十重二十重
最初の時のあの連戦はやはりそうそう起きるようなものでは無かったようで、数匹の蟻やコボルド、ゴブリン等と遭遇しては殲滅し、次を探すといった感じでややのんびりとしたダンジョン攻略になってきている。
「なんか、この前みたいに湧いてこないわね。少し期待外れかしら。」
そんな私の呟きに元赤は軽く苦笑する。
「そうそうあんな目に合ってはたまらない。まったくモンスターが現れないのも、実入り的には良くないが、あのペースで群がってこられたら20人其処らの戦力では息が続かずに、あっという間に飲み込まれるだろうな。」
先ほど仕留めた蟻たちに何人かのパップスが群がって解体を始めている。守るって約束はしていないし、合わせるつもりもない私達は、半分気を抜いてしまった状態で次を探して周囲を見回しながら駄弁っていた。
……ま、駄弁りながら結局は守ってやっているって状態なのは、態々突っ込まなくても分かっているからほっといて。
「この調子じゃ、前みたいに午前中で餌やり終わらせて、お風呂入ってランチって訳にもいかないわね。」
「まぁな。ただ、最低限の餌やりはすんでいる。元々余裕もあったしな。切り上げるなら早めでも此方は構わない。」
「メインはお風呂とランチって?そんなつもりじゃないわよ。ただ、だらだら襲い掛かられてもちょっとねぇ。
緊張感が保てないって言うか、何と言うか。」
お代わりを探すのにレーダーを使えば早いのだろうが、そうなると獲物を回収しながらのパップスの人達が付いてこれなくなるし、なんだかんだ言って私もお人好しだよね。
ちらりと彼らを見やると、上からやってきたもう一つのパップスのグループが彼らと合流して何人かが入れ替わり、運びやすく解体した獲物を背負子に括りつけて運び出している。
なるほど、私達に付いてきていた20人が戦闘補助と解体を担当して、輸送担当が後から追いかけてくる。追いついた輸送担当が何人か先頭グループと交代して、輸送担当を守りつつ安全地帯迄獲物を運んでいくって感じかな。
お互いに交わす言葉は最小限で、リーダーのジャネガが一々指示を出さなくても、各々がやるべきことを把握して手早く作業を終わらせている。プロ、といえば良いのか玄人と表現すればいいのか。まるでよく訓練された特殊部隊の連携を見ているようで、意外と面白い。
私の視線に気が付いたジャネガが、以前は気持ち悪く感じたパップスのあの笑顔を浮かべる。
「以前、許可をもらって漁らせてもらった獲物のお陰で、何とか一息つく事が出来た。一帯の敵は全部駆逐されていたようだったし、襲撃も無かった。お陰で奇跡的に誰一人犠牲者が出なかった。
このタナトスに潜り込んでからこっち、何人もの同胞がダンジョンの腹に消えて行ったからな。」
「ありんこを食べてるの?それともお金に換えているのかな。あの蟻がお金になるとはあんまり思えないんだけど。」
「うぬ、硬い殻の内側の肉は淡泊だが旨味が深く、新鮮なうちは生でも食えるし、生で食うと甘みがあってうまいぞ。
まぁ、食べ飽きるとその甘みも感じなくなって火を通したくなるがな。
殻は防具の材料や道具の材料になるみたいでな。剥がして乾かしてそのままじゃ、大して使えないみたいだが、下処理をすると軽くて丈夫、熱にも強い鎧になる。
それなりに高く売れる上に浅層でとれるから、このタナトスではメインの換金素材といってもおかしくない。」
「あぁ、それなりに大量に出回っているが、蟻の鎧ではそうそう修理が効くものではないからな。交換部品としての需要も高い上に、軽いという事で肉体的な強度が比較的低く、実戦で鍛えられていない内側の国々の兵士の装備等でもてはやされている。
需要はいくらでもあるからな、とればとるだけ売れるだろうな。」
