魂のお話、魔法バレ

 トアニーの魂が分霊わたしを通じてアストラルの海に落ちていくのを感じる。同時に強い快感と空腹を満たすかのような満足感が分霊と個体わたしを包み込む。縁が薄い彼であっても、これだけ強烈な力が私を通り抜けていく。知能が高かったり魔力や霊力の高い存在の魂がどれほどの力を秘めているのか、この一件だけでもよくわかる。


 本業、いやこれが私の生命活動とはいえ、簡単には自己嫌悪から逃れることは出来ない。とっくに乗り越えた筈の嫌悪感。新しい個体わたしを得る度に繰り返す小喜劇。


 親しい者や友達、顔見知りでもいい。彼らを失った時、普通の人間なら喪失感や無力感に打ちのめされる。人生に迷うものも出るだろう。でも端末、分霊、個体わたしは喪失感とそれよりも強い快感や満足感に満たされる。


 縁が深ければ深いほど。親しければ親しいほど強く。


 

 砂漠で渇死かっし寸前の人間がオアシスを見つけて、最初の一口を飲んだ時の様な感覚に。



 我ながら度し難い存在だけど、そうやってこの分霊わたしだけでも数百万年生まれ変わりを繰り返して生きてきた。今世も個体わたしはそうやって生きていく。数千年、数万年、もしかしたらもっと。


 マルロのお店で分霊わたしが神様になるとか言っていたけど本気なのかもね。





 トアニーに群がって動きが鈍っていた奴らを手早く処理して、枝道から這い上がってきた新手に対峙する。



 「私が防ぐ!シナージ、ニクリ早くケリーを連れて行って。担いで支えて引っ張って!」



 「あと少しだけ、よし、縛り終わった!ニクリ行くぞ!」



 「エリー、死ぬなよ!!」「エリーおねーちゃんも早く逃げて!!」「行け!行け!!いけ!!!」



 「エリー、駄目だ……、俺を囮にして逃げろ。死人を、増や、す必要はない……だろ。俺を、すてろ。」



 段々と意識が遠くなってきているらしいケリーを、シナージとニクリを中心に何人かの掃除組が担ぎ上げて、意外に素早く子供達が脱出を開始する。護衛組と棒持ちが灯りを確保して殿と先導を務めている。


 あぁ、そうか。いくらケリーが年長で下水屋引退間近とは言っても、所詮は子供。体重はそんなに重くない。毎日辛い労働や戦闘を経験してきた彼らが数名揃えば、一人当たりの重さはいつも運んでいるラットの重さより下回る。


 子供達の速度が意外に早いとは言っても、100メートルを15秒から20秒で走り切る奴らから逃げる事は容易じゃない。誰かが、若しくは何かが彼らの気を引くか、後は奴らを全滅させるか、だね。



 悲壮感たっぷりに別れの言葉を交わした彼らには悪いけど、今の私が奴らに食われる可能性は無い。必ず私は生き残るし、ケリー達も死なせない。ケリーが死ぬとロナが泣く。




 スティレットを一度腰にさして、奴らに後ろを見せないように、引きつつストレージから取り出した石を両手で次々に投げつける。


 距離をとりながら投げた為か、ハズレはしなかったものの狙いを少し外して、ローチ2匹を腹の中央にクリティカルヒットさせる。あれじゃぁ後で素材は取れないかな。その後も4匹連続ヒット。


 爆散したローチの肉片が辺りに散り、それにラット数匹が気を取られ足を止める。何匹かは食べ残しのトアニーに興味を持ったみたいで、そちらの方に群がり始めた。



 今のうちに距離を取る。皆から離れすぎると間に奴らが入り込んで皆を襲う可能性がある。離れつつ、まだこちらに走ってきているラットを石礫で始末する。一つ、二つ、……四つ!



 皆の足音が少しづつ遠ざかっていく、足音に誘われたのか、また枝道から何匹か這い出てきたけど、先頭のラット2匹を投石で始末すると、奴らの死体に他の奴らが集り始めた。



 石を投げた直ぐ後のタイミングで、横道からラットが飛び出してくる。レーダーから意識を外していたから虚を突かれた。それでも何とか右手に飛び掛かってくるラットに、タイミングを合わせて「ハッ!」と気を吐き肘を食らわせる。



 自分だけの事なら何とでもなるけど、段々と余裕がなくなってきた。



 仲間達に遅れないように必死で後を追う。途中、先程の様に音に惹かれて途中参加してくる奴らの出鼻を投石や体術で挫きながら。



 ストレージに保管していた石を全て投げ終わる頃には、皆が待つ下水路の出口に辿り着く事が出来た。


 


 「エリー!怪我はない?大丈夫なの?」


 

 「エリー……うぐぅ、無事でよかった~。」



 泣きながら抱き着いてくる幼年組の女の子たち。そのもう一つ向こう側に仲間達がケリーの太ももを押さえつけて出血を止めようとしているのが見えた。そんな状況なのに現場の監督官であるギルド職員は、何もしないでブツブツと何かを呟きながらグループの彼らをただ見ているだけ。あぁ、またか、とでも思っているのだろうか。


