感じがまた……。いやさ、そう言うのも可愛いのかもね。


 なんかシリルがこの先苦労しそうで、不安もあるけど。




 え?上の悩みって何?ってさ。分かっていて言ってるでしょ?髪が薄くなったとかさ、歯が無くなったとか虫歯とか、後はこの世界で認知されているのかは分からないけど、さ。認知症とかよ。簡単に言うとボケね。


 あのパップスの時の乱入男女のセリフじゃないけど、アゲランスが失業するくらいの魔法は手持ちの治療魔法でどうとでもなるし。



 下の悩みについて聞いてこないだけ、分霊あんたも多少は空気を読んでいるのね。


 たださ、奥さんがどうとかという方の色の悩みだけじゃないよね?下の悩みもさ。尿漏れ、失禁、便失禁。足腰が弱くなって歩けなくなって来たとか、坐骨神経痛で座るのさえキツイとかさ。


 今の個体わたしはお医者さんモードだからね。キリって所よ。冗談話だからって思考停止しないで、そこに潜む本当のニーズをくみ取る訓練をしているつもりなんだから、茶化さないでね。



 ただ、私の本心がどうあれ、自分からうっかり漏らしたとはいえ、やっぱり不意なのは変わらない訳で。私がからかっている訳でもないとは理解しているだろうけど気恥ずかしさが無くなる訳じゃないみたいね。



 「あ、あぁ。まぁ、恥ずかしがるような年でもないからな。ただ、もう少し場を弁えるべきだったかな。


 その内、エリー君に相談するかもしれないが、そのうち、な。今は止めておくよ。」



 リッポ先生のその言葉で、一旦話題を変えるという空気になったわね。



 ん?なにか前にも引っかかった何かに、また引っかかっているんだけど何だろう?これもしかして分霊あんた個体わたしに干渉している?え……なにかおかしい所があったよね、さっき。



 むぅ、駄目だ。分霊あんたの干渉を排除できない。分霊わたしも急にだんまりしちゃったし。



 はぁ、仕方ないわね。一旦頭の中を切り替えよう。



 「そう言えばさ、元赤。そろそろダンジョンに行く時期だよね。」



 「あぁ、そうだな。前回の餌やりのどこが良かったのかは分からんが、予想よりも腹持ちが良かったみたいでな。


 もう少し余裕はありそうだが、いつトラブルに巻き込まれて予定がぽしゃるとも限らん。予定通り、1月の半ばに出るつもりではある。


 君に予定を合わせるのなら、そうだな。11日から13日の間に予定したほうが良さそうだな。」



 私の職人仕事の日ね。



 「なぜ予定を7日で区切っているのかは分からんが、それが君の「郷里」での習慣なら、特に否定する事も無いしな。」



 「田舎じゃ、期間の細かい区切り何か曖昧だったしね、何となくこうなっているだけよ。」



 「そう言う事にしておこう。」



 我ながら少々、不自然だよね。この説明じゃ。



 「ダンジョンって言えばさ、前に話していたダンジョンでの異常って何だったの?」



 この場で話せる内容ではない可能性はあるけど、院長先生なら知られても問題ないだろうし、とりあえず話を振ってみる。と、元赤も少し顔を顰めたけど、リッポ先生なら余計な所に漏らさないだろうと思いなおしたのか、表情を戻した。




 「あぁ、結局不明なまま異常は治まったよ。ただ、原因は分からないし、何時から異常が起きていたのかもはっきりとはしないのだが一度第2ダンジョン、ファモスの深部に潜らなくてはならないかもしれないな。


 まぁ、私達に話が来ることは無いとは思うが。」



 元赤はそれ程興味がない様で、自分で問題を解決しようという雰囲気を全然感じない。生まれつき、厄に付きまとわれる事が決まっていて、抑圧された人生を送ってきて、今漸くそこから解放されるかもしれないという状況になったのだから、今は別の事に気を取られているのかもね。



 修行とかシリルとか?ふふふ。え?いや、なんで分霊あんたが私を見てニヤニヤしているのよ。私と同じ顔でそれをやられるとちょっときもいんだけど?



 「原因は不明でも、どんな現象が出たのかは分かっているんでしょう?まさかダンジョンからモンスターが大挙して溢れ出す前兆、とかだったりしたら大事だしさ。」



 分霊わたしの気を逸らす為に、興味がありそうな話を元赤に振ってみる。



 「あぁ、大氾濫の可能性はないだろうな。度々中から化け物が出てくることはあるが、その為に外側には優秀な兵が配置されているし、魔法的な防壁も組んである。


 その前兆を掴む為、ギルド側もかなり神経質になっている上、各ダンジョンで偏りがない様に定期的に調整を加えてダンジョン内の駆除を行っているからな。



 だが、だからこそ今回の異常に気が付けたともいえる。」




 とりあえず中身が溢れてこないって事で半分安心、半分ガッカリしながら元赤の続きの言葉を待つ。邪神的な部分の私が、そろそろビックトラブルを期待していたりするんだよね。ダンジョンの異常って言えば良くあるのが、スタンピードとかで代表される、中身の大放出じゃない?



 だから以前から心構えだけはしておいたのよ。万が一エステーザを放棄しなくてはならなくなった時の為に、少しづつ食料や飲み水代わりの雪をストレージに確保していたのもその一環。



 万が一の際には、出来れば知り合った人たち、おっちゃんやナデラさん含めて助けたいし最近仲良くなったニューラさんも助けたいじゃん?



 それがどうしても無理そうなら塒組だけでも。最悪兄妹たち。最終防衛ライン、シリルだけでも、ね。



 だから準備だけは少しづつしていたんだけど、この話しぶりだと予想が外れたっぽい?



 「今は正常に戻っているがな。一時期、パップスの騒動が終わってから暫くして、ファモスの活動が低下した、というかほとんど活動が停止状態だった事が判明した。」



 予想外の言葉に、一瞬思考が止まる私。



 「まるで何度も繰り返しダンジョンを攻略したかのように、長期間活動停止状態だったのでな。もしかしたら消滅するのではないかと、ギルドの方でもエステーザの上層部の方でも騒然としていたらしい。


 あそこは、ポーション作成の材料になる貴重な薬草や、魔法武器を作る際に必要になる鉱物の一部が産出するという事で、魔道都市からも注目されているダンジョンだからな。


 エステーザの重要な資金源の一つでもある。そこが消滅の危機となれば、マーキスも平静ではいられんだろうさ。」



 そんな気軽な元赤の言葉に少なくとも、院長先生と私は返す言葉が喉から出てこなかった。



 ……個体わたしが楽しむ前にファモスのダンジョンが消えるなんて許せない。





 え?いや、そうじゃないだろうって?うん、ごめん……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る