塒にて ケリー達元気だったよ

 話し合いを終えた私は、せめて今日一日くらいは安静にしていた方がいいとの、支部長さんのお言葉に甘える事になった。


 おゆはんには、柔らかく煮た鶏肉が入った消化の良い麦粥と、何かの果物をすりおろしたデザートまでご馳走になり、贅沢な気分で就寝した。




 翌日、お昼前にはお世話になったルツィーさんにお礼を言ってギルドを後にする。ルツィーさんのお話だと昨日、今日とケリー達のグループは下水仕事をお休みする事になったらしい。


 情報の統制の為かその他に理由があるのか。おそらく、ケリーの体調やみんなのメンタル面の不安を理由に、私がギルドに滞在し、交渉を終えるまでギルドの監視下に置かれていたんだと思う。とは言っても決して悪い扱いじゃなかったようね。


 ルツィーさんのお話だと、休暇中の食事についてギルドが保証し、一人に付き1日カチカチパンを2つも配給されるというお話だから、如何に私の気分を害さないように気を使っているかが伺える。



 「えっと、ルツィーさん。お仕事が忙しいのに、お世話になっちゃって本当に申し訳ありませんでした。あと、ご飯美味しかったです。


 それとね、ずっと側に居てくれてありがとうね。あ、あと、あと、様付けはもうやめてよね。」



 そう言うとルツィーさんはクスッと笑ってくれた。



 「私こそ、最初にエリーさんに性奉仕のお仕事をお勧めしてごめんなさいね。まさか力ある方だとは思いもしなかったから。失礼な言動を謝罪いたします。


 今後は私がエリーさんを担当する事になりましたから、何かありましたらご遠慮なくお申し付けください。」



 正式登録2日目にして担当受付嬢が決まってしまった。なんとなく面はゆい。



 ギルドを後にして、今日の分のごはんを確保する為に、いつものパン屋さんで少し多めにパンを買ってから職人街へ行き、木の器を一つ買って塒に帰る。まだお昼時だけど、今日はもうお仕事ないしやる事はそこそこある。


 木造りの器って結構高いのね。銅貨10枚したよ。しっかりとした作りだから、長持ちするだろうし損はないでしょう。



 塒である旧修道院兼、元孤児院の廃墟の門には、何人かの男の子達がロナとニカの周りを囲んで立っていた。私の姿を確認すると何人かの男の子が慌てて塒の中に走っていく。



 ロナが私に駆け寄って抱き着いてくる。ニカも遅れて抱き着いてきた。


 「エリー!お帰りなさい。それと、ケリーを助けてくれてありがとう。ケリーの事も驚いたけどエリーが倒れたって聞いて本当に心配したんだから。」



 「心配って、それはうれしいけどずっとここで私を待っていたの?」



 「えとね、ギルドの人が朝早くに今日のお昼にはエリーが返ってくるよって、言いに来てくれたの。」



 「お昼ご飯を食べてから外で待っていたから、1時間も待っていないわよ。そんな事よりも体の方はもう大丈夫なの?」



 私の体が本当に大丈夫なのか彼方此方擦ってロナが確認している。ニカもそれを真似して適当な所をさすっている。くすぐったいよ。

 

 そんな事をしている内に塒からケリーが何人かの男の子達を連れて飛び出してきた。ボックとブロー、シナージやニクリも一緒だ。遅れてあの時一緒にいた女の子達もついてくる。



 「エリー!エリー!!おい、お前本当に大丈夫なのか。馬鹿だな、無理して心配かけて本当に馬鹿だな。」



 ロナ達が抱き着いているのを見て、自分も抱き着きたそうにしている涙目のブローを、ケリーが後ろから軽く制止してくれる。うん、感極まったのかもしれないけど、セクハラになりかねないよ?ブロー。


 ブローがケリーに止められている間に、下水路を出た時に私を心配してくれた2人の女の子が、開いている部分に抱き着いてくる。うん、私、モテてる。両手に花どころじゃないね。


 これ最初の人生の時にこうなっていればねぇ。



 「ブロー、馬鹿は言い過ぎだ。俺の命を助けてくれた。仲間の為に命懸けになってくれた。エリー、俺はこの恩は忘れねぇ。エリーの助けてくれた命を軽々しく扱わねぇ。


 ……ありがとうな。」



 「エリー、お前さんのお陰でケリーを連れて逃げる事が出来た。仲間を二人も見捨てる事にならなくて済んだ。礼を言うよ。


 なんだかまだ、ケリーの太腿を絞めた時の感触が手に残っているような気がするよ。」



 シナージが手をワキワキしている。それを横目にニクリが「おい、話す事があるんだろ」と男の子の背中をこちらに押しやる。見慣れないその男の子は新人の片割れのザジだった。



 「エリー、さん。ケリーさんにも皆にも謝ったんだけど、さ。トアニーが馬鹿をやらかしてごめん。」



 トアニー、そう、助けられなかったもう一人の新人さんの名前だ。どういう事なのかケリー達の方に視線を向けるけど、誰も何も言わずにザジを見ている。ザジも直ぐには後を続けられないのか、喋り辛らそうにしている。


