下水組の仲間達 仕事に慣れたよ
早朝から外街を巡回する衛兵さん、毎朝ご苦労様でございます。私も毎日お仕事、頑張っております。
と、眼光鋭い衛兵さんに、にこやかに心の中であいさつをしておく。
当然物議をかもす可能性のあるマイフェイスは、ケリーから借りたままのローブのフードをかぶって隠して歩く。一人でそれをやっていたら怪しさ大爆発だけど、早朝の下水掃除の仲間たちに囲まれて歩くのなら見咎められる可能性はそれほど無いでしょう。今朝も男の子達がボディーガードを買って出て、私達を囲んで守ってくれている。
私が仮登録を経て仮のギルド員になってから既に2週間が経っていた。その間、なんだかんだ言ってケリーから借りたローブは私の身を包みそして顔を隠し続けている。
そのおかげか、それともギルドのおねーさんが約束を守って、私の外見について周りに騒ぎ立てないでいてくれているおかげか。今の所私の容姿はギルド周辺や下水屋界隈では話題になっていないようで、心配していた指名依頼が張り出される様子は今の所無い。
ケリーが許してくれるなら、このローブ買い取ろうかしら。
居心地は悪くないし、もうこのままでいいんじゃないかな?なんて思っちゃったりもする。水は低きに流れる。人は現状を変更する事を面倒くさがる。暖かい寝床から抜け出すにはそれなりの勇気か切っ掛けがいるのかもしれない。
もちろん、このままじゃ駄目だという事は解っているけど。
独立独歩を志した最初の要因である1日1食については既に問題無い。
元々神様端末として稼働を始めた段階から、極論してしまえばこの身体は、魂をこの世界につなぎ留めておくためのいわば重しの様なものでしかない。本体である精神体の部分が無事であるのなら、
というまさしくチートな生命体としての事情はこの際置いておく。
生き返られるとしても、一度
まぁ、元々この身体は小食であったし、他のメンバーたちもお昼の内に多めに買っておいたパンを寝る前にこっそり食べていたりして、各々意外と自由に食事をとっていた事が判明したのだ。こっそり食べるのはそこまで懐に余裕がない子に配慮しているみたい。分けてあげられるほど皆も余裕があるわけじゃないしね。
それが解った時から、私も一回で食べきるには多すぎるカチカチパンを半分に分けてお昼とおゆはんにして食べている。
ではなぜ仕事帰りに屋台などに寄らないのかと言えば、早朝の仕事に向かう時と、午後の仕事が終わってから塒に戻るまでが、子供たちにとっては、特に女の子にとってはかなり危険な時間帯なのだとか。
今迄に気が付いたら女の子が一人居なくなっていたとか、目の前で人さらいに攫われたとか。そんな話はいくらでもあるようで。翌日河原に乱暴された様子の死体が捨てられていたなんて事もあったらしい。大抵は死体も出ないで、どこかに売られてしまうのだとか。
だからあの日も川辺から戻る際に皆で逸れないよう、男共が女の子の周りを固めるように移動していたという意外にも恐ろしい理由があったのだ。
道理で空腹で屋台をキョロキョロしていた私を、男の子たちが集団に遅れないように急かしたわけだ。
ケリー君始め、男の子たち、紳士且つ仲間想いな奴らである。
でもいい子達だよ。
お金もまぁ、古着を買うくらいなら十分に溜まっている。何せ2週間休みなしで1日下水掃除、そして途中からは護衛部隊として働き詰めなのだから。
そう、私は護衛組で働けるようになったのだ。
切っ掛けは2日目の午後の掃除の時。
いつもよりも多数のラットやローチが一度に襲ってきた為、それなりの数の敵が護衛部隊を抜き、掃除グループに襲い掛かってきた。週に1~2度、こういうタイミングがあるらしく、大抵その時に慣れていない新人が足か手を持っていかれるらしい。もちろんやられるのは新人だけでもないのだが。
そしてこの時の新人は私だった。
ラットやローチにとっては、私は労せずして食らいつける美味しいご馳走に見えたかもしれない。しかし実の所、この下水屋グループの中で私は一番の毒団子であったのだ。
今世初めての戦闘であるにもかかわらず、自然と即座に身体は動き、無意識に竹編の泥救は放り出され、右手にはいつの間にか我が旅路を慰めてくれた心強い相棒である、先の尖った棒切れが握られていた。
とは言っても単なる棒切れだ。先端の方など下手に扱ったらあっという間に折れて使い物にならなくなる。だが心配はいらない。この下水に巣くうラットやローチ共程度では、この私の相棒を破壊するのは不可能だ。
呼吸をするように自然に棒切れに魔力を通し強化する。ついでに気を流して棒切れの僅か外側に刃を形成する。所謂オーラブレードである。本来なら魔力か気だけで刃を形成した方が簡単なのだが、今の私ではどれか一つのリソースだけを潤沢に使う余裕はない。その分難易度は上がるけど、この
それよりも……うん、やはりこの世界でも気と魔力の反発という異常現象は起きない。これではあの技を再現できないではないか。懐かしき我が故郷で、根の深いオタクであった
またその内DVDを見直そう。
私の心情など知った事かと足元を狙い飛び掛かってくるラットに、上から逆手でアイスピックを刺すような要領で角度を調節し、ラットの頭に突き入れる。魔力で耐久力が強化され、気で形成された刃はまるで豆腐に針を刺すような感触で、ほとんど抵抗なく奴の頭蓋を突き進む。
勢いよく棒切れを引き抜きそのまま
目の前で本当に汚い花火が花開く。肉片が誰にも降りかかっていなかったのが不幸中の幸いだ。
その後タイミングをずらして飛び掛かってきた2匹のラットを素早く順手に持ち返して連続で突き殺す。
我ながら鮮やかな手並みにほんの少し自己陶酔して、悠長に残心の構えをとっていたら、少し先でロナがラットとローチの2匹に襲われる寸前なのが見えた。今から飛び込んでいっても間に合わない。
時間の流れが遅くなるのを感じる。咄嗟に棒切れを手放し、ストレージ内に入れてあった石ころ2つを両手に持つ。そのまま上半身のバネを思い切り効かせて左右同時に投げる。狙い違わず一投はローチの胸から上を吹き飛ばし、もう一投はラットの
次の瞬間、至近距離で爆ぜたローチの肉片とラットの脳漿を被ったロナの悲鳴と、周囲の護衛部隊の面々が上げる驚愕の声が下水通路に響き渡り、大騒ぎになった。
残りをかたずけた後、ケリーにはすごい勢いで「お前すげぇな、どんな肩してんだよ。すげぇよマジで。つえぇな、おい!」と感心されたし、ロナには命のお礼とローチとラットの肉片だらけになったことについて、冗談口調でちょっとだけ苦情を言われて最後に笑ってもらえた。ニカはよほど怖かったのかロナに抱き着いて離れなかった。
あの後ロナとニカだけじゃなく、女衆全員が私を認めてくれたみたいで、何かにつけて話しかけてくれるようになったのが、かなり嬉しい。妹のシリルを思い出すよ。元気かな……。
仕事が終わった後、幾つかの下水屋グループを監督しているギルド職員に、ケリーが何処か自慢げに私の戦果としてラット4匹、ローチ2匹を報告してくれたのも嬉しかった。ケリーは当然の事という顔をしていたけど、そういう当たり前の事をちゃんとしてくれるのは、こういう世界では本当にありがたいよね。
こんな世界だもの、手柄の横取りする奴がいても不思議じゃないし。
ラットは事前の調査通り肉込み4匹で銅貨12枚になったし、ローチは駆除料で銅貨2枚、殻の料金で鉄貨6枚、その日の掃除の報酬と合わせてたった1日で銅貨31枚と鉄貨6枚というビックマネーが私の懐に転がり込むことになったのだ。
ん?計算が合わないんじゃないかって?そんなことは無いよ。下水掃除の報酬は午前の部は銅貨8枚、午後の部は銅貨7枚で、1日通して仕事をした場合はそこに銅貨2枚の特別報酬が付く事になっているのだ。
つまり下水掃除を一日頑張れば銅貨17枚を手に入れる事が出来るんだよ。1日過ごすのにカチカチのパン一つで我慢して水は井戸水か川の水でしのげれば、宿泊料は無料だから1日銅貨16枚を貯金する事が出来る。
穴の開いた古着なら2日頑張って働けば買いに行ける計算になるよね。
……日本円に換算するのは止めてよね。一日冷たい水の中を命懸けで働いて、駆除ボーナスも手に入れて約9,420円って言われると結構クルもんがあるから。
ただ、まぁ、1日冷たい下水に身を浸して休みなして働き続けるのは流石にキツイ。当然皆ちょこちょこお休みをはさんでいるんだよね。2勤1休とか一日頑張れない子もいる。お金がかかるのは食費だけじゃないし、自分の分だけじゃなくて、危なくてまだ働けない兄弟の分も頑張ってる子達もいるから、皆それなりに生活が苦しい。
