亀とお金の話 両軍激突

 総勢7万を超える軍勢が魔の森に向かって進軍を始めていた。既にエルフ達の戦闘団が西門から出て川の境界線から西側の森に展開して、混沌側の軍勢の渡河を警戒している。西側の森に通常配備されていたベテランのエルフ達も普段よりも東寄りに前線を上げて、川から西側に進出してきている敵勢力の排除を始めているという話を支部長さんから教えてもらった。


 分霊わたしを通じて落ちていく魂達に心を合わせてみるとわかる。今の所殆どエルフ達に被害は出ていない。落ちてくるのは全てゴブリンやコボルト等の混沌勢ね。森の中での戦闘は流石エルフといった所なのかな。


 この世界のコボルトは本来のリザードマンの様なタイプじゃなくて、犬の獣人擬きのタイプの方で、正直私にとっては違和感があるけど。



 本隊の7万は、恐らく魔の森北東にあると教えてもらった、混沌側の森の中の砦、こちら側の呼び名では「ムーア北の砦」に向かっているのだろう。ちなみに川をさらに北上して上流から渡河する手段は秩序、混沌双方不可能らしい。


 恐ろしいことに、川の北には森の中頃くらいからマッドトータスと呼ばれる馬鹿でかい亀の生息地になっていて、縄張りに入ってくるものは、オーガだろうがオークだろうがトロルだろうが、その旺盛な食欲でバリバリと食べてしまう、魔の聖域になっている。


 自分達以外、何者であっても餌として食らいつく上に、属性としては亜竜に位置しているらしく、果てしなく頑丈で、生命力にあふれていて、ブレスまで吐く。甲羅周りは魔力で強化されているらしく、同じ竜種であっても傷をつける事は困難という厄介な存在だ。知能はそれほど高くないのだけど、下手な罠等力業で食い破ってしまう為、どちらの勢力からもアンタッチャブルな地域になっている。


 顔の見た目はなんとでっかいミドリガメなのだ。顔の両脇にあの特徴的な赤いラインが入っている。あの何でもかんでも食べる馬鹿みたいな食欲は、まんまミドリガメだし。ただ、身体のつくりはゾウガメに似てるんだよね。あのしっかりした足が結構凶器らしい。結構な勢いで増えるから厄介極まりない。一応天敵と言って良いのかどうか。彼らを打倒できるライバル的な存在がいるので、森のバランスが崩れるほど増えたりはしないみたい。


 ……同じトータス類なんだけどね。



 両軍が本格的にぶつかり合うのも時間の問題というわけで、そうなれば私も簡単に持ち場を離れる事は出来なくなる。シリルたちに会いに行くのなら今のうちしかない。



 ギルドに用意してもらった、壁内の宿に保護されているシリル達に会いに、何気に初めてエステーザに入市した私。ここ三か月、働くのと、皮集めと作るのと、稼いで食べて。シリルを迎えに行く事と自分の貞操を守る為に一生懸命で壁の中に一切興味なかったわ。



 「エリーお姉ちゃん!」



 「どう?塒よりも暮らしやすいとは思うけど、何か困った事は無い?」



 飛びついてきたシリルを、優しく受け止めて抱きしめ妹の様子を伺う。



 「やることが無くて。暇なだけで楽だけどつまらないよ。ま、飯は美味いけどな。」



 「特に肉な!ギルドの奢りだろ、遠慮なしで食ってるからな。ラットの肉じゃないんだぜ!?」



 聞いてもいないのに兄二人が報告をしてくれる。まぁ、何の肉だかは解らないけど、好きなだけ食べれば良い。子供の食べる量など高が知れているし、私のギルドへもたらした利益、そしてこれからもたらすだろう利益からすればたいした額ではないはずだ。



 「ね、お姉ちゃん。ニカやニジェルたち、怒っていなかった?」



 「馬鹿だなシリル。俺たちに選ぶ事なんかできなかったって事位、あいつらだって解っているって言っただろ。


 そりゃ、気にいらねぇかも知れないし、全部が終わった後、前みたいに仲良く出来ないかもしれない。でもよ、どうにもならなかった事を何時までも思い悩んでいてもしかたねぇよ。


