引退した魔法使い シュタバ
新年の七日目から治療院の仕事始め、生真面目な元赤は去年と同じように早朝、日が昇る頃には塒に迎えに来てくれた。
再びのダンジョン攻略まではこんでもええって言ったんだけどね。私も今日は一人で行くつもりだったけど。ま、眠たげな表情を一瞬で吹き飛ばしたシリルが嬉しそうだから、良いんだけどさ。
「あけましておめでとう、元赤。」
「あぁ、おめでとう。何か不思議な挨拶だな。「よいおとしを」と「あけましておめでとう」か。君の郷里の挨拶だとか言っていたな。」
「ある意味ね。家の方でも私とシリルと兄二人でしか使ってないけど。」
「あぁ、そう言う郷里か。不思議に感じるのも当然か、了解した。」
一人納得顔で、まとわりつくシリルを適当にあしらって雪の降る外街に出る元赤と私。ただ、やはり以前と比べてシリルのあしらい方が優しい、気がする。シリルもそれに気が付いているのか、以前よりもしつこくしないで大人しく元赤のいう事を聞いている、けど。
これ絶対シリル分かっていて態度を変えているよね。
この態度の変化が、恋愛に置いてどのような効果を狙ったものなのかは、恋愛雑魚の私には全然理解できないけど、ロナ達が納得顔をしているあたり、皆で色々と考えた末の態度なんだと理解は出来た。
え……いや
気を引くか、印象付けるまでは少々強引で、んでその後はしつこくない程度にって言われても、それをシリル達が狙っていると?まぁ、確かにしつこくされると近くにいるのもウザくなって、マイナスイメージが溜まっていくだろうけど。
あぁ、確かにね。元赤は15~6くらいだもんね。元の世界なら中学生から高校生くらい、となると何となく記憶には無いけど記録には身に覚えあるよ。
女なんかめんどくせーとか言い始める男の子も確かにいたわ。でも、この世界だとその辺りは男子も早熟なんじゃないの?
あぁ、そっか。女の子の結婚は早いし、結婚せずとも子供を産むのが早かったりする世界だけど、男は稼げるようになるまで浮いた話があんまりない世界観だったわね。
でも元赤は王族だからその辺は……あぁ、槍の生贄に娘をやる奴はいないか。
ま、その辺は
兄たち二人の嫁取りなら、何も考えずに応援できるんだけどねぇ。あ、でも相手さんの年齢によっては鬼になる必要が……。え、いや、馬にけられて何とやらになりたくはないから、お互いに思い合っているなら私から口をはさむつもりは無いわよ。
ま、どの道ちゃんと修行を収めて、自分で食べて行けるようになってからにしなさいなって助言位はするつもりだけど。
せめて、補助具無しで魔法が使えるようになってからだよね。
そんなこんなを自分の中で話しながら、元赤とも年末と新年の間に有った色々な事を話していたら、話も中途半端な所で治療院に着いた。
院長先生と、同僚たちに私の「郷里」の新年のあいさつを一方的にして、空気を読んだ院長先生が元赤と同じように「おめでとう」と返して、漸く私の1年が始まった気がした。
自己満足を感じて、簡易の治療院に私の為に用意された処置室の待機部屋に向かう私の背で院長先生に説明している元赤がいたけど、大した事でもないから、院長先生もただ頷いていただけだった。
うん、でもやっぱり。この治療院でのお仕事が
ここでのお仕事が無かったら、シリルを迎えに行くのも遅くなってしまっただろうし、そうなったら間に合わなかった可能性もある。
悪い人じゃなかったけどさ、私の代わりに騎士爵さんの所に売られたかもしれないし、下手したらあの村長の嫁になっていたかもしれない。
シリルがあの村長さんの嫁に……。ちょっと今からあの村焼き尽くしてこようかなって思うくらいにはイラつく事態だよね。
罪のない村の人達?いやさ、
一方的な物言いだとは理解しているから、実行はしていないでしょ。思うくらいは許してよ。
もちろん、私が直に育てたシリルの事だから、運命に只流されるだけじゃなくて、私と似た決断をする可能性はあるわよね。イチかバチか、私に会える可能性に賭けてエステーザを目指して旅に出る。当然、当時7歳の女の子が、無事にたどり着ける距離じゃない。
その時はいったいどうなっていた事やら。八つ当たりでエステーザが滅んでいてもおかしくないわね。
そんな怖い事を考えながら、午前中は年末から年始に向けて私の処置を希望して、入院していた患者さんや自宅待機していた人たちの治療を熟していく。
東の門の冬工事が一旦中断になったからか、割合で考えれば以前ほど患者さんは多くは無いけど、それでも少し休んでいる間にたまった患者さんはそれなりにいる訳で。
あと、お昼前に急患で運ばれてきた肺炎のお婆ちゃんが何気に重体で、処置が半日遅かったら天寿を全うする寸前だったのが、プチ修羅場。
私が出勤するまではっておばあちゃんが息も絶え絶えながら遠慮していたらしいんだよね。いや、だからさ。命に係わる様な状況なら呼び出してねってお願いしていたじゃん。
ただ、この世界、急患が余程の身分持ちか何らかの事情が無い限り、治療魔法行使者を気軽に呼ぶ事はないって言われて、思わずうなってしまった。
しかも今回はお婆ちゃん自身が「女神様がお休みしているのにご迷惑をおかけできない」って固辞したみたいで、家族もほとほと困り果てていたって言うから、あんまり強く怒ることも出来なくて。
