冒険者リロイ  リア充め

 麻酔、なんて物が無い世界だから、切った張ったの生活で怪我に慣れている冒険者と言えども、これほどの重傷を負えば息は荒くなるし、呻きは漏れる。治療魔法行使者の身元を守る為とは言え、壁で仕切られて患部を自分では見られないようにされ、目隠し迄されれば痛みで精神的に弱ってきている所に、不安で一杯になるだろう。



 「なに、こいつは今まで同じような危機を何度も経験しとる。俺の十年来の知り合いだからな。」



 院長先生が小声で教えてくれる。本来ならここからまず麻酔無しで、解放部分を血管を傷つけないように切り開き、骨の位置を大体戻してから魔法をかける。消費する魔力を削減するのと、万が一にでもおかしなくっつき方をしないように、だけど隠れたもう一つの理由は周囲のサポート役に本命の術者が紛れて魔法をかけるからである。


 囮役の職員は既に真っ赤なローブと薄衣をまとって、数人のサポート役の職員と一緒に私と壁で仕切られた隣室にいる。


 患者の相棒達が苦痛に耐えている冒険者に代わって、院長先生とお話ししている。



 「先生、どうなんだ。この怪我じゃ奇跡だと高くつくって話だけど、魔法の先生は連絡着いたのかい。」



 「おちつけネル。幸い太い血管は傷ついていないから、出血もそれほどじゃぁない。治療魔法の先生とも連絡はついたよ。今こちらに向かっている。直ぐつくだろうさ。」



 院長先生の返事を聞いて安心の溜息が隣室から洩れる。その間にも患者さんは苦痛のうめき声を漏らしている。私としては、骨の位置を態々手作業で戻す必要はないんだけど、あえてここのやり方に逆らう意味は無いし、偽装の一環になるのなら素直に従った方が良い。



 「治療には銀貨35枚。わかっとるとは思うけどな、後払いも分割も受け付けられん。前払いだけだ。」



 「解っている。その位なら何とか用意できるよ。あたしとリロイの蓄えならその位は払える。先生が見えたら払うよ。あんたが相談に乗ってくれて助かった。奇跡だと桁が一つ変わってくるんだろ?」



 「あぁ、折れ方が複雑で色々と不味い部分を傷つけちまっているからな。腕をくっつけるのと変わらねぇ高位の奇跡が必要になる。


 御手の方々が同情で最低額で受けてくれたとしても、銀貨250枚は飛んだかもしれねぇな。」



 その話を聞いて隣室から、患者以外の小さなうめき声が漏れてくる。



 「そりゃ全員分の蓄えを出しても、とても届かねぇよ。」



 「あたしらいつまでたっても鳴かず飛ばずだからねぇ。たまに稼げても飲んじまうし。」


 

 「笑い事じゃないけどね。」



 話し声を聞いていると、患者の男性と女性3名のハーレムパーティーのようだ。かなり珍しい。年齢は20歳前半かな。院長先生と10年来の付き合いって事は、仮登録くらいの時から付き合いがあったって事になるけど。



 「おう、先生が到着したみたいだ。骨の位置も丁度直し終わったしな。」



 その声を合図に囮の赤ローブの職員が、ローブの端を仕切りの外にチラ見せして位置に付く。慌てて「支払いだよ」という声とドチャッとした金属音が聞こえてきて、その後一枚一枚の銀貨の立てる音が隣室から洩れてくる。多分、職員が数えているんだろう。確かにとの声が聞こえた。



 「支払いは確認できました。いつでも治療を始めて大丈夫です。」


 

 小声で私のフォローの為に側に居た職員が教えてくれる。


 既に精神は集中していたし、患部を中心に魔力圏を展開して状況は掴んでいる。私としては下位の治療魔法だから緊張もそれほどない。小声で癒しの風と唱える。口の中から出てこない位の音を伴わない声。


 既に患部周辺に展開していた魔力圏が私のトリガーワードに反応し、粉砕された骨や突き出ていた骨にまとわりつき、傷ついた組織を優しく包み込む。同時に患者の痛みを一時的にカットして、治療の痛みを軽減する。


