貴種の治療 関わりたくないわぁ
その女の子はまだ成人したばかりに見え、私や妹程ではないけどかなりの美人さんで目鼻立ちは整っていた。栗色の髪を後ろで纏めて流し、上等な作りの服を身にまとって寝台に体を横たえている。寝台の側に備えてある治療台の上に右腕が置かれており、その右腕は上腕の中ほどから失われていた。止血帯は切断面付近が血に染まっている。
傷口を治療して塞いでしまう事を避けたのだろう、ポーションの類は使用されていない様だ。そのせいで止血は完全ではなく、何度か治療台に血がポタリと落ちていた。
激痛と出血の為か、意識が朦朧としているようで、顔いっぱいに脂汗を流して荒い息で肩を上下させている。意識は辛うじてある。寝台の横には仲間らしき人達が何人か彼女に声を掛けていたけど、院長先生や私達が病室に入ったために邪魔にならないように、少し離れた所に移動した。
「あぁ、お労しや、ディア様。」「冒険者などに身を窶していなければこんな事には……。」
そんな事を呟いた連中の後ろにいる奴らが、何かを言いたげな顔をして表情を歪ませる。身分の確かな人だって話だし、何か複雑な事があるのかもしれないけど、巻き込まれたくはない。私には関係ない話でござんすよ。
第一今の私は治療魔法の先生じゃなくて、その他大勢の助手だからね。桑原桑原。
結局私は、後払いになるという右手の接合魔法を引き受けた。ここで断ってその身分ある人の不興を買うのは嫌だし、察するに院長先生も、どうにかしてあげたいと思うくらいには交友関係があるみたいだしね。
何か事情があるみたいだし、その事情によっては約束が守られるかどうかわからないけど、最悪、支払いされなくてもいいやと割り切った。
その支払いを確保する為に、更なる厄介事に巻き込まれるよりきっぱりと手を切ってしまった方が絶対得だ。
それに院長先生に嫌われたり敵に回られると、これからの私の生活プランの3分の1が破綻してしまう。いや、完全に敵に回られたら、情報を流されて完全破綻だね。この依頼を断ったからと言って、そんな事をするような人には見えないし、立場的にも無理だとは思うけどさ。人間、何が切欠で暴走するか分からないし。
私はこれから、お医者さんと冒険者と職人さんで食べていくつもりなんだから。シリルが成人する前にお医者さんと冒険者でがっぽり稼いでシリルを嫁に出した後は、趣味の物作りで細々と食べていく。
懐が寂しくなったらお医者さんかダンジョンアタックして、後は研究三昧。目指せ早期リタイア、だよ。
ん?お医者さんになる心算は無かったんじゃないかって?いやさ、濡れ手で粟って言葉知っている?
シリルを嫁に出すまでは、続けても良いかなって思いなおす事にしたんだよ。
治療魔法の先生が来る前に、治療の準備の為という名目で、私を含めた何人かが断面を覆っていてる包帯を、できるだけ傷に響かないようにやさしく取り払う作業に入る。同時に止血の為に上腕上部を止血帯できつく締める。その苦痛に患者さんのうめきが大きくなって、後ろに下がった仲間達が騒めく。
流石に必要な事だと理解しているのか、抗議の声をあげるような愚か者はいない様だ。
切断面を見るに、大型の生物に齧り取られたように見える。身体から除装された装備は金属製でかなりの品。それの破損面が粉々に砕け散ったようになっていて、衝撃の大きさがうかがえた。まぁ、装備の質で判断するなら、身元が確かかどうかまでは分からないけど、ある程度の支払い能力があるようには見える。
保存されている右腕の方の布を取り去り、その長さや断面を確認するとやはり断面部分の欠損が見られるようで、長さが足りない。これをこのままくっつけることも出来なくはないけど、戦士としては復帰は難しいだろうし、貴人の女性としても、嫁の貰い手を探すのも簡単じゃないだろう。
院長先生がさりげなく他の職員たちに目配せをして、ついでにといった感じで私に目配せをする。確かにこれは単純接合では完治は無理だね。私のレベルは9まで上がって、今はシナリオ経験値もこの3週間、他に特に使っていないから、かなり溜まっている。14万くらいかな。
今一番欲しいリストにある能力を取ろうとすると、このペースだと後4年はかかりそうだなぁ。だからあんまり無駄遣いはしたくないけど、さ。急いで欲しいというものでもないし、100年位の内どこかでとれればいいかなぁ位の感覚だから焦ってはいないんだよね。
レベル9になった今の私でも、ケリーを助けた救いの抱擁を、身振り手振りによる印を組まずに使用するのは難しい。
術を行使する為に、被術者を抱きしめて印を結ぶ必要のあるこの術を、こんな衆人環視の中で使えばせっかく偽装していても、術者が誰かなど一発でバレる。ローブに目印の血も着くし、下手したら助手に過ぎない男女定かならずのローブ姿が、お嬢様を抱きしめようとした段階で、ばっさりやられるかも?流石にそれは無いかな。
印を結ばずに発動したとしても、その反動で私の命を削り切らないとも限らない。もったいないけど、新しい治療魔法を獲得するか、治療魔法の行使をサポートするための能力の取得を考えないと、この状況を切り抜くのは無理だろうなぁ。
それ以外だと、とりあえず単純接合をしてしまってから、龍尾の魔法、例の時間をかけて四肢欠損を治療する魔法を後日かけなおして完治を目指すって方法もある。
でも、これはこれで事前に説明していないし、実績もないのに貴人の身内らしき人にいきなりは難しいよね。
ここは新能力ゲットが一番かな。これからしばらくお医者さんがメインの収入になりそうだし。冒険者で外働き、ダンジョンアタックでレベルと財宝ゲット、ってつもりだったんだけどこのままだと、街の中に引きこもりになりそうだよ。
一瞬の躊躇はあったけど院長先生の目配せに、分かるかどうかの小さな頷きを返す。その他の職員に目配せをしてから患者さん本人と後ろの仲間さんに伝わるように少し大きな声を出す。
「接合は何とかなりそうだの。魔法治療の先生は既に隣室に控えとる。だが、見てわかると思うが単純な接合では完治は出来ん。
先生に負担がどれだけかかるかわからん。出来ればこの部屋には患者とわしらだけにしてもらいたいのだが。」
あぁ、院長先生は私がぶっ倒れる可能性も考慮に入れていたのね。確かに事前に伝えた情報で判断すればケリーにかけた治療魔法をかけるしか方法は無いように見えるし。
「それが必要な事ならば、了解した。だが部屋の前で待機させていただいてもよろしいか。」
「私達も無理を押しているのは理解しているのだ。だが、責任云々以前に我らにとっては、赤子の頃からお見守りさせていただいた主家のお嬢様の危機。これ以上何か一つ手違いがあれば、我らおめおめ主に合わせる顔が無いのだ。」
はいはい、そこ~。聞きたくもない状況を説明するんじゃない。私は巻き込まれるつもりは無いんだ。むしろ報酬は要らんからそれ以上喋るな黙れ、と言いたい位だ。
下手気に色々と知ってしまったら、
良いから黙れ。
あーだこーだ喋りながら連中が部屋を出ていく。数人の職員を残して囮の赤ローブさんと院長先生と私が隣室へ移動する。
「んで、どうだ。前に聞いた話だと打つ手は二通りだと思うけどよ。」
院長先生が探るように薄衣の向こうの私の顔を覗き込み、いたわるように話しかけてきた。
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