前線都市の試練 神罰と奇跡 ってそこまで大した事じゃないよ

 目を焼かんばかりの閃光と、まるで小型の核爆弾が爆発したかのような威力の爆発。その威力は大地をえぐりクレーターと化し、周辺の建物を粉々に吹き飛ばし、彼の者にちょっかいを掛けた混沌勢を僅かの抵抗を許さずに消し炭にして、余波は背の高い建物や東の大門とその周辺の城壁を根こそぎ吹っ飛ばした。


 壁内の壁側にいた人達はどうなった事やら。



 閃光とほぼ同時に放たれた爆発の前の衝撃波だけでも、南門周辺の建物を揺らし、爆発の衝撃が通り過ぎた後の揺り戻しが発生した際に作りの弱い建物を今度は爆発の中心部に向かってなぎ倒す。東門付近で防衛戦をしていた部隊の被害は甚大だろう。



 一つ今確実に言えることは、混沌勢を中心に両陣営に所属していたと思われる者やそれ以外の者の大量の魂が私を通じて海に落ちて行ったという事だけかな。



 この地獄を作り出した、まぁ一応、ギガントは、周辺をゆっくりと見やると女性体のギガントの手を取り、東に向かって動き始める。少し移動した後、明らかに分霊わたしの方を見て、彼は口を開いた。



 「我は汝等の敵ではない。が、無礼には無礼で返す。汝等は我が敵には成れぬ。」



 再び大地を揺るがすような声でそう告げると、彼女の手を引き悠然と歩き始めた。よく見ると東門から続く大通りを通っているようで、出来るだけ建物を崩さないように気を使っている事に気が付ける。けど、今更だな。



 それと舐めるなよ?万年も生きていない糞ガキが。生きて高々千年と少しといったところかな。分霊わたしがその気になったら、お前など酒のつまみにしかならんわぃ。まぁ、初見で分霊わたしを見つけたその力量は認めてやらんことも無いけどね。



 「赤、しっかりして。」



 閃光とそれに伴う灼熱を一身に受けた彼は、私と同様気を失っていたようだけど、同じく気絶して体の制御を失っている個体わたしを動かして、彼の覚醒を促す。個体わたしが気を失っただけで済んだのはあの瞬間、彼が私に覆いかぶさって守ってくれたからに他ならない。



 そんな事をしなくても個体わたしには意味などない。腕一本、肩から生やして、肺まで再生したのだから。今更皮膚の一枚や二枚、焼けようが破けようが問題は無いのだが、それがたとえ事実だとしても、それと彼の行為に対する礼とはまた別の話だ。


 咄嗟に我が身を省みず、身を挺してこの身を守ってくれた、その行為には意味があるか無しかは関係なく、そんなに軽いものではない。



 まぁ、この事実を知れば簡単に落ちてしまうかもしれないチョロい個体わたしには事実を伏せる為にもしばらく休ませておくとして、久しぶりに肉体の制御権を確立させた分霊わたし赤い人ジラードの治療を開始する。



 あんまり使いたくは無いけど分霊わたしの力を使って。



 同時に周囲の状況の確認を始める。先程の爆発の影響で、この南門付近の被害も馬鹿にならない状況みたいだね。ぱっと見た所、私の知り合いに死者や致命傷を負ったものはいないように見える。


 おっちゃんは流石、有言実行の人なのか、奥さんに傷一つ付けずに守り切ったみたいだ。今は気を失って姐さんの隣に倒れこんでいる。リーメイトさんは衝撃波に吹き飛ばされて瓦礫の下敷きになっているけど、大怪我を負っている様子は無い。ケリー達はちゃんと橋を渡って西側に避難できている様で、一安心。


 妹ちゃん達は、流石にこの大音量の爆発音を無視できなかったみたいで、目を白黒させて兄達と一緒に怖がっているけど、彼女たちがいる場所は壁内の川を渡った中央寄りのギルド本部に近い宿だから、特に被害は出ていない。



