あたいに触れたら火傷するぜ?

 結局、支部長さんは私の要求をのんでくれた。全部ではなかったけど。



 「すまないね。貴女は既に私達にその価値を示している。君の行動を見ていると自覚があるかどうか不安ではあるのだがね、君の身の安全は人類種という視点に立って見れば既に私や辺境伯よりも重要になっている。


 君の意思はどうあれ、我々にしてみれば君や君の関係者の身の安全に気を配らざるを得ない。」



 そう前置きしたところで、



 「何を望むか、か。難しい問いかけだね。本当に望む物、止むを得ずに望む物。人はその立場や柵において真に自由な行動がとれるわけじゃないからね。


 私達への要望に関しては先程の君の言葉から想像するしかないな。


 だが、君が本当に望んでいるのは君の実力を示す、武名を上げたいと考えているのではないかと私は考えている。」



 すこし吃驚した。表情に出たんだろう、支部長さんが苦笑を浮かべている。



 「リロイ達が君の護衛を引き受けたんだろう。ギルドとしても注目すべき人物の依頼だったからね。当然、リロイ達を呼び出して直接報告を受けているさ。


 こちらで把握しておきたいのは君の志向かな。道中特にトラブルらしきものは無かったようだが、会話の端々に、自分の立場を確立させたいという意思が漏れていたらしい。


 それと君の下水でのソロ狩りの結果を照らし合わせれば、それなりにわかってくるさ。


 たかがラットやローチとは言え、あれだけの量を狩ってこようとすれば、当然かなり奥に入り込まねばならん。その場合、どれほどの手練れでも一つ間違えれば、このところ増えているようなパップスの悲劇の二の舞になるのが当たり前だからな。


 どんな達人も体中あいつらに集られたら、どうにもならん。


 それを君は当たり前の様に無傷で乗り切る。それだけの事をできる技量があるってこった。」



 なるほど、リロイさん達には色々と話してしまっているし、見せてもいるか。シュリーさんが驚いていた浮遊魔法はまずかったかな?


 下水路の件は半分以上意図的にやっていたんだし、ま、今更よね。



 「君の私達に対しての要望は、これも想像するしかないが、壁内に引っ込みたくないという事かな。」



 端的に私の希望を言い当てる辺り、あんまりこの人を敵に回したくないわね。これ以上無意味なゲームをしても私の神経が削られていくだけだから、とっとと降参してこちらの要望を伝えていく。



 私の外街での治療院勤務の許可と、ケリー達を私の護衛として配属してくれる事の許可。塒での私の寝泊まりの許可はもらえた。


 ただ、力ある魔法使いである私自身なら兎も角、力を持たぬその家族まで危険にさらすわけにはいかないと言われた。我々は家族を失い虚無に陥った魔法使いを望んではいないと。


 先程の条件をギルド側が了承する代わりに、別の条件をのむように言われた。



 一つは私の家族であるシリルと兄二人を、壁内のギルドが用意した宿で保護する事。一瞬人質的な邪推をしてみたけど、人質にする意味は無いんだよね。私が混沌勢力に寝返る様なサインは今の所無いはずだし。


 もう一つは、壁外で活動をする私の身の回りを信頼できる冒険者に守らせる。本当なら辺境伯が騎士を派遣してもおかしくないと言われたけど、騎士が周りをうろつくのはちょっと堅苦しいだろうって言われた。



 「ちょっと遠慮したいですね。ケリー達だけでは足りませんか。」



 「壁の役にも立たんな。むしろ君の身が危なくなるとさえ考えている。想像つかんかね?」



 ま、ね。ラットやローチ達を相手にするなら頼もしい護衛だろうけど、壁外に攻めてくるとしたら、相手の主力級やある程度以上の力量を持った奴ら。前回もあったようにゴブリンやオーク。状況によってはオーガ、それらの上位種が出張ってきてもおかしくない。


