初めてのマジックミサイル

 初めてのソロ。この機会に吸血と吸精を試しておきたい。それと魔法も試し打ちもする予定ね。


 下水路のある程度の構造は頭に入れてあるから、索敵レーダーのお陰でこのまま行けば4匹の敵性生物がいるのが解る。レーダーの稼働コストの問題で、精度は最低限迄落としているから、敵がいる程度の事までしかわからない。


 立体的に見ると、半径50メートル内に数えるのも面倒くさくなるほどの敵性生物がうじゃうじゃ動き回っている為、かえってわかりにくい。範囲を狭め、更に移動可能ルートの距離で換算して30メートル範囲の敵に限定して反応するように変更した。



 今までは自分が受けている制限は、肉体の成長や基本的な能力に関する部分だけだと思っていた。だから実戦経験を経ても、自分の身体が思っていたより動かない事や、引き出せる身体能力に違和感があってもステータスの低さが影響していると思っていた。



 音や気配を殺して動けなかったり、投石も精度が心ともない。ちょこまか動くとは言え、所詮はラットとローチ。回避力はたかが知れている。だから、当たる事は当たるのだけれど、百発百中狙ったところにバッチリと、とは中々いかないかった。


 

 レベルは4まで上がっている。能力値は数値化されているわけじゃないし、何となくでしかわからないから、この感覚がどこまで頼れるものなのか分からない。だからおそらく、だけれども今の私の基本的な能力は正規登録したばかりの冒険者よりは大分上だと思う。各ステータス1.5倍~2倍位の感覚かな。



 わかりやすくステータスを数値化できないのか分霊わたしに聞いたことがあるけど、能力値の数値化なんてゲームじゃあるまいし、権能の範囲内なら兎も角、難しいし面倒くさい。そんな事より今やっている作業の方が先決だから我慢してね、とけんもほろろに駄目出しされた。



 他に色々と戦闘技能があるわけで魔法も使えるし治癒も使える。見習いより高い基本能力があって、敵の位置を把握し、戦闘の経験もこの分霊わたしだけで数百万年に達する。


 まぁ、極める為に修行の様に戦ってきたわけじゃないし、無敵状態で油断しきって戦った経験にどこまで意味があるのかは疑問だけど、それでも新兵よりはましだろう。



 だから、このままでも問題はないんだ、ろう、けれども……。咄嗟の状況に前世の様には戦えなかったり、身体が動かなくて手足を持っていかれるのも困る。


 治せるけど、痛いし怖いのは嫌だ。せめて、奇襲できて一方的に攻撃出来るポジションを確保する権利は維持しておきたい。安全性を高めるのだったら、隠密行動の技術と、投石や射撃関連の技術が必要じゃない?。後は魔法関連の技術だろうか。



 「「隠密技術1」取得。「空間識能力向上1」取得。後は、う、技術系列も能力向上もコスト高いよ。たった二つだけでこんなに持っていかれた。初期戦闘能力のパックに内包されている射撃、投石関連は後回しにして、残りは……、魔法関連で何かさがそう。」


 

 ばっとリストを見て魔力回復に関する能力があったからそれを取得する。3つの能力取得で合計14,000の経験値を消費。技術系や能力向上系はコストが高いけど1日がシナリオ化して経験値を取得できる私にとっては、たった数日、若しくは数週間訓練や勉強、研究をしていれば新しい能力を取得できるのだから、ここで貧乏性を発揮する必要はない。



 技術の取得により無事に体の動かし方を思い出した私は、暗闇の中、通路の先で蠢く4つの敵性生物に気が付かれる事無く奇襲できるポジションにつく。


 うげぇ、ローチ4匹。何かに群がってクチャクチャやっているみたいね。


 ストレージ内に投石用の石は20個。弾数に問題無いけど、投石じゃやり切る前に近くまで寄れらる可能性が高い。ローチさんと接近戦はちょっと遠慮したい。


 弱っちいけどね。あのでかさのゴ〇〇リが高速で飛び掛かってくるともう、強い弱いじゃないんだよね。そうなると今世初めての魔法の試撃ちとなるわけだけど。手持ちの魔法に何があるのか、自分の中を覗き込むようにして探る。


 うむ。笑えるくらいに出来る事が少ない。以前の私は定式化された術式を使う事は滅多に無かった。必要な魔法をその場でフィーリングで組み上げて使っていたけど、今私に使える魔法は定式化された術式が幾つかと、限定された術式のアレンジのみ。


 この場で有効なのは魔法の矢マジックミサイルかな。もう少し高位の魔法にジャストな虫殺しバグキラーがあるけど、使えないものは仕方がない。ここ2週間でローチの弾ける姿は、悲しい事に見慣れてしまったけど、積極的に見たいわけじゃない。



