分霊《わたし》と個体《わたし》 何処かで端末《わたし》

 寝床で横になって考える。


 受付のおねーさんの話を纏めると未成年がギルドに正式登録する為に必要な手順は、銀粒3つ、日本円にして約36,000円の手数料と3つの条件のうちどれか一つを満たせばいい。



 正式ギルド員の推薦か、一定以上のギルドへの貢献を積み上げてギルド職員から推薦を受ける。



 もう一つは、ギルドが推奨する最低限の装備を整えたうえでギルド職員にその実力を示す。実力については単に戦闘能力に限った話ではないようだけど、戦闘技能を見せつける方が単純で分かりやすいし、一番自信がある。魂に刻み込まれた戦闘に関する経験があれば、幼い私でも十全の力を発揮する事が出来る。筈だ。手加減できるかどうかまでは分からないけど。




 最低限の装備というのがどの程度の物なのか確認してみたけど、身を守れる程度の防具と何らかの攻撃手段があれば問題ないらしい。とりあえずは革製でいいから、ブーツとグリーブ、アーマーとグローブ、それにダガーといったところだろうか。全部新品でそろえるとしたらおねーさんの話だと銀貨10枚は見積もらなくてはいけないと言われた。



 日本円にして約1,200,000円ってとこかな。



 割とシャレになっていない金額だよね~。





 因みに銀粒が一つ12,000円で銀粒10個で銀貨一枚。銀貨は銀粒と区別をつけやすくするために大銀貨とも呼ばれている。大銀貨10枚で金貨一枚、つまり全部新品でそろえようとしたら金貨一枚は必要になるという事だ。



 さらに因むと金貨は実際にはほとんど市場には流通していない。両替商に行って銀貨を10枚渡せば簡単に金貨一枚と交換してもらえる訳でもない。流通している貨幣は鉄貨、銅貨、銀粒、銀貨がほとんどで、市場に流通している銀の価値に相当する量の金なぞ、世界中からかき集めてもそろえる事は不可能だ。その位採掘されている金の量は少ない。



 気軽に貨幣にして流通させるなど出来はしない。一部貴族や王族が財力を示す為に手元に見せ金として置いてあるだけといっても過言ではないかもしれない。いや、ごめん、過言かもしれない。



 何故ならあるところには有るわけで……、持っている奴は山のように持っている。でもその話はまたいずれ。有る所には有るといっても結局の所、この世界の財は銀が中心であることに変わりはないのだ。




 そんな話よりも今はとにかく金策だ。



 最低限、できるだけ早急にキッチンナイフの類でもいいから武器を一つ確保したい。後はローブの借りを返してソロで下水に入る。



 いや、少しでも早く柵から抜け出すために、まずはローブを返すことに専念すべきかな?みんなと距離を置くようにすればある程度自由に行動できるし、駆除仕事は魔法を主体にすれば、頼もしい相棒である先のとがった棒切れ、もしくは素手でもこなせるはず。



 誰の目も無ければ、今の私のレベルでもラットやローチ如き、オーラを込めた抜き手一つで……、いやローチに関しては頼もしき相棒か魔法で始末をつけるべきだろう。



 そっか、皆と距離を置く、か。




 んと、ギルドではラットの駆除料金と肉をセットで銅貨3枚で引き取ってくれるはずだし、ローチの駆除料金は1匹銅貨1枚、殻は翅の部分10枚で銅貨1枚で引き取ってくれる。蜘蛛については駆除料金は出ないけど、腹をつぶさずにとってくれば糸袋の部分を銅貨2枚で買い取ってくれる。ただし糸を出しきってしまっていたりすると買取は不可だ。



 ソロで潜るには、まず真面目に下水掃除でローブの借りを返してからにすべきだよね。あと獲物を確保するための大きな布袋を手に入れておかないと、ギルド迄の獲物の運搬にストレージを使っていたら厄介事を増やしてしまう。



 ……ソロで動くようになってからなら、屋台で夕食に串焼きを食べてもとやかく言われないだろうし。多分。ちゃんと口の周りを拭いてうがいすれば匂いも残らないわよ。きっと。