 今俺らができる事は、しっかり食って、エリーに心配をかけないように元気でいること。


 後は何かあったら直ぐに逃げられるように三人固まって動くこと、だよな?エリー。」



 いつもはお調子者でお馬鹿な兄だが、やはり命が軽い世界で常に危機感を持って生きているだけあって、14歳にもなれば殆ど大人と同じようにしっかりと判断が出来るみたい。


 私と、ルツィーさんが説明した内容を兄二人はちゃんと理解できている。流石に7歳のシリルにはそこまで理解するのは難しいかもしれないけど、この二人がいるなら少しは安心できるかな。



 「大丈夫よ、シリル。皆には私から説明したし、謝っておいたわ。皆、謝る事は無いよって言ってくれた。ニカもニジェルも寂しがってはいたけど、早くまた会いたいって言っていたし。


 少しの辛抱よ。」



 そういって、三人に革で出来た財布代わりの小さな袋を一つずつ渡す。中には銀貨5枚と銀粒10個が入っている。合計銀貨18枚分。



 「これを一人ずつもっていて。何かあったら構わないから使って頂戴。それと必ず、最低限の水と食べ物をバックに入れておいて、バックは肌身離さず持っているのよ?」



 ルーイ兄さんが中身を確かめて驚いた声を上げる。



 「エリー、これってすごい大金じゃないか。いいのか、こんなに俺たちに持たせて。お前が困ることになるんじゃないか。」



 ルーイ兄さんの言葉を聴いてシリルやイリエ兄も中身を確かめて驚いていた。とっさに返そうとする2人を手で止める。



 「いいから持っておいて。この壁内だって絶対に安全だとはいえないもの。この街から逃げる必要が出てきたとき、絶対にあったほうがいいのが水と食べ物。


 そしてお金よ。そこに法や秩序、社会的な規制が存在するのであれば、自分たち以外の誰かに助けを求める時にお金は強い味方になる。


 ただ、覚えておいてね。相手が無法者や、その場に法も秩序も存在しないときは、そのお金が命を奪われる切っ掛けになるかもしれないことも。


 ルーイ兄さん、うまく使えるかしら?」



 ちょっと難しい話だけど、ルーイ兄さんなら理解できるだろう。暫く、私の言葉を頭の中で繰り返していたのか、考えていた兄さんだけど、やがて私の言いたいことを理解できたのかしっかりと私を見つめて頷いた。



 「エリーは難しい言葉を使って、言いたいことが解りにくいんだよ。いいか?そういう奴は馬鹿だと思われるぞ。


 頭が良い奴は、わかりやすく言うんだよ。それにもっと簡単にいわねぇとこいつらにはつたわんねぇぞ。」



 思わずムッと来た。いいや、分霊わたしは数百万年以上年上なんだから、怒っちゃいけない。シリルやイリエ兄さんを見ると、確かに理解出来ていないって顔をしている。



 「そう、じゃぁ言い直す。お金は見せびらかさないでね。落ち着いている時を選んで、信用できる人、相手を良く見てから使ってねって事よ。」



 兄貴ぶってえらそうな顔をしているルーイ兄さんが小憎らしい。両頬を思いっきり引っ張ってやりたいけど、ここは我慢だ。



 「ほら、解りやすくなったろ?つーか銀貨も銀粒も額がでかくて使い辛いから、両替商か、屋台で使ってある程度細かくしておいたほうがいいな。」



 気が回らなかったし、両替している暇はなかった。確かに銅貨の類がないと何かあった時に、子供たちが大金を持っていることを知られる危険性が高まるか。


 とはいっても手持ちに銅貨や鉄貨はあんまり無い。



 「そうね、とりあえず手持ちの銅貨と鉄貨を預けておく。ルーイ兄さん、管理してもらえる?」



 「あぁ、両替も屋台も危ない、か。俺達のような貧乏人の身形をしたガキが、大金を持っている所を、あったこともない奴に見せるのを避けるって事だな。


 普段なら兎も角、今は皆普通じゃねぇしピリピリしているからな。解った。


 ただ、本当にこんな大金、俺達に渡して大丈夫なのか?」



 「大丈夫よ。その10倍持たせても私の懐には余裕があるから。伊達に将来有望な稼げる魔法使いって言われている訳じゃないのよ?」



 ドヤ顔で言ってやった。驚いた三人の顔を見て少しだけ溜飲が下がったよ。だからね、シリル。今度可愛いお洋服を買いに行きましょうね。っと、思っただけだから。言葉に出していないからセーフよね。一応、フラグを立てるのは止めておきましょう。




 その日の正午。両軍は激しく激突した。

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