初めての魔法治療のお仕事

 試作品の評価はまずまず、といった所かな。仕事から無事、塒に帰ってきたニカからは「とても暖かかったありがとう!」とのお言葉をもらえた。ロナからは暖かいんだけど、慣れてないからか少し動き辛かったと言われたので、その後何度か関節部分を調整してみた。


 作業日に充てた2日はあっという間に過ぎた。手持ちの皮は全て複合革素材と革ひも用に加工して、試作品を何度か調整して、2日目が終わるまでに新たに私の分を含めて4組、作り上げて明日仕事予定の掃除組の年少の女の子、下から順に3人にブーツを渡しておいた。



 周りから羨ましがられて3人は、はにかみながらお礼を言ってきた。一番小さい子は少し泣きながら喜んでくれた。


 こんなに喜んでもらえたら、やる気があふれてくるよね。同室の子達も羨ましそうにして、いいなぁと繰り返している。それをロナが宥めてくれて、漸くみんなで抱き合いながら就寝する事になった。



 皆が喜んでくれるのが嬉しく、つい作業日以外でも1日寝る前に一組か時間がある時は2組作ってから寝る事にしてしまって、結構頑張ったよ。



 ギルドにも話をして多少奇麗に剥けていなくても、端切れみたいになっていても構わないからラットの毛皮を売ってほしいと話をしたら、私が魔法を使って自分で装備を作れる、という事にすごく興味を持ってしまったみたいで、親身に相談に乗ってもらえた。早まったかな。



 「ふむ、そんな話は聞いたことが無いね。魔道具を作る様な魔法使いなら、秘伝か何かでそういうことも出来るのかもしれないが。


 少なくとも一般常識では無いように思える。そんな魔法が一般的なら、職人は食い扶持をなくしかねんな。


 だがまぁ、よろしい。起きてもいない事に思い悩む必要もあるまい。


 どのみちラットの皮はだぶつき気味の品ではあるし、必要な量は子供達のブーツ分の確保なのだろう?鞣している必要もない、とするなら掛る手間も、解体の時にひと手間咥えるだけだろうからな。」


 無料と言う訳にはいかないけどと、前置きをしたうえで担当者に話を通してくれることになった。


 担当の人の話では、今まではギルドでは使い道が無いラットの皮は革の小物を作る職人に安く卸していたらしくて、それと同じ相場で良ければいつでも売ってくれることになった。これで一先ず皮不足は解消する。



 ラットの利益はお肉がメインだし戦闘の結果、毛皮は傷がつく事が当たり前。あの、それほど面積が大きくない毛皮に小さくない切り傷がつけば、使い道もあんまりないって事で小物職人さんも結構買い叩いていたみたいね。


 生皮5枚が銅貨1枚で卸してもらえることになった。一組分で30枚前後と考えれば銅貨6枚とかなりリーズナブルな材料費で済むことになるね。




 そんなこんなで大体の1週間の流れが出来て、狩にギルドで皮集め、医療の実務に、職人仕事にと忙しい毎日に追われるようになって、気が付けば3週間位たっていた。今世で一番濃い時間が流れた3週間だった気がするよ。


 昨日、漸く最後の一人、ケリーにグリーブブーツを手渡して、全員そろってブーツを履いて下水仕事を終えてきて、とりあえず皮集めは一段落付けたよ。本当はリーダーのケリーにはもっと早くブーツを渡す予定だったんだけど、ケリーから最後で良いと言われたんだ。



 「こういう時に貧乏くじを引くのがリーダーだ。それに俺の分はあと何か月使えるか分からねぇし。もったいないからなぁ。無理して作らなくても良いんだぜ?」



 「別に一回しか使わなくても良いよ。色んな人に使ってもらって感想を聞きたいのが目的だし。それに正式登録して外働きに出る時になっても使えるでしょ。夏場は辛いけど、寒くなってからなら普段履きしてくれると嬉しいかもしれない。」



 「まぁ、一人だけいらねぇって張っても意味の無い意地を張るつもりは無いしな。有り難くいただいておく。それに後に作る奴の方が出来が良いだろうからな。


 最後に気合の入った一品を期待しとくよ。」



 にやりと笑うケリー。良い表情だよね。本当にこの人は良い奴だ。こいつになら安心してロナを任せる事が出来るね。ま、私よりもロナとケリーの方が付き合い長いし、私が言う筋合いじゃないんだけどさ。成長の度合いなら私の方がお姉ちゃんだけど、誕生日から考えればロナの方がお姉ちゃんだし。