なるほどね。こんな感じでダンジョンで確保した資源をエステーザは中側の都市や国家に供給する。その代償と前線を支える為の2つの理由で、内側からは前線都市を支える為の物資や資金、人員が供給され続けるって事ね。
何だかんだ言っても結局は、そこにちゃんと旨味があるからこそ、内側各国が競って前線都市を支えている訳か。危機感だけでは中々ここまで献身的に支援するのは難しいわよね。
「蟻の鎧ね。どんな感じになるのかな。黒い奴や赤みがかった奴。白い奴もいるからこれで鎧を作ったらそれなりにバリエーション豊富になりそうだけど。」
その言葉にジャネガは再びニヤリとする。
「雇い主殿。お前さんの目の前、この私ジャネガが身に着けている鎧がそのありんこの鎧だ。なにせ軽くて丈夫だからな。俺達パップスは他所の種族と比べると、鍛えたとしても非力な種族だから、この鎧はありがたい存在なのだ。
素材はそれなりに高く売れるが、鉄を使った鎧より丈夫という訳では無いし、鉄で作った鎧よりは安く手に入る。素材の形を出来るだけそのまま活かして少ない加工で鎧を作り上げる事が出来るからな。」
「それって蟻の素材を使っているんだ。へぇ、どういう処理をしているのか、みえないわね。」
軽くうなずいた後首を傾げるジャネガ。彼自身も処理の内容を理解している訳ではないらしい。
「この地でとれる蟻の素材があるからこそ、我らパップスはただの餌ではなく戦士として戦う事が出来ると言っても過言ではない。
この鎧を付ける事で我らは戦士として死地へと向かう事が出来る。自らをこの手に掴む為に命を賭けるのだ。
だが、そうして死線を乗り越え名を得た我らであってもパップスである事に違いは無い。
だから遠く離れた同胞の為にも、この地に根付き生き抜くためにも、このタナトスで命を賭けねばならぬのだ。」
そう言うと苦い顔をしてボソッと呟くジャネガ。
「結局、我らは生きている限りどこにいようが命懸けという訳だ。」
常人には聞こえるか聞こえないかという呟きも私と元赤には問題なく聞こえる。だけど返事を期待して呟いた訳でも無いだろうと私達もその言葉には特に反応しないで、再び索敵の為周囲に目をやる。
自ら望んで命を捨てている彼らに見えるけど、彼等には彼らなりに何か理由があるのかもしれない。その理由が何なのかは、何となく想像がついたんだけど。もし想像通りなら、パップスはパップスで哀れだなぁ……。
ま、それはそうと、巡り巡ってこのタナトスでとれる素材を身に纏って、定期的にこの地に騒動を持ち込むパップス達。
いやさ、このありんこ素材があろうがなかろうが、彼らはその習性で結局騒動を起こすのだろうけどもさ。何かマッチポンプ的な物を感じてしまう訳で。
タナトスから蟻素材を供給しなくても別の前線都市で似た様な素材かそのものの素材が供給されるんだろうし、どの道騒動を起こすのだったら、あっさりとやられて敵を焚き付けるだけではなく、ちゃんと打撃を与えてもらわないと困る訳だし。
なにより今更、蟻素材の供給を止める訳にもいかないだろうから考えても意味無いか。
元赤はまだ幾つかジャネガさんと色々話していたけれど、流石命懸けで解体、採取を生業に選んだ彼等だけあって、それほど時間を掛けずに処理を終え、動けるようになった。
パップス達の状況を確認した元赤は、無言で手を振り私達に移動する方向を支持する。さっきまで駄弁ってはいたけど一応敵地で実戦だから、手遅れであっても絞めるべきは絞めるって事だよね。うん、今更だけど。
元赤が指示した方向は、タナトスの更に奥地。ジャネガ達にはついてきたければ勝手にしろって言ってある訳で、この先にまでついてくる義理は無いし、私達も守ってやる義理は無い。けど躊躇一つなく私達の後についてくるジャネガ達パップスの集団。