 そんな奴らと対峙したら、ゴブリン相手だってケリー達が勝利できる、なんて能天気な言葉は出てこない。


 ケリー達を助ける為に、私に負担がかかるのはわかり切った事だ。だけど他の冒険者たちに常に側に居られたら手の内を知られないとも限らない。


 怪我をした仲間達を治療するにも他者の目は邪魔だ。



 「分からないではありませんが。私としても隠しておきたい事もありますし。知らない方が側に居るのは好みません。」



 ストレス要因は出来ればご遠慮願いたいのだけれども。



 「機密保持のための契約は抜かりなく。」



 いや、そこじゃないでしょ。どうせその契約って魔法の契約とかじゃないよね。この世界にそんな気軽に使える契約魔法なんてあるとも思えないし。



 「書類上の契約など、何の役にも立たないと考えますけど。」



 支部長さん少し考えて、私の言いたい事は理解できたみたい。口の中で小さく治療魔法かと呟いている。



 「そこも何とかしよう。君の情報について既にある程度開示されている者を護衛につけられると思う。護衛に付けるのはその者一人に限ろう。そうであればどうだろう。」



 「私の情報を既に把握している人物で、冒険者?ケリー達でないとするなら、どなたでしょうか。」



 当然リロイ達には私が魔法使いである事は開示されているが、治療魔法の事は伏せられている。そうなると私の中では該当者は誰も居ないんだけど。



 「名前は言えんがな。治療院の勤務の際に君の囮を務めている者なら適任だろう。まだ本人の了解を得てはいないがね。事が事だけに、彼が断わる事は無いだろう。」



 ん……彼か。あの赤い人。っていうか何故支部長も名前を教えてくれないのか。ここまでされるといったいどういう立場の人なのかすごく気になるんだけど。


 彼に護衛を務める能力があるのなら、私としては拒否する理由もないかな。私の想像だと、どちらかと言えば彼の方が護衛される立場の人間の様な気がするんだけどね。



 ただ、さっき支部長さんが言った、自分や辺境伯よりも私の方が重要人物だ的な発言から考えれば、誰が私の護衛についてもおかしくないのかもしれない。



 あぁ、何か知らんけど胃が痛くなって来たよ?



 「あぁ、彼ですか。どうも名前を隠すあたり、何かと訳アリの様な気がしますが、彼の人柄から判断すればこちらとしては断る理由はありませんね。」



 そう言うと支部長さんはニコリと笑い、これで交渉はなったと握手を求めてきたので気軽に応じる。無理に支部長さんに合わせて理知的な、あ・た・しをイメージして交渉していたせいで、何となく胃が痛いし、頭も痛くなってきた。あぁ、早く塒に帰ってシリルに癒されたい。



 後残った問題はいつおっぱじまるのかって事だけど、支部長さんなら意味ありげに視線を送るだけで答えてくれそうで怖いよ。チラリっと。



 「ん?あぁ、ご家族は既にギルドに来ているのだろう?まぎれがあると怖いしな。戦争の始まりが此方の意思次第と決まっているわけでもない。今奴らの奇襲で始まらんとも限らん。


 出来れば、この後すぐにご家族をお預かりしたいのだが。」



 なんと!いや、これは予想外だったけど、言われてみれば確かに戦争はこちらだけが始める権利を持っているわけじゃないわけで。そっか、今からか。ってことは今日からシリルの癒しは無しなのね。



 「あぁ、心配せんでも滞在費や被服費、その他はギルドがもとう。治療院経由も含めてだが既にそれだけの収益を君は上げてくれている。


 治療魔法については、位階上昇の考課外にしてほしいとの話が無ければ、今頃貢献度で15位に達していてもおかしくない程にな。」




 治療魔法を世間様にまだ開示できない以上、目立った功績もないのに位階だけどんどん上がっていくのはおかしいからね。


 それに私が欲しいのは位階を上げてみんなにそれを示す事じゃなくて、わかりやすい戦果を挙げて、皆に武威を示す事だからね。



 前にも言ったけど、簡単に言うなら「あたいに触れたら火傷するぜ!?」と皆に理解させたい訳なのだよ。だからまぁ、その点だけで行ってしまえばこの前赤い人が言っていた冗談、一流どころを10人ばかり半殺しにすればって話も、効果があると言ったらあるんだよね。


 やるわけにはいかないけどさ。埒も無い事は頭から追い出す。



 「ご厚意をお受けします。」



 ペコリと頭を一つ下げて、支部長さんのご厚意を受ける旨伝え、ギルドの広間で待っているシリル達を迎えに行く。多分、素直に言う事を聞いてくれないかもしれないけど、何とか説得しないとなぁ。

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