使ってくれたら嬉しいよ!

 お昼休憩までにはいつもの河原で皆と合流して、一緒にカチカチパンを齧っていた。いつもの場所でいつものメンバーでお昼を過ごしているのだけど、みんなの視線がチラチラと、カバンに収まり切れなくてはみ出ているグリーブブーツに集まっていて、いつものおしゃべりも気も漫ろになってしまっている。


 皮を集めることも自分で装備を作ることも、皆には伝えてあるし、空き部屋を作業部屋にすることも知っているから、無理もないわよね。ただ、私の分だけなら一組で十分のはずなんだけど、バックから覗いているブーツは2組ある。


 600枚以上ラットの皮を集めていたのだから薄々、自分たちの分まで作ってくれているのではないかと、気が付いて、もしくは期待しているのは無理の無い事だしね。


 あんまりじらすのも良くないし、そんなに意地悪な性格している自覚はないから、ロナがお昼の分のパンを食べ終わったタイミングを見て話しかける。



 「実はさ、ロナとニカにちょっとお願いがあるんだよね。」



 何となく察した様子で二人が顔を見合わせる。



 「えっと、何かしら。」



 そわそわし始めた二人を見て思わず笑みが漏れる。


 うん、気持ちはわかるよ。下水の汚水の冷たさは身の芯まで響くからね。皮集めを始めたあたりから、寝るときのおしゃべりに何度かブーツとかグリーブ作りたいって話していたし、すぐには無理でもみんなの分も作るかもしれないって話したこともあるから。


 まさかこんなに早く作ってくるとは思っていなかっただからだろうか、ケリーの顔が不審げだ。最近、私が結構稼いでいるから、バッグの中のグリーブブーツは職人街か市場で買ってきたのかと考えているのかもしれない。


 ケリーの懸念は解るんだよね。私達は確かに仲間で助け合わなきゃ生きていけない。私は、一人でも生きていけるけど、一人じゃ生きていきたくない。心はそんなに強くない。親しくなればなるほど、その時が来たら辛いし自己嫌悪に陥るけど。それは私という生き物が背負っていかないといけない業だから。


 出来るだけ、親しい人たちと助け合って、関わって生きていきたい。


 だけど結局の所、私達は寄る辺なき者たち。本当の所はだれにも頼らず自分で生きていかなきゃならない。自分を支えてくれる仲間も、いつまでいるのかわからない世界だから。皆が私と同じ事が出来るのなら、私のしようとしている事は仲間の誰かがしていてもおかしく無い事だし代わりも効く。



 私の代わりを誰かが務められるのなら、私がふらりといなくなっても、彼女たちは変わらずに生きていける。物が有るか無いかじゃない。最後には誰かに頼らずとも自分の足で立って歩けるかどうか、なんだよね。


 ただ、私がしようとしている事、している事は私以外の人にはできない。私がふらりといなくなったら、私に頼った人たちは一人で歩けなくなる。


 精神的に頼りきりになってしまわないか、という点が問題なんだよね。理由の無い施し、最後まで続けられないのであれば、最初からやらないでほしい。



 保護者を気取るのではなく、せめて嫉妬や憧れの対象になってくれれば、目標になるし、頑張れる。


 ただ、私もそれを全く理解していないわけじゃないんだよね。シリルをこの塒に迎える事を決めたときには、少なくとも数百年単位でこの問題に首を突っ込む覚悟はしたし、今回に関してもちゃんと言い訳がある。


 バレバレでバッグに隠してあったグリーブブーツを2組取り出し、ロナとニカにそれぞれ手渡す。



 「これ、二人に実際に使って試してほしいんだ。初めて全部魔法で捏ね繰り回して作ってみたから、正直使いやすさとか自信がないんだよね。


 将来の為にも色々と試して見たくてさ。こっちの道でも通用するかどうかとか。」



 「うぁ!いいの?エリー!」



 「これ全部おねえちゃんが作ったの?魔法で?すごい!おねえちゃんも魔法もすごい!」



 喜ぶ二人と、少し納得顔のケリー。隣のシナージが小声で「え、て事はあれ午前中に作り始めて仕上げたって事?あり得ねぇ~。」と漏らしていた。聞こえているよ?魔法は偉大で狡いのだよ。ただし使いこなすにはそれなりの才能と努力と経験が必要。


 羨ましそうにしている他のメンバーに向けてにっこりと笑い、皆が期待しているであろう言葉をかける。



 「これは試作品だしね。この後も色々と手を加えるつもり。皆の分も作っていいかな?このグリーブブーツ一度きりになってしまうかもしれないけど、今のうちに経験を積んでおきたいんだよね。」



 「俺達の分も作ってくれるのか!?」「すげぇよ、ありがとうエリー。」



 実際に手にしたロナ達もみんなと一緒に騒いでお礼を言っている。この調子で喜んでいたらお昼休みなんてあっという間に終わってしまう。



 「まぁ、皮集めもまだ足りないから、一度に全員分を作るのは無理だけどね。まずは水からなかなか上がれない掃除組の子の分をそろえていくつもりだよ。


 ロナの分は護衛組用に少し頑丈に作ってあるの。2種類作ったからロナとニカに試してもらって、そのあと手を加えるつもりなんだ。


 ロナ、ニカ、ちょっと調整するから履いてみてくれる?」



 その言葉に二人は周りの目を気にしながら、嬉しそうにブーツをはき始める。太腿の上の方まで覆っているこのグリーブブーツは正直履きにくいけど、そこはいつの間にか二人の周りに集まっていた女の子達がわらわらと手を出し、手伝ってくれている。


