貧乏とこれからの予定、後少しだけダンジョンの話

 さて、カチカチパンを食べながら考える。


 目下、私にとっての問題は懐が大ピンチであるという事だ。残りの銅貨は28枚と鉄貨3枚。約8,460円である。呑気に木の器なんか買っている場合じゃなかったかもしれない。


 いや、差し当たってお金が必要なわけじゃない。パンを買う以外使う予定は無いしね。治療院で働けば下水路で働くよりも割が良いから、直ぐに懐は温まる。と、言う訳で特に切羽詰まっているわけじゃないんだけどね。


 何なら、ここに来た時なんか銅貨4枚分しかお金なかったし。1日パン一つで生きるなら約一月は食える計算になる。よゆーよゆー。




 でもさ、お財布にお金が無いとさ。何となく不安なんだよね。わかる?わかるよね!?


 キャッシュレス生活にどっぷりとつかっている人にはわからない感覚だけどさ。あえて言うならカードが手元にない感じ?それは終わってる?



 あ、必要な物あったわ。あと少ししたら綿か布切れの塊が必要になるかもしれない。あぁ、それを忘れてた。こう言うのって流石に他の子と共有するわけにはいかないし。


 体が不安定なのか、2回目がまだ来ていないからついうっかりしていた。一応、令和時代の用品を、エステーザへの道中にネットワークで仕入れてストレージに突っ込んであるけど。


 これ、使ってもいいのかな。チート的に。こういうのだけは例外にしても良いよね。正直綿や布切れを充てるのでは、心許ない。


 ストレージかぁ。ダンジョンを攻略するなら何か誤魔化す方法を考えて活用すべきだよね。分霊わたし曰く、一度その利便性を知ってしまうと簡単には手放せないみたいだし。




 カチカチパンを食べきり、少し休んでから簡単にギルドとの取り決めについて説明する。私が気を失ったところをギルドが保護していてくれた事。ギルドから協力要請があった事。今後時間がある時は、ギルドの治療院に経験を積みにお仕事に出る事。


 正式登録をしてもらえた事。そしてしばらくの間ここに住む許可をもらえたこと。




 説明しながら、さっきまでの思考を進める。


 ストレージやネットワークのある生活に、慣れ切ってしまっている分霊わたしと違って個体わたしは手元か自分の寝床に物が無いと安心できない。実家にいた時も自分の部屋なんてなかったし、大事に貯金していたお金は、自分の寝床の隅に他の私物と一緒に隠してあった。



 他の私物って言っても大したものは無かったけど。奇麗な石とか、友達にもらった枯れない花だったり、村を出る前に欲しがっていた妹に譲った、とっておきのリボンだったり。


 あぁ、そうだ。私の大切な妹のシリル。私に劣らず美人さんで可愛かったから、早ければあと数年で私の代わりにあの変態の元に妾にやられるかもしれない。




 そうだよ、今までは自分の事だけで精いっぱいだったけど、一刻も早くお金を稼いでシリルを迎えに行かなくちゃいけないんだよ。考え始めたら気が気でなくなる。シリルは私の4つ下の7歳。でも特別に早い子はその位でも大人になっちゃうから、時間的猶予はそんなにない。私の姉たちの時も、私の時も子供を産む事が出来るようになったら、半年も待たずに話を纏めてきてしまった親の事だし。



 この世界だと栄養不足が基本だから、平均的にはもう少し余裕はあるかもしれない。でも、その時に側に居られる訳じゃないから楽観はできない。流石にあの両親でも10歳くらいまでは手元に置いてくれると信じたいけど、今更親の良心に期待するなんて無理だし。


 私がシリルの親権を合法的且つ平和裏に手に入れるには、両親にそれなりの利益を供与しなくてはならないだろう。シリルが私の元にいる限り定期的に仕送りをする取り決めをすれば、あえてあの変態の所に妾に出すようなことは無いだろうし。当然そうなったとしても、シリルをそのまま実家には置いておけない。


 ただ、シリルがどう考えるかは大事よね。あの子が自分で考えて自分で選べるように私が手伝ってあげなくちゃいけない。


 兄共は、男の子は強くあるべきだし自分で何とかできるでしょう。妹の世話になりたいとまでは言ってこないだろうし、私が守らなくちゃいけないのはシリルだけかな。彼らの幸運と武運を祈る位はしてあげよう。



 シリルと家の事を考えれば、財産を得るだけでは足りない。実力行使に対抗できるようになっておかなければ、シリルが手元に来た時に妹を守る事が出来ない。



 そうなると、やはり強くなるのも財産を得るもの早い方が良いのは確かよね。早く最低限の装備を整えて、外に出る。強くなり財を得る。この二つを同時にこなす方法は、今の所ダンジョンアタックくらいしか思いつかない。




 このエステーザには現在5つの固定ダンジョンと4つのインスタントダンジョンが確認されている。


 インスタントダンジョンは誕生して間もないダンジョンの事を指す。階層が少なく攻略が比較的容易で、1度攻略すると消滅する。その地域におけるダンジョンの数は下限が決まっているのか、そう時間を置かずにまたどこかで誕生する。


 ダンジョン内に入るのにギルドの許可がいらない事と、それなりに実入りが良いため、外働きに出ている冒険者の目当てはこのインスタントダンジョンの発見と攻略だと言っても過言じゃない。



