君の弟子だと胸を張れるように

 咄嗟に目を瞑り耳を澄ます、ふりをする。いや実際耳を澄ませるけど。たかが一キロ先なのだから、この空間でも剣戟の音は無理でも何かが聞こえる可能性もある。



 その素振りだけで、元赤も目を瞑らずに耳を澄ませ気配を探り始めた。あぁ、咄嗟に無意識で魔力の感知迄始めている。まだまだ私のドレインを感知できるレベルじゃない。というか魔力感知だけで私のドレインを察知するのは少し難しいでしょうから、そこは心配していないし。


 もしかしたら、ドレイン行為がバレても元赤なら何の問題もないかもしれないわね。一応、だからと言って伝えるつもりは無いけどさ。



 これで、さっきのよろけにも説明がつくし、この後どの選択肢をとってもいい訳、というか説明が出来る。そして何より考える時間を稼げる。



 目は瞑ってはいるけど、彼らが何をしているかは見える、からパップスのジャネガ達まできょろきょろと辺りを見回したりし始めた。ジャネガは咄嗟に地面に耳を付けて探っている。



 この私に対しての信頼度よ。ちょっと裏切るのは恥ずかしいじゃない。



 冷静になって考える。包囲されている彼らを助ける事は可能なのか。


 不可能じゃない。まだ彼ら自身戦力が残っているし、包囲網に一部穴をあければ少数であっても命を拾う事が出来るでしょう。包囲している側も、逃がさないように包囲している訳じゃない。ただ我先に獲物に群がって自然と十重二十重の包囲網が出来上がっているだけで。


 私達が姿を現すだけで、新しい獲物に目を付けた彼等は自然とその包囲を薄くするだろう。それだけでも突破の可能性を上げる事になる。



 彼らを包囲しているモンスターは何?多分動きと速度からして蟻、よね。彼らとゴブリン達とは連携しないから、敵は蟻のみで魔法使い等はいないと考えて良いはず。彼らの感知外からの一撃で包囲を崩せる可能性もあるわね。



 元赤やジャネガ達を守れるか。これは、元赤なら多分、生きて帰れるでしょうね。冷静になって漸くまともに考えられるようになってきた。


 初撃は兎も角、その後は下手に包囲網を突破しようと考えないで自分たちの事だけを考えてフォローしあえば、なんの飛び道具も無い蟻如き、それほど怖くない。最初の転生の時のあいつらとは天と地ほどの難易度の差よね。


 ジャネガ達は……。下手すると半分も残らないかも。ここに置いておくべきだと思うけど、彼らがそれを受け入れるかどうか。


 以前のパップスのままの彼等だったら、受け入れるとか受け入れないとか以前に何も考えずに戦いに身を晒すだろうけど、ジャネガはどうだろうか。



 そこまで考えを巡らせていると、特に何も感じなかった元赤たちがいぶかし気に私の顔を覗き込んでいるのに気が付いた。慌てて言い訳しようとして。



 「あ、いや、御免。なんか気配を感じたような気がしたんだけど、気のせいだっ……。」



 言葉の途中で遠い場所で連続した爆発音がした。遠雷の様な余韻を残して。



 ちぃ、と元赤の元ネタばりに心の中で悪態一つ。気のせいにして何もなかった事にしようとしたのに、そう言う訳には行かなくなってしまった。


 たださ、他者の剣戟が聞こえたとしても、魔法使いの爆音が聞こえたとしてもここは狩場で戦場な訳で、他者が態々修羅場に近寄る理由もないはず。ダンジョン内だといつ人間種のモンスターが湧かないとも限らない訳で。


 あぁ、そうか。よほどのことが無い限りそもそも様子を見に行こうとか助けに行こうって発想にはならない筈、だよね。


 だから分霊わたしも落ち着いていたのかな。



 「随分と派手にぶっ放しているな。この浅層で爆裂関連の魔法を連発、もしくは連弾の魔法の使用か。」



 少し考えこむ元赤。一瞬私に視線を送って、その後黙り込んで音のした方を見つめている。ぼそりと。



 「包囲されたか?」



 もう一度私に目をやった後そうつぶやいた。思わずうなずく私。凄い、なぁ。大体どんな思考をたどったかは分かるけど、連続した爆発音ってだけで何でそこまで思考を持っていけるのかって、純粋に感心しちゃう。


 分霊わたしが軽く元赤の思考をトレースしていたのを、何となく聞いていたから余計に。このタナトスで蟻を余計に呼び込むリスクを、あえて受け入れて爆発魔法を連続で使用する理由って考えれば確かに限られてくるけどさ。



 「いま潜っている奴等は確かギリギリ中規模な戦団が一つとパーティーが4つだったか?戦団の方は100に満たないはずだが中核パーティーはたしか「継接ぎの運命」だったな。


 彼等のメンバーには、確かかなり腕のいい魔法使いがいた筈だ。のこり4つのパーティーは名前すら確認していないから、確実な事は言えないけどな。


 先程の爆発音が「継接ぎの運命」だとしたら、ここでむやみに爆裂魔法など使うはずもない。」



 包囲網を突破する為と周囲に助けを知らせる、もしくは危険を知らせる為に鳴らしたと考えて間違いないだろうと元赤が説明してくれる。



 なるほど、それは分かったけど、そこまで状況を理解してしまったのならもう私一人の判断で皆を避難させるわけにもいかない訳で。



 「音から察するにかなりの距離がある。よろける前にした仕草、目の動きからまた何かをしたのだろうが、大したものだな、魔法使いと言うものは。


 いずれ、私にもその秘儀をレクチャーしてもらいたいものだが、先ずは師匠のお眼鏡にかなう様努力してからって所だろうな。



 で、どうする?」



 へ?聞いてくれるん?いやこのダンジョン攻略は元赤の槍の餌やりであって、指揮も何となく元赤がとっていたから、てっきり元赤が決めるんだと思っていたけど。


 ダンジョンに入ってからは元赤とパップスしか居ないし、美醜の価値観は人とパップスでは違うから、ローブから顔を出していたんだけど、普通に表情を読まれていたみたいね。


 心外だと言わんばかりの元赤の表情。



 「状況を理解できない愚か者だと思われるのも悲しいな。ちゃんと自重位するさ、お師匠様?


 戦団が包囲されるような状況で私達にはパップスがいる。ジャネガ達を捨て駒にするわけにもいくまい?


 彼らを退避させた上で君と私の二人だけであるなら、何とか切り抜けようもあるだろうし、君だけなら何を気にする事も無いだろう。嬉々として獲物を食い破る為に爆音に向かっていくだろう。


 ただ、私の力量では万が一がある上に、私は君の護衛でもあるからな。


 私に選択権があるのなら、ここはジャネガ達を連れて一度引く。その上で彼らが包囲を脱する事を天に祈り、運よく私達の所まで逃れてきた場合の援護と救護といった所だが。」




 にやりと笑って私を見る元赤。



 「人命を救い、君の力を有効利用するには、もっと他の手もあるとは思わないかい?」



 ま、考えるまでもない。元赤たちを退避させて私一人で吶喊するって訳ね。心配なのは私が抜けた後、元赤たちに以前の様に蟻たちが群がった場合なんだよね。ただ、出入り口側に退避するなら比較的安全かな?


 レーダーで退避予想ルートの索敵をさっと済ませる。うん、突然何処からか蟻たちが湧きださない限り、退避する元赤たちにちょっかいを掛けられる敵集団は今の所いないわね。多分、この目の動きも見られちゃってるよね。


 観察眼の鋭い奴って、面倒ね。



 「本来なら、護衛兼質草の私がこういう事態で君の側を離れるのは褒められた事じゃないのだが、私の存在が君の行動を束縛するのであれば、それは我々の意図するところではないからな。


 女神さまのやりたい事を邪魔するつもりは、我が王家にも辺境伯家にもありはしない。」



 少しだけ冗談を語っている様な表情をしながら、でも声には一切ふざけている様な雰囲気はない。



 「彼らを助けるにしても、このまま退避するにしても、無視して狩りを続けるにしても君次第だ。


 ただ、弟子として一つ師匠に希望を伝えるとするならば、いずれこの先、再びこの様な事態に出会う時があるのなら、その時は共に槍を並べたいものだな。


 君の弟子であると、胸を張って言える様に。」



 そして、今、私の弟子だと胸を張って言える様に、出来れば彼らを見捨てないで欲しいって事ね。このひねくれ者が。


 素直に助けてあげて欲しいって頼んでくれればまだ可愛げがあるのに。そんな顔でそんな事を言われたら、事実上私に選択肢は無いわよ。



 ただ、元赤の言葉に乗せられたと思われるのも癪だし。将来の妹の旦那様かもしれない人に後ろめたい気持ち持ちたくないから。


 ふっと一息、溜息だか気を吐くだか分からない様な息を吐く。



 「ま、そういう事なら好きにさせてもらうわ。」



 足手纏いが居ないなら、好きに出来るしねって答えて少し笑う。



 「あんた達は出入り口の方面で待機していてくれるかな。何人、連れて行けるかは分からないけど、そっちに辿り着く前に皆かなりボロボロになっているだろうからさ。


 人手がいるかもしれないし。」



 了解した、と言葉少なに直ぐに行動に出る元赤。その表情は満足そうね。そしてジャネガ達も素直に私のいう事を聞いてくれるみたい。「ご武運を」と一言残して元赤の後をついていく。



 年齢的には15~6。まだやんちゃで反抗心やら出てきてもおかしくないし、映画とかだと状況を悪化させる要因としてお子様の次にカウントされるって、あ、端末わたし調べね。そんなお年頃の筈なんだけどね。


 そんな奴はとっとと死んでいなくなるシビアな世界で実際に命を賭けて戦ってきただけあって、きっちりとリアリスト、なのかもね。


 ちょっと元赤を見くびっていたかもしれないわ。



 自分の身を守るだけじゃなくて、ちゃんと力ある者を上手く使う知恵もあるときた。


 ま、ヨシとしましょうか。



 心の中で一つ頷いて、出来るだけ気配を消して包囲されている彼らを救出する為に動き始めた。

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