正式登録と治療院のお話
おねーさんが私と紳士に紅茶のお代わりを注いでくれた。話を聞いているだけじゃなく、私も合間合間にお茶をいただいていたのだ。軽く頭を下げて礼を伝える。
「その者に、いや、こんな言い方はもうよそうか。
私達が君に礼を尽くし、上等な部屋で看護し食事を供した理由についてはもういいかな。
ついでに君と面識のある受付嬢のルツィー君を、君の看護の担当者にしたのも君が目を覚ました時に不幸な行き違いを避ける為だよ。
実力者の勘違いは、それだけで取り返しのつかない被害が出かねないからね。
優秀なファイターの勘違いなら数人の犠牲で済むけど、優秀な魔法使いの勘違いでやらかすと犠牲者の数は桁が違ってくる。ましてや君は優秀なファイターであり恐らくは優秀な魔法使いだ。
君が実力を隠蔽していた理由は……、先程の君の疑問がそのまま答えだろうね。昔からよくある話だよ。何らかの才能を持つ子供を生きる為にお金に換える。見目のいい娘なんかは特にね。前線に近い農村ではそんな話はいくらでも耳にする。気分の悪くなる話だな。
さて、そこでだ。君が君らしく生きていく為に、私達ができる最初の協力はその辺りになりそうだね。」
そう言っておねーさんに視線を向ける紳士。
おねーさんは頷いて先程から手に持っていた箱を、ベッドテーブルの上に置いて開けて見せる。箱の中にはギルドの正式登録の証である認識票のついたペンダントが入っていた。
私の名前と冒険者としての位階、正式登録されたばかりの者は総合40位の数字が刻まれている。一瞬瞬きを繰り返し、何度か見直して私の見間違いではないことを確認して、僅かな身震いを治める努力をする。
駆け引きをしないで、愚直に話を進めたとは言えまだ交渉中なのだから、私の感情をあんまりストレートに出さない方がいい。でもさ。
この証一つで私は成人としてみなされ、財産の保有を認められる。親の親権や所有権が及ばない独立した個人であるとみなされることになる。
これからは魔法を隠さなくて済むし、正式登録の為に急いで装備を整える必要もない。いや、装備はどのみち必要だけど。流石にストレージやネットワークは公開できないし、するつもりも無いけどね。
正直、この状況になってから、この事態を全く想像していなかった訳じゃなかったけれど、あっけなく訪れた親の権利からの解放に、自然と緩む頬を引き締める。
「ふふ。どうやら喜んでもらえたようで、私としても読みを外していなかった点で満足だよ。あぁ、登録の料金に関しては、気にしないでほしい。
君が真の実力を発揮し、このエステーザで活躍してくれる利益と比べれば、多少の登録料等誤差の範囲さ。」
ふっ。頬を引き締めるのがちょっと遅かったようね。子供っぽさを見せてしまったようで少しバツが悪い。
「真の実力を発揮して、ですか。私の実力とは何を指して言うのでしょうか。」
冷静さを装って取り繕い、何を求めているのかを確認する。
「出来るだけ情報の開示を求めるつもりは無いよ。私達が既に把握している情報の範囲で協力していただければありがたいと考えている。
もちろん、魔法使いは貴重だし、治療魔法を使える魔法使いは更に貴重だ。
特に重傷を治療できる高位治療魔法を使えるものなど、この最前線都市であるエステーザにも、片手の指の数に足りない位の人数しかいない。君を含めてね。
だから、君の機嫌を損なうような事をしたくないのが本音さ。
それで、可能ならで良いのだが、治療魔法は高位のものに限るのか、それとも下位のものも行使できるのか教えてもらえると助かるのだが。」
「その程度なら……。無理なく使える下位の治療魔法を持っています。治療の程度は失った部位の再生や血液の補完は出来ませんが、奇麗に切られた部位ならば再接合が可能です。」
「なるほど。それが下位の治療魔法か……。私の知る下位の範囲を超えているが、前言に従って詮索は止めておくよ。」
この世界ではどんな魔法が流通しているのか、あとで調べる必要があるかな。話しぶりから察すると、私が自己申告した治療魔法は中位以上の効果を持っているみたいね。あとでレッサーヒール的な魔法も仕入れておく必要があるかもしれない。
「まだ勉強不足でして、それ以下の手ごろな治療魔法は手持ちにはありませんね。」
「……十分です。」
急に敬語になった後、少しして立ち直ったのか紳士は満足の笑みを浮かべて頷いた。
「もし君が協力をしてくれるのであれば、ギルドの治療院に力を貸していただけるとありがたい。通常は魔法や奇跡に依らない手段での、外傷や病気の治療をしている病院なのだけどね。
それではどうにもならない緊急性を伴う患者や、それ以外の理由で急ぐ必要がある場合に、その対価を支払える者に対して治療の奇跡や魔法を提供している。