「あのね、シュタバお婆ちゃん。報酬をもらう以上、お仕事ですからそう言う遠慮はしないでいいんですよ。命懸けで気を使われても、心苦しくてね。次からは心配で、ゆっくりお休みできないわ。
でも気持ちはうれしかった。お陰で今回はゆっくり休めたから。
あ、だからって無理はダメだからね、今度何かあったら、ちゃんと私にお仕事させてくださいね。」
シュンっと反省してしおれちゃったお婆ちゃんに、一応肺炎は治ったけど、まだ病み上がりだから暫くは安静にしておく事。それと今回は私が休んでいたせいで重症化してしまったのだから、一度こちらに受診しに来た時点での治療費で構わない事を伝えて、院長先生にも了解してもらった。
いやさ、致命傷とか瀕死の重病になってしまうと、治療費がアホの様に跳ね上がるのよ。足元を見ている訳じゃなくてさ。一応、魔法治療の費用って治療魔法と奇跡で違って来るけどさ。奇跡の方は使用した奇跡のグレードで決まってくるし、治療魔法はその難易度で細かく決まってくる。
けど、治療費の基本テーブルは元々奇跡を元に作っているから、致命傷や致死の病で落命寸前となると、当然基本的な治療費が跳ねあがる。
単純に魔法治療でも、治癒の難度が上がってしまうからっていう理由ももちろんあるよ。
シュタバのお婆ちゃんの場合は高齢である為、奇跡での治療ならとんでもない額がかかるだけじゃなく、拒否される可能性も高かった。年齢のせいで体力がなかったせいで、魔法での治療も難度が高かったから、私以外の高位治療魔法行使者が治せたか、ちょっと微妙だよね。
そもそも、外傷と内科的治療は根本が違ってくる。その上、このエステーザだと最前線都市だけあって外傷の治療に特化した治療魔法士が多い。
あの状況に対応可能な高位の治療魔法行使者がこのエステーザに居るのかどうかも怪しい所ね。私以外の高位の治療魔法の使い手は数人、だしね。
というかさ、私がお休みしている時点で、わざわざ私に拘らなくても、軽い症状の段階なら奇跡の御手も断らなかったろうし、他の治療魔法士でも対応できただろうに。
なんで私の治療に拘ったのかが分からない。
今回は軽い肺炎の時点での治療費、銀貨20枚。それでも日本円で240万円。決して安くないけど、重体化して瀕死の状態だった今回の本来の治療費は銀貨300枚前後。3600万円が命の値段として安いか高いかは置いておくとして。
それでも若い頃は冒険者として大活躍したってお話のシュタバさん、子供や孫たちに迷惑を掛けずにその位なら支払えると、正規の治療費を払おうとしていたけどさ。
いやさ、話に聞くと本当にその位払っても老後の生活には何の問題もないくらい、まだまだ資産はあるみたいだけど、流石に今回は遠慮させてもらった。
急患の時は呼べって言っておいたのに呼ばなかった治療院側にも責任はあるから、文句は言わせない。
ちょうど昼前で最後の患者さんだったからさ、お昼前に少しだけシュタバさんとお話したけど、シュタバさんも冒険者だった時代は魔法使いだったらしく、色々と面白い話が聞けた。
冒険者として大成し、資産を築くことは出来たけど魔法使いとしては本人曰くそこそこで、人より長生きは出来たけど、伝説級の魔法使いたちの様に寿命を克服する事は叶わなかった事も語ってくれた。
それでも今年120歳だっていうから、唯人としては大したものよ。外見は70歳手前くらいにしか見えないんだけどね。
言われて、内面を探ってみたけど、現時点で元赤よりも魔力がある位だったから、お婆ちゃんが話していた通り、魔法使いとしてはまだまだ、だったんでしょうね。
あぁ、私見で正確はどうかは分からないけど、元赤は最初から中級レベルの魔法使い並みの魔力は持っていたみたいだから、お婆ちゃんは上級クラスの手前って所までは鍛え上げたって所ね。
財を成すのが早かったから、引退するのも早かったみたいで、その影響もあるのかもしれないかもね。引退しちゃったら、攻撃魔法中心に修業を修めた魔法使いが魔法を使う機会なんて、それこそ数年に一度のパップスの騒動の時くらいでしょうし。
その程度じゃ魔力も鍛えられないし、上達のしようもなかったのでしょうけど。魔法なんか普段使いしてこそ、よね。
シリル達や元赤は最低でも伝説級魔法使いの魔力を超えてもらうつもりだから、シュタバさん位の魔力は数年で通り過ぎてもらわないと困るんだ。
あぁ、あとシュリーさんも、ちゃんと100年後に弟子の貸を返してもらう予定だから、きっちり仕込む予定だし。
シュタバさんが私の治療に拘ったのは、どの道この先長くない人生。普通は顔を合わせることの無い高位の治療魔法行使者で、巷では女神と呼ばれるほどの英雄に一目会う為に命を賭けたんだってさ。
頼むから、そんな無意味な事は止めて欲しいものだよね……。
後でまた会いたいって話すシュタバさんに快く了解を返しておいた。ひ孫に付き添われて未だ止まない大雪の中帰っていく彼女を見送りった後、昼にいつもの様に元赤と話し込む。
話題の中心は、先程のシュタバさんについてと、魔法の普段使いの有効性について。後、ふわっふわのクッションを打っているお店について。
ちょっと困惑したような元赤を今日も引っ掻き回して、昼食後の一時を過ごした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます