装備を作ろう! 消える買ってきた道具や薬剤の立場
現実逃避から戻ってきて、作業部屋の中を見回す。
目の前に積まれている革と、部屋の中に山積みにされた剥いだままの大量の皮が目に入り、溜息一つ。今日と明日は作業日と決めて、皆を見送ってから一人、誰も使っていない部屋を作業部屋として借りてそこに溜めておいた皮を見た瞬間、そのあんまりな量につい現実逃避してしまっていたのだ。
集めも集めたり、最初のソロに出た時のストレージに入れておいた皮も含めて627匹分のラットの皮。これを近日中に魔法で処理してなめし皮にしなくてはいけない。一度に複数枚処理できるとしても、いったいどれほどの魔力と手間と時間がかかるのか。
でもまぁ、これだけあれば全員の分のとは言わないけど掃除組の女の子と護衛組の一部の子達のグリーブブーツを作るには足りる……はず?
革を三枚張り合わせる予定だから、普通に作るよりも3倍皮を消費する。一人分のグリーブブーツ作るのに、ざっと30匹~36匹分位は使うかな。今の在庫で18組に足りない位の材料がある計算になるよね。端材を融合して無駄なく使えばもう一組行けるかな。
塒で寝泊まりしている仲間達は、お仕事できないちびっ子たちを除いて掃除組、護衛組合わせて67人。掃除組の女の子は22人、一度にお仕事に出るのは掃除組15人前後、護衛組8人前後。多くて合計30人位。皆で使いまわせば常に水に入る掃除組全員分はなんとかなるね。
ただ、人情としてはやっぱり自分専用のブーツ、欲しいよね。
やっぱり甘くないわ、これ。全員分の装備整えるのはまだ先の事になりそう。現実に打ちのめされてぐったりしている暇はないわね。午前中の内にある程度だけ皮を処理しちゃって、一組、試作品を作ってお昼休みに河原にもって行こう。
普通にブーツを作るなら数日仕事になるけど、魔法をフルに活用するのならそれほど時間はかからない。最初の一足はケリーが良いかロナが良いか。
そう言えばケリーのサイズはよくわからないからなぁ。ロナなら毎日抱き合って眠っているからなんとなくわかるし、最初の一足はロナにプレゼント決定で。そうなるとニカがかわいそうだよね。
うん、何とか頑張って2組仕上げてロナとニカに最初に試してもらおう!
ようやくやる気のエンジンがかかり始めた私は猛然と皮の魔法処理を開始する。まずは今回は使用しない可能性が高いけど、手の内を増やす為に残りのシナリオ経験値をほぼ使い切って「魔道具の知識1」、「魔道具作成1」、「魔法付与1」を取得。
最近、何かを作ったり、作業したり、包帯巻いたりしていたおかげか、一日で得られる経験値が結構多い。おそらく今日も皮のなめし作業とブーツの試作で結構な経験値を入手できるはず。
そう言えば、
……やるならネットワークでノートや紙、パンチとファイルとか色とりどりのボールペンとシャーペン辺りを仕入れたいよね。
この世界の紙って基本羊皮紙だし、紙もあるにはあるけど脆いし高い。羊皮紙も高い。分厚いから嵩張るし、インク壺邪魔だしペン使いにくいし。いや、この世界じゃまだ使ってないから文句も言えないけどさ。多分大きく変わらないでしょ。
作業部屋で使う分なら、目撃者は仲間内だけだし、うるさく突っ込んでくる奴もいないでしょ。後で考えてみようかな。
明り取りだけが頼りの室内で作業するには、少し光量が足りない。基本真っ暗闇でも作業は出来るけど、部屋の中をみられて不審に思われても嫌だ。
「
「魔法付与1」、「魔道具作成1」を取得して解放された術式を、永続光の術式と応用して組み合わせ、早速使ってみる。問題なく術式は作動して、指定したポイントに魔力が集まり部屋中を照らす十分な灯りとなった。
灯りに照らし出された埃だらけの部屋の、あんまり見たくない汚い部分には出来るだけ目を向けないようにして、いよいよ作業を開始する。
まず剥いだままの皮を10個ひとまとめにして、皮を鞣すようにアレンジした変性魔法で一気に鞣す。表面全体がうねうね動き始めて反応が始まり、余分な成分が変性して科学変化を起こし、一部は流れ落ちる。表面の色合いが様々に変わって時折所々光沢を帯び、浮光をテラテラ反射して生き物の様に蠢く。
まるで平べったい蛇がのたうち回っているかのようね。毛のある面は一本一本の毛がそれぞれ気ままに、うにゃうにゃ動き合い絡み合って見ていると鳥肌が立ってくる。まるでコズミックホラーの外なる神が盆踊りを踊っているかのよう。
後は、奇麗に例えるとお好み焼きの上の花ガツオとか。
急にお腹がすいてきた。花ガツオときたら、青のりとソースとマヨ、桜エビ。何となくラットの皮が、お好み焼きに見えてくるから不思議だね。
いや、流石に無いか。