 少し待つと私の作ったグリーブブーツを足に纏った2人の凛々しい姿を見る事が出来た。



 おぉぅ!デティールや作りが甘いかと思ったけど、二人がつけるとなかなかイケるね。多分これは2人の素材が良いから、私の作品が余計に引き立つって事だよね。


 二人にしゃがんだり跳ねたりしてもらって、足の動きに違和感が無いか確認してもらってその都度微調整を入れる。



 「魔法ってすごい……。」「形が変わったよな、今。」「これ、すっごく暖かいよ。ロナおねーちゃん。」「お手入れとかどうすればいいのかしら。」



 二人と調整している私を中心に周りでケリー含めてみんなが騒いでいる。



 「お手入れの仕方はあとで教えるよ。一応、魔法で表面処理しているから、縫い目が無いからそこから水が染み込む事も無い。多少お手入れをさぼっても直ぐに駄目になったりはしないと思うよ。


 表面が水をはじくようになっているから、水を吸って重くなることもないしね。あとニカの分はあったかさ優先、ロナの方は頑丈さ優先にしてあるから、万が一ローチに足を齧られても大怪我だけはしなくて済むと思う。


 でも、だからと言って態と噛ませちゃだめだからね。」



 その辺の加工はそれぞれの形を整える際に思いついて手を加えておいたのだ。



 笑いながら伝えるとロナとニカが改めてお礼を言ってきた。


 

 「いいのよ、二人には試作品を使ってもらって色々と意見を言ってもらうんだもの。言いにくい事もちゃんと言ってくれると嬉しい。


 早速今日の午後から使ってくれる?」



 「もちろんだよ!エリー!」「本当にありがとう、エリー。」「いいなぁ、ニカ。私にも帰ってからで良いから履かせてよ。」「えー、どうしよっかな。」「貸してあげなさいニカ。イサリーもそんなにうらやましがらなくても、エリーはちゃんとあなたの分も作ってくれるわよ。」「女の子優先かよ。ずりぃ、俺たちの分も早く頼むぜ!」「つーかよ、これエリーに金払った方がよくね?」「試作品の試験って言ってもよ。痛みにくいグリーブブーツ一つ、いくら出せば買えるんだ。」「特別な処理をした革製品だろ。まさか金貨一枚飛んだりはしねぇと思うけど。」「あめぇ、普通の革のグリーブ一組で銀貨2枚は飛ぶんだぜ?粒じゃねぇ。すねの部分の奴で、だ。」「太腿の部分でまた一組銀貨2~3枚だろ?いや、これ普通に金貨飛ぶだろ、やばくねぇ?」「一体式になっている奴だと少し値が下がるんじゃねぇ?」



 収拾がつかなくなってきて皆で思い思いに騒いでいる。所々で何やら物騒な話が漏れてきているけど、外から価値はわからないだろうし魔法の品でなければ、命がかかってくるようなものじゃない。見た目は少し不格好な所もあるしね。


 ケリーも、ま、大丈夫だろうという態度で二人に良かったなと声を掛けている。ロナが顔を赤らめて喜んでいる。その様子を横目で見るペシル。


 うおぉぉ、なんか燃えてきたよ。他人様の色恋沙汰は人生を彩る調味料の様なものだよね。私自身は無味無臭で結構ですけど。ニカの周りにもさりげなくカガンが近づいてきているけど、他の男の子あからさまに牽制している。



 うんうん、青春だよねぇ。甘酸っぱいなぁ。うん?後ろを振り向くと男子組のブローとプケラがお互いの肩に手をやって笑っているのが目に入った。



 夏には下水仕事を引退するかもしれない二人だ。流石に今まで命を預け合っただけあって、仲が良いよね。何となく笑顔がぎこちなく見えるのは気のせいよね。



 「二人とも、焦るのはわかるけどまずは掃除組の子達にそろえてあげたいの。まだまだ皮も足りないしね。護衛組の方が危険だから気持ちはわかるんだけど、掃除組は年少者が多いからさ。ごめんね。」



 「あ!?あぁ、いやそういうんじゃねぇんだよ。なぁ?」



 「あぁ、少しでも機会があれば突き進むのが男だからな。それだけだ。」



 「だから、それをやめろって言ってるんだよ。お前だけの問題じゃねぇんだ。何もかも駄目にするつもりはねぇんだろ。」



 意味がよく分からないけど、グリーブブーツを手に入れる機会が少しでもあれが早く欲しいって事かな。



 「出来るだけ早く、皆にも試作品作り上げるからさ。それまで怪我しないように気を付けてね。」



 そんな私の言葉に、何やらガッカリした様な、だけど試作品が楽しみなのかどこか嬉し気にして二人は頷いてくれた。


 ロナ?ニカ?何故に私をニヤニヤしながら見ているのかな?

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