大ピンチ いやマジでさ

 注意、これは緊急避難である。チートの乱用ではない。必要最低限且つやむを得ない状況なので、特別に、仕方なく、万やむを得ないから、ね。


 他の分霊わたしのストレージから化粧水を取り出して、お肌の緊急避難を開始する。髪も一度洗いたいけど、ここじゃ洗う端からどぶの匂いが染み込むような気がして断念。せめてお肌だけでも救わなくては。



 正直言ってしまえば、いまだに発動している吸血、吸精の能力で身体の各部位の修復は凄まじい勢いで行われている。肌の潤いも放っておいてもいつもの状態に戻ったかもしれないけど。


 炎の壁を消す前に、左手にこびりついたローチを肉片事熱消毒した影響で、焼け焦げて炭の様になってしまった腕の修復に大分力が割かれていてお肌の方まで回るか微妙なのだ。ちょっと熱かったよ。



 最初の方にぶっ放した魔法の矢の犠牲者はまだ吸収していないから、足りるとは思うけどね。足りなければ魔法で治せばいい。そんな事よりも、パッツンカサカサになってしまったお肌を長時間放置する方が問題だよね。





 吸収し尽くした死骸から順次ストレージに放り込み、ストレージ内で解体、皮剥ぎ、鞣しまでの加工を済ませてしまう。「初めての革細工1」の技術の範囲内であれば、いつもの様にストレージ内で加工する事が出来るようだけど、この方法で作業をした場合、1日のシナリオ経験値に換算されないと既に分霊わたしから警告を受けている。



 それに、こればっかりやっていたら腰の後ろの解体用のナイフの立場が無い。人前で早々できる事でもないからね。いくつかは自分の手で解体するつもり。


 あと、この得物を一気にギルドに提出する気もないんだよね。だからストレージで保存しておく、と。


 まぁまず、単純に量が問題だよね。熟練の魔法使いなり戦士ならラット程度の雑魚、100が200でも体力が続けば始末できるでしょうけど、私は仮登録の11歳児。確実に面倒な事になる。説明が難しい焼けた死体もあるし、魔法の矢で始末した死体からも何かを感づかれる可能性も、無くはないよね。



 せめて自分の立場が確立されて、余計な口出しを無視できるようになるまでは、魔法バレも実力バレもしたくない。役に立つ女児=どこかの家族の財産=家族を説得すれば手に入れる事が出来る、なんてピタゴラ的なムーブは勘弁してほしい。私は小児性愛者の性欲解消の仕事を受けるつもりは無いし、家族に売られてどこぞの変態の所の妾になりたくもない。


 未成年でもギルドで正式登録されれば、大人扱いになるはず。ギルドがギルド員の権利を守ってくれる。家族に搾取されることはなくなるはずだ。


 そんなに遠い先の話じゃないと思う。装備は数週間もあれば整えられる。遅くとも5月には正式登録できるだろう。そこでとりあえず貞操の安全の確保ができる。後は1~2年も外働きすれば財もそれなりにたまるし、発言力も増す。


 魔法やその他の手札はそうなってからなら晒しても問題ない。ストレージは、ばれると問題だけど似たような効果を持つ収納道具、運搬道具を作ればいい。あぁ、でも作れるという事が問題になるかな。


 私自身が強いと理解されれば、簡単に手出しはされないだろうから、まぁ、色々と誤魔化して一歩ずつやれることを増やしていく。



 今回、回収した獲物は少し時間を置こう。ストレージに死蔵される獲物が勿体ないとは思うけど。レベルは上がったし、必要な数の皮は手に入れた。目的は果たしたのだし、それだけで十分よ。


 スティレットで始末したラットなら怪しまれない。炎に巻き込まれなかった数匹は普通に解体用ナイフで皮をはいでギルドに提出しよう。それだけで午後だけの稼ぎにしては十分だし。



 全ての獲物を回収して、漸く人心地がつく。火で炙られたせいか喉が渇いたけど、生憎と手持ちには飲めるようなものは何もない。さっき化粧水でズルしちゃったから、ネットワークで飲み物を調達するのはちょっと気が引ける。


 左手を一度焼いて直したばっかりだし、身体に水分が足りないのかもね。仕方ないか。



 「後でケリー達と合流して、お水分けてもらおっかな。」



 その為にも手早く炎から逃れる事の出来たラットの解体を始める。が、解体用のナイフをラットに突き立てようとした瞬間、頭の中が真っ白になる。


 あぁ、そうね。ローチの殻をもぎるのとは難度が違うって事?解体の知識も技術も私は取得していないって事ね。思わずナイフを床に投げつけるところだった。


 残った経験値は1,500。「解体技術1」の取得に必要な経験値は足りない。だけど「解体知識1」なら経験値1,000で取得できる。


 とっとと取得して、取り戻した記憶を頼りに不慣れな手つきで解体を始める。解体用に布か手袋欲しいかな。想定以上に時間をかけて3匹皮をはぎ、残りは断念してストレージ行にする。


 何とか形になった不格好な肉と革を目にして、まさかと思い付き、ストレージ内で処理した皮と肉を確認するために取り出す。


 両手には、今しがた私が解体したばかりの代物と代わり映えのしない、不格好な肉と革があらわれた。



 思わずオーアールゼットorzになりかけたけど耐えたよ。

 

 考えようによっては、このお肉をギルドにおろす際に不審がられなくていいかもしれない。下手に奇麗に処理されたお肉をギルドに引き渡したら、痛いお腹を探られる事になる。


 後でギルドで解体のアルバイト募集していないか聞いてみようかな。いいシナリオ経験値になりそうだし、技術取得の目眩ましにもなるから。


 大丈夫、肉も皮もちゃんと使い物になる。第一鞣す方は魔法で処理したように奇麗にできているから装備に使う分には問題ない。自分で剥いだ方の皮もストレージの中で加工して革にすると、気を取り直してレーダーでケリー達の様子を確認してみる。




 えっと?