5分位で反応が落ち着いて、少しすると目の前に奇麗に鞣されたラットの毛皮10枚が乱雑に床に並んでいた。もう少し慣れれば、1~2分で終わる作業の筈なんだけど、まだ術のコントロールが甘いかな。
この作業をとりあえず後9回、合計100枚の鞣し革を拵える。段々と一回当たりにかかる時間が短くなってきたような気がするけど、気のせいかもしれない。これだけで小一時間かかったけど、それで文句を言っていたら真面目に皮を鞣している職人さんに首を絞められてしまうね。
次に30枚位ずつラットの皮を小分けして、出来るだけ隙間が無いように6枚5列で床一面に広げたら、変形の魔法と融合の魔法を組み合わせた成形用の魔法で一枚の大きな毛皮を作る。一枚一枚くっつけていった方が負担も軽いし術のコントロールも簡単なんだけどね。一度に大きく作る方が形が奇麗に整うし、厚さも均一に成形できるんだよね。この作業を後2回。
この時点で魔法付与なり術式を書き込むなりして、素材の段階で手を加えていきたい所だけど、そこはぐっと我慢。
私にとっては大した手間でも無いこの作業一つ、それだけでも程度の差はあれどマジックアイテムを作れてしまう。だけど、この工程の作業を出来る者はこの世界では、本当に少ない。
マジックアイテムは下手をしなくても、この世界では命が左右する代物なのだ。
何の力もない子供が持っていたら、お金に目が眩んだ輩に命ごと奪われてもおかしくない。
残り10枚の内8枚は長い部分同士を縦に8枚並べてくっつける。変形、融合の際に毛の部分を変性させて革の一部に融合させて均してしまう。これは後で細く裁断して革ひもにするつもり。
3枚の大きな毛皮が出来上がる。これをまず革の部分を下にして一枚敷く。その上に毛皮の部分を下にして毛皮同士が向かい合うようにして一枚敷く。その上に今度は革の部分同士をくっつけるようにもう一枚敷く。
下から順につるつるが一番下で次がふさふさ同士がくっついてて、その次がつるつる同士がくっついて一番上がふさふさね。わかる?
その状態でもう一度、形成と融合魔法をかけて一枚の厚い複合構造になった革を作り上げた。これで下準備は完了。
本当ならこの後、各パーツごとに切り分けたり、木で作った型で革に形を作ったりと色々な工程がある。その辺りの作業を道具使って時間をかけて手作業でコツコツやるのも好きなんだけどね。出来ればお昼前には2組つくってロナ達に持っていきたい。
道具もまだ揃え切っていないから、今回は魔法フル活用だ。
一組分の大体の大きさを図って3等分になるようにカットし、更に等分になるようにカットする。そして今回も大活躍の形成と融合の魔法で一組同時に一気に大まかな形を作り出していく。
なんか今回この魔法しか使ってない様な気がする。もう、これだけでいいよって感じだけど、やっぱり術のコントロールが甘いせいで時間はかかるし、デティールが甘い。良い物を作りたかったら、手作業もある程度入れないと駄目かもね。
記憶にあるロナの足先から、太腿の付け根近くまでのサイズとフォルムに合わせて微調整を繰り返しながら全体の形を整える。
水が入り込まないように、水に浸かる部分は切れ目が無いように作るけど、足の甲側に弛みを持たせて、そこに紐靴の様に縛る事で調節できるように手を加える。太ももの外側にも紐を通して絞める部分を作る。
関節は曲がりやすいように、動きをできるだけ阻害しないように。関節の内側は革を薄めにして、その代わり丈夫になるよう。
足先から冷えないように少々不格好でも先を広く、中は毛皮でふくふくに。ロナが暖かいと喜んでいる顔が目に浮かぶようだ。
ある程度、形が出来て調整が終わったら、もう一組、今度はニカのサイズに合わせて同じような工程を繰り返す。
取っておいた革を形成、融合して、固く弾力があって摩擦に強い、丈夫な靴底を作ってくっつけたら、紐を通す穴を形成で開けて、こればっかりは手作業で紐を通して完成。
おお!中々の出来じゃないか!と思う気持ち半分。残り半分は……。
「やっつけ仕事の感が半端ないんだけど。」
うん、全体の工程を全部魔法でやっちゃうと、子供の粘土細工を見ているような気分になるよ。なんかさ、やり遂げたって感じじゃなくて、やっちまった感がプンプンする。
かと言って残り全部手作業はちょっとやってる時間無いしね……。
仕方ない。後でロナとニカの分だけでも手作業で手直ししようかな。金具、使いたい部分とかもあるしね。
お昼までにはまだ時間があるわね。残りの時間で鞣しの作業だけでもある程度終わらせようと、また最初の工程に取り掛かった。
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