 何か言われるようなら最悪、塒を出ていけばいい。銅貨4枚くらいで雑魚寝で素泊まりできる宿なら外街にはあちこちにあるだろうし、一応男女別になっているらしいから気が付いたら襲われていたという事も無いはずだ。それに私なら襲われる前に余裕で目が覚めて反撃できる自信がある。神様の端末として稼働を始めた私は、潜在意識が常に周囲を警戒している状態だから。




 「塒を出て……みんなと距離を置く……。最悪の時は、ね。最悪。」



 どのみち本登録になったらいつまでもここにはいられないだろうし、時間の問題よね。でも会いに来ることは出来るんだから大丈夫よ。目の前の背中を少しだけ力を入れてぎゅっと抱きしめる。目の前の少女が抱きしめている私の手を優しく擦ってくれた。



 多分私が寂しがっているんだと勘違いしているのだろう。そんな訳は……無いのに。




 装備は……、ラットの皮はギルドへの納入対象にはなっていないから、それを加工して自分で作ればそれほど費用もかからない。この手の作業はむしろこの分霊わたしにとっては本業だしね。



 必要なのは幾つかの道具と素材、これは職人街でそろえればいいか。本来なら一番面倒な作業、皮を鞣すのは魔法で一気に仕上げればいいし。それなら匂いの出る鞣しに必要な薬剤は使わなくても済む。皮同士の貼り付けも薬剤を使うより魔法でつなげてしまうか、いや、硬度を出す為にある程度は薬剤も必要よね。全部魔法で仕上げるのは今の魔力量だとちょっと、いやかなりきついし、本職として味気ないわ。



 頭の中で色々と必要な品物をチェックしていく。うん、新品一式装備を整えるよりはかなり安くつくはず。



 よし、問題になる前にある程度の稼ぎを確保してさっさと正式登録だ。



 私の貞操と、豊かな食生活の為にも、明日も一日頑張らねばなるまい。




 そんな事を考えながらいつの間にか私は夢の世界に旅立っていた。私の為のローブを借りるためにケリーに口を利いてくれたロナを抱きしめ、私に自分の隣で寝てもいいよと誘ってくれたニカに抱きしめられたまま。




 全く……。



 どうすれば効率良く動けるか。今の自分は何が出来るのか。何度も経験してどうすれば良いのかわかっているはずなのに。



 義理に流されて寂しさや色々な感情に惑わされて、それでも真面目に考えて。あっちこっちに考えが飛んでしまう今生の個体わたしが我ながら面映ゆくて可愛くてこのまま流されてみたくなる。



 個体わたしは仲間が出来て嬉しかったんだよね。村から逃げてきてずっと一人で寂しかったんだよ。まだ個体わたしは11歳になったばかりの小娘だもの。そう簡単に割り切れないし、手に入れた温もりを手放すのも難しいだろう。



 でも今は無理をする必要はないよ。どうしてもの時は分霊わたしがいる。



 貞操に関してはそれ程時間的な余裕は無さそうだけど。後わずかな可能性だけど、故郷から追っ手が迫っている可能性も無くは無い。それでも数日で二進も三進も行かなくなると言う訳ではないだろうし。なんとでも躱す事はできる。



 手札を一枚切るだけ良い。どのみち隠しておくつもりもないのだから。



 如何にもならなくなる前にギルドに魔法が使える事、治療魔法も使える事を伝える。証明も必要になるだろうけどそれだけだ。ギルドは貴重な奇跡の使い手を娼婦にして戦線から遠ざけようだなんて愚かな事は考えもしないだろう。



 恐らく直ぐにでもギルド職員から推薦を受けて、正規のギルド員に登録させられるに違いない。登録料なぞ後払いでも受け付けてくれるだろう。それだけ奇跡の使い手は貴重なのだから。




 でも一杯一杯になってしまった個体わたしはそのことに気が付けない。





 これは、この未熟さは私にとってほんの一時の潤いだ。




 どのみち肉体が成長してしまえば今のズレは修正されていき、少しずつ今の私に統合されてしまうのだから。

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