 壁の向こう側はダイレクトに見えないけど、私の意識は確かに患部の劇的な変化をとらえていた。


 皮膚や神経、血管、筋肉に至るまで自ら意思を持つかのようにグネグネ動き、破損部分をお互いくっつけ合って溶け合い融合し元通りにくっつく。


 正直、欠損部分の無い奇麗な四肢切断の接合の方が簡単なんだけどね。


 ここ数週間のグリーブブーツの作成で、この手の魔法は大分感覚を取り戻したのもあってか数分かからずに治療が終わり、隣室から患者本人とその仲間達、そして何故か院長先生からも感嘆の声が漏れ聞こえてきた。



 「凄いな、痛みもなくこんなに早く治せるなんて、信じられない。」



 「全く傷跡が残っていないし、治療魔法を受ける時のお約束の悲鳴が無かった。今日来ている先生は余程の腕利きなんだね。」



 怪我した筈の右腕をグルグル回し手をワキワキしながら、患者さんが喜びの声を漏らす。



 「よし、問題なく腕は動くよ。ははっ!これなら銀貨35枚の価値は十分あるさ。今すぐにだって戦えそうだよ。」



 「調子に乗らないでよね、リロイ。これでまた結婚資金の貯めなおしなんだから。」



 「わりぃ、せっかく稼げるようになって来たってのにな。皆には苦労掛ける。」



 「だからさ、治療費は私達も持つって言ってんでしょ。何一人で独占欲出してんのよ。またみんなで稼げばいいだけよ。」



 「そうだよ、狡いよネル。こういう時はアピール禁止だよ。皆で分け合うって話の筈でしょ。」



 「え、分け合う?」



 「助け合うでしょ、ちょっと間違えただけよ。」



 安心したのもあったのか、リア充爆発トークをかましている冒険者の皆さん。結婚資金って多分これリロイさんは自分との結婚資金だとは夢にも思っていない模様。鈍感系主人公かい。確かに、さっき見た時は苦痛に歪んでいても、かなり顔は良かった。


 ちょっと気になって分霊わたしの意識だけを隣室に移して、パーティーの構成をみてみる。めったに見ない程贅沢な編成に少し驚いた。


 低位だけど魔法使いが一人いて、メンバーの二人がその身に幾つかの奇跡を宿している。

 

 宿している奇跡は、それほど強い物じゃないけど、数が多い。それにこの二人、身のこなしから察するにメインは武器戦闘だと見て取れる。


 リーダーのリロイに至ってはかなり優秀な戦士である事は間違いないみたい。



 優秀なファイターの男がリーダーでその他の全員が女性。その娘達は全員が魔法か奇跡をその身に宿し、リーダーに惚れている。確定で主人公系冒険者パーティーで鈍感系ハーレム主人公だ、これ。



 まぁ、私は自分から係るつもりは無い。



 「ふむ、ちょいとやり過ぎだな。いや、それだけ優秀な術者だという事だが、はてさて面倒な事になりそうだ。」



 院長先生の不吉な呟きが私の耳に響いた。あんまりいい予感がしないんだけど、何処の部分がやり過ぎたのか後で確認した方が良いかな。いや、今更手遅れかも知れないか。


 ハーレムパーティーの冒険者たちは口々に周りの職員にお礼を言い、最後に彼らが治療魔法使いと信じている、赤いローブの人物がいるだろう壁側に向かって何度も頭を下げて帰っていった。



 冒険者たちの横のつながりって結構緊密だったりするから、この治療院で受けた治療魔法の話は今日の午後には南支部の冒険者の半数には伝わるかもしれない。明日にはもっと広がっているね。口止めしても多分、意味無いんだろうな。


 院長先生が他言無用を彼らに言い出さなかった所から、それが解る。むしろ他言無用を条件に入れれば、それだけ価値の高い情報とみなされ、拡散速度が倍になるかもしれない。しかも、尾ひれをたくさんつけて。




 まぁ、治療魔法使いの正体は簡単にはバレないだろうし、暫くは私の近辺まで害は及ばないだろうけど。そう考えてその日の勤務を終え、報酬の銀貨27枚と粒銀5個を手に意気揚々と帰宅する。


 今日一日で300万オーバーの収入だよ!?


 貯金はもう500万円超えたよ!!


 お金を貯めるだけ貯めて使ったのは一日のパン代銅貨三枚。あとはラットの皮と革細工用の道具を色々と買い揃えた時の銀粒25個位だから貯まる一方だったのよ。



 これもうシリルを迎えに行っても良いよね。早めにどこかでお休みとって、ルツィーさんに相談だ!

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