 「ちょっとあんた、しっかりしとくれ。あんた……。嫌だよぉ、あたいを置いて行かないでおくれよ……。あんたぁ……あたいも連れて行っとくれよ……。」



 見た目がそれなりに酷いおっちゃんの様子に、ナデラさんが恐慌状態に陥り始めている。いや、まだギリギリ自分を保っている様だけど。


 あぁ……、飛んできた破片が頭に入ったみたいで、下手したら致命傷かも。気が付けなかった……。でもまだ呼吸が止まっている訳じゃない。



 大丈夫、たとえ脳が吹き飛んでいても、呼吸が止まっていなければ治しても死者蘇生だとは思われないだろうし、まだ魂は落ちていない。



 赤の治療が終わったら急いでおっちゃんの治療に行かなくちゃ、って考えている内にもナデラさん、自分のハルバード擬きの切っ先を自分の喉に向けようとしている。ヤバイ、姐さん十分恐慌状態だったみたいで、このまま放置すれば取り返しのつかない事になりかねない。


 腕のいい治療術師の私がいるにもかかわらず、声を掛けてこない理由は手遅れだと彼女が判断したから。


 彼女の見ている怪我の状況は、致命傷に見えたのだろう。


 もう助からないと……。


 いくつもの戦場を経験してきたはずの彼女がそう判断したって事は、その判断はおそらく間違ってはいないだろう。



 もちろん、分霊わたしがいなければね。(ドヤァ)


 この状況、個体わたしの手持ちの治療魔法じゃ多分足りない。脳の損傷具合にもよるけど、酷ければまだ命があっても死者蘇生と同レベルの高位治療魔法が必要になる。個体わたしの実力があっても。



 「ナデラさん、今そっちに行きます!落ち着いて、大丈夫です。まだ間に合いますから、早まらないでください。」



 「エリーちゃん、無理だよ。流石にこれは……、もう無理なんだよ。」



 そっと切っ先をのどに押し当てるナデラさん。本気でやばいって。



 「絶対に助けますから!今行きますから早まらないで、お願いだから!」



 私の見幕に驚いたのか、目を丸くして動きを止めるナデラさん。



 「わかったよ……。」



 そう呟くとそっとハルバード擬きから手を離した。



 あぁ、分霊わたしが望んだわけでも個体わたしが望んだわけでもないけど、完全に医療魔法士になっちゃっているなぁ、という思いを胸に閉じ込めて治療を終えた赤い人ジラードを放置しておっちゃんの元に急ぐ。


 まだ完全に治療を終えた訳ではないけど、あそこまで治せば後は唾でもつけていればよろしい。



 おっちゃんを助ける義理が分霊わたしにあるのかどうかという点では、はっきり言って無い。意味があるのかという点ではあるような無いような。



 ここでおっちゃんが死んだ所で、エステーザ全体で見ればたいした影響は無いだろうし、分霊わたし個人で見れば普通にご馳走様である。どの道、永遠に生きられる訳じゃないんだ。たかが百年未満の単位での違いなんか誤差。


 ここで助けても、助けなくても口の中に入るのが早いか遅いかだけ。おっちゃんならもしかしたら分霊わたしを通れば、海に落ちる際に砕けずにすんで、次に繋がるかもしれないくらいのポテンシャルは有りそうだし、有りよりの有りだとすら思う。


 ただ、姐さんが後を追うのはなぁ、ちょっと私のタイプだからもったいないという気持ちもあるし、個体わたしが多分落ち込むのと分霊わたしに強い不信感を持ちかねない。



 それはそれで、強い不信の感情が美味しくはあるんだけど……。



 今後色々な不都合を生じる可能性があるわけで。


 ただそれも100年単位で物事を考えれば誤差だ。いずれは分霊わたしと同じになる。身体を幼い状態で固定すれば千年単位で同一化を遅らせることも出来るけど、脳や身体を成長させなくても時間の問題で、いずれは同じになる。