 見かねたのかケリーが説明してくれた。



 「たまにあんだよ。自分に変に自信があって実力が無くて行動が破滅的な奴が、初めての実戦で自殺行為をかます事が。


 どんな事情があるのかは知った事じゃねぇけどな。トアニーの奴は、自分ならラットやローチ何か簡単にやっつけて、直ぐに稼いで見せるって思いこんじまったみてぇだな。そうだろザジ。」



 「あぁ、俺とトアニーは村を出る前に引退した冒険者から色々と聞いていたし、簡単に訓練もつけてもらっていたから自信があったんだ。才能があるって言われたし、その気になっていた。


 それでも俺はビビっていたから、おとなしく掃除組にいたんだ。だけど、トアニーはラットが来た時に自分から突っ込んでいっちまった。」



 そう言うと顔を伏せ、震え始めた。



 「下水路に入ってからトアニーは言っていたんだ。せっかくの獲物を譲る馬鹿はいない、俺達ならこいつらを出し抜けるって。


 だから僕も直前まではその気になっていた。


 ……怖かったんだ。すごく怖かったんだ。俺、幼馴染なのにトアニーを助けに行けなかった。一緒に飛び込んで、守ってやれなかった。


 ケリーさんが必死にトアニーを助けようとしてくれたけど。俺は何の役にも立てなかったんだ。


 だから、エリーさんごめんなさい。それと、ケリーさんを助けてくれてありがとう。」


 なるほど、そういう事情があったのね。ある程度想像通りだったけど。男の子ってそういう馬鹿な所あるしね。私も以前は心当たりがなくも無い。正直に言うと今も力があるから上手く行っているだけで、ムーブ的にはトアニー達とあんまり変わりがないわよね。



 「私は別に気にしていないわよ。ケリーを治したのだってちゃんと自分が大丈夫だってわかっていたから、皆が気にするほど危険な状況じゃなかったのよ。


 それに結果的には悪くなかったから。トアニーには可哀そうな事になっちゃったけどさ。」



 俯き涙を流しているザジの肩に手をやるケリーとニクリ。ケリーが少し渋い顔をする。



 「あれは俺の判断も悪かったんだ。トアニーがラットの突撃をもろに食らって倒れた時点で、俺達じゃ助けようがなかった。あっという間の話だったしな。


 本当はさっさとトアニーを見捨てて、体制を立て直す為に撤退するべきだったんだけど、エリーを置いて行く訳にもいかないって考えちまってな。つい無理をした。


 だからってエリーが悪いわけでもねぇ。一度戻って立て直してから、もう一度ポイントを確保すればいいだけの話だったしな。トアニーには悪いが自業自得って話だ。


 諦めてもらうより他あるめぇよ。」



 そっか、私のせいで行動が制限された側面もあるんだね。私のせいじゃないとケリーは言ってくれたけど、ちょっと判断迷うよね。撤退は難しいもの。もう一度ポイントの確保が出来る状態を、維持できるかどうかなんて分からないし。



 「それよりも、エリーはギルドのおっちゃん達と色々と話してきたんだろう?俺達もきつく口止めされたからな。


 ここで話せるような内容でもないだろうし、何時までも外にいないでとっとと中に入ろうぜ。


 話せる事と、話せないことがあるだろうけどな。」



 そうケリーがしめると、これ以上外で話し合っても仕方ねぇと、皆に塒に戻るように呼び掛ける。ザジはまだ目に涙を貯めているけど、もう何度もこの件について皆で話し合ったんだろう。素直にうなずいていた。


 私に全部話せ、とは言わない事を言外に示してくれたケリーの心遣いが嬉しいねぇ。とは言え、既にみんなには知られてしまっているし、ギルド内で話し合った内容については隠すような内容はない。それでも一応情報の拡散には気を付けた方がいいのかね?


 治療院で週に何回か働きに出る事は喋っても構わないわよね。依頼で治療魔法を使う事や、その際に正体を隠す事は、態々言う事でもないだろうし。みんなも何となく察してくれるでしょう。


 正式登録に関してと、暫くの間ここに住む事を許可された事も話してしまおう。



 私はもう力バレに関しては楽観的になってしまっている。私は既に無敵の人なのだ。



 動き始めた私のバッグが、カチカチパンで膨らんでいるのをみて、「まだ昼飯食ってねぇんだろ?ロナ、水を汲んできてやってくれよ。」と言うとロナが「わかった」と敷地内にある井戸へ小走りで行ってくれた。

 

 いいカップルだねぇ。二人を生暖かい目で見ながら、みんなで塒に向かう。



 あ、私、自分の器を買ったのを言うの忘れた。……ま、いっか。せっかくのケリーとロナの心尽くしだもの。水を入れる器一つが、自分と相手の距離を縮める切欠になる。ロナ達の女の子グループに私が馴染めるようになったのは、ロナがお昼ごはんの時に皆に回してくれた器のお陰かもしれない。


 そう思うと、途端に自分が買ってきた器を使いたいという気持ちが失せた。素直にロナ達の気持ちを受け取ろっと。

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