聖職者や魔法使いに、臨時に協力を依頼してね。」
救急医療に関しては、聖職者が運営する治療院で奇跡を掛けてもらうのが一般的みたいだ。治療魔法に関して言えば、魔力さえ融通できれば何度でも行使できるという利便性が重宝されるけど、先程言っていたように、使えるものは本当に少ない。
神の御業である奇跡ならば、信仰心と祈りを捧げる事で治療の奇跡をその身に授かる事が出来る。才能によって、個人がその身に蓄える事が出来る奇跡の技の種類や質、量が変わってくるけど。
高位の奇跡となると、行使者や奇跡を授ける神にもよるけど、かなりの時間と日数を掛けて祈りを捧げて、ようやく一回分の奇跡をその身に宿す事が出来る。その為、治療魔法よりも使えるものは多いが、そう気軽に使えるものではない。
治療の奇跡も魔法も貴重で、その価値は高い。当然、治療を受けるにはそれなりの費用が掛かる。
「臨時、ですか。」
常駐していなければ、救急の際に間に合わない様な気がするけど、「それ以外の理由」で治療魔法が必要な場合がメインなのかもしれない。
「その通り。君の都合がつくときだけでいい。治療の実績に応じて報酬を払うし、他にも必要な便宜を図ろう。
毎日勤務をしてほしいという話ではない。だが君が望むのであれば話は別だ。
その場合は治療行為が無くても拘束期間に対してそれなりの報酬も支払うし、もちろん、患者の治療がなされれば相場に応じた報酬も別途支払う。
返答は今すぐでなくても良いよ。病み上がり、と言っていいのかわからんが、意識を取り戻して間もないのだからな。考える時間も必要だろう。」
おねーさん、ルツィーさんがお代わりで注いでくれた紅茶で口を湿らせ、一呼吸置く紳士さん。
「話は変わるが、君は能力だけではなく、その外見でも人目をどうしても惹いてしまう。可能ならばこれ以上、君の情報を拡散させるのは控えるべきだろう?
元々、高位の治療魔法の行使者は秘匿されているしね。
あの場にいたのはギルドの職員と君の仲間達だけだったからね。うちの監督官が、その辺の所を君が所属していたグループの者たちに言い含めているはずだが。
君の身の安全を考えれば、取るべき選択肢は限られてくる。協力の有無に関わらず、情報の秘匿には協力させてもらおう。」
「やっぱり危険ですか。」
「あぁ、危険だね。君の場合は女性としても求められるだろうから、さらに厄介だ。うちの職員に目を付けられている事もルツィーから報告を受けている。もちろん、そちらは既に手を回した。
あいつは何やら、勝手な事をほざいていたがな。個人的に近づく事は禁じた。
今の所君に、性奉仕の指名依頼を出そうとしたものはいないし、これから先は君に対しての、その手の依頼をギルドが受ける事はないだろう。
だからこそ強引に思いを遂げようとする輩も出かねない。君の実力はその外見からは測り辛いからね。暴力的な手段にでる愚か者も一定数出てくる可能性は否めない。
今まで通りローブで顔を隠した方が賢いだろうな。
出来れば今後寝泊まりする場所も気を付けた方がいい。今は下水屋グループに開放している元孤児院の廃墟に寝泊まりしているのだろう?
しばらくの間、落ち着くまではギルドで宿舎を提供しても良い。希望するならば、だがね。」
宿の提供、ギルド職員への牽制、情報の秘匿と正式登録の料金を免除。本当に至れり尽くせりだね。こんな事になるんなら、もっと早く手の内を明かしておけばよかったよ。完全に予想外だったけど。
正式登録に関して私の意思を確認してくれなかった辺り、囲い込む意図があっての事だと理解できるけど、私にしても渡りに船だったから文句はない。
文句はないんだけどね。出来ればもう少し皆と離れたくはないかな。正式登録した冒険者が未成年の仮ギルド員の為に解放されている無料宿泊所を利用できるのか、利用し続ける事が出来るのかは疑問だけど。
情報の秘匿を謳うのならば、治療依頼を受ける際には身元を隠蔽する手段もあるのだろうから、そこに協力するのは構わない。
常雇いでない点も魅力的だよね。冒険者として外働きをしてレベルアップして、ダンジョンを攻略して財を積み上げる為には、治療院に縛られている時間はない。私はお医者さんになる心算は無いのだから。
ただ、シナリオ経験値を稼ぐ意味でも、魔法に依らない救急医療の経験を積む意味でも、時間のある時に治療院を手伝うのは悪くない選択だと思う。
便宜を図ってくれると言っているのだ。私から歩み寄ればそれなりに我儘を受け入れてもらえるだろう。暫くは皆と一緒に居られるかな。
少し考えて私は答えを伝えた。
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