ただ、本当にどうにもならないくらいに困ったときは、比較的懐の温かいケリーや、実入りがいい護衛部隊の子たちが少しづつ助けてあげているみたい。
本当にケリーっていい奴じゃん。引っこ抜かれちゃえなんて言ってゴメンよ。
兎も角、監督官への報告の際にケリーは私を護衛部隊に推薦してくれたのだ。
最初は監督のギルド職員も、私が先の欠けた棒切れ……、そう、悲しい事に私の流し込んだ魔力にぎりぎり耐えていた相棒は、投石の際に手放した衝撃で切っ先が欠けてしまっていたのだ。勢いよく手放し過ぎたよ……しか持っていないのを見て、渋ったのか何も反応してくれなかった。
それでもめげずにケリーや他の護衛部隊の面々、そしてロナやニカが一生懸命私の活躍を語ってくれたお陰で、何とか監督官を説得できたみたいだ。
胸から上を吹き飛ばされたローチと、頭蓋に大穴を開けられたラットの死体を見せて説得してくれたのが功を奏したのかもしれない。
そんなこんなでギルド仮登録3日目にして私は、下水屋グループの護衛メンバーに選ばれた。早々に基本給アップの上、成果給まで手にすることのできる地位を手に入れたのだ。ちなみに武器は未だに拾った石と先の欠けた棒切れだったりする。
いやさ、ケリーが休みの時とかロナ達が心配でさ、居たらいたで今度はケリーが心配になっちゃって。というか皆が心配だし、お金も必要だったしって休みなく働いていたら、お金は溜まっても買い物に行く暇がなかったのよ。
おかげで現在の所持金は銅貨347枚と鉄貨6枚である。かなり懐は暖まってきた。円換算で10万円を突破したよ。
ただ、目標の金貨一枚分にはまだほど遠い。2週間で10万円。このペースで行けたとしても120万円まで貯まるのに後22週間、約五か月後。夏は過ぎ季節は秋へ。冬は目の前になってしまう。下水屋もさすがに冬には仕事はない。冬を越すための貯えも必要になるよね。
うん、それまで何事もなく切り抜けられる自信、無いや。
中古の装備を探すとしても、私のサイズに合った中古の防具なんてそうそう見つかるとは思えない。草人族の装備でも今の私のサイズより大きいし。
現状で鍛冶仕事はちょっと無理だから武器はともかく、やっぱりその他の装備は自作するしかないかな。となると、武器と素材と道具は買いに行かなくてはどうにもならない。
でも、やっぱり買いに行く暇が……。
装備は命を預けるものだから休んでいる誰かに頼むわけにはいかないし、仕事は日が昇る前から日が落ちるまで、お昼休みはパン屋さんと川と職場の移動時間を抜けば30分も残らない。
30分で川で水浴びをしてから、あのカチカチパンを食べて少し離れた職人街、もしくは市場まで走って、品物を吟味して購入して戻ってくる。うん、普通に無理だよね。
かなり高くつくけどギルド脇にあるギルド直営のお店で買うなら、パン屋に行く際に顔を出す事も出来るけど、不経済なのは今の懐的に辛いよね。
当初予定していたラットの皮も護衛部隊で周囲を警戒しながらだと、皮をはいでいる暇もないしギルドから手に入れる際にはおそらく、お金とられるよね?
ラットのお肉が目的だろう、使いもしない皮を解体の際に奇麗に剝いでるとは思えないし、態々やってくれるとしたら一体いくら取られるのか。普通に赤字になる将来しか頭に浮かばない。
早い段階でうまいこと割の良い職種にありつけた事は幸運だったけど、ソロ活動する切っ掛けは何となく逃しちゃったし、今更皆と別行動するのも嫌だし、自縄自縛に陥っている私なのであった。
ま、別行動をするかどうかは別にしても、結局近いうちに割り切って仕事を休んで買い物に行くしかないんだよね。重いし、あんまり銅貨をジャラジャラさせておく訳にもいかないから、ついでに両替商にも寄りたい。一応、他の子を真似て塒に置いてあるけど不用心だし、何かあった時悲しいから。半分はこっそりとストレージに入れてある。
水は低きに流れる、ね。
わかってはいるんだけど中々現状から抜け出せない私を、私の中にいるもう一人の
解せぬ。
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