 一瞬理解できなくて、レーダーのカウンターも確認する。いつもより少し多い敵に囲まれた仲間達。仲間が一人……足りない。正確に言うとカウンターと光点の数が合わない。


 レーダーの精度をあげて、敵が集まっている部分をピンポイントで拡大する。重なった光点を見やすくすると、敵性生物が固まっているポイントに一つ、味方のマーカーが映っていた。



 咄嗟に走り出す。


 あのレーダーが映し出した結果の意味は……誰かが、今、現在、「食われている」と、いう事。レベルアップした恩恵を全開にして最大速度で彼らの元に急ぐ。


 頭の中が真っ白になる。東西南北各ギルドの下水グループ全体で少なくとも週に1~2人奴らに食われるってお話は最初に聞いていた。だからいつかは私達のグループから死者が出る事も覚悟はしていた。


 意識すると、誰かが体中彼方此方を齧られ、千切られ恐怖と激痛に声も出ずに苦しむ強い感情を感じる。個体わたしとそれほど縁が強くないのだろう、その誰かが起こすアストラルの波は分霊わたしからは遠く、それほど力は流れてこない。


 気配を消すとか音を消して奇襲するとか、頭からすっ飛んでしまっている。とにかく早く、少しでも早く。


 後少しでケリー達の元に辿り着く、そう思った瞬間に強く甘く、濃厚な旨味を伴った苦痛と恐怖の感情がアストラルの海を揺らし、分霊と個体わたしに流れ込む。



 「ケリー!」



 悲鳴のような私の声に、ラットやローチ共が一斉に動きを変え、私に意識を向ける。


 目の前に広がる惨劇。


 今日の新人の片割れがローチに集られて噛り付かれていた。そして彼を助けようと無茶をしたのか、左の太ももの内側をローチに齧られ、ダガーを持つ右手をラットに取り付かれたケリーが雄叫びを上げていた。

 


 「みんな退け~~~!護衛部隊、獲物は捨ててけ、殿に着け!掃除組、道具すてて逃げろ、さっさと逃げろぉぉ!


 俺は捨てて行け!」



 「そんな事させられるわけないでしょ!」



 下水路の床を思い切り蹴り出し、一気に距離を詰めてケリーの右手に取り付いているラットをスティレットで払う。魔力で強化されたスティレットで、強力に横払いされたラットはそのまま壁に弾き飛ばされて壁の花になった。


 間髪入れずに左手で、左太ももに噛り付いているローチの頭と胴の付け根を、背中の側から握りつぶして切り離す。


 ケリーの太ももは半分食いちぎられて、多分太ももの大動脈を切られている。出血が酷い。このまま放置すれば数分で死んでもおかしくない。



 「私が殿を持つ、シナージ、獲物袋を紐代わりにしてケリーの太ももきつく縛って、血を止めて!


 ニクリ、シナージを手伝って、太もも縛ったらケリーを連れて逃げて。


 他の戦える子達はケリーの周りで援護。ケリーと一緒に急いで逃げて。」



 分霊わたしが緊急事態と判断して判定を甘くしたのか、それともそこそこ高レベルの治療魔法を所持している私の基礎知識として、判断してくれたのか。


 出血の対応に関しての知識が空白にならなかった事に感謝。



 「エリー!?馬鹿、お前も逃げろ。どのみち、グッ……、俺はもう、助からねぇよ。俺が食われている間に逃げろ!」



 奴らの拘束から逃れる事の出来たケリーは、既に自分で立つ事も出来ない様子で、通路に倒れ込み血の拭き出る太ももに手をやり、大声で私に逃げるように叫ぶ。

 


 事態の急変についていけずに固まった仲間たち。私の姿を確認し、ケリーの叫びを聞いた後、覚醒したようにシナージが動き出す。



 「ケリー、諦めんな!!わかったエリー、周りの敵頼む!ニクリ手伝え!おら、棒持ち集まれ、ケリーと素手組囲んで守れ。トアニーはもう駄目だ諦めろ。」



 「おら、動け!さっさと動け!!」


 シナージに引き続き彼に名指しされたニクリも大声で皆に動くように促し、ケリーの元に駆け寄る。


 私はケリーやシナージの返事を聞く前に、周囲の敵に突きかかっていた。


 レベル6になり、速度と力を増した私は、ラット共の動きを置き去る様にケリー達の回りをまわり、奴らを突き殺していく。スティレットを連続で突き出すその合間に、飛び掛かろうとするローチを左手で叩き落し、ラットを左足で踏みつぶす。そのまま床と一緒に強く身体を蹴り出して、シナージの後ろに回ろうとした一団を突き崩す。


 素手組がケリーの近くに集まり、その周りを棒持ちが囲み始めた時には、いつもの護衛組の面々でも対応できるほどに状況は落ち着いてきていた。


 トアニーに集っていたラットとローチが、こちらに意識を移したと思ったら狂騒曲の第2幕が開く。トアニーの血に惹かれたのか枝道から更に20匹以上のラット、ローチ混成軍が這い上がってきた。

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