 いずれは解決する。



 たださ、千年単位で分霊、個体じぶんのなかでいがみ合いながら生きていくのは流石に厳しいし、最後の方になっていくと自我が混乱する事もある。


 既に別の分霊わたしがその辺は経験済みだ。成長を固定する事、それ自体は別に構わないんだけどね。



 だからおっちゃんを助ける事は、一応分霊わたしの利益にはなるといった所か。



 おっちゃんの傍にひざまずいて、状態を観察する。横で私の様子を泣き顔で見つめる、あうあうナデラさん。ちょっと胸にくるもんがあるわね。すこし個体わたしに引きずられているかもしれない。


 細かく診断術式を使うまでも無く、一発アウトだな、これは。


 歴戦の勇士であるナデラさんでなくても、これは無理だと直ぐに理解できる。単にまだ呼吸していて心臓が止まっていないだけで、破片が入った前頭部は穴が小さいけど、後頭部はこぶし大の穴が開いていて中身が出てしまっている。



 さきほどの右肩を吹き飛ばされた私などより、よっぽど文句なしの致命傷である。というより即死である。


 これを形だけではなくちゃんと機能するように修復しなくてはいけない。手持ちの式化した治療魔法には脳の修復にジャストなものは無いけど、このくらいなら状況に合わせてアドリブで何とかなるだろう。フィーリングでやってしまったほうが早いし楽だ。



 記憶とかの脳内情報の回復はちょっと面倒だから、魂の中に保存されている記録から流用してしまうとして、先ずは外見を整えて脳を頭蓋に戻してやらんといけない。


 手早く呪文を唱えた振りをして、魔力圏に包んだおっちゃんの頭部を弄り始める。大地のしみになってしまった脳組織を回収し、不純物を排除する。ちょっと足りない部分は、大気と土の成分を抽出、変性、合成させて材料をそろえる。


 足りない頭蓋の一部も同じように作り出して、先ずは形を整えてくっつける。元の形は魂に刻み込まれている情報を読み取って、頭蓋の形だけではなく頭皮や頭髪まで吹き飛ばされる寸前のデーターにあわせて形を整える。


 同時に止まりそうになる自発呼吸を維持して、心臓を強引に動かし続ける。


 損傷した脳組織を魂から得た情報を元に修復して、稼動テストを数回繰り返す。身体から離れかけている魂に干渉して、強引に身体に押し戻す。


 多分、今頃彼は三途の川の夢でも見ているかもしれない。分霊わたしにはあんまり無い経験だけどね。



 薄くなりかけた肉体と魂との結合を強化して、全体のバランスを整える。っと不味い個体わたしが目を覚ましかけている。


 もうちょっと待って頂戴ねっと。



 「ナデラさん、もう大丈夫ですよ。」



 おっちゃんは既に状態は安定しているし、呼吸も正常ですやすやと音を立ててナデラさんの膝枕で就寝中である。


 うん、絵になるように、最後の処置の段階で念動を使って彼女を正座の状態にしてから、その膝におっちゃんの頭を置いてみた。


 これでおっちゃんが美少年ならもっと絵になるんだけどね。ま、これはこれでいいものだけど……。



 一応、他の奴らは近くにいなかったし、遠目では彼の状態を把握できるものはいなかっただろう。第一殆どのものがまだ目を回している。


 と、言う事は、この奇跡の目撃者は分霊わたしとナデラさんだけだ。だから、この一件が世の中に知れ渡る事はない、と考えたいけど。


 もしかしたら、彼女からエリーが死者を蘇らせた、なんて噂が出るかもしれないけどね。そんなうかつな人じゃないと信じているけど、まぁ、その時はその時よ。



 「この一件は秘密でお願いしますよ?」



 「う゛う゛、信じられない。あんな状態だったのに……。あ゛、あ゛りがどう、エリー!!!」



 号泣しながら抱きついてくるナデラさんに、わたわたしつつ何が起こったのかわからないといった様子の目を覚ました個体わたし。説明は面倒くさいし、なんとなく察することくらいは出来るでしょうと無責任に後は宜しくと一声かけて、身体の制御権を個体わたしに返す。



 「なんだか解らないけど、とにかくヨシって事なのかな?」



 そう呟く個体わたしの言葉が漏れるのと、閃光と少し遅れて先ほど以上の爆発音が当たり一帯に響いたのはほぼ同時だった。

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