休日じゃないじゃん 5 やっぱり危ないお兄さん

 午後の集合時間までには皆正気に戻って、監督官の前に集まっていた。仕事が始まる前にケリーには銀粒を一つ渡しておいた。


 

 「なぁ、別に急がなくてもいいんだぜ?俺に金を返すよりも、必要なもんそろえる方が先決だと思うけどな。


 駆除ソロこなすのは余程うまく立ち回らねぇと、護衛組やっている時よりあぶねぇし、下手したら実入りが悪くなったりするんだ。今日の様に下水内に拠点を確保できるなら兎も角、普通に稼ごうと思ったら、何度も監督官の所へ往復することになるから負担も大きいしな。」



 「このローブ気に入っちゃったからね。借りのままになっているのも気持ち悪いし、初めてのソロで緊張してラットの血で汚しちゃわないとも限らないから。


 気兼ねなしに使い倒すにはやっぱりスッキリさせておかないと。」



 「ま、分からなくはねぇな。なら遠慮なく受け取っておくよ。」



 そう言って銀粒一つ懐にしまい込むと、先に行くぜと一言残して監督官の指示通りのポイントへ皆と移動を始める。私は監督官に一応声を掛けておく。



 「これからソロで駆除に入るので、一応お知らせしておきますね。宜しくお願いします。」



 私の言葉を聞いた監督官、危ないおにーさんは目を丸くして驚いて声をあげた。



 「ソロって正気かい?いくら君の戦闘能力が高いと言ってもまだ11歳の女の子なんだぞ。駄目だ、そんなことは認められない。


 第一、その美しい顔に傷でもついたらどうするつもりなんだ。大怪我して子供を産めなくなったら、取り返しがつかないんだぞ。


 実入りだって決して良くなるとは限らないんだよ。素直に護衛部隊と一緒に行動していた方がいい。


 わかるかい、僕は君が傷つく姿をみたくないんだ。」



 近寄ってきて手を取ろうとする監督官。すっとたいをかわして、やり過ごす私。残念そうな顔をして機会をうかがう監督官。収入がネックになって指名依頼を2人同時に出せないのなら、プライベートで口説いてしまえば良いって事かな。



 うん、やっぱりこいつ気持ち悪い。そんな監督官を見て、表情を曇らせている他のグループの女の子が目の端に入る。


 この子がお手付きの子かな?年は私より年上って感じにみえる。12~3歳?


 令和的にはアウトだけどこの世界的にセーフ。そして私的にも本当ならアウトだけど私より下の年齢じゃなかったからギリギリセーフかな。ありがちなパターンで単に栄養が足りていないから幼く見えるだけで、彼女の本当の年齢が15歳くらいっていう可能性も普通にあるしね。



 皆、本当に食べていくのに苦労しているから。


 とにかくこの気持ち悪い監督官にこれ以上関わってはいられない。



 「確かギルドの決まりでは駆除の為にソロで下水路に入る際には、どなたの許可もいらなかったはずです。全ては冒険者自身の自己責任ですよね。


 私の行動を掣肘できるのは私だけだと理解していますけど、何か間違っていますか?」


 

 「君は、君の事を大切に想っている人の事も、考えるべきだと思うよ。君自身の詳しい事情は、僕にはわからないから、君のご家族が君をどう思っているのかも知らない。


 でも、ちゃんとわかっていることもあるだろう。僕は、そんなに分かりにくく君に接していたつもりは無いんだけど。


 ここに君を本当に心配に想っている男が一人いるんだ。そんな男の想いを無下にして、その身を危険にさらすなんて。そんな無情な事を君はするのかい。


 僕のこの純粋な気持ちでは、君の行動を思い止まらせる事は出来ないのかい。」



 「できません。」



 言い捨てて、監督官の足元においてあった布袋を幾つか手に取り、ケリー達の後を追って下水路に入り込む。後ろでまだ監督官がなにか叫んでいるけど無視だ無視。


 あいつ私にここまで精神的打撃を与えるなんて、ただ者じゃないわね。何あれ?気持ち悪すぎる。基本、精神生命体である分霊わたしもそれなりにダメージを受けたのか、思考停止に陥っているみたい。もちろん、冗談の範囲で済んでいるからまだいいんだけど。


 身体的には鳥肌立ちまくり、背中にサブいぼ大集合。おまけに背筋が寒くなって、下水路に立ち込める冷気が余計に身に応える気がする。



 あの変態監督官、いずれ変死させてやる。あぁ、でもあの女の子がかわいそうか。どうもお相手の女の子の方も監督官の事を憎からず思っているみたいだし、あの監督官があの子を捨てたら、変死させるか。


 冗談とも本気ともつかない事を考えながらみんなの後を追う。



 指定ポイントの手前で皆に追いついた。合流すると、皆が驚いた声を上げて緊張しているように見える。ケリーも一瞬こっちの方を警戒したのか、護衛部隊の半分が私の方へ寄っている。