 でも魂の年齢で考えれば、ロナは私の妹とか娘とか孫とかひ孫と言っても過言じゃないからね。あの子が嫁に行くときは、変な話は片っ端から私が跳ねのけてやるから、安心してね。ロナ。





 治療院のお仕事でもこの前初めて魔法治療を担当する事になったんだよ。患者さんは冒険者の方で右腕の複雑骨折。怪我をする前の詳しい話は、別の人が質問してくれていて、私は別の部屋でいつものように入院している患者さんのお世話をしていたんだけど。


 患者さんの処置が終わって部屋から出たら院長先生に話しかけられた。



 「今入っている急患だが、あんまり良くない。上腕の骨が粉々で、その上突き出た骨の一部が神経を傷つけて、表に出ちまっている。開放骨折って奴だな。」



 軽く合図をうけ、空室に移動する。院長先生は渋い顔で続けた。



 「これだけの怪我を完治させる奇跡となるとあの患者じゃ払えねぇ。あのままじゃぁ……ま、引退だな。


 奇跡は細かく段階を踏めないからな。あれだけの怪我治すにはかなりの高位の奇跡が必要になる。奇跡の場合、治療の程度じゃなくて使う奇跡によって値が変わる。」



 「使ってしまった奇跡は、高位のものであればあるほど、再度その身に宿すには時間も信仰心も必要ですものね。


 奇跡をお使いになる方々も、それだけの高位の奇跡なら、骨折ではなく命に係わる様な重傷者に使うべきだと判断なさるでしょうし。」



 その通りと言うような顔で何度か頷いている。



 大体、高位の奇跡や治療魔法を使う人たちは収入が物凄く良いからねぇ。志を持って貴種に飼われるのをよしとせずに市井に身を置く方達なら、お金だけが判断基準じゃないだろうね。特に奇跡の使い手は。



 治療院で働き始めた時に見せてもらった治療魔法の相場一覧をみて、思わず吹きそうになったよ。単純な骨折なら、骨一本治すのに術者への報酬は最低でも銀貨10枚から。約120万円だよ?


 まぁ、稼げる冒険者ならそれだけ払っても後遺症無しで、その場ですぐに仕事ができるというメリットは計り知れない。治療費なんか直ぐに元が取れるんだろうね。




 私が想定していた接合術なんかになると、奇麗に切れた腕一本くっつけるのに術者の報酬が最低銀貨200枚から。にせんよんひゃくまんえんって……。


 さらに言うと失った四肢の回復に至っては、千枚単位で銀貨が動くみたい。億の単位だよ?


 それもお約束の様に、怪我した直後なら治せるけど、一度傷口がふさがり安定してしまったらもう治せないのがこの世界の常識なのだ。




 これじゃぁ私の使える四肢欠損回復魔法は、軽々しく使えないね。それが解っていて院長先生に餌をまいたつもりなんだけど、今更ながら怖くなって来たよ。早く自分自身の力で、他者の干渉をはねつける権力を持つか、誰かの傘の下に入らないといかんね。



 そう言えば院長先生が言っていた、知り合いにいるまともな貴種が私の回復魔法を必要としているって、そう言う事なのかな。


 ……流石に直ぐには無理だよね。もう少し私の立場を確立させてからじゃないと、何をするにも危なっかしくて仕方ない。


 ソロ駆除の時の成果数だけでも、確実に目を付けられる要素なんだし。一応、グループみんなで持って行っているから、私一人が目立っているわけじゃないけど、そんなもの誤差よね。




 「そうだな。そう言う事だ。奇跡の使い手の皆さまは軽々しく高位の奇跡は使えないからな。


 だが治療魔法なら、魔力さえあれば問題なく治療できるし、怪我の程度に合わせて値段の調整が効く。あいつが払える額で治るなら人類の貴重な戦力を減らさずに済むって訳だ。


 んで、お前さん、あの症状見たろ?どう見る。」


 

 どう見るって言っても、ただの開放骨折。治してやれないことはない。ん、私に判断させるって事は私に治療魔法を使わせてもらえるって事かな。まとまったお金を手にする事が出来るって事だよね。



 「完璧に治せます。私にやらせてください。」



 それはシリルを迎えに行くための大切な一歩だった。

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