 ケリーの元に急ごうと女の子たちを体から離したら、ギルド職員が私を見つけてほっとしたような表情を浮かべて、声を掛けながら近づいてくる。



 「やぁ、エリー無事だったんだね。本当に良かったよ。こいつ等から君が囮になって下水路に残ったって聞いて気が気じゃなかったんだ。トアニーの話は聞いたよ。


 ケリーは……残念だけど、あれでは助かりそうもない。今一生懸命、出血を止めようとニクリ達が頑張っているけど、大きな血管が切れている。あれでは、苦しみを長引かせるだけになる。


 君の指示だと聞いたんだ。だから……その、君の意見を確認してから、彼を……楽にしてやりたくてね。


 ごめんね。」



 意外な彼の悲痛な顔に、この危ないお兄さんも決して悪人ではないという事だけはわかった。ただ、救う方法がないだけ。


 そして、彼には辛くて情け深い決断を下す事が出来る、と言う事なのかな。考えてみればギルドの監督官として私よりもケリー達との付き合いは長かったはず。深い付き合いじゃないかもしれないけど。


 最後のごめんねは、命を諦める判断を自分がした事と、私に命を諦める決断をさせる事に対しての謝罪といった所かな。


 命の軽いこの世界で、こういう決断は当たり前の事なのかもしれないけど、もし彼にケリーを救う手段があったなら、彼は迷わず実行したかもしれない。



 個体わたしにはケリーを救う手段がある。当然私にはリスクもある。魔法を使える事を現時点で晒して、本当に大丈夫なのか。自己決定権を認められない分際で、高い価値がある事を周囲に知らせる事は私の将来を、計画を大幅に狂わせることになりかねない。



 子供は親の財産のような扱いを受けるのがこの世界の常識。親の意思次第で、簡単に嫁や妾に出されたり、家を追い出されたり、人買いに売られたりするのが当たり前の世界。


 私に価値がある事を両親が知れば、どれほどの高値でだれに私を売りつけるか分かったもんじゃない。ましてや、自分で言うのもなんだけど、私は正直美人で可愛い。受付のおねーさん曰くあの美麗揃いで有名なエルフにも劣らないとのお墨付きですらある。


 先行きはそれ程良くないでしょうね。


 どのみち、嫌な事は嫌、だから。最悪は分霊じぶんで決めたルールを破ってでも自分の身を守る心算ではあるけどさ。



 心配そうな、申し訳なさそうな危ないおにーさんの顔から目を逸らし、ケリー達の方に目をやる。


 わかっている。さっきから目の前のおにーさんから強い感情が流れてきている。無力感、喪失感そういった類のモノかな。ケリー達からも私に抱き着いてきた子達からも色々な感情が複雑に絡み合ってアストラルの海を激しく揺らし、個体わたしに力を押し込んでくる。



 正直、凄く美味しいし気持ちいい。という個体わたしの本当に残念な部分は置いておくとしても。彼らが本気で悲しみ、無力感にまみれている事、ケリーが死の恐怖と必死で戦っている事が伝わってくる。


 そして少しづつそれらの気持ちが諦めに変わってきた事も。 



 「まだ……、何とかなります。」



 そう一言おにーさんに言い残してケリーの元に急ぐ。必死で左太ももを縛る紐を絞めるシナージ。傷口を抑えてケリーに話しかけるニクリと周囲の女の子達。太ももの止血作業は邪魔できない。女の子達をかき分けてケリーの側に膝を付けて顔を覗き込む。皆が私の名前を呼ぶ。



 「よ……ぅ。ずい、ぶんと無茶しや……たじゃねぇか。無事な、ら……いい、……け」



 「しっかりしなさいな。安心して、あんたは助かるから、これ以上何もしゃべらないで。」



 これ以上迷っている時間は無いだろう。太ももは半分くっついているけど大分血を失っている。四肢欠損を修復できるレベルの治療魔法でなければ、傷口をくっつけても失った血液の補完が出来ずに失血死する。


 分霊わたしは、こういう事態を想定していたのだろうか。私の治療魔法の制限は、それほどきつくない。現在私が使える治療魔法は十数種。怪我を治すための魔法だけでも6種以上、毒や病気の治療魔法は中位、下位のものを幾つかずつしか持っていないけど、今はそれで充分。



 口の中で詠唱を呟く。重傷を治療するための術式を起動するには今の私の力量では、身振り手振りによる印を結んだり詠唱の補助がどうしても必要になる。使用する魔法は「救いの抱擁」。


 その魔法の名前通り、対象者を抱擁する事で発動を補助する印となる、四肢欠損すら修復する強力な治療魔法だ。未熟な術者がその術を使えば、代償として大量の魔力と一時的にそれなりの生命力を消費する事になるけど、今は大した問題じゃない。


 血まみれになったケリーを優しく抱きしめる。私とケリーを中心に、個体わたしが作り上げた魔法陣が展開し、周囲を強力な魔力光が照らし始める。


 だれも、何もしゃべらない。だれも動けない。太ももを絞めていたシナージも傷口を抑えていたニクリもただ呆けて私とケリーを見ていた。



 「救いの抱擁」



 発動した治療魔法は周囲に放っていた魔力光をケリーの太ももや右手、そしてその他の大小様々な傷に集めて効果を発揮していく。


 血の気を失って青白くなっていたケリーの顔に血の気が戻ってくる。あれ程深く、血が噴き出ていた太腿の傷口が、その傷跡すら残さずに奇麗に塞ぎ乙女もうらやむ美肌を取り戻す。



 数分もしないで、そこには傷一つない元通りのケリーが横たわっていた。

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