 「なんだ、エリーか。驚かせるなよ。おめぇカンテラか松明は借りてこなかったのか?よく真っ暗闇の中ここまでたどり着けたな。


 人間位の大きさの何かが後ろから近づいてくるし、灯りは見えないしで、何かイレギュラーな奴でも湧いてきたのかと本気で肝を冷やしたぜ。勘弁してくれよ。」



 あ、そうか。これは私の失敗だ。今まで意識したことなかったけど、この下水路は本道の流れには明り取りなんかないし、通路内に発光するようなものは何もない。普通の人間じゃ灯りも無しで動けるはずはないか。



 私にとって暗闇は何の障害にもならないけど、それが当たり前すぎてうっかりしていた。もともと肉体から得られる情報にたよっている訳じゃなかったから、気が付かなかった。



 「あぁ、驚かせちゃってごめんね。私暗いところ得意なのよ。音とか空気の流れで何となく周りの状況わかるんだよね。


 あの気持ち悪い監督官に迫られそうになったから、獲物袋何枚か掴んで逃げてきちゃった。急いでたから灯りまでは気が回らなかったのよ。」



 「音と空気の流れって、おめぇ何処かの達人か何かかよ。信じられねぇ事するな。」



 ケリーは呆れたような顔をしながらも周囲の警戒を怠らない。彼の傍を固めて警戒していたシナージも呆れ顔でケリーに返す。



 「いや、そこも気になるけど、あの男、エリーに手を出そうとしたのかよ。ケリー、このまま放っておくと後が厄介じゃねぇか?」



 「とは言っても、迫っただけだろ。手を打つにしても今はやりようはねぇよ。


 ギルドの上に話を持って行っても、仮登録者とギルド職員どちらを優先するかは考えるまでもないし、指名依頼の件でねじ込むにしても迫っただけじゃ弱いしな。」



 「別にいいわよ。事を荒立てる必要はないわ。困ったときには相談するから、今はお仕事優先で行きましょう。」



 「そうだな、まぁ食っていくのが優先だ。何かあったら遠慮すんなよ。たかが非戦闘員の監督官一人、その気になればな。


 いつ下水路でローチ共の餌になっていてもおかしい話じゃない。」



 何とも頼もしい。命が軽い世界の見習い冒険者としては、実効性をやってしまうかもと感じる、実に頼り甲斐のある言葉だろう。冒険者なんか所詮アウトローとたいして変わりがない、というのは大体どの世界でも似たり寄ったりの実情だけど。


 この世界はもう少し振り切っているような気がする。秩序混沌の勢力同士、種族同士、組織同士、仲間同士、自分の所属するコミュニティーを優先して、自分たちが生きる為に仲間と助け合う。出来ない奴はあっさりと死んでいく。


 そして実力行使に出るのなら、徹底的に。言ってしまえばたかが色恋沙汰、貞操の問題。この世界ではそれほど重要な問題じゃない。それでも簡単に下水路で餌にしてやる発言は、ある意味振り切れているなぁと。


 声に一切の嘘が無かったもんね。



 話を切り上げるとケリーも皆も警戒しながら移動を開始する。新人さん2人も見よう見まねでついていく。ん?新人さん達、護衛部隊の人たちと一緒に後方に回ってきてなかった?


 危なっかしいな。掃除組は護衛組に紛れ込んじゃ駄目でしょ。自分達も比較的年長だから、皆を守らないとみたいな義務感でも拗らせたのかな。心構えは立派だけど、ありゃぁ、味方を巻き込んで被害出すタイプだね。


 多少心配になったけど、深く考えるのは止めて私も警戒態勢に入る。とはいっても個体わたし端末わたしの権能で敵性生物や味方、その他が何処にいるのかレーダーで常に把握できている。何か魔道的な?魂の力を使った感じの?どうやって稼働しているのか端末じぶんでもよくわかってない馬鹿みたいに強力且つ高性能なレーダーで、これは端末わたしの魂の権能の一部と化していて、どうやら今の制限状態でも問題なく使えるようである。



 だからレーダーから気を逸らしていない限りは、私の隙をつく事は不可能なのだ。



 範囲は今の分霊わたしでも最大でかなりの広範囲に及ぶけど、稼働を維持するためのコストがそれなりに辛い。現在は半径50メートルの味方部隊と敵性生物だけ検知するように設定している。少なくとも私達を奇襲できる位置にラットもローチも存在しない。


 このレーダーは当然、駆除の際には奴らを狩る為の力になる。私なら効率よく動き回って、大きく稼げるはずだ。


 予定ポイントで、灯りも持たずにそのまま離脱していく私にケリー達がカンテラを持っていくように勧めてくれたが、手を振って遠慮して奥に進む。掃除グループも十分な数の灯りを持ってきているわけじゃないのだから。



 「無茶すんなよ。灯りもねぇんだから、やばかったら必死でにげてこい。」



 「エリー、怪我をしないようにね。死んじゃったらどんなに頑張っても意味ないんだから。」



 ケリーと側に居た女の子が心配で私の背に声を掛けてくれる。



 「大丈夫、無茶はしないわよ。それよりも私の動きでラット達の動きに異常が出るかもしれないから、そっちこそ気を付けてよ。」



 振り返らずに返事を返して、暗闇の中を警戒もしていない様な速度で進んでいく。



 さて、色々と回り道したけど、とりあえず予定を熟していくとしますか。

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