南支部長 リーメイトさん

 珍しく目が覚めたら寝心地のいいふかふかのベッドの上。一瞬、前世のアンティーク調なホテルの一室にいるのかと勘違いしてしまった。分霊わたしに情報提供を求めたけど、実に簡素な答えが返ってきただけ。


 曰く、術の反動で気を失った私をギルドの職員たちがギルド南支部まで運んでくれた、だってさ。いや、その行間にある情報も欲しいんだけど、情報処理が色々忙しいから無理って言われた。



 確かにさ、ゲームのレベルとかスキルとかを現実に反映させるのって面白いし、分霊毎の新しい権能としてゲーム関連の能力を獲得した者もいるけど。それを使わせてもらうんじゃなくって、自己開発したいって。


 本当に分霊わたしって凝り性だよね。


 ただ、それでこういう所に支障が出るのはいただけないけど。




 そっと身体をチェックする。うん、一応乱暴された後は無いわね。指は動く、変な臭いもしないし、身体に異常はなさそう。ベッド上で体を起こしてみる。下の方も異常なし。腕も足も動く。動かした際に痛みはない。



 ……破瓜の痛みらしきものも無いから、純潔は守られている、わよね。この世界は油断できないし、気を失った時にあの危ないおにーさんも近くにいたから、魔法行使前にちょっと心配していたけど、流石にあのタイミングで手を出してくるような真似はしなかったか。疑っちゃって少し反省しないとね。



 それともケリー達が守ってくれたのかな。



 ケラケラと笑っている分霊わたしの思考が伝わる。ええぃ、一蓮托生なんだからもう少し真剣になってほしいものだ。




 感覚的に一晩以上気を失っていたのはわかる。喉が渇いたけど、ストレージから何かを取り出すわけにはいかない。どこに人の目があるか分からないし、監視するための魔道具が設置されていないとも限らない。少しの時間だろうし辛抱しよう。


 窓から外を見ると、日は既に出ている。感覚的には8時くらいかな。多分、もう少ししたら誰かが様子を見に来ると思う。レーダーで建物内を軽くチェックしたところ、特に敵対生物の存在は確認できなかった。


 何人かが下の階でお仕事中らしいし、この階にも偉そうな人達が何人かで一つの部屋に集まって何かしている。




 周囲を見回すと、部屋の備え付けのテーブル上に、私のスティレットと解体ナイフ、そしてその横のコート掛けには私のバッグとローブが掛けてあった。



 手の届くところに自分の武器が解るように置いてある。これは私を確保した人達が、私に敵意を持っていない事を簡潔に示している。



 それにしても、しまったなぁ……大勢に私の顔をみられた可能性があるのか。また一歩変態が近づいてくる可能性が高くなってしまう。


 少々うんざりしながら、もう一度ベッドに横になり、暫くの間は今世では初めてのふかふかのベッドを束の間楽しむことにする。




 私が2度寝から目覚めたのはお昼の時間になって、ギルド職員の女性が様子を見に来た時だった。



 ドアを三回ノックする音が聞こえて目が覚める。かすれる声で、「どうぞ」と返事を返すと初めてギルドに来た時に受付をしてくれたおねーさんが心配そうな顔をして部屋に入ってきた。



 「よかった、目が覚めたみたいですね、エリー様。」



 何か様呼ばわりされているんだけど。何事かと一気に警戒モードに突入する私。強張った私の表情に気が付かないようにおねーさんは続ける。


 

 「身体の調子はどうですか。なにかおかしい所とか、辛い所はないでしょうか。一応、ギルド所属の医療部の女性隊員が簡単に検査をしてくれていますから、大丈夫だとは思いますが。」



 心なしか女性を強調して説明してくれるおねーさん。



 「大丈夫みたい。一度朝に目が覚めたんだけど、動いていいのかわからなかったから、二度寝しちゃったの。ごめんなさい。」



 謝ると同時に、くぅ~と我ながら可愛いお腹の音が部屋に響いた。バッドタイミングです。恥ずかしいであります。出物腫物ところ選ばずとは言うけれど、あと少し我慢できなかったものか。


 思わず頬に赤みがさす。


 おねーさんは笑いをかみ殺して聞こえないふりをしてくれた。



 「いいえ、謝罪には及びませんよ。あれだけの事があったのですから、十分に休息をとる必要がありますし。


 あぁ、そうでした。今、何か飲み物と食事をお持ちしますね。用意は出来ていますから、少しだけそのままお待ちください。


 詳しい事情の説明はお腹を落ち着けてからにしましょう。」



 そういうとおねーさんは部屋を出て、直ぐに麦粥と白湯を持ってきてくれた。あんまり麦粥って好きじゃないんだけど、出されたものに文句を言える立場じゃないし、倒れた私を看病してくれたらしいギルドの人達に感謝だね。