 固定ダンジョンとは、インスタントダンジョンが長期間攻略されずに成長を続けた結果、一度や二度攻略しても存在が固定化してしまったものだ。

 消滅させるためには、ダンジョンが蓄積した力を消費し尽くす必要がある為、短期間に何度も攻略する必要があるが、成長しすぎて既に攻略自体が困難になってしまったダンジョンも多い。



 現在エステーザ壁内に三つ、エステーザの北、魔物の森の境界線に二つ固定ダンジョンが確認されている。


 壁内のダンジョンに関しては定期的に、ギルドが許可を出した一定以上の力量を持つ冒険者たちが、ダンジョンアタックを繰り返し、中から魔物があふれてこないように間引きをしているのが現状だ。ダンジョンはその間引き行為が都市に資源や食料等、様々な恵みをもたらし、壁内経済を支えているのも事実だ。


 ダンジョンのコントロールの為に攻略を推奨されてはいるものの、消滅までは望まれていない。



 私の様に、まだ許可をもらえない冒険者がリスクを冒してでも財を得ようとするなら、インスタントダンジョンか、管理されていない魔の森の境界線にある固定ダンジョンを目指すしかない。



 インスタントダンジョンの発見に関しては運任せではあるけど、結構彼方此方で発見されているし、月に1~2か所は攻略されているから、それほど困難ではない。それに私には発見の為の手段がある。私の準備が整えば、インスタントダンジョン巡りで長期外働きなんてことも出来るようになるかもしれない。


 そうなれば強さも財も短期間で手に入れる事が出来る。シリルと、ついでに他何人かの生活を面倒見るくらいの事はできるだろう。仲間達に選択肢を提示する事も出来る。



 インスタントダンジョンだけにこだわる必要はないかな。



 魔の森の固定ダンジョンを、何度も攻略して消滅させてインスタントダンジョン化させてやってもいいかもしれない。ただ、混沌側もダンジョンの暴走で出てきた魔物に被害を受けているようで、奴らの負担を軽くしてやることになりはしないか不安ではある。


 やるならこちらの権力者と意見調整をしてからだね。



 ダンジョンとは秩序、混沌双方にとって害悪と恵みをもたらすものであるらしい。



 ようやく皆に説明を終わらせる。正式登録がもう済んでしまった事にも皆が驚いていたけど、経験を積むために週に何度か治療院で働いてくるという話にも驚いたようで、皆が騒ぐ声が途絶えない。他の女の子グループのリーダーがお給料は良いのかと聞いてくるし、私も一緒に働きに行きたいとニカが手を挙げる。流石にそれは難しいかなというとシュンとするニカが可愛い。


 正式登録を終えたけど、暫くここで暮らしても良いと許可をもらえたことを伝えるとロナとニカが一番喜んでくれた。ケリー達も喜んでくれている。


 何故かボックとニクリがにやけながら、ブローをパンパン叩いている。ブローは無抵抗のまま肩や背中を叩かれて顔を赤くしている。何か良い事でもあったのかな。



 治療院の説明をした時、ロナやケリー、年長組は何となくわかった様な表情をしていたから、治療魔法に関しての取り決めにも気が付かれたかもしれない。言いふらされても困るけど仲間に内緒にする必要もないわけで。みんなに知られているしね。


 とにかく明日からどうするかだよね。早いうちに一度、治療院に顔を出してほしいと言われたけど、明日行くべきか。



 内々のお話が終わった後、改めてケリー達からお礼を言われた。後、ケリーからは正式登録が先を越されちゃって悔しいと笑いながら言われて、その後「俺のせいで隠していた魔法がばれちまったな、悪かった」と小声で謝られた。



 「この先も下水仕事はしばらく続けるし、駆除で入ってみんなの所を拠点にして稼ぎまくる予定だから、謝らないで。


 治療魔法に関しては出来るだけ秘匿する事になっているけどさ、この先魔法を隠すつもりは無いし、下水内でも積極的に使っていく予定だから魔法バレも困るような事じゃないわ。


 むしろいい切っ掛けになった。私だけで考えてたらいつまでもうじうじしてて、割り切れなかったと思うしね。」



 皆がいる場所で使うのなら、効率は良くないけど発動と着弾の音が少ない奴を使った方が良いわね。他にも魔法が使えるのかと驚いたケリーに、私は偉大なる大魔法使いなのだよ、と無い胸をはってはっはっはと冗談交じりに笑ってやった。その後聞こえる程度の小さい声で将来的にはね、と付け足すとみんなが笑ってくれた。




 自室に戻って、さて作業を始めようかと考えてから私は気が付いた。獲物袋を下水路に置いてきてしまった事を。レーダーでみんなのピンチを察知した私は、ストレージに入っていた獲物以外をほっぽり出して駆け付けた。


 撤退戦を始めた時には、皆が獲物袋も泥救いも泥を運ぶための台車も放り出して逃げたから、あの日誰一人獲物を持ち帰った者はいない事は全員が認識している。


 そして私はあの日駆除で入った。だから半日のお給料はもらえない。ストレージの中の獲物は出せない。ストレージの中の皮を加工する事も出来ない。全くの成果なし。


 だから塒に戻ってからやろうと考えていた作業は、全てキャンセルになった。

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