 魔法の矢は一度の魔法の行使で複数の弾を射出する事が出来る魔法で、結構有名だよね。今の私の練度だと普通に使えば一度の魔法行使で射出される魔法の矢は3本くらいだろうか。


 できれば一度で始末をつけたい。術式にアレンジを加え、コストを代償に弾数の増加と威力を多少あげておく。もう少しやれることが増えれば術式自体に大幅に手を入れてコストを増やさずに弾数、威力共にあげることも出来るはずなんだけど。



 この魔法は実は、ある程度まで術式を弄るともう魔法の矢だけでいいんじゃないか、という魔法になってしまう、ある意味極め甲斐のある魔法なのだ。


 分霊わたしの匙加減で、そこまでやれるかどうかが決まるんだろうけどさ。



 本当は必要ないけど、スティレットを杖代わりに少しだけ演技ちゅうに気味に術を起動し、間を置かずに発動する。のんびりためて、格好をつけすぎた挙句、魔力の動きで奇襲を崩すわけにはいかない。


 

 「魔法の矢!」



 魔法の矢は狙いを外さない。だから奇襲が崩れてもローチには成す術も無いだろうけど、奴らがウゾウゾと群れを成して向かって来るだけで気持ち悪いのよ。


 解き放たれた力が虚空に魔力の矢を形成して、矢以上、銃弾未満の速度で射出される。人生最初の魔法の矢は見事、狙い違わずローチ共の胸から上を奇麗に吹き飛ばした。いや、絵面は汚いんだけどさ。



 「これ、殻を回収するのは嫌だなぁ。嫌だけど、やるしかないよね。全部貧乏が悪いんだよねぇ。」



 お金に余裕があるのなら討伐で銅貨1枚、殻2枚で鉄貨3枚、捨て置いても良いんだけどね。ローチ達の討伐証明ってこの殻だからねぇ。今の状態で銅貨1枚は大きいのよ。



 レーダーを意識しながら哀れな獲物たちに近づいていく。本来なら魔力圏を拡げて吸精を試すべきなんだろうけど、ローチはちょっと遠慮しておくよ。



 あぁ、嫌だ、嫌だ……けど。どんなに嫌な作業でも生活の為、何度もやっていれば慣れてくるものね。長い時間触っていたくも無いし、手早く殻の付け根にナイフを突き立てて、殻を得物袋に入れていく。


 最初に作る装備は、ブーツかなとは思っていたけど、手袋あった方がいいよね。ちょっと直接触れたくないモノ多いし。


 難度は高いし、今の状況だと道具ももう少し足りないけど。特に切断や穴あけに使う道具は拘ろうと思ったらかなりの種類をそろえる事になるし。まぁ、でも使えればいいと割り切ってしまえば。



 監督官から奪うように持ってきた幾つかの獲物袋には、ローチの殻を8枚程度入れてもまだ余裕はある。


 ローチの殻なら軽いからまだいいけど、ラットは8~10キロはある。2匹も仕留めれば私の体格だと持ち運びながらの戦闘はちょっと難しくなるから、出来れば小分けに接敵できればいいんだけど。



 そう上手く行くかどうか……。空気の流れがおかしい。30メートルまでに制限をかけていたレーダーを一時的に200メートルに切り替える。



 「あぁ、くそったれ。」



 レーダに意識をやりながら溜息を漏らす。下水路は奥にいけばいくほど、奴らの数が爆発的に増えていく。駆除をするなら当然奥にいかなければ仕事にならない。だからこれは当たり前の結果なんだけど。



 魔法の矢の着弾音に反応したのか、かなりの数の敵性生物が一斉に、それなりの速度でこっちに向かってきているのが解る。多分、ローチとの接近戦を拒否できる状況にはならないよね。


 とりあえずローチ共の遺骸から距離を取り、気配を消して待ち伏せの態勢を取る。けど、多分直ぐに見つかるよね~、これ。


 魔法の矢の着弾音って結構下水路の中じゃ響くんだねぇ。勉強になったよ。



 接近戦を嫌がらずに、スティレットで始末をつけていれば、ここまで大量に呼び込むことはなかったかな。


 レーダーの範囲を広げてケリー達の様子を確認すると、ある程度離れていたおかげか、あちらの方には特に変わった動きは見られない。枝道の方の先も見てみたけど、音に反応した奴らは、今私の方に向かっている一団以外にはいない様で、ほっと胸をなでおろす。



 集団の先頭が止まり、止まり、警戒しながら迫ってくる。それなりに音を響かせて。考えるまでも無く、初手は魔法の矢。威力はノーマルのままコストを犠牲に弾数を現状で出来るだけ多く。


 一発で息が上がったら意味がないわね。その辺も調整しなくちゃいけない。奴らはすぐそこまで迫っている。ソロデビュー早々訪れたピンチに考える時間はそれ程残されていなかった。

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