 ギルドの南支部に運び込まれたって言っていたけど、本当なのかな。この部屋、かなりいい部屋だよね。


 急に倒れた女の子を助けるためとはいえ、仮登録のギルド員に貸してくれるような部屋にはとても思えない。しかも看護と食事付き。どこのVIPだよって話。



 「あ、あの、いただきます。」



 考え事を表情に出さないようにしながら、出された食事を有り難くいただく。あ、この麦粥お出汁とお塩が効いてて美味しい。最近は寝る前にパンを齧っていたから、おゆはん無しはきつかったみたいね。


 警戒していたつもりなんだけど、あっという間に麦粥を食べきり、白湯を飲み干した。


 おねーさんは少し微笑んだ後に、食休みをするように言い残してから食べた後の食器を片付けてくれ、暫くしたら40歳くらいの男の人を連れて戻ってきた。あの、まだ私ベッドの上なんだけど。


 おねーさんが男の人と私に紅茶を淹れてくれた。私の分はベッドテーブルの上に置いてくれる。男性が無言で手を振りお茶を勧めてくれた。


 今世初めてのこの世界の紅茶を、お互いに口をつけ香りを楽しむ。一瞬だけ男性の目つきに探る様な色が見えたけど直ぐに消えた。



 「やぁ、始めまして。エリーさんだね。私は前線都市エステーザ冒険者ギルド南支部の支部長を務めている、リーメイトという。以後お見知りおきを。」



 「エリーです。これは一体どういう状況なんでしょうか。」



 支部長さんはふむと一泊呼吸を置くと私の質問に答える前に、私の認識を確認してきた。



 「ふむ。エリーさんは意識を失う前の状況を覚えているかな?いや、答えは覚えているかいないかだけでいいですよ。」


 

 無言で頷く私を見て、軽く苦笑を漏らす彼。うん、細マッチョ体型で上品なお髭の紳士という感じで、とても冒険者ギルドの管理者には見えない。どこかのお貴族様が支部長をやっていたとしても違和感がないわね。


 

 「では、ご自分が高位魔法行使の反動で倒れた事は理解できているかな。」


 

 再び頷く私。



 「ふむ。どうやら倒れる事も想定内だったみたいだね。そうなると君の疑問は何故こんな上等な部屋で自分が看護され、食事を供されているのかが理解できない、と言う事かな。」



 「ええ、農村から出てきたばかりの、ただの小娘の仮ギルド員が気を失って、目が覚めたらこんな上等な部屋で、登録を受け付けてくれた女性が敬語でお世話をしてくれる。


 正直、警戒してしまいます。家族を利用してどこかに売られるんじゃないかと。」



 私の懸念を理解したように頷き、一口紅茶を飲む紳士。「今も辺境の農村は変わらないようだね。」ボソッと口の中での呟きを私の耳が捉える。


 どのみち無防備な状態を晒して身柄を確保されているのだし、礼は尽くしてもらえている。少々失礼かもしれないけど、回りくどい駆け引きは無用にしよう。



 「なるほどね。確かに君の身柄を法的に手に入れる方法、ただの美しいだけの小娘相手ならその手もあるだろう。だが、それはあんまりお勧めできない。


 計り知れない実力を持つ相手をわざわざ敵に回したいのなら、良い作戦かも知れないけれどね。」



 「では支部長はどのような手をお取りになりますか。」


 

 その私の言葉に笑みを浮かべて紳士は答えた。



 「そうだね。私たちギルドが求めるのは人類種が生き残るための戦力だよ。その為に人類種領域中央側の諸国は、その余力をかき集め私たちギルドや前線国家に富や人材を集中させている。


 とある事情を持つかもしれない幼年の実力者が、ここに一人いる。彼、若しくは彼女がその年に見合わない力を持つにはそれなりの理由があるのだろう?


 だがその者がこの地に身を寄せてから、今までその実力は明かされてこなかった。


 その実力が明かされたのはただ、その者の仲間の命を救う為、やむを得ず、だったのだろう。」



 口を潤すようにもう一口紅茶を啜る紳士。



 「彼の者の性質は少なくとも善性に見える。そしてその者は実力を明かさず、事情を語るのも好まないようだ。


 個人的に、幼年の者が高位の魔法を行使できる事情等、神や邪神がかかわってくるだろうし、知ればそれだけ胃痛のネタが増える事になる。出来れば知らないままでいたいね。


 ならば我々としては事情は問わず、素性を隠せるように配慮し、可能であれば助力を願う。


 それがその者の不興を買う様であれば、せめてこの秩序に属する人類種の、最前線都市に滞在してもらう為に少しでも礼を尽くし快適な環境を整える。


 それが私達と、その者の利益に通じる道ではないかな。」



 そう言うと彼は紅茶をもう一口飲んでからニッコリと笑った。

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