心の中で溜息一つ。
一応警戒の意味で、少しロングの距離でレーダーを確認して思わず息をのむ。
1キロの距離に一目では到底数え切れない数の敵を示す赤いマーカーの塊。それが中立を示す百に満たない白いマーカーの周りをうじゃうじゃと動き回っている。幾つかの中立マーカーは死にかけの表記が追加されていて、それは少しづつ増えて行っている。
ふと頭に浮かぶ、外の警備の人達から教えてもらった本日のタナトス内の冒険者情報に丁度当てはまる人達がいた筈。タナトスでは珍しく、大規模戦団を組んで数日前からダンジョンアタックをしているチームがいるって話だったはず。
浅層で蟻を相手にするのであれば、100人規模の戦団を組む必要は無い。恐らくは現在時点でのタナトス最深部のアンデット領域目当てで突っ込んでいったんだと思うけど。
出入り口付近で雇う後方支援の人達の数を考えると、全然数が合わない。合わない分はさっきからアストラルの海に落ちて行っていた魂達なんだろうけど、縁が全くない人達だからどの辺りでどうやって死んだのか全然分からないし、たいして力を吸収できる訳でも無いから流していて全然気が付かなかった。
既に4~50人程脱落したように感じる。
慌てて短期間、レーダーの範囲をひろげて確認するけど、流石にタナトス。その広大な空間はこの程度の大騒ぎなど他のグループには何の影響も与えていない様で、彼等はこの狂騒に全く気が付いていない様子で、各々活動を続けている。
このまま元赤が指し示す方向に行けば、私達も彼等に気が付くことなく通り過ぎてしまうだろう。何せ全体的に広がりつつ降下する螺旋状の広大な空間で、地表も荒れておりこの辺りは既にそれなりに薄暗い。
ダンジョンの中心軸と思われる辺りから直角に横を観測するなら兎も角、少しでも角度が付けば数百メートル先を見通す事も難しいし、音もどこかで吸収されているのか、遠くまで響かないから剣戟や魔法の効果音も聞こえない。。
ふとシュリーさん達のパーティーが参加した戦団の壊滅の話が頭に浮かんだ。咄嗟にレーダーで確認するけど、彼女たちの反応は無かったし、マーカーを設定している彼女たちに何かがあった場合、何処で死んでも私にはわかるから、今現在彼女たちはタナトスに居ない事が確定して少しホッとする。
でも状況は明らかに包囲されている彼等にとってどう強弁しても想定の範囲内とは言い難いだろうし、十重二十重に完全に包囲されているこの状況から彼らの極一部でも助かる可能性は、現時点では見えてこない。
このまま彼らを見捨てるべきか、それともパップスに撤退を促して私達だけで救援に向かうべきか。というか、私一人なら兎も角、この状況。
元赤も連れて行ったら、高確率で元赤迄命を落としかねない。
背筋に冷たいものが落ちる。腰の下から力が抜けて、一瞬ふらつきそうになる。多分、
私の様子に当然のように気が付いた元赤の動きが止まった。
ったく。臆病になっちゃってまぁ。元赤もそんなに弱い奴じゃない。この程度切り抜けるのは……一人じゃまず無理だろうけど、
それよりも、行くにせよ退くにせよ元赤に気取られたら選択肢が無くなると思うんだけど、それでいいの?
「どうかしたのか、エリー。」
ほら、言わんこっちゃない。
お腹の下に力を入れて、抜けた体の芯を取り戻す。ふらついたのは一瞬で、普通の人の目にはちょっとよろけたとしか思われないだろうに、元赤のこういう読み取る力と言うものは時と場合によるなぁ。
黙ってしまった私の様子を見ていぶかし気な元赤。あぁ、更に選択肢が狭まってしまった。
人とそれほど変わらぬ思考速度しか持ち合わせない
ただ、